第62話 バトルフリークス 2/2


 次の日。

 今日は祝日だから学校は休みだ。そんな訳で、俺たちは須藤道場を訪れる。

 時間が早いせいか、まだ道場には人が少ない。だがそれでも何人かの生徒が熱心に組手を行っている。

「こんにちは。ご無沙汰してます、井上です」

「お久しぶりです」

「おお、太一くん。鏡花ちゃんもか。凛子、後ろの人たちは高校のお友だちかね?」

「うん。試合に出てくれる、同じオウカの仲間」

「そうか。凛子の父の須藤すどう永琳えいりんです。今回は本当にありがとう」

 胴着姿の凛子の父親が俺たちを見る。

 俺たちは自己紹介し、さっそく中へ通される。

 道場の規模としては中程度だろう。道場に隣接して整骨院の診察室が見える。ここからは見えないが、おそらくその奥に凛子たちが暮らしている家があるのだろう。

 弟子っぽい鼻ッタレがお茶を持ってきて、俺たちは荷物を置いてさっそく稽古着に着替える。

「おい永琳。今日はロリコン師範代はいないのか?」俺聞く。

「ああ、決闘が決まってからは道場に顔を出していないんだ。彼について行った門下生たちも同様だ」

「なんだ、そうなのか。ここにいたら練習と称して何人か血祭りに上げてやろうと思っていたのだが」

「あんたね、志木さんをナメ過ぎ。ほんとに強いんだから」凛子が口を挟む。

「ふざけるな、相手は敵だろうが。そんな奴の肩を持ってどうする。それかあれなのか、ローリーはお前のタイプなのか?」

 そう言うと、太一の身体がぴくっとする。

「ち、違うって。小っちゃい頃から知ってるし、尊敬もしてるし、だけど別に恋心なんて…」

「おい、ハニかんでいる場合か。いつものお前ならウンコだって平気でフェラチオできるではないか」

「誰がスカトロJKやねん」


 さっそく練習が始まる。

 まず、俺の相手は永琳だ。氷雨たちはまたも見学からのスタートだ。これぞ主人公の特権というものだろう。

「独学で雷切を学んだと聞いたよ。私が今から見るのは、その独学の悪い点を直させてもらうためだ」

 ならば削り合いの乱打など無意味。俺はエーテルを展開し、雷切を発動させる。

「来なさい」

 永琳が構える。永琳は雷切状態ではない、通常戦闘のエーテルを身に纏う。

 俺は昨日一日練習して、家に帰ってからも対、雷切のイメージトレーニングをしていた。

「しっ!」

 右に飛ぶ。真っ直ぐに永琳には向かわない。

「雷切、オリジナル、跳躍狼走リードホッパー!」

 縦横無尽に道場の中を駆け巡る。俺の目は雷切に追いつけない。だが、見えないのなら、見る必要をなくせば良い!

「忠告する。道場のフィールドを今のうちに上げておけ」

「了解だ」

 弟子たちが追加でフィールド維持に向かう。俺はそれを確認すると詠唱に入る。

「雪花二式、降注雪落雷ふりそそぐゆきのらくらい!」

 縦方向に降り注ぐ雪の雷。通常の雪花と違い、二式は早く、鋭い。

 永琳が雷切を発動する。

 躱しているのか? 手応えがまるでない。雪花も二式も広範囲魔法だ。継続は難しい。

 やがて弾切れになる。だが俺は動きを止めない。跳躍狼走はまだ健在だ。

「次っ、爆ぜろ爆炎、カラムーチョ!」

 炎ではない、マグマだ。マグマの槍たちが狭い道場を駆け抜ける。

 さっきの二式の氷と、カラムーチョの熱で、視界は霧に包まれている。

 俺はこれを待っていた!

「ちっ、将くん、反作用狙いかっ!?」

 永琳が意図に気付いて突撃してくる。勝負はここからだ。

「第六魔法、範囲重力フィールドプレッシャー!」

 自分を除く、自分の周りに重力の壁を作る。永琳が反作用攻撃を止めたいのなら俺を討つしかない。だが俺の周りには強制的に動きを止める重力の障壁。

 俺は雷切の速さを生かしてランダムに逃げる。

 見えないのだからこの速さだけを生かし的を絞らせず、攻撃は広範囲魔法。これが俺の戦術だ。

 エーテルの充填が整う。

「くらえっ、反作用…」

「将くん、全て防御に回せっ! 雷切、覇天はてんっ!」

 や、ヤバい! 反作用攻撃を中止し、範囲重力の壁を一点に集める。

 次の瞬間、光の帯が走る。腹には激痛。俺の身体は遥か彼方までぶっ飛ばされ、フィールドにぶつかる柔らかい感触がした。

「な、なにが…」

 霧が晴れる。

 永琳の身体が白く輝いている。歌うように競う、雷の化身。

 これが凛子の父親、須藤流白兵術の継承者、須藤永琳か。

「参った。俺の負けだ」

 言う他ない。あんなポテンシャルを見せつけられたらそれしかないだろう。

 負けたか。久しぶりに負けたな。だが、俺に悔いはなかった。


「将くんのは雷切ではない。雷切の仕組みを知っている者が真似ただけの物だ。須藤流の雷切は両手足の打ち合いをたっとぶ。だが将くんのは雷切を回避手段として特化させ、広範囲魔法で制圧する、という物だ。これでは須藤流の流儀に反する。だが、その自由な思考は、だからこそ強い。恥をさらすのなら、子ども相手に奥義の一つ、覇天を使ったのは生まれて初めてだ」

「試合では使うなという事か?」

「いや、これも今という時代の風潮だろう。変わらぬ物などない。私や凛子が守りたいのは、須藤流の精神だ。それに、勝つことにこだわるきみの闘いは清々しかった。武を志す者にとって、やはり勝利とは特別なものだ」

 勝つという事。それは負けないという事。突き詰めるなら、死なないという事。

 生きざまを誇って散る事は、今の俺には出来ない。担任の和子が教えてくれた言葉。

『有くんは死んだ! そしてあなたは生きているの! あなたが仲間を庇って死んだら、私はあなたを許さないわ。守りなさい、そしてあなたも生きなさい。命という言葉に酔って言葉遊びするのはやめなさい。絶対に死なせない! 私は胸を張って言えるわ、この命に代えてもね』

 あの時、寒気がした。命を賭けるとはこういう事かと思った。そして俺には、まだ本当の意味で命を賭ける資格すらない事を知った。


 今、道場では太一と氷雨と凛子が、有段者と組手をしている。

 俺と永琳、テルと鏡花は師範が座るうてなから練習を見守る。

「永琳。俺の段階の雷切習得者が次に目指すものは何だ? 視覚強化以外で」

 そう聞くと、永琳は眉を寄せる。

「そうだな、基本通りに行くのなら、姿勢制御の反射化だろう。その意味で凛子の指摘は間違っていない。だが私は、きみに雷切発動までの時間短縮をあえて勧めたい。それはつまり、雷切を効率良く維持する事につながる。さっき戦って分かったが、きみは基本姿勢を維持するのに無駄なエーテルを使っているように見えた」

「あと数日で可能か?」

「きみ次第だ。今、全力で雷切を使って何分持つ?」

「八分と少し」

「凄まじい才能だな。だが『へい』、つまり基本姿勢維持が効率化できれば、少なく見積もっても三割の余剰が出る」

「十分は雷切で戦えるという事か」

「私を除いて、今道場では今回の敵、志木くんが十五分で最長。次いで凛子が七分だ。あの子が志木くんに勝てない最大の要因がこれだ。エーテルの総量と維持効率が違い過ぎる。だが、きみならば勝機がある。もちろん、他に回すエーテル量によって持続時間は短くなる。ましてきみのように広範囲魔法で攻撃していればすぐに底をつく」

「あとは広範囲魔法の使いどころか」

 はっきり言おう。真面目なバトルシーンが続くと、だんだん作者がダレてくる。このまま作者にストレスがかかり続けると、通りすがりの女子の身に危険が及ぶので、俺はテルに話を振る。

「おい、テル。俺のイメージトレーニングに付き合ってくれ」

「ん? なに? 僕にできる事があれば」

「お題を出すぞ。見知らぬ女と盛り上がって自宅に招いたとしよう。俺はエロい事がしたい。だが俺ののぶタンは酒のせいでお疲れのご様子だ。この危機をいかにして切り抜ける?」

「うーん、もう自宅に呼んじゃったんだよね。そこで何もしないのは確かにかっこ悪いね。お前のこと大事過ぎてってのもなんか違うし」

「それで?」

「今日はラマダンの日だから、って言うのはどう?」

「70点だ。もう一声」

「じゃあ、のぶタンに箸が刺さってるから今日は抱きしめて寝るだけな、ってのは?」

「どんな状況だ、それ」

「その人はち○こリコーダー計画の主任なんだ。風穴を開けている最中だったって事で」

「おしっこをしたら水芸みたいになってしまうではないか。まあいい。さすがはテル。異次元のボケを持っているな」

 あー、やっぱり下ネタって落ち着く。

 そう思っていると、永琳が俺を見ていた。

「どうした、さすがに不謹慎だったか?」俺聞く。

「私なら、壊れてみる」

「は?」

「いざセックス、って時に突如壁にパンチを叩き込んでまず指の骨を折る。そして限界まで長座体前屈をして腰を痛める。そして反復横跳びしながら女を追いかければ完璧だ。女は去るが、不能と思われるよりマシだ」

「ふむ。深いな。二重の意味で壊れるのか」

「うん。さすがだね」

「ごめんなさい、あなたたちなんなの?」

 鏡花がドン引きしている。

「くすっ」

 その時声が聞こえた。

「あなたたちが姉さまの友だち?」

「そうだっちゃ」俺言う。

 見ると、栗色の髪を後ろで結んだ幼女が俺たちを見ている。中学生くらいか。もしかしてこいつが凛子の妹か?

須藤すどう柊子しゅうこです。姉さまがお世話になってます」

「麻生将だ。実家は餃子屋さんをしている」

「湯本照美だよ。テルくんって呼んでくれればいいから」

「柊子ちゃん久しぶり。ちょっと背、伸びたね」

 互いに挨拶を交わす。

「あ、太一さまは今組手か。残念」

『た、太一さまあっ?』俺とテルが声を上げる。

「私ね、将来は太一さまのお嫁さんになるのっ!」

 新たなフラグが、立とうとしていた。

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