霧沙は別に気にしてない

第78話 霧沙は別に気にしてない 1/2


 俺と氷雨が、桜花祭の一年生学年選抜に選ばれた翌日、選抜同士での顔合わせがあった。

 場所は1-Aの教室。

 俺たちが教室に入ると、中にいた五人が俺たちを見た。正確には、一人眠っていたが。

「1-C、麻生将、ポーンだ。実家は餃子屋さんをしている。よろしく頼む」

「同じく1-C、碓氷氷雨だ。ポジションはクイーンを担当している」

 二人で名乗りを上げると、座っていた中から中田くんが立ち上がって、俺たちに手を差し出す。

「麻生、碓氷。やっぱりお前たちか。俺もナイトとして選ばれたんだ。俺以外は四人とも特進クラスで、ちょっと居心地が悪かったところだ」

 中田くんがそう言うと、一人の軽そうな女がへらへらしながら近づいてくる。

「こんちわ~。奇人くんでしょ? 特進、1-Aのビショップ、おかるいでえす。お軽い岡類って覚えてねえ。こう見えて傷とか治すのけっこう得意だから、なんかあったら言ってねえ」

 校則よりも明らかに明るい巻き毛の、やる気のなさそうな女。お軽い岡類か。俺は人相を読む。ふむ、ギャルっぽく振る舞っているが、顔に知性が出ているな。案外賢い奴かもしれん。

「岡、そいつと話すのはやめとけ。人間の最下層にいるやつだ」

「そお~? 結構いい顔してんじゃん」

 声を発したのは、座って、鋭い目で俺を見てくる男。

「お前は…」

「麻生、久しぶりだな。高校に入っても孤高の王様気どりか? 虫唾が走るな」

「何だ貴様、その言い方はっ! ダーリン。こいつは何者なんだ?」

一中いちちゅう時代の同窓生だ。名前は知らん」

 そう言うと、男は立ち上がって、俺の顔を覗き込んで威嚇してくる。

「ム・ラ・タ・ア・キ・トだっ! 覚えとけっ! ポジションはルークだ。お前と前衛で組む、ルークだ! 背中には注意しろよ」

 ふむ、感情を御しきれないタイプだな。死ぬのはルークから、とよく言うが、ポジションの脱落率に加え、この性格。こいつのフォローはきっと俺の役割なんだろうな。

「お、落ち着きなよ、みんな。今は仲間なんだから、仲良く、ね?」

 中肉中背の優男が場を取り成す。

「補欠のキング、1-Aの佐伯さえき将門まさかどです。自分は控えだけど、チームをバックアップできるように協力させてもらうよ。村田くん、冷静に。麻生くんも、落ち着いてね」

「ちっ」

「ああ。心得た」

 一通り紹介が終わる。

 この流れから行けば、間違いなく残りの一人が次にあいさつするはずだが、さっきから座って体を斜めに向けている女は我関せずみたいな顔でまぶたを閉じている。

 佐伯将門が声をかける。

「あ、あのー。1-Bの人だよね。あの、自己紹介を…」

 佐伯がそう言うと、女はうっすら目を開けて、薄い目で俺たちを見る。

「霧沙。渡辺わたなべ霧沙きりさ。特進1-B。キング」

 そう言って、また瞳を閉じる。座っているが、霧沙の身体は小さい。氷雨より少し高いくらいか。155、6くらいだろう。一本一本が、まるで絹のように細くしなやかなロングの黒髪をカチューシャで留めている。

「渡辺さん。あの、他にいう事は?」佐伯言う。

 霧沙は再び目を開けて、佐伯を見つめる。不機嫌そうに細めた目は非難するように佐伯を射抜き、そしてゆっくりと全員の顔を眺める。

「名前は聞いていた。今、顔も覚えた。霧沙に従っていれば勝てる。それだけ覚えていればいい。あとは好きなようにやってくれ。霧沙は別に気にしてない。じゃ、おやすみ」

 不思議ちゃん系、というやつか。このタイプは人相から内面を推し量るのが難しいな。だが、目は大きくくっきりとした二重瞼で、顔は小さくしゅっとしている。浅黒い肌が健康的で、足は細く長い。もしかしたら東南アジア系の血が混じっているのかもしれないな。

「ったく。1-A以外は問題児ばっかりかよ」村田が息を吐く。

 たぶん今、全員が「お前もだろ」と心でツッコんだはずだ。

 一応、確認しとくか。

 ポーン。俺。

 ルーク。おなちゅうの敵意くん、もとい村田アキト。

 クイーン。氷雨。

 キング。今の不思議ちゃん、渡辺霧沙。

 ナイト。好き好き大好き、中田太郎くん。

 ビショップ。お軽いギャル、岡類。

 控えキング。人の好さそうなもやし、佐伯将門。

 この七人で、桜花祭の親睦試合を戦う訳だ。


「自己紹介は終わっているな? 今日から桜花祭まで、毎日放課後一時間、練習してもらう。クラスの出し物の準備はその後で入ってもらう。七人いるから、三対四での訓練がメインだ。慣れてきたら色々組み合わせを変えていくが、まず今日は前衛のポーン、ルーク、キング。後衛のクイーン、ナイト、ビショップに分かれて、控えキングは試合のたびに両方に入ってもらう。前衛ならナイトで、後衛ならポーンの役割をしてもらう。いいな、佐伯」

「はい」

 1-Aの担任、学年主任の木村が佐伯を見て頷く。頷き返した佐伯が俺たちを見回してまた頷く。だが、頷き返したのは中田くんだけだ。

 佐伯が早くも疲れたような吐息を漏らす。

「さっそく練習に行って来い。親睦を深めるには、何よりお互いを知るのが一番だ。先生は職員室に戻っているから、何かあれば呼んでくれ。職員室にいなかったら、A組の出店テントか喫煙所にいる。佐伯、みんなをまとめてくれよ」

「はい」

 木村が教室から出て行く。佐伯将門、木村のお気に入りらしいな。まあ教え子の残りが岡類と村田アキトだからな。仕方ないと言えばそうだろう。

「よしっ、さっそく演舞場に行こう。みんなジャージに着替えて、十分後に現地で」

 佐伯がそう言い、みなでぞろぞろと更衣室へ。

 男子更衣室。

「佐伯、名前カッコいいよな。将門って、あの将門からか?」

 中田くんが佐伯に話しかけながら学ランを脱ぐ。

「親が歴史好きでね。名前負けしてるって、よく言われる」

「そうか? 将門いい名前だと思うけどな。俺なんか中田太郎だぜ。真剣に考えたとは思えないんだけどな」

「中田くん名前ネタに弱いよな」俺言う。

「麻生だってさ。まず名字がカッコ良いし、名前も将って、なんか今どきっぽいだろ。村田は、名前のアキトってどんな字だ?」

 中田くんが村田アキトに話を振る。

「アキトは片仮名だ。どうでもいいだろ、そんな事。中田、なんか爽やかでウゼえ」

 村田アキトが突っかかってくる。だが、そこは中田くん。へりくだりもビビりもしない。

「ウゼえって思うのは、俺がまだよそ行きだから。こういう時ってさ、ウゼえけど、誰かがそういう役回りをしなきゃいけないって、俺はそう思ってる。村田がさ、そう言うの嫌いな奴だってのは分かった。俺は、お前にはもう気を遣わない。だから、会話くらい、普通にしようぜ」

「………。お前が使えるやつだったら口きいてやるよ」

「いいよ。真っ直ぐなのは、欠点で長所だ。お前はそれでいいと思う」

 中田くん、大人だな。

 着替えて、演舞場で女子を待つ。

 ジャージ姿の氷雨、岡類、霧沙が現れて、再び佐伯が声を上げる。

「とりあえず、一戦やってみよう。連携も相性も、まずはそこからだ。俺は最初、後衛に入ってクイーンをやる。先生はああ言ってたけど、ちょっと配置を変えてみたい。同じクラス同士の相性もあるしね。その方が、お互いの特徴が分かるはずだ。それ見て、前後衛のバランス見て、偏っているようなら今後その都度俺がどこかのポジションに入る。さあ、やろう!」

 七人が演舞場に入り、青白い防護フィールドが浮かび上がる。

 αチーム、俺、村田アキト、氷雨対、βチームの佐伯将門、霧沙、中田くん、岡類。

「ダーリン。面制圧の打ち合いの後、私は佐伯を潰しに行く。ダーリンはどう考えている?」

「こっちは一人少ない。どう戦ってもどこかで一人は二対一の状況になる。三人でまずクイーンの佐伯を倒す。どうだ、村田アキト?」

「話しかけんな! 殺すぞっ!」

 駄目だこいつ、周りが見えていないな。

「仕方ない。氷雨。開幕で佐伯下ろしだ。中田くんの射撃と、念のため霧沙も警戒だ。イレギュラーだが、村田は遊撃で行かせる。俺とお前のペアだ。行けるな?」

「ああ。1-C組の意地、見せてやろう」

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