林間学校

麻生将のツイてない一日

第25話 麻生将のツイてない一日 1/2


 帰りのホームルーム。担任の山寺和子が喋っているのを聞き流す。話がいつも長いのだ。俺は太一と指ずもうしながらヒマを潰す。

「ま、そんなところね。最後に、委員長から明日と明後日の林間学校について説明があります。二人とも」

 ようやく出番か。待ちくたびれたぞ。俺と氷雨は席を立ち教壇へと移動する。

「愚民ども、よく聞け。リーダー確認を始める。明日はこの教室に七時半集合。夜のですかとか言ったら張っ倒すぞ。クラスで簡単な朝礼を行ったのち、速やかにバスに乗り込み、出発だ。移動は約二時間。トイレ休憩が一回ある。走行中は俺の川本真琴リサイタルと、マジカルバナナ、テルの小話を予定している。バスガイドが美人だった場合、俺以外の男子は接触禁止だ。破ったら殺す」続いて、氷雨が口を開く。

「キャンプ場に着いたらすぐに合同ハイキングだ。一時間程度の山登りを予定している。分かっているとは思うが全員、動きやすい服装で来る事。特に女子、いくら私服での参加とは言え、ダーリンを誘惑する様な華美な服装はNGだ。その後にバーベキュー、キャンプファイヤーとなる。そこで湯本の小話をまた予定している」

「二人とも。僕に何か恨みでもあるの?」俺はスルーして予定の確認を続ける。

「翌日、宿舎で朝食をとった後、各オウカに別れ山を下りながら、対モンスター戦闘訓練。補足だがこの際の昼食は各自で調達する事。ガキの頃から散々サバイバルの授業をやってきたんだ。間違って毒キノコなど食べるな。ちなみに俺のキノコが食べたい女子は事前に申請する事。いや、当日申し込みもOKだ。なんなら今日この後からでもやぶさかではない。この話のメリットとしては俺のキノコを味わいながらテルの小話が聞けるところだ」

「三時にはすべての工程を終えバスに乗り込んでいる事。遅刻は即、死に繋がると思え。帰りのバスでは疲れているだろうからレクリエーションはなしだ。代わりに湯本が延々と小話を続ける」

「あいつら、絶対この流れ打ち合わせてたな」太一が凛子に囁く。

「分かんないよ。あの二人だからマジだって可能性もあるし」凛子が答える。

「僕、本当だったらどうしよう」

 あいつら、声でけーな。丸聞こえだ。そしてもちろん打ち合わせていた。

「今言った流れは、俺と氷雨が丹精込めて作った旅行のしおりにも書かれている。みな、家に帰ったら三十回熟読し、感謝の念を込めて枕元に供え、眠りにつけ。供えたまま忘れるなよ。以上だ」

 俺が話し終わるとモブたちのガヤが響きだす。うむ、調教の成果だ。俺の演説を遮ったらどうなるか分かっているらしい。

 しかしそうか。いよいよ明日なのだな。ここ二週間ほど、毎日打ち合わせやら資料作りをしてきたが、それも今日で終わりだ。

 俺も今日は早めに帰って明日に備えるか。ちょっとだけカラオケに行って喉の調子だけ整えておこう。それに真琴の歌は名曲揃いだが、あらかじめ歌詞を覚えていないと歌いにくい。そう考え、俺たち五人は教室を出た。


 翌日。朝。時刻は七時十五分。

「将。急げ! 本当に間に合わないぞ」

「ふざけるな、ここで生き恥をさらしてたまるか!」

 走る。とにかく走る。神様は何も禁止なんかしてないのに、俺たちは駅前のカラオケ店から全力疾走だ。

「だから二時間でやめようって言ったのに。将くんがフリータイムで部屋とるから」

「うるさい。いいから足を動かせ。おい、凛子、吐くな! 後続の氷雨にかかるだろう」

「もう遅い。りんりんのゲロものすごく臭いな」

「それをあんたが言うな! そもそもあんたが酒頼んだんでしょうが! って言うか、ゲロは、うっぷ、みんな臭いでしょうが」

 凛子、こいつ酒弱かったんだな。元はと言えばこいつが潰れて、暴れだすのを介抱していたらみな疲れて、気が付けば朝だったという流れなのだ。

 校門が見えてきた。ゴールまでもうすぐだ。校庭に足を踏み入れた途端、予鈴のチャイムが鳴った。間一髪だったな。為せば成る、為さねば成らぬ、何事も。

 教室に行く。氷雨と凛子はゲロまみれの制服から体操服に着替えた。シャツにハーフパンツ姿の二人をモブの男子たちがチラ見する。

 担任の山寺和子が教室に入ってきて、俺たち五人に目を向ける。

「あなたたち、どうして制服と体操服なの? それに今日の荷物は?」

「いや。いくら林間学校とは言え、紳士淑女はフォーマルな装いをするものだ。本当はタキシードで来る予定だったが発注が間に合わなかったのだ」

「荷物は、ほら、あれです。本当の戦場を想定して、あえて何も持たずに来たのです。常に備えがある、そんな甘えたキャンプなど、本来おかしくないですか?」太一が力説する。

「そうだったのね。その心意気。素晴らしいわ。真の兵士たるもの、常在戦場の心得を忘れてはならない。みなさん。勇者たちに拍手を」

 ぱらぱらぱら、と大人対応の拍手が教室に虚ろに響く。和子、天然さんだな。

 無事バスに乗車する。はて、さっきの後ろ姿。どこかで…

「みなさん、今日は私とは別に、もう一方ひとかた引率に付いてくれる先生を紹介します。米倉先生」

「はーい、みんなおはよう。保険医の米倉涼子よ。あんたたち、問題だけは起こすんじゃないわよ。特に麻生。クラス委員なんでしょ、しっかりやりなさい」

 な、なんだと! こいつはいつぞやのセンスのある保険医ではないか。相変わらずブスだな。しかもネームプレートを見ると本当に米倉涼子だ。まあこいつの方が早く生まれてるわけだし仕方ないが不運だな。

「友よ。また会ったな。あの時は世話になった。しかしお前が引率とは、和子もなかなか粋な計らいをする」

「一応は危険も伴うイベントに保険医が付いていくのは当然でしょう。懇意にしている病院の看護婦も、他のクラスのバスに乗車してるわ」

「えらいハズレクジだったっ!」

 なんだ、なんだと言うのだ、この扱いは。まあ良い。委員長権限で、夜の見回りと称して看護婦の部屋に突撃しよう。

「ダーリン。点呼完了だ。いつでも行ける」

「良し! MEブースト、ランスロット、発進っ!」

 角川のサイトだし、エヴァの方が良かったかな?


 バスの中にはすえたゲロの匂いが充満している。凛子の奴、もう体組織の30%は吐いたんじゃないか? 保険医の涼子が渡した酔い止めの錠剤も効いていないらしい。凛子は窓際で前屈み。その横に俺。補助座席にテル。さらにその反対側に氷雨、太一の並びで座っている。ゲロ組で固められた感じだ。

「将。私、おええぇ、もうダメだ」

「おい、リバースし過ぎだろう。ウノでそんなにリバースされたら間違いなく誰かキレるぞ。おゲボハスラーの称号を与えたいくらいだ」

「誰がおゲボハスラーやねん。はぁはぁ、うんこハスラーよりマシだ」

「しまった。墓穴を掘ってしまったようだな。しかしまあ良くこれだけ吐けるものだ。もうビニール袋四杯はいってるだろう?」

「奴らはとどまる事を知らないんだ」

「見ろ。連鎖反応でクラスの奴らも気分が悪そうではないか。ぷよぷよの対戦でこんなに連鎖されたら間違いなく誰かキレるぞ」

「さっきから微妙にゲームに例えるのやめろ。ああ、収まりそうにない。依然ピンチですたい」

「涼子に言って睡眠導入剤でももらうか?」

「寝たいけど、寝てる間に寝ゲロする可能性が、うっぷ、ある」

「もういい。実際来てみればバスガイドはいない。車内は臭い。おまけに昨日歌い過ぎてカラオケの気分じゃない。もはやマジカルバナナしかないではないか」

「一人でやってろ」

「テル。マジカルバナナタイムだ。マジカルバナナ。バナナと言ったら?」

「あの、静かにしててくれない?」テルが生意気な事を言う。

「お前、俺にそんな口の利き方をしていいと思っているのか。本当に延々と小話をさせるぞ」

「いいよ。さてさて。上のお口にアレを入れると、下のお口から液体が出てきました。え、何の話だって? やだなあ、自動販売機の話ですよ」

「用意して来ててたっ!」

「最低の小話だな」太一がツッコむ。

「えー、続きまして。ねえ、聞いてくださいよ、奥さん。うちの旦那の乳輪が…」

「全部下ネタかいっ!」

「にゅうりん、と言うのは何なのだ?」氷雨が尋ねる。

「平たく言うと乳首の事だ」俺は答える。

「ああ、そうなのか。なるほど、ところでそのにゅうりんと言うのは…」

「食いつくなっ!」

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