17話 「魔族の爪痕」
太陽が昇ったころには身支度を整え宿を後にする。王都は遥か遠いのだ、あまりのんびりはしていられない。
昨日に制作を依頼した各店に回り、アーノルドさんの装備を受け取ってゆく。回り終えたころには、アーノルドさんはどこからどう見ても立派な冒険者に見えた。特に防具であるスタックベアーの胸当ては、青黒い毛皮が張られどことなく山賊か盗賊に見える。
「フハハハハ! 実にいい装備だ! 礼を言おう主人よ!」
「礼なんていいですよ、僕らは仲間ですし戦力として頼りにさせてもらいますから」
町を歩く僕らは少し浮いているように感じた。日本人らしい童顔の人間に筋肉隆々の浅黒い男が大きな斧を担いでいれば、好奇な視線を受けるのは当然だ。しかも男が奴隷となると、さらに好奇心を掻き立てるだろう。田舎でこんな感じなのに都会に行けばどのような視線を感じるのか今から恐ろしく感じる。
「主人よ、今日は何をするのだ? そもそも旅と言っていたがどこに行く?」
「え? 説明しませんでしたか? 僕は王都に用があってシーモンから旅をしているんです。だから今日は、王都方面に出ている馬車に乗るためにギルドに行くつもりですよ」
「ふむ、王都か。俺は王都育ちだから案内ができるかもしれんな」
絶対嘘だ! こんな変態みたいな人が王都育ちなんて信じられない!
「そんな目で見るな、本当に王都育ちなのだから仕方がないだろう。生まれは自由にはできないものだ、あの息苦しい世界は俺には合わなかったということだろう」
アーノルドさんは遠くを見つめ、何かを思い出しているようだった。いつも元気な人こそ大きなものを抱えて生きているということなのだと思う。
するとニカッと笑い僕の背中をたたく。
「主人は気にするな、俺はどこまでもついてゆく。さぁ今日はどこに行くのだ!」
「だからギルドです。冒険者ギルドで登録をして、馬車に乗れるクエストを探すつもりです」
「なるほど、馬車か! ということは護衛クエストだな! 久々の戦闘に血肉が沸き踊るぞ!」
一人で興奮し始めたアーノルドさんを余所に、僕は冒険者ギルドを探していた。まだブリルの町はそれほど復興していないけど、冒険者ギルドはさすがに開いているだろうと思う。
冒険者ギルドとは魔獣や魔物を退治する為の狩人の組合で、その業務は意外と幅広い。クエストと呼ばれる依頼を受けることで、魔獣に関する事柄を優先的に引き受けることができるのだ。中にはペットを探してくださいなんて依頼もあるそうだけど、そんな依頼でも引き受ける人がいるため、実際は何でも屋的な認識をされているそうだ。
結局僕はギルドが見つけられず、人に聞くことになったしまった。
「あった! あれが冒険者ギルドみたいですよ!」
「フハハハ! 主人はまるで見たことがないみたいに騒ぐではないか、ギルドくらい何処にでもあるものだぞ?」
そんなことを言われ恥ずかしくなる。ここは異世界で僕は異世界人だということを忘れていた。今後は気を付けないと変な目で見られるかもしれない。
たどり着いた冒険者ギルドは、木造の大きな建物で人気のない雰囲気だった。シンバルさんが言っていた魔人や魔族の影響だろうか?
中に入るとやはり人気がなく、冒険者らしき人が二人ほど壁にある張り紙を見ていた。受付カウンターを見ると、女性が一人座っているので登録をするために声をかける。
「すいません、冒険者になりたいのですが登録をお願いできますか?」
「はい、ブリルギルドへようこそ。冒険者の登録ですね、それではこちらの用紙に記載をお願いします」
渡された茶色い紙は質が悪くゴワゴワしている。こんな世界だからしょうがないのは理解しているけど、上質な紙を知っている分少し不満が沸き起こる。
三年間で僕はシンバルさんに文字を教わったので、名前や年齢くらいは問題なく書けるようになった。というのも、この世界の文字は英語に似ているので覚えるのも簡単だったのだ。これがドイツ語やフランス語ならもう少し苦戦していたことだろう。
サラサラと用紙に記載して受付嬢さんに渡す。そこで僕はアーノルドさんを思い出した。
「アーノルドさんも登録してください」
「む、俺も登録するのか? しかし昔に登録していたのだがいいのか?」
そこで受付嬢さんに、以前に登録していた人はどうするのかを質問する。
「ギルドカードを紛失している場合は再発行といった形になります。それではこちらの用紙に記載してください」
アーノルドさんはスラスラと用紙に記載すると受付に提出した。ただ意外なのはアーノルドさんの文字が想像していたよりも綺麗だということだ。もっと書きなぐるような感じだと思っていた。
「それではお待ちください」
受付嬢さんが退席すると、僕とアーノルドさんはカードができるまで椅子に座って待つことにする。
「カードって何が書かれているんですか?」
「たいしたことは書かれていない、ランクと名前と出身地くらいだな。だがパーティーを作った場合はその名前を記載することになるだろう」
パーティーか、二人だけでも作れるのかな? だとするならパーティー名はなんてしよう……。そんなことを考えていると受付で僕の名前が呼ばれる。
「大友様、カードができましたので受付までお越しください」
受付に行くと茶色いカードを渡され、触った感触はキャッシュカードのような感じだ。名前の上には大きく『G』文字が輝いている。
「それでは説明を行いますね、カードは紛失した際は代金と引き換えに再発行いたします。カードに記載されている文字はあなた様の現在のランクです、ランクはGからSSまであり同ランクのクエストを二十回達成した場合と、高ランククエストを五回達成した場合のみ昇格いたします。ですがランクCに到達しますと適正試験を受けなければなりませんのでご注意ください」
ランクはSS、S、A、B、C、D、E、F、Gまであるということか。同ランククエスト二十回達成なら上がるのは早いだろうから、すぐにCまではいけると思う。そういえばシンバルさんはランクいくつだったのだろう。聞きそびれちゃったな。
「あ、もう一つ聞きたいのですが、クエストを失敗してしまうとペナルティーなんてあるんですか?」
「はい、もちろんあります。五回クエストを失敗してしまうとランクが降格となりますので、安易に受けることはお勧めできません。それとクエストには依頼者からの指名依頼というものもありますので、こちらは三回断ると降格となりますので十分にお気を付けください」
たった三回断っただけで降格なんてシビアだな。悪意がある依頼でも指名をされると断れないってことか、覚えておこう。
「言い忘れていましたが、ギルドから依頼する緊急クエストと呼ばれるものがございます。こちらはギルドから指名して、冒険者に強制的に参加してもらうクエストになります。もし緊急クエストを断った場合は、一回で降格になりますので覚えておいてくださいね」
たった一回で降格!? それは確かに覚えていないとまずいな……。でも緊急と付くくらいだから、相当危険なクエストじゃないだろうか。ふと隣を見るとアーノルドさんが居眠りをしていた。この人は興味のない話は耐えられないんだなきっと。
「それでは再発行料の銀貨一枚をいただきます」
カウンターを見ると受付嬢さんが僕に手のひらを出していた。たしかお金が必要って言っていたな。懐から銀貨を出すと受付嬢さんに渡す。そこで僕は護衛クエストがないか質問をした。
「護衛クエストですか? たしかGランクで一件あったと思いますけど、かなり遠出ですがよろしいですか? しかも出発は今日だったはず……」
受付嬢さんはカウンターの下をゴソゴソと探り出し一枚の紙を出してきた。内容はここから北にある町までの護衛を頼みたいということらしい。依頼料は銀貨十枚と思っていたよりも高かった。
「受けます! ぜひ受けさせてください!」
「わかりました、でもこの依頼料でよろしいのですか?」
「え? 結構高いですよね?」
「え? 安いですよ?」
どうやらこの世界の金銭感覚はまだ得ていないみたいだ。でも馬車に乗れるなら値段の問題は目を瞑ることができる、それにほかの依頼はないみたいだし断る理由が浮かばない。
「受けます」
「わかりました、それでは町の北門に行ってこの依頼書を見せてください。馬車で待っている方がいるはずなのですぐに出発するでしょう」
僕はアーノルドさんを起こし、受付嬢さんにお礼を言ってギルドから出た。町の北門へ向かうと、受付嬢さんの言う通り馬車が一台止まり誰かを待っている様子だ。馬車に駆け寄ると運転手さんに依頼書を見せる。
「んあ? なんだガキじゃないか、あのギルドは舐めてんのか?」
「すいません、でもこれでも腕は少しありますし、仲間もいますからお願いします」
依頼者は僕とアーノルドさんをジロジロ見るとため息を吐いた。
「しょうがねぇ、あんな値段で来るやつもいねぇだろうし、奴隷が強そうだから頼んでみるか」
「ありがとうございます! 必ず無事に送り届けます!」
「おうよ、金出すんだから頼むぜ」
依頼者のおじさんの指示で馬車の荷台へ乗り込むとすぐに走り出した。
◇
青空に心地よい風が吹く中を、軽快に馬車は進み続ける。すでに森は途切れ草原のような場所へと入り込み車輪は回り続けていた。当初に想像していた護衛クエストは拍子抜けするほどのんびりとしていて、魔獣らしき影すらどこにも見当たらない。
僕が乗っている馬車はシンバルさんが使っていた幌馬車と同じで、荷台の上には覆うような屋根があり荷台にはいくつもの木箱が乗せられていた。依頼者さんはダルさんという名前らしく、ブリルで細々と運送業を行っている方らしい。
馬車を引く馬はこの辺りではメジャーなノーマホースと呼ばれる赤毛の馬だ。もちろん魔獣ではなく普通の動物。だから魔獣が出ると怯えてしまうし、攻撃手段なんて持っていないから純粋な移動手段として見られているらしい。
そんな感じでのんびりとダルさんと世間話をしながら馬車から外の景色を見ていると、異様な光景を目撃してしまう。
「ダルさん、アレは何ですか?」
僕の指さした方向には山があり、頂上は不自然なほど斜めに切り取られていた。
「ありゃあ魔族の仕業だ。ブリルを襲った魔族が一撃で山を切り落としたんだとよ、化け物としか思えんな。よく町が残ったものだとみんな噂している」
僕はブルリと震える。
あんな大きな山を一撃で切り落とすなんて想像が出来ない。シンバルさんやブライアンさんが、魔族に出会えば逃げろと言っていた意味が分かる。生き残れる気がしない。そんな魔族を治める魔王がどれほどなのか分からなくなり僕は考えるのを止めた。
「フハハハ! 心配するな主人よ! 魔族など早々出会う物ではない! それにもし出会っても俺が一刀両断してやろうではないか!」
そんな僕にアーノルドさんは高笑いをして励ましてくれる。でも隣で体育座りじゃなかったら、もっと格好良かったのにと内心で思う。
「あんたらすぐに出てくれ! 魔獣が出た!」
ダルさんの声に僕とアーノルドさんは前方を見ると、進行方向に灰色の狼らしき集団が集まっていた。しかも馬車を狙っているようで、こちらに向けて唸り声を上げている。
「ダルさん、馬車を止めてください! 僕とアーノルドさんが撃退します!」
馬車が止まると同時に僕たちは飛び降りると、それぞれ武器を構える。
「ふむ、マウンテンウルフか。主人よ奴らは囮だ、背後に気を付けた方が良い」
アーノルドさんの言葉にハッと気が付く。狼は集団の狩りに長けていて背後から攻撃すると聞いたことがある。ならば背後はアーノルドさんに任せて集団には僕が当たるべきだろう。
「僕が前方は引き受けます、背後はアーノルドさんが倒してください」
「フハハハ! 任せろ!」
斧を構えた彼は僕の後ろに走って行く、前方の狼たちは作戦変更を伝えるためなのか遠吠えを鳴いた後こちらに向かって走り出した。全部で六匹か、だったらこちらも同じ数で勝負する。
掌に魔法陣をイメージし、魔法を使う。
僕の周りに六つの光の球が現れ、それぞれの狼へと飛び去って行く。光の球は狼の真上に移動すると、光の雨を一斉に降らし始めた。赤い光が狼に当たると火花を散らして弾ける。
名付けてレーザーレイン。
光の球にあらかじめ命令を出しておき、発動するとその目標が息絶えるまで攻撃を続ける凶悪な魔法だ。単発では弱いレーザーでも複数集まるとその攻撃力は侮れない。
マウンテンウルフ達は悲鳴を上げながらその場をグルグルと逃げ回るが、光の球は標的から外すことなくレーザーを撃ち続け、狼たちは次第に地面へと倒れて行った。
「主人、後ろは片付けた……ぞ? なんだあの魔法は?」
アーノルドさんが戻って来ると僕の魔法を見て驚いているようだ。そもそもレーザーなんて発想が異世界で普通なのかすら知らない僕は、不思議な魔法を使っているのかもしれない。
「あれはレーザーレインって魔法です。速度と的中率が高い魔法ですが攻撃力がいまいちなんですよね」
「面白い、さすが俺の主人だ。俺は魔法が使えないからあのような攻撃があれば心強いな」
「あれ? アーノルドさん魔法使えないんですか?」
「言っていなかったか? 俺は土属性だが魔力量が乏しいのだ、頼れるのはこの肉体だけだな」
そう言ってポージングをするアーノルドさんから僕は視線を逸らした。
狼達が全滅したと同時に魔法は霧散し、魔獣の死体だけが残る。だいたい十秒ほどの出来事だったので、この方法なら魔獣が出てきてもすぐに片付けられるだろう。
「そう言えば、マウンテンウルフはどの程度のランクですか?」
「そうだな、確かBランクだと記憶しているが頭数によればAランクで分類される時もあるそうだぞ」
ああ、集団で行動する狼は単体よりも、その数で計った方が良いだろう。それにライド平原の魔獣と比べると大きさも素早さも劣っていた。このクリモンド高地を下りきるころには魔獣のランクもかなり落ちることだろう。
「あんたら強いんだな、おれぇ驚いた」
ダルさんが馬車に乗ったままつぶやいているので、すぐに狼達を解体すると馬車に乗り込む。
「ダルさん、これで護衛は大丈夫って証明できましたか?」
「おう、見た目に騙されちゃあいけねぇってことだな! これから頼むぜ!」
そう息巻いたダルさんは馬車を再び発進させると、魔族が残した爪痕残る山を尻目にさらに前へと進みだした。ただアーノルドさんの筋肉話が勢いを増し、少し筋肉に詳しくなったのは悲しい出来事だろう。
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