15話 「王都目指して」


 僕はシーモンの門に来ていた。すでに旅立ちの準備は整え後は出発するだけだ。


「お前が死ぬとは思えないが、十分に気を付ける事だな。それとグリムの爺さんによろしく言ってくれよ」


「分かっています。それじゃあ行ってきます!」


 見送りに来ていたシンバルさんへ手を振りながら走り出すと、ライド平原へと飛び出した。


 平原は広く何処までも見渡せそうな景色だ。見知った林や岩山など、この三年で数々の魔獣を退治した光景が浮かぶ。ここは僕の第二の故郷なのだとしみじみ思うのだ。後ろを振り返ると、まだシンバルさんや顔見知りの兵士さんが僕を見ていた。片道一年なら後二年はこの景色が見られないと思うと、涙がにじんでくる。


 だめだ、この三年で泣き癖を治そうと努力したじゃないか。此処で泣けば僕の心は旅の間に折れてしまうかもしれない、だから少しの別れだと思って我慢だ。


 走り出した僕の脚は徐々に加速し、シーモンの町から離れて行った。

 


 ◇



 三時間ほどで隣町のリスアに辿り着いた。かなり飛ばして走ったから、少しだけ汗をかいてしまったみたいだ。さすが筋力チートと言える体力だけど、全く疲れない訳ではなく、精神が疲労を蓄積して行くのはまだ人間だと言える証拠だ。


 リスアの門をくぐると、通いなれた町並みが目に飛び込む。


 配送業で何度もこの町に足を運んでいるので、目新しい新鮮さは薄れ、仕事の時のようにブライアンさんの宿へ足を運んでしまう。


「あ、宿よりも先にしておかないといけないことがあった」


 すぐに市場へ顔を出すと、新鮮な野菜や果物や肉が山積みされ多くの人が行き交っている。僕は保存食を探す為に肉屋に尋ねる。


「すいません、保存食って売っていますか?」


「はいよ! ウチは塩漬けの肉が大量にあるから買って行きな! お勧めはクレイジーディア―の肉だな、どうだい?」


「それじゃあそれを1㎏下さい」


 1㎏でどれくらい保つのか分からないけど、物は試しで購入してみた。後はパンと適当な野菜を買っておかないと栄養が偏りそうだ。

 異世界に来てからお米を食べてないから、時々ご飯を食べる夢を見ている。お米が恋しいかといえばそうだけど、ないものを求めても手に入らない以上は仕方のない事だ。だから僕はお米に関しては考えないようにしている。


 野菜を買ってパンを購入したら、今度は”塩屋”で岩塩を購入する。このエドレス王国では塩は貴重な資源だ、海が近くに面していないので地下から掘り出す岩塩はこの辺りでは貴重な物だ。幸いリスアは岩塩の産地なので、他の町よりは安く手に入れる事が出来るらしい。


 問題なく岩塩を購入した僕は、背中のリュックサックを確認する。シンバルさんの言いつけ通り貴重品はリュックには入れていない。話によれば隙を見て中を漁る人が居るそうなので、貴重品は懐にしまってあるのだ。


 リュックの中はまだ半分ほど余裕があるので、シンバルさんに多くのお土産を持ち帰る事が出来ると思う。とはいっても二年も先なので、今からお土産を考える必要はないと思うけどね。


 必要な物を手に入れた僕は、足取り軽くブライアンさんの宿へと足を向ける。


 宿に入るとすぐに出迎えてくれたのは女将さんだ。


「あら! 坊や二日ぶりね、今日はどうしたの?」


「実はシンバルさんに頼まれて、王都に手紙を届けることになりました。だから二年ほどは戻って来られないと思います」


「ははーん。グリムっていうお爺さんの所じゃない?」


「え!? どうして知っているんですか!?」


 女将さんは笑顔で台所へ行くと、奥からブライアンさんが出て来る。


「おう、三日ぶりだな! シルビィアに聞いたぞ王都に行くんだって!?」


「ええ、グリムのお爺さんの所に手紙を届けに行くことになりました」


「グリムか、シンバル本気だな……」


 やはりブライアンさんもグリムさんを知っているようで、何やら考え事をしているような顔だった。ただどこか嬉しそうなのは気になる。


「まぁいい、昼食は食べたか?」


「いえ、まだ食べてません。旅立つ前にブライアンさんの料理を食べてから行こうと思ってましたから」


「へっ、シンバルの弟子とは思えねぇほど素直だな! おっと、儂の孫弟子になるんだったな。だったら儂に似て実直な性格だぜ」


 ブライアンさんは冗談を言ったところで、台所へと帰って行く。僕は適当な席に座ると、窓からリスアの町並みを眺める。

 魔族が襲撃してからリスアは、三年で以前の活気を取り戻した。もし町が壊滅していれば、三年どころか十年は軽くかかっていただろう。これもすべてはシンバルさんの活躍のおかげだ。

 シンバルさんが命を賭けて魔族と戦ったことは誰も知らないけど、噂ではこの町を救った英雄が居ると広まっている。それを話すとシンバルさんは「興味ないな、俺は美味い酒を飲むために生きている。魔族を追い払ったのは自己満足だ」なんて言っていたけど、誰かを助けた後に飲む酒が美味しいからそう言ったんだと思う。


「大友、何ボンヤリしてんだ? ほれ、料理だ」


 いつの間にかテーブルには多くの料理が乗せられ、目を白黒させてしまった。


「ブライアンさん料理が多くないですか?」


「これから二年も居ないんだろ? だったら出発の祝いだ、腹いっぱい食って行け」


「ありがとうございます。でも……サラマンダーを乗せ過ぎじゃないですか?」


 サラダの上に乗せられたサラマンダーが十匹も山盛りにされているので、流石に多すぎると思ってしまった。いや、美味しいけどトカゲが十匹もはちょっと……。


「馬鹿野郎! サラマンダーは滋養強壮で有名なんだぞ? これだけ食ってパシッと王都に行っちまえば、田舎者だなんて言われても聞き流せるってもんよ」


 そう言われて僕は気が付いた。そうだ、田舎から出るんだからそんな目で見られるのか、すっかり忘れていた。

 元々都会で住んでいたので、そう言う意識はなかったけど、言葉に訛りがある人を見かけると田舎者だと心では思っていた。そしてここは異世界だ。田舎者にはどのような態度が普通なのか恐ろしくなる。もしかして嫌がらせなんてあるかもしれない、そう考えると心底震え上がった。僕は人間が苦手だ。


「なんだ大友、田舎者を気にしてるのか? だったら路地裏で一発殴っちまえば何も言われぇよ、大丈夫だ! さぁ食え!」


 気を取り直して食事を始めると、やっぱりブライアンさんの料理は美味いなんて実感してしまう。でも、今の口調は実際に路地裏で殴ったような感じだったな……。


 食事を終えた僕は席を立つと、二人にお礼を言って宿を後にする。


 そして、初めてリスアの反対の門から足を踏み出した。


 この辺りはまだライド平原が続いているそうなので、もう少し行けば森に出るそうだ。そこから道なりに行くと【ブリル】と言う町に着くと聞いたので、今日はそこで宿を取るつもりだ。


 僕は膨れたお腹を気にせず走り出した。



 ◇



 森に辿り着いた僕は、すぐに森の中へ続く道を発見した。馬車や馬によって踏み均された道が、木漏れ日によって照らされている。まるで西洋の森のようだ。森へと踏み出した僕は声をあげながら感動を現す。


「すごいな、まるで中世の森みたいだ! やっぱり異世界には騎士とか居るのかな!?」


 そんな事を大声で叫んでいると、前方から大きな塊が近づいているような気がした。足に伝わる振動は増して行き、目の前に来る頃にはその正体が判明する。


 それは体長四mもある大きな熊だった。


 全身の毛は青黒く見た目はまさにヒグマだ。だが僕はシンバルさんから森で一番注意する魔獣を聞いていたので、すぐにその名前が浮かぶ。


 スタックベアー。Aランク魔獣で極めて攻撃的。水属性の攻撃を得意としていて、攻撃対象の足元に水を発生させその動きを止めるイヤらしい魔獣だ。他にも二m級の水球を放つこともあり、森の中では出会えば逃げるべきとされている魔獣とのことだ。


 ベアーは僕に向かって猛然と走って来ると、五m手前で止まり二足で立ち上がった。たぶんだけど威嚇行為なのだと思う、すると三つの水球を放って来た。


 地面に当たった水球ははじけ飛び、僕が入れそうなほどの穴が簡単に開いた。水だと侮ると痛い目に合うみたいだ。

 残り二つの水球も難なく避けると、ベアーは怒りをあらわにして咆哮する。流石に目の前でクマに吠えられると心穏やかではいられず、一歩後ろに下がってしまいベアーに隙を突かれる。


 いきなり足元に水の球が現れたのだ。急いで抜け出そうとするけど間に合わず、とうとう首に噛みつかれてしまった。


「うかつだったなぁ、僕もまだまだか……」


 首に噛みつかれているのに平然とする僕に、スタックベアーは激しい息を吐きながら眼を見開く。


 そう、筋力チートはに至っているのだ。だからそこらの魔獣には僕を傷つけることは出来ない。これこそが、臆病者の僕が戦いを気にしなくなった最大の理由だ。


 グライオンに噛みつかれたとき無事だったのは、奇跡でも何でもなかった。僕は以前と同じ体型なのに、全身が筋肉の塊のように頑丈なのだ。それは首や急所にも及び、もはや物理で僕を倒すなんてそこらの魔獣では難しい事だろう。


「グルルルルル」


「噛みついているところ悪いんだけど、そろそろ先に行きたいし通してもらうね」


 ベアーの頭を両手で掴むと軽く捻る。同時にゴキュと骨がねじれ、肉が裂ける音が聞こえる。力なく地面に倒れると、口から血を吐き白目をむいていた。


「スタックベアーは思ったよりも弱かったなぁ、魔法に気を付ければたぶん楽勝かな」


 すぐに腰のナイフを取り出すと解体を始める。保存食は持っているけど、出来るだけ消費しない方向で旅をするつもりだ。皮を剥ぎ肉をバラバラにすると、毛皮で肉を包み背負った。この辺りで強い魔獣なら、毛皮がある限り他の魔獣は恐れて近寄って来ないと考えたのだ。


 森の中を歩き始めるとその考えは的中したようで、見る魔獣全てが僕を見てもすぐに逃げ出し始める。たぶん、僕からはスタックベアーの強烈な臭いがしている筈だから、襲ってくる魔獣はベアーよりももっと強い奴になるかもね。


 森をのんびり歩くと空には青空が広がり、手が届きそうな錯覚を覚える。でも実際に空は近いのだ。シーモンやリスアがある場所は、この辺りでも一番標高が高い場所にある。地球で言うのならチベットのような高さだ。だから実際に空には近いし、僕は王都を目指して事になるわけなのだ。


 それでもシーモンやリスアがチベットのような環境にならないのは、異世界ならではの特殊な理なのだろうと思っている。


 青々と茂る森をしばらく歩くと、町の外壁らしい物が見えてくる。


「思ったよりも大きな外壁だな、リスアよりも大きな町かもしれない」


 道なりに行くと視界が開け、町の全貌がみる事が出来た。

 外壁は無事だが、中の建物はいくつも焼け焦げ無事な建物は半分に感じる。もしかして、リスア襲撃前に魔族に襲われた町ってブリルの事だったのか。


 町の入口へ着くと、兵士が槍で遮り僕を止める。


「お前何処の者だ? その背中にあるものは……」


「あ、これは此処に来る途中で襲われたから狩った魔獣です。僕はシーモンの町から来ました、もしかして何か見せないと町に入れないのでしょうか?」


「あ、いや、シーモンか。化け物の町の出身ならあり得るな……。分かった通っていいぞ」


「ありがとうございます」


 礼を言って僕は通り抜けたが、失礼な兵士だと思う。化け物の町とはシーモンは至って普通の町だし、町民も皆優しい人ばかりだ。多分、シーモンを直接見た事がない人だろう。


 ブリルの町は三年も経った今でも焼け焦げた家が放置され、至る所で新しい家を作っているようだった。すれ違う人々はみんな一様に生きる気力に溢れ、忙しく動いていた。

 なんだ、すでに復興は始まっているから心配は必要ないのか。そんな事を内心で思いながら宿を探していると、何人もの人間が外に並べられ小さな男が流れるようにしゃべっていた。


「人手は足りているか!? 足りていないだろう! そんな時は奴隷に限る! 今らなら大安売りで奴隷を買う事が出来る! 望むなら昼でも夜でも存分に愛でるといい! 奴隷は貴方の貴方だけ物なのだから! さぁ買うなら今がチャンス!」


 その言葉に魅かれ僕は奴隷を見ると、筋肉質の男やボロボロの服を着せられた女の子が、首輪をつけて人々の視線に耐えていた。


 奴隷は少し興味があった。そもそも僕が読む小説は奴隷が良く出て来るのだ。奴隷を買い取ってハーレムを作るとか、パーティーの戦力にするとか、お金で人を買う事に背徳感を感じていた。霞は女の子にしては珍しいハーレムには賛成派だったけど、現実に考えるとどうしても日本人としての倫理観が奴隷を拒否していた。


「そこの坊ちゃん、この奴隷なんかどうでしょうか! 体格も良く性格は明るいボディーガードにはうってつけですよ!」


 奴隷商人の指さす男性を見ると、何故か上半身裸で黒光りしていた。さらに胸筋を誇示するポージングをしたまま、僕を見ているのだ。白い歯が眩しい。


「ひっ!?」


 思わず後ずさりしてしまったが、それよりも男性の隣に居るボロボロの服の女の子が気になっていた。顔は非常に整っていて歳は中学生くらいだろうか。見た目を整えればかなりの美少女だと思うが、どこか不健康でやせ細っていた。

 もしかして、この商人は売れない奴隷を辺境で在庫処分するつもりなのだろうか? だったら女の子が可哀想だ、せめて僕が買い取って元気になったら介抱してあげよう。決して女の子が僕に好意を抱いて、旅をするうちに恋が芽生えるなんてことを思っている訳じゃない。ぼ、僕は霞一筋なんだ。


「そこの女の子を――」


 そこで僕は女の子を指さそうとした瞬間、隣に居た筈の筋肉マッチョが女の子の前に割り込みポージングをとった。


「フハハハハ! よくぞ指名してくれた! さぁ俺をお買い上げをしろ!」


 指を動かすと、筋肉マッチョは追いかけるように体をずらし存在をアピールする。


「なるほど、お目が高い! このアーノルドは奴隷の中でも一番の力持ちです! 坊ちゃんの護衛には最適でしょう!」


 商人は話を進めようとするが、僕が女の子を指さそうとしたとき商人が声を挙げる。


「お客様、非常にお目が高い! この女の子は見た目は不健康ですが、きちんと管理すればきっと良い性奴隷になるでしょう!」


 最初は僕がそう言われたと思ったが、隣を見るといつの間にか別の客が女の子を指さしていた。そう、その男性客が女の子を先に指名したのだ。男性客は懐から銀貨をジャラジャラ商人に手渡すと、女の子を大事そうに抱えてその場を去って行った。


 僕は商人へ顔を向けると、すでに片手を出していた。


「お客様、指名したのですから買い取ってもらわないと困ります。値段は五千ディルです」


 僕はしょうがなく懐にある財布から銀貨を取り出した。五千ディルは日本円で五万円だ。まさか、人ひとりが五万円で売買されるなんて腐った世の中だ。そんな事を思いながら銀貨五枚を商人へ渡す。


 ちなみにお金の価値は一ディル鉄貨1枚、百ディル銅貨1枚、千ディル銀貨1枚、一万ディル金貨1枚、十万ディル白金貨1枚と一ディルは約十円の価値だ。


「お買い上げありがとうございます! それでは奴隷契約書をお渡しいたします!」


 商人に渡された書類は、のたくった字が羅列された難解な物だった。さらに中央には魔法陣が記載されている。これが奴隷契約書?


「この契約書の魔法陣に血を垂らすと契約完了でございます。契約破棄や契約者変更の場合は、お近くの奴隷商人へとお尋ねください。金銭と引き換えに手続きを済ませてくださるでしょう」


「あ、あの主人が死ぬと奴隷はどうなるんですか?」


「死にますな。主人が死ねば、奴隷もその身に刻まれた魔法陣によって死ぬだけです。だから手続きは放置しないことをお勧めいたしますよ。ではありがとうございました」


 そう言いきった奴隷商人は、そそくさとその場の物を片付けると足早に去って行った。


 僕は隣を見ると、そこには上腕二頭筋を誇示する黒光りした金短髪の男がサムズアップしている。


「よろしく頼むぞご主人よ! 俺はアーノルドだ! フハハハハハハハハハハ!」


 僕は新しい仲間を得たらしい……。







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