絶対無敗のスカーレット
第63話 絶対無敗のスカーレット 1/2
日曜日。正午。俺たちは須藤道場に集まっていた。
いよいよ今日か。二時からはロリコン師範代が来て、道場の跡継ぎの座をかけて戦う。
試合に出る俺と凛子、氷雨と太一、そして凛子の妹の柊子は早めに昼食をとり最終調整。
「普通に考えれば先鋒は氷雨。次鋒が柊子。中堅、太一。そして副将が凛子か。当然だが俺が大将だな」
「でも、向こうも考えてると思う。師範代筆頭の志木さんは中堅か副将で出てくると思う。先に三勝した方が勝ちなんだ。律儀に実力順では来ないと思う」
凛子が考えを口にする。
「太一さま、調子はどうですか?」柊子が口を開く。
「うん。問題ない。先鋒は俺が行こうと思う。どうかな?」
「いいんじゃないか? 井上は計算に入っている。初戦で確実に勝ち星を得るのにうってつけの人材だ」氷雨言う。
「ねえ、怒らないで聞いてね。さめさめは大将で出て欲しいんだ」凛子が申し訳なさそうに口を開く。
「えっ?」
「確かにな。氷雨のやる気は疑うべくもないが、勝負はチーム戦だ。先に三勝した方の勝ちなら、大将戦までもつれ込むべきではない。理想を言うなら中堅まで三連勝で勝ちをさらいたい」
「し、しかし」
「これは碓氷を軽んじている訳じゃない。でも、現状で一番この試合に向いていないのは碓氷なんだよな。チームが勝てば良いと思って、割り切ってくれないか?」
「そう、そうだな。私のわがままとりんりんの人生を秤にはかけられない。分かった。私が大将だ。だが、みんな。絶対に勝ってくれ」
あれだけ想いを募らせていた氷雨の事だ、辛いだろうな。
だが、俺たちは勝つために練習してきたんだ。ここで負けたら、それこそ氷雨に申し訳が立たない。
「じゃあ、太一、柊子、将、私、さめさめの順でいいよね」
「なるほど。俺か凛子がローリーと当たる可能性を考慮した布陣か。俺に異論はない」
「ん? 姉さま、なんで将さんが先なんですか?」
「それはね、最悪私が捨て駒になるためだよ。将と志木さんが戦ったら勝敗は分からない。でも他の相手に私が負ける事もない。でも、仮に志木さんが副将で来たら、中堅の将は勝って、志木さんと当たる私は恐らく負ける。この組み合わせなら確実に一勝一敗以上に持ち込めるんだ」
「なるほど」
二時十分前、道場にローリー以下、男女四名がやってきた。
「凛子くん。話は聞いてるよ。クラスメイトに助っ人を頼んだらしいね。勝ち目がないから、目標を思い出作りに替えたのかな?」
「志木さん…」
志木将之、通称ローリー。どんな奴かと思っていたが、とりあえず、サングラスが似合ってない。浮かれ気分で遊びに来ちゃった中国人観光客を彷彿とさせる。当然小太りだ。
「おいブタ饅頭。くん付けとかキモイわ。そういう発言は自分の外見を考慮して言え。ブタでロリコンとか救いようがないぞ」
「何だい、きみは?」
「麻生将だ。実家は餃子屋さんをしている。俺は今お前の外見に憎しみすら覚えている。試合で当たったら、その勘違いキャラを叩きなおしてやるからな。俺に負けたら語尾をござりましたてまつる~、に替えろ」
「ふっ、若いなあ」
ローリー言う。
「おい、太一。あいつ今殺してもいいか?」
「試合までとっとけ。たぶんみんな気持ちは同じだ」
「そこまでだ。志木くん。今日はよろしく頼みます。準備をしてきなさい」
「師範。それではさっそく」
永琳の脇を抜けて、五人の観光客が更衣室に入る。
んで、出てくる。
出てきたが、何だ? 一人多い。
「ふぉ、ふぉ。凛子。大変な事になったのう」
「おじいさま」
鶴のように痩せた、白い爺さんが道場の中央に立つ。
「審判のジジイじゃ。みな、潔くな」
場にいる須藤道場の人間が爺さんに頭を下げる。凛子の祖父か。背が高い。凛子の身長はこの人からの遺伝みたいだな。
「早速参ろう。先鋒、前へ!」
太一と相手のモブが一礼して中央で向かい合う。
その時、太一が振り向いた。
「凛子」
「なに?」
「勝つから、見ててくれ」
凛子が頷くのを見届けると、太一の顔つきが変わる。
「始めっ!」
相手のモブが、開始の合図と共に雷切を練る。
だが、太一の方が速いっ!
「かまいたち、
風の刃をモブがガードする。ガードするが、その分雷切の完成が遅れる。
「
太一が手刀で切り付ける。風を纏った左腕が相手のあごを捕える。
「まだっ!
相手の腹に深く沈む右拳。モブの態勢が崩れる。
そこから手足の乱打。太一が押している。だがここで、相手は雷切を完成させる。
モブが動いた。距離を取り、回り込むように速さで揺さぶりをかける。
太一が立ち止まる。
斜め八時方向からの突撃。太一の後ろからだ。
だが。
「
回転するように、太一が右足を一閃させる。
ぎりぎりで躱したモブが、次の瞬間太一を見失う。
「くらえっ、
背後からの渾身のかかと落とし!
モブが地に手を付く。
「そこまで」
味方からは拍手喝采。太一は涼しい顔で相手を助け起こし、こちらに戻ってくる。
「太一。流石だな」
「よせよ。まずは一勝だ、ここからだぞ」
「さっすが太一さま。カッコよかったです」
「柊ちゃん」
「次は私ですね」
柊子が道場中央へと向かう。
「凛子、太一に何も言わなかったな」俺は声を落とし、隣の凛子に話しかける。
「別に。太一ならやれるって、知ってたから」
「分かってないな。男はみんな赤ちゃんなんだぞ。できたら褒めてあげる。分かりやすい愛情が子どもを育てるんだ」
「何の話なんだか。次、柊子の番だね」
「始めっ!」
爺さんの合図と同時にモブの女が柊子に突っ込む。体格差はそのまんま大人と子どもだ。
ここ数日の練習で柊子の戦闘スタイルは知っている。
雷切のオンオフ。これが柊子の持ち味だ。
雷切状態の柊子が強襲する。モブガード。柊子は距離を取り、雷切を解除する。
戦闘に置いて、スピードは生命線だ。だが、速いだけの動きでは勝ちは拾えない。
緩急、強弱、動静。
まだ未熟な柊子にとって、この一瞬の休憩が継戦の要だ。足りないエーテル総量と体力を補う術。
相手は雷切を纏わず柊子に近づいていく。そして打ち合い。
柊子は腕だけで攻撃をいなす。そして受け、カウンター。入った! 転瞬、柊子が怒涛の攻めを見せる。
足裏に雷切を発動させ、回避しながら上下左右の打突!
しかも全ての攻撃が回り込むように相手死角から放たれる。
その動きはまるで
相手モブ女は防戦一方だ。そこでモブが動く。雷切で距離を取り、まとわりつく柊子を引き離す。
柊子がまた雷切を解く。
次の瞬間!
モブの女が火炎系魔法を放つ。跳躍して躱した柊子の上に、超速で追いすがるモブの姿。
「ぎゃん!」
諸手打ちの拳が柊子の背を捕える。柊子が床に叩きつけられる。バク転して周囲をチェックする柊子。その後ろには、片手に雷撃魔法を蓄えた女モブの姿。
「そこまで」
爺さんの一声。柊子が肩を落とす。
負けたか。だがまだ一対一だ。
「ごめん、姉さま。負けちゃいました」
「静にする動き、雷切を切るタイミング読まれてたね」
「太一さまも、ごめんなさい。せっかく良い流れだったのに」
「柊ちゃん。全力で戦った仲間を責める奴なんていない。だから謝るな。あとは将たちに任せればいい。やるって言ったらやる男だ。信じて待てばいい」
「はい」
次は俺の番だ。
道場中央に立つと、目の前にはローリー。
「お前か。覚悟しとけよ。勝つのは俺だ」
「ふっ、よろしくな」ローリーが言う。
だからさあ、その二枚目みたいな発言をやめろと言いたい。サモ・ハン・キンポーのルックスでトニー・レオンを気取っているようなものだ。いや、もっと言うならグオ・ダーガンの見た目でアンディ・ラウを意識してるみたいな感じだ。もっと言うならチャン・グオリーの顔面で…
「早く始めろ」
「おい、心にツッコむな」
「全部声に出てたわっ!」
「将さんって、やっぱりバカですね」柊子言う。
「まあいい。本当の戦闘という物を教えてやる」
「くすっ、期待しているよ」
「それでは、始めっ!」
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