第64話 絶対無敗のスカーレット 2/2
一礼して、目の前で構えるローリー。
俺は敵の人相を見る。美醜でいけば飛び切りのブサイクだが、目が落ち着いているな。
しかもそこから心の内が見えてこない。ただ、このタイプが熱血で最初からバシバシ来る事はないだろうな。
という事は、立ち上がりは様子見だろう。
「少年。どうした、構えなさい」爺さんが言う。
凛子が言うのなら、強い事に間違いはないのだろう。ならばそのペース、崩させてもらう。
俺は腰を落とし、両手をだらりと下げる。身体は正対。
「始めっ!」
かけ声と同時に、一瞬視線を交わし合う。ローリーの目が細くなる。
ローリー。今、静かな立ち上がりを想像したな。大間違いだ。
瞬時に雷切を身に纏う。そして突撃! 間一髪で躱したローリーが立て直す前に火炎系魔法の散弾を乱れ撃つ。
「ピザポテトっ!」
中空に浮遊する火炎と物質の小隕石。
ピザポテトは回りながらゆらゆらと上下左右に揺れる。
タイミングは、今!
狭くか細い道筋。だが、その僅かな瞬間、俺とローリーの間の道を塞いでいたピザポテトの弾が綺麗に避けていく。
俺は雷切で加速しながら右手に氷の刃を形成する。
「ジャイアントカプリコZ!」
右手での、全力の槍攻撃。氷と水流の刃が一閃する。
ローリーは避けられない。避けるために雷切で移動すれば、ピザポテトの散弾に当たるからだ。
ローリーが両腕でガードする。
そんな物で、止まるものか!
槍先にエーテルを叩き込む。エーテルの炸裂と氷水の竜巻がローリーの身体をぶっ飛ばす。
ローリーがフィールドぎりぎりで踏ん張る。俺はさらに追い打ちをかける!
浮遊するピザポテトを全てローリーめがけて衝突させる。
「ピザポテトオーバーロード、メイクイーン!!!」
例えるならロケット花火の大量射出。爆炎がフィールドを揺らす。
まだだっ! 右手のジャイアントカプリコZをかざし、錐揉み状に突撃する。
やつの肩にカプリコが突き刺さる!
「止めだっ!
反転する火炎魔法と氷結魔法の相転移。
空気を歪めるエーテルの波がローリーに届く刹那、槍先から抜け出したローリーが雷切を完成させる。
肩の肉ごと引き裂く嫌な感触。同時に視界からローリーが消える。
「
俺は全力で離脱する。速さだけなら雷切と雷切、互角だ。
そう思ったが…
「雷切、
気が付けば至近距離にローリーの気配。左脇腹に丸太のような蹴りを食らう。無茶苦茶重い! エーテルの障壁を脇腹に集めた瞬間、今度は顔面に正拳突きが来る。
顔を守ろうとすると、次に脚が。脚を防御すると腕が。
ローリーの雷切は俺よりも早く、そして俺のエーテル障壁を見て、障壁の薄い場所に攻撃が来る。
守り切れない。どうすればいい?
戦闘中の思考は一瞬。言葉が甦る。師匠であり、兄嫁であるあの人の言葉。「分からないなら、全力で圧倒しろ」
エーテルをフルチャージする。左胸が痛む。膨大なエーテルの奔流。
全身にエーテルの障壁で面防御を施す。ローリーの足の薙ぎ払いが障壁で止まる。
全力で防御だけすればローリーの攻撃は俺に届かないらしい。
「まるで亀の甲羅だな。そうやって首だけ出してるつもりかな?」
「安心しろ。言われなくてもその喉笛、食いちぎってやる」
俺は障壁を解除する。ローリーもあの瞬消とかいう雷切をやめて、通常の雷切に戻る。
「でも驚いたよ。その年で『格闘』ではなく『戦闘』ができる子がいるなんて。しかもそのスタイルはこの国の軍隊の戦闘に似ている。言わずもがな、この土地に巣くうモンスターや無機魔法生物を討つ国軍の戦い。もしかしてきみの家は『
「どうでもいいお喋りはやめろ。俺の実家はしがない餃子屋さんだ」
「ふうん。言いたくないのかな。でも僕には分かるよ。きみの戦い方は『対人』ではない。人為らざる者との戦いを見据えている人間の戦い方だ。さっきのきみの槍の攻撃。殺してでも勝とうと思ったら、当て場所を変えて勝つ事はできたんじゃないかな?」
「あれが俺の全力だ」
「まあいいけどね。でも、この試合で勝つのは僕だ」
当たりだ。俺は胸の中で答える。
俺は兄貴の命を奪い、母さんの人生を奪ったあの無機魔法生物のような生き物を、この国から駆逐したい。そのために、今まで戦って、鍛えてきたんだ。
そんな俺が、例えただの格闘試合とは言え、人間ごときに負ける事は許されないっ!
「お前と俺では、覚悟が違う。見せてやるよ、俺の戦闘を」
漆黒の第六魔法、重力の帳を下ろす。
この前のように、自分の周りだけではない。防護フィールドで区切られた道場一杯に、地上にあるもの全てが逃れられない自重の重みを加速させる。
空間まで歪む、重力の圧迫。
「こ、これは…」
ローリーが息を呑む。限定空間なら、その加重だけで敵を倒せる俺の重力の牢獄。
「勝手ながら、雷切は封じさせてもらった。この結界の中で速さは意味を失う。それでも戦うというなら相手になろう」
ローリーの目に光が宿る。なるほど。スピード以外の何かで、まだ勝算があるらしいな。
ローリーの両手足が帯電する。
感電狙いか。
歩み寄り、にらみ合い。
ローリーの左手が伸びる。右手の小手で払い、体を回転させ、左足の甲でぶった切る。
ローリーは躱し、次の瞬間、右手が顔を狙ってくる。
狙いは足技での制圧か!?
コンマ数秒前に気付き、左足を立ててガードする。だがガードした足に走る電気の痺れ。
左右、前蹴り、回し上段。
この重力下で、なお早いローリーの連撃。
ならば。
「雪花っ!」
氷の鉄球が降り注ぐ。
打ち付けた先から凍らせ、ローリーの足と地面が繋がる。
「メルティーキッス!」
凍らせ、封じ込めたローリーの足から、強制的にエーテルを吸い取る。
力が抜け、ふらふらと揺れる上半身に、左手に纏わせた氷と障壁の徹甲弾でローリーの顔面を打ち抜く。
「ガーナチョコレート!」
重い左フックが決まった。
ローリーがゆっくりと倒れていく。
「そこまで」
爺さんの声が道場を揺らした時、声を上げる人間はいなかった。
道場が静まり返っている。
そうさせた原因は、俺が武道の試合ではなく、戦闘をしたからだ。
重力魔法を解く。凛子の爺さんが少し苦しそうに息を上げている。
仕方がなかったが、魔法の影響下に巻き込んでしまったな。
俺は爺さんに近づき、声をかける。
「爺さん。大丈夫か?」
「ふぉ、ふぉ。何のこれしき。いい物を見せてもらった。嫌なら答えなくともよいが、その戦い方、『スカーレット』か?」
「いや、『ヴァーミリオン』だ。昔、兄貴がその部隊にいた」
「国軍二位の精鋭部隊か。どうりでな」
国軍、最精鋭軍団、紅蓮。別名クリムゾン軍団の連隊は六つ。
爺さんの言う通り、その第二位が、兄貴のいたヴァーミリオン連隊。ちなみにその頂点に立つ絶対無敗の部隊をスカーレット連隊と呼ぶ。
俺はいつか兄貴を超えて、スカーレット連隊に入るのが夢だ。
「少年。一つだけ忠告しようか」
爺さんが口を開く。
「なんだ?」
「お前さんの、その独特の甘さ。実戦に出た時に自分の、いや、もしくは仲間の血を見るかもしれんぞ」
「………」
「気にするな。ジジイのたわ言じゃ」
快活に笑う爺さんの笑い声。
血を流すなら、それは俺の血であって欲しい。
そんな考え自体が、やっぱり甘いんだろうな。
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