16話 「奴隷の主」


 結局のところ僕はアーノルドという奴隷を購入してしまったのだが、彼は上半身裸で下はボロボロのズボンを履いているだけで、靴すらもなく裸足だ。首には赤い首輪が嵌められ、その地位を周囲に教えていた。


「フハハハハ! さぁ主人よ、どこに行くのだ!? 俺はどこだって着いてゆくぞ!」


 本人はそんなことを気にしている素振りは見せないので、きっとこの逃れられない運命を受け入れたのだろう。……多分。


「あの、アーノルドさんはどうして奴隷になったんですか?」


 僕がそんなことを聞くと、彼は少し悲しそうな表情で答えた。


「金がなくて無銭飲食をしたらこのざまだ。この国では金が払えなくなった者は奴隷になるのだ。中には犯罪を犯した者もなるそうだが、そういった者はどこかで死ぬまで働かされるそうだぞ?」


「無銭飲食……ですか?」


「どういったわけか、どこも俺を雇おうとはしないのだ。だから金がなくて仕方なくタダメシを食らってやった。だが奴隷は良いものだぞ! タダメシは食えるし、俺の肉体を見るために客が押し寄せてくるからな! フハハハハ!」


 タダメシはともかく、肉体を見るのは奴隷を購入するために普通のことだと思うけど、この人は奴隷という地位をただのアトラクションとしか考えていないかもしれない。


「と、とにかくまずは服と靴を買いましょう。そのままだと人目が付きすぎて目立ちます」


「む、目立ってはダメなのか? 俺の鍛えられた筋肉を、服の中に隠すのは大きな罪のような気がするのだが?」


「とにかく服を買って着てください! そのままじゃ旅に連れてゆけません!」


「主人が言うのなら服を着よう、だが俺の腹筋が悲しんでいるぞ」


 僕はアーノルドさんの言葉を無視して町の中を歩く。まともに取り合っていては頭がおかしくなりそうだ。ここは早く服屋を見つけて着せてしまおう。


 ウロウロしていると、服屋らしい店を発見してアーノルドさんとともに中に入る。


「すいません、服を作りたいのですが」


 店主のおじさんが奥のテーブルで布を切っているところに声をかけると、おじさんはすぐに反応して対応してくれる。とりあえずアーノルドさんを指さして、僕は彼に合った服を上下頼む。


「はいはい、なるほど随分と体格のいい奴隷ですね。それじゃあ採寸を取りますので奥まで来てください」


「フハハハ! 服屋よ俺の服を作れるだけでも感謝するがいいぞ!」


 尊大なアーノルドさんはまるで奴隷の態度に見えない。奴隷商人がこんな辺境で大安売りする理由がはっきりとわかった。彼は奴隷に向いていないのだ。


 店の奥で採寸をとっているようだけど、いちいちアーノルドさんがポーズして店主が困っている。この世界にボディービルダーがあればアーノルドさんも救われただろうけど、これではただの変態だ。


「アーノルドさん、おとなしくしてください! これは主人からの命令です!」


「む、それではしょうがないな。口惜しいが主人には逆らえん」


 すぐに採寸が終わり、服の完成は明日だと教えてもらう。僕は店の主人に靴屋を紹介してもらうと、そのまま隣にある靴屋でアーノルドさんの靴を作ってもらうことにした。


「ふむ、主人よ俺に靴は必要なのか? 俺はここ五年ほど靴を履いた覚えがないのだが」


「え!? 一体どんな生活を送ってきたんですか!?」


 アーノルドさんの足を見ると裏には分厚い皮ができ、まるで裸足で走るために進化したと言わんばかりの獣臭漂う足だった。


「と、とにかく靴を履いてください! これは命令です!」


「うむ、仕方がない」


 靴屋で採寸をしてもらい、今度は防具屋に顔を出しに行く。これから旅についてきてもらうには丸腰では困る。体格はいいので前衛に向いていることだろうし、ここはきちんと装備を整えたほうがいいと思う。

 実は一人の旅は不安を感じていた。というのも僕はシーモンとリスアを出たことがなかったし、これから行くところはすべてが未知の場所だ。だから半ば事故的にできた仲間だけど、内心ではうれしさも感じている。話し相手がいるということはそれでけで救いになるのだ。でも出来ればかわいい女の子がよかったな。


 防具屋にたどり着くと、中に入り早速採寸してもらう。服も靴も防具も作り置きなんてこの世界では常識ではない。そもそも採算が合わないのだ。大量生産が常識化していた前の世界では、店に入れば所狭しと並んでいるだろうけど、ここは異世界で材料も人件費もばかにならない。だから大体はオーダーメイドが普通といえる。


「お客さん、その皮もしかしてスタックベアーの毛皮じゃありませんか?」


 採寸をしていた店主が、僕が背負っている毛皮に注目した。そうか、手持ちの材料があるから安くて頑丈な防具ができるかもしれない。


「この毛皮を使って軽装備を作ってもらえませんか? もちろん僕じゃなくてアーノルドさんに」


「え!? 奴隷にベアーの毛皮を使うんですか!? もったいないですよ!」


「でも、僕はもうハウリングボアの防具を装備していますし、アーノルドさんには戦いで前に出てもらうこともありますからお願いします」


 僕がそういうと店主は「わかりました」と言って毛皮を受け取った。代わりに店の適当な革袋を購入してその中に肉を放り込む。


「それじゃあ、明日あたりに来てください」


 店主の言葉にうなずくと、僕とアーノルドさんは防具屋を後にする。するとアーノルドさんが申し訳なさそうに言葉を発した。


「しかし、いいのか? 俺にこんなに金を使って」


「そのことですか。気にしなくていいですよ、僕は三年間使うこともないお金を貯めていたのでたくさん余っているんです。それにこれは先行投資ですよ、アーノルドさんが荷物持ちや戦闘に参加してもらえるだけで、僕の負担は減るんですから」


「なるほど、ならば俺はその期待に応えようではないか! フハハハハ!」


 彼が高笑いをするたびに町の人がちらりと見るのは少し苦痛だが、旅をする内にきっとアーノルドさんも人柄が丸くなって普通の人になるはずだ。……多分。


「ところで、アーノルドさんは戦いは何が得意ですか?」


「俺は以前は斧を使っていた。それもかなり大きな斧だ。金がなくて売ってしまったが、惜しいことをした」


 斧か。らしいという感じかな? でもバランス的にはありがたい。僕が中衛の槍だから前衛の斧は強力で、お互いを埋めあえるいい関係だ。まぁ僕は筋力と魔力チート持ちだから前衛も後衛もイケるけど、変に目立つのも性分ではないし普通の冒険者に見えるのが一番無難な選択だ。


「それじゃあ斧を買いましょうか、でも大きな斧ってどれくらいですか?」


「そうだな、主人の両手を広げたくらいの刀身だったな。それに柄は二m程度だったか、思い出しただけで手放したのを悔やむぞ」


 確かに相当大きな斧だ。そんなものを振り回していたと思うと、アーノルドさんも筋力チート持ちかと疑いたくなる。


「だったら、それに近いくらいの斧を買いましょう」


「む、いいのか? あれは売った時はかなりいい値段になったのだぞ?」


「その代わり、狩った獲物の売り上げはすべて僕が受け取ります。そもそも主人ってそういうものなんでしょう?」


 そういうとアーノルドさんは腕を組み大きくうなずく。この人は黙っていると男らしくて恰好いいのに……筋肉への熱い愛情がすべてを破壊している気がする。

 だけど奴隷の主人となったのなら、僕も身の回りのお世話をしてあげないといけないと思う。なんてたって大事な戦力だし仲間だ。あれ? 僕の方が奴隷のような気がするのは気のせいかな?


「フハハハ! 感謝するぞ主人よ! さぁ武器屋へ行こうではないか!」


 そういうと、アーノルドさんは僕の腕をつかみグイグイと武器屋のほうへ連れてゆく。この人マイペースすぎる。


 武器屋につくと、僕は店の店主に希望の武器と条件を話した。


「はて、そんな感じの武器を安値で買ったような気がするな……」


 店主はそういうと店の奥へと戻っていった。もしかして造ってもらわなくてもすぐに手に入るかもしれない。そう考えていた時に、店主が奥から巨大な斧を重たそうに運んできた。


「ふぅ、お客さんこいつならどうですか? たぶん条件に合うし今なら安値で売りますよ」


 それを見たアーノルドさんは、身を乗り出し斧を凝視する。


「間違いない! あれは俺が売った斧だ! まさかこんな辺境に流れていたとは、すばらしい偶然だぞ! 主人あれだ! あれがほしい!」


 壁に立てかけられた斧を指さし、僕の腕を揺さぶるアーノルドさんにすこし驚いた。まさか、こんな偶然があるのか。売った愛用の武器が、呼び寄せられるように手元に戻ってくるなんて奇跡だ。そう考えると、アーノルドさんとあの斧は切っても切れない関係なのだろう。


「その斧はいくらですか? 僕が買います」


「えーっと五千ディル、銀貨五枚だな」


「五千ディル!?」


「どうした払えないのか?」


 違う。十分に払えるが、驚いたのは値段じゃない。その価値だった。だってアーノルドさんを購入した値段と同じなんて、気持ちが悪いほどの偶然だ。もしかして持ち主と斧は呪われているんじゃないのか?


「ふむ、俺と同じ値段だな。面白い! さすが俺の斧だ! 流れ着く場所も売られる値段も一緒とは実に面白い! 俺の相棒はあの斧しかいない!」


 とりあえず僕は懐から銀貨を出して斧を購入した。店主は邪魔だったのか売れたことを嬉しそうにしていたが、もしかして僕は疫病神を抱え込んだかもしれない。さっきからそんな気分が湧き起こっていた。


 大きな斧を肩に担ぐとアーノルドさんは大きくうなずく、見た目が大きいから斧が普通のサイズに見える。しかも、恐ろしいほど似合っているのだから、収まるべき場所に収まったというところだろう。


 斧は青白い刃に、橙色の虎が彫られた見事な物だった。さらに柄には炎のような模様が描かれ、その荒々しさを烈火のごとく表現した、芸術品のような気品を兼ね備えた戦斧だ。アーノルドさんは懐かしそうに肩の斧を眺めると、ニカッと笑う。


「主人、俺はいつでも戦えるぞ! さぁどこに狩りに行く!?」


「今日はもう宿に行きますよ? おなかも減りましたし、どこかで食事にしましょう」


「……ふむ、今日は確かにもう遅いか。しかし主人よ、背負っている肉はどうするのだ?」


 そうだ、この大量の肉をどうにかしないといけなかった。生ものだし長時間は常温では持たないから、どこかに渡して料理してもらったほうがよさそうだ。


「いっそう宿に提供して焼いてもらおうかな? アーノルドさんたくさん食べますよね?」


「うむ、俺はタダメシくらいの大食らいだ。肉は大好物、なんせ筋肉を育てるからな」


 ああ、たんぱく質だからか。この人本当にブレないな、筋肉に一生を捧げていても不思議じゃない気がする。どこも雇ってくれなかった、っていうのもなんとなく納得する。


 僕たちは適当な宿に入ると、一泊だけ宿泊を入れ宿の亭主に交渉する。


「あのスタックベアーに肉が余っていまして、良ければ使ってくれませんか? 僕たちには焼いて出してもらえると嬉しいです」


「おお、素晴らしい! スタックベアーの肉は人気で手に入りにくんですよ!? もちろん調理して出させていただきます! それに宿泊料金もお安くしておきますよ!」


 僕は礼を言って一泊二人分で銀貨一枚を渡した。一泊一人五千円程度とは嬉しい値段だ。お金はあるけど節約するに越したことはないし、もしかすれば今後もっと必要になるかもしれないからこういう出来事はすごくうれしい。


 すぐに食堂へ行き、僕たちの前に大量の食事が運ばれてきた。以前は小食だったけど、この三年間で僕も立派な大食いへと変わっている。なんせ狩った獲物がおいしくて仕方がないのだ。しかも筋力チートのおかげなのか、体の燃費がすこぶる良く、その上いくら食べてお腹が満腹にならなくなった。別に小食でもいいけど、食べればいくらでも入るという少し変わった胃袋を持つことになったのだ。


 そういうわけで、僕とアーノルドさんは宿の客が呆然とする中、一心不乱に山積みされた料理を口に運び咀嚼する。うん、ここの料理人は腕は悪くない。山を平らげたときは多くの客が拍手をしてくれた。


 部屋に戻ると、僕とアーノルドさんは満足した顔でベッドに横になる。


「ふぅ、ここの料理はおいしかったなぁ。でも熊の肉があんなに美味しいとは思わなかった」


「これほどの満腹は久しぶりだ! 主人には感謝せねばならぬな、俺は命を懸けて主人を守り忠義を尽くすぞ!」


 まったく現金な人だ。でも、底抜けに明るくてなんでも笑い飛ばせる人は貴重だ。僕は一人になると、すぐに霞のことを思い出してメソメソしてしまうから、感謝したいのは僕のほうだ。変な人だけど頼りにしたいと思う。


 こうして僕の旅立ちの一日目は幕を閉じたが、朝になりアーノルドさんが異常なほど早起きと判明し、僕は三時間ほど睡眠妨害される。隣のベッドでずっと筋肉と会話をされれば誰だって眠れなくなるはずだ。上腕二頭筋がどうとか胸筋がどうとかもう止めてほしい。


 彼はまさしく疫病神だったのだ。





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