争え、その椅子を

Dear my angel

第31話 Dear my angel 1/2


「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをして貰います」

「なめてんのか」

 教壇でロワイアルな事を言う山寺和子に、うちのツッコミエース、凛子が牙を剥く。

 林間学校からはや二週間。七月には期末テストがあるが、今から一カ月ちょいは特にイベントもない、いたって穏やかな日常が待っている。

 今年の梅雨入りは早かった。今日もほれ、窓の外はしとしとと雨が降っていて嫌な六月の空が広がっている。

 林間学校が終わって以来、生徒たちはちょっとした燃え尽き症候群に陥っている。それは俺も同じだ。雨降ってるから体育も実技も屋内。人とて本来は野を駆ける獣だ。部屋の中ばかりじゃ息が詰まると言う物だ。

「皆さんが入学してからもう二カ月。そろそろ席替えをしたいと思っています」

 和子の声に、モブたちはおぉー、と歓声を上げる。

 席替え。学生の運命フェイトを分ける儀式。好きなあの子の隣でドキドキ、後ろ窓際の席で「くだらねえ」とプチヤンキーを気取ったり、教壇の真ん前になって絶望したり。

 しかし席替えか。俺は名字が麻生だから出席番号は1番だ。当然、窓際最前列の席。目の前は教師の机だから席替えできるなら、教壇の前以外どこでもいい。

「私のクラスでは席替えは完全実力主義です」

 モブたちは良く分からないという顔をしているが、なにせ席替え。みな一様に取り柄のない顔を興奮で染めている。

「出席番号順に男女三人ずつで、六人一組になってください。その中で話し合って好きなゲームをしてもらいます。上位二名が決勝に進む事。ちなみに一名欠けた部分には私が入ります。決勝はバトルロワイアルドッジボール! さあ、張り切っていくわよっ!」

 和子のテンションがいまいち分からないが、まあいい。確認だが我がクラスは柴田鏡花のブッチにより35名。そこに和子が入り、六人六組のグループから上位二人ずつ出て12名。これを六対六に分けてドッジボールという訳だ。

 そんなこんなで早速チームに分かれる。男子は麻生の俺、井上の太一、モブ、女子は碓氷の氷雨、モブ、モブとなる。

「上位二人が決勝って言ってたな。どうする? 誰かやりたいゲームはあるか?」太一が仕切る。

「これが一人ならダーリンに喜んで勝ちを譲るが、今回は二人決勝に残れる。私が遠慮する理由はどこにもないな」氷雨が息巻く。

「ワガハイはテニスがいいなあ~」オスブタが言う。

「なんだ貴様は。揚げ物なら消しゴムでも食べれそうな顔しやがって。当然却下だ」

「ぶ、ぶひ~」

「ゴム跳び」女モブAの発言。

「あやとり」女モブBの発言。

「昭和かよ。ジェネレーションギャップだな」

「いや、同い年だ」氷雨がツッコむ。

「将。お前は何かないのか?」太一聞く。

 俺はおもむろにポケットからウノケースを取り出す。

「これだ」

「持ち歩いてるのか、どんだけ好きなんだ」

「だが一番まともな提案だな。他に案がなければダーリンの意見を採用しよう」

「どうだ、むしろ太一はどうなのだ?」

「お口でマシュマロキャッチ。からし饅頭ロシアンルーレット。ポッキーゲーム」

「全部パーティーゲームじゃないか。しかしポッキーゲームはありだな。あれだろ、二人でポッキーの端を咥え合って食べながら短くするやつだろ。キスできちゃうな」

「待てダーリン。私とポッキーゲームなら異論ない。だが女モブたちとはダメだ。ついでに私が井上やブタとキスするのもご遠慮願いたい」

「合コンでは普通だぞ」太一言う。

「あきまへんえ」氷雨言う。

「もういい。ウノだ。って言うかウノじゃなきゃ嫌だ」

「仕方ないな。みんなもそれでいいか?」

 モブたちが頷く。俺は早速カードを切る。各人に七枚ずつカードを配り俺は深呼吸する。負けは許されない。俺はウノの神さまに祈る。

 ジャンケンで順番が決まり一人目は太一。

「ド、ドロ4だと!?」

 1ターン目でのまさかのドロ4。次は氷雨!

「スキップ!」

 俺が飛ばされてブタに被弾する。

「氷雨、悪い子だ」ブタ言う。

「案外ハードボイルドだったっ!」太一ツッコむ。

「っていうか呼び捨てにすんじゃねーよ、屠殺とさつするぞブタ」氷雨が威嚇する。

「間に合ってますう~」ムカつくな、こいつ。

 その後もバトルは続く。つぶし合い。このつぶし合いこそウノの醍醐味だ!

「ドロ2!」俺ターン。

「リバース」ブタターン。

「ぐああぁー」

「まだまだだね」ブタがなんかの王子様っぽく三白眼で流し目を送る。

「これが無我の境地か。ブタよ、侮れんな」

「無我の境地になれば、ワガハイは不二周助でヌケるのだ」

「いや、確かに甘いマスクだが」

「不快なトークすんな!」太一キレる。

 そして最終局面。みな手札の枚数を減らし、にらみ合いが続く。その中で何故か氷雨の手札は多い。溜め込んで放出系か。面白い。場は反時計回り。俺が数字カードを出し、氷雨のターン。

「ダーリン、リバースしても大丈夫か?」

「問題ない。手札はあと四枚だ。なんとでもなるだろう」

「分かった、リバース!」

 氷雨がターンエンドして、俺は普通に数字を出す。これであと三枚っ! 見えてきた、勝利の予感!

「ウノ!」その時ブタが吠える。見ると青と赤の「1」が重ねて出され、やつの手持ちはあと一枚になっている。

「スキップ×2!」女モブAの良く分からん戦略でスキップされて再び俺。当然ブタにターンは渡さない。俺は山札を引き、スキップしてさらに一周回る。太一も山札を引き、氷雨にターンが巡る。

「私か、ダーリン凌いでくれ。ドロ4×2!」

「大丈夫だっ! ドロ2っ!」

「ぶひー」ブタが炎上する。氷雨、やっぱり温存してたな。ブタが山札から10枚。終盤にきてこの枚数は致命的だろう。

「よし、これで上がりだ」

 その時、いつの間にか太一が上がっていた。淡々と上がりやがったな、こいつ。めっちゃ悔しい。とにかく、これで残る枠はあと一席!

「ダーリン、欲しい色は何だ」

「緑だ」

「ワイルドカード、緑!」

「オッケ、これでウノだ!」

 ターンが巡る。

「ダーリン、欲しい色は何だ」

「赤だ」

「ワイルドカード、赤!」

「上がったあああぁ」

「協力プレイすんな!」

「ダーリン、見事だ」

 なにはともあれ勝ちは勝ちだ。俺と太一が決勝へと駒を進める。

 しかしブタ、結構良いキャラしてたな。今後、もしかしたらモブから抜け出して、限りなくモブに近いサブキャラになるかもしれんので名前を聞いておこう。

「おいブタ。名を何という?」

「越前トーマ」

「絶対にサブで使えねえじゃねーか」


 決勝の選手が出揃うまでまだ時間がある。俺たちはウノで白熱していたが時間的には早い方だったらしい。

 俺たちの後ろのグループを見る。大原正人と小原めぐ美がいるグループだ。種目は何をやっているのかな?

「シェパードに陰茎を嗅がれる、し!」

「はいっ!」

 めぐ美が高速で札を弾く。なるほど、ここはかるたらしい。

「次行きます。レッサーパンダに陰茎を嗅がれる、れ!」

「はいっ!」

 まためぐ美だ。まあ、まあいいだろう。

「次。広瀬すずに陰茎を嗅がれる、ひ!」

「はいっ!」めぐ美無双だ。って言うか陰茎以外ないんかい。

「ちはやふってる~」何故か正人が嬉しそうだ。

「おいおい、『全部、出たと?』ってからしマヨネーズの事だからね。決して違うからね。そう言う際どさって大事じゃん。何でも規制すればいいってもんじゃないからね」太一、キャラ変わってるじゃないか。

「おい、お前広瀬すずみたいな子が好きなのか? 確かに可愛いがまだ未成年だぞ。いや、確かに可愛い。クラスにいたら明るい未来を投げ打って条例を犯したくなるくらい可愛い。だが俺が可愛いと思った子はみんなそのあと髪を伸ばす。眞鍋かをりしかり長澤まさみしかり。いや、いいんだよ。伸ばしてもいいんだけど、なんて言うの。なんか、ほらね」

「なあ将。無理するの、やめろよ」太一が伏し目がちに囁く。

「えっ?」

「お前、超喋ってるじゃん。すずの事、すげーマジじゃん。俺に遠慮なんてすんなよ。正々堂々、すずに向かってけばいいじゃん。俺、すずの事マジだよ。怖いくらい、マジだ。お前は違うのかよ? すずの横顔、いつも見てるだろ。俺に隠すな! 俺、お前となら本気で戦える。だからお前も、本気で俺と向き合えよ」

「太一…、俺を殴れっ!」

「えっ?」

「ああ、ほんと。お前って昔からそう言う奴だったよな。いつも真っ直ぐで。俺は、そんなお前が眩しかった。広瀬も、いや、すずも、そんなお前に惹かれたんだろうな。殴れよ。そして、殴り返してやる。俺たち昔の俺たちには戻れないけど、でも、今、なんか嬉しいんだ」

「将おぉー」バキッ!

「やったなあ」バキッ!

「ははっ」

「ははははっ」

 俺たちは寝転がって、高い空に向かい、いつまでも笑い合った。

「今何が起きているんだ」

 氷雨のツッコミが、いつまでも鼓膜に焼き付いていた。

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