14話 「三年後……」


 僕がシンバルさんに拾われてから三年が経過した。


 小さな倉庫で荷卸しをする僕は、今では慣れたものだ。異世界へ来て備わっていた筋力チートはどんな重たい荷物でもいかんなく発揮し、今ではシンバル運送会社のなくてはならない従業員だ。

 倉庫はシーモンの各店へ配る荷物を一時保管する場所で、多くの樽や木箱が積み上げられてる。そこに新しくリスアから運んできた金物を積み上げる。これで今日の仕事は終わりだ、僕は傍に置いていたアストロゲイムを握ると小屋から外に出た。


 シーモンは石の外壁に囲まれ牧場や畑が多い町だ。町民はそれほど多くないけど、皆優しく人情に溢れている人ばかりで僕はシーモンを気に入っているし、シンバルさんがシーモンに住みたがる理由がよく分かる。

 そんな辺境にあるシーモンは面白い事に町民が非常に強く、ライド平原に居る魔獣くらいなら単独で倒す事が出来る人が多いのが特徴だ。とはいえ運送業を行っているシンバルさんよりも強いかと言えばそうではないようで、やはり経験の差か複数を相手にすると死んでしまう確率が高いそうだ。なので、町民は魔獣を見るとまず逃げることを第一にしているらしい。


 そんな事情がある事で、シンバル運送会社はシーモンに需要があると言える。でも運送会社を利用してくれる人は、ほとんどがシンバルさんの人柄を気に入って仕事をくれるみたいだから、授業員の僕としてはなんとも鼻が高くなる話だ。


「おい、大友! 作業は済んだのか!?」


 倉庫の隣にある家から顔を出したシンバルさんが声をかけて来るが、右手には酒の入ったグラスを握ったままだ。左腕がないのにグラスを握ったまま窓を開けるなんて器用だと思う。

 この三年でシンバルさんは左腕がない生活を余儀なくされ、それを補完するように右手が器用になった。時々失った左腕の事を忘れて何かを握ろうとするけど、すぐに苦笑いをして右手で握り直すのは日常茶飯事だ。


「はい、終わりました! 今から修行します!」


「だったら後で俺のところへ来てくれ!」


 シンバルさんはそう言うと家の中へ顔を引っ込める。呼び出しは珍しくないのでたぶん仕事のことだろう。この三年で僕はかなり強くなったと思う。運送の馬車を走りながら警護するくらいには、槍や魔法を使いこなせるようにはなった。

 とはいっても、元々チートと呼べるくらい反則級に身体能力が強化されているので、この辺りの魔獣は勝てて当たり前同然だ。それでもさすがはAランク魔獣なのか放ってくる魔法はかなり強力で、サラマンダーの火球が顔面に当たった時は服や髪の毛が焦げて大変だった。もちろん炎が体に当たれば熱いけど、火傷は出来ないのでチート様様という処だ。


 槍を持った僕は町の外に向かう、最近の修行は外で行うのが通例になっているからだ。安全な場所で行う修行は終わったなんてシンバルさんが言うもんだからしょうがなく町の外で行っているけど、魔獣が僕の魔力に魅かれて大量にやってくるから面倒としか思えない。でも、それがあるからこそ修行になるのも事実だから、弟子の僕は師匠の言う事を聞くしかできないのだろう。


「お、今日も修行か?」


 外壁の門に居る兵士さんが、フレンドリーに話しかけてくる。毎日外に出るものだから、いつの間にか仲良くなってしまった顔見知りの兵士さんだ。

 シーモンは一応だが領主が居て、兵士も町を守っているから、こうして外に繋がる門に兵士が張り付いていないといけないらしい。でも兵士と侮ることなかれ、辺境であるシーモンの兵士は他と比べると強いらしく、中には王都に行って出世した人もいるとの事らしい。だから、たまに兵士に弟子入りを志願する変わり者がシーモンには来るって話だ。


「はい、今日は何が良いですか?」


「そうだなぁ昨日はサラマンダーを貰ったから、クレイジーディアーかハウリングボア辺りがいいな」


「分かりました、見つけたら狩っておきますね」


 そう言うと僕は、兵士さんに手を振って門を抜ける。

 

 修行で多くの魔獣を狩ってしまうと、残るのは大量の肉だ。そこで僕は兵士さんや町の人に肉をおすそ分けしている。これが意外に良い宣伝になったようで、肉を貰った人がウチの会社を利用してくれるようになった。反対に野菜をくれる人もいるし、経費が浮くなどとシンバルさんはホクホク顔で喜んでいる。以前の世界よりも、不便な異世界の方が人との距離が近い気がするのは、僕に友達が少なかったせいだろうか。だから毎日が充実しているように感じる。


 平原を適当な所まで歩くと、早速魔獣が姿を現し始める。


 ローリングテイパーにフラッシュキャットと合わせて四体が現れ、僕を視界にとらえていた。


 ローリングテイパーとはアルマジロのように丸くなれる外殻を持つバクだ。属性は土で、魔法で創りだした鋭利な石を高速で放ってくる厄介な魔獣だ。動きは早くないが、戦う者は必ずその土魔法で苦しめられる。だからこいつと戦う時は先手必勝で最初に殺すようにしているのだ。


 槍を構えると、ローリングテイパーに迫り甲羅ごと首を切り落とす。その間わずか二秒。さらにもう一匹のテイパーを切り殺すと、フラッシュキャットに迫る。


 危険を感じたフラッシュキャットは全身から閃光を放つが、すぐに眼を閉じて槍を振るう。すでにフラッシュキャットの閃光のタイミングは把握しているので、魔法で光量を制限する必要などない。

 キャットの首を切り落としたと同時に、背後から飛びかかるもう一匹のフラッシュキャットに、僕は石突でキャットの腹部を突き込み地面に転がすと、振り返りざまに首を切り落とした。この程度の戦闘はすでに慣れてしまい、最近では退屈に感じる。シンバルさんはどんな時でも油断はするなと言うが、こうまで手応えがないと張り合いもないのが内心で思うところだ。


 四体を一か所に集めると、すぐに解体を始める。


 魔獣は内包する魔力のせいか、毛皮や骨に不自然なほどの強度を保持している。それは死んだ後でも持続し、武器や防具の材料として使われるそうだ。そして肝心なのは、体内のどこかにある”魔力袋”と呼ばれる臓器の中にある魔石だ。


 魔石は”魔石屋”と呼ばれる店に売ると、大きさや質によって相応の値段となる。多くの魔石屋はギルドと提携を行っているそうで、冒険者はクエストで得られる報酬の他に、魔石をギルドに売って生計を立てているそうだ。

 Aランク魔獣くらいの魔石なら、値段は千ディルと日本円にして一万円くらいだ。僕からすれば、こんなに簡単に一万円が手に入るのかと思いがちだが、Aランク魔獣は日本の成人男性が剣を持って、尚且つ二十人いて何とか殺せるかもしれないレベルの生き物だ。しかも犠牲をいとわない上での話なので、そう考えればどれほどAランクが危険なのか分かる筈だ。


 すべて僕がこの三年で学んだことだが、この世界は魔獣以上に凶暴な生き物がゴロゴロしていると言うのだから恐ろしくなる。魔物や魔族はその筆頭であり、数はそれほど多くはないがその力は桁違いだと言う事だ。


 とそんな事を考えている内に解体が終わり、背中に背負っていた籠に肉や素材を放り込む。物語でよくあるマジックボックスでもあれば便利なのだが、僕が試した限りではそんな現象は起きなかった。やはり空間属性を所持していれば創り出す事も出来そうだけど、あいにく僕は光属性のようなので、そのような便利魔法とは無縁だと考える方が正解だと思っている。


 すると、木々の陰からハウリングボアが姿を現した。


 ハウリングボアはその名の通り、空気を振動させて鳴き声を増幅させる特性を持っている。属性は恐らく風だと思うが、その鳴き声は耳を塞ぎたくなるほど不快で大きい。しかもイノシシ特有の突進も持ち合わせているため、音波で油断をしたところで全長三mもある巨体が突進してくると言う寸法だ。


 僕はポケットから耳栓を取り出すと、すぐに槍を構える。ハウリングボアとは何度かやり合ったが、どうやっても耳栓以外の対策が見つからず結局は耳栓に頼る事になった。空気の振動なんて光ではどうしようもないし、耳栓でどうにかなるならそれが一番だ。


 ハウリングボアは僕を見つめながら鼻息を荒々しく吹く。さぞかし魔力を豊富に持った僕は魔獣にとって御馳走に見える事だろう。


 ボアが急加速で走り出すと猛然と迫りくる、だけど簡単にやられてやるほど僕は優しくない。正面から槍を突きだすと、ハウリングボアの頭部に手ごたえもなく突き刺さり、深々と槍の三分の一がボアの体内に埋没する。


「ぶぎぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 断末魔と言うべき鳴き声が、空気を振動させ大音量となって辺りに響き渡る。実はこの最後の鳴き声が一番注意が必要なんだ。

 初めてボアを狩った時は、しばらく耳が聞こえない程麻痺してしまい困ったことがある。かといって首を切り落とそうにも猪の首がどこか分からず面倒になり、たどり着いたのは耳栓&頭部を破壊なのだ。


 槍を引き抜くと軽く振るい、すぐにハウリングボアの解体を行う。


 魔獣の肉は血抜きがそれほど出来ていなくても美味しいらしい。日本では猪は癖があり敬遠されがちだが、血抜きをちゃんと行えば牛肉とそれほど変わらないと言う話だ。けど、この異世界ではそんな常識を破壊する新常識が存在する。血液が鉄臭くないのだ。


 どういう理屈か分からないけど、血液の独特の血生臭が魔獣などには存在しない。もちろん人間には当てはまらない話なのだが、魔獣にはそう言う事がないのだ。だから血抜きが不十分でも魔獣は美味しく食べる事が出来る。


「さて、解体も終わったし帰るか」


 肉と素材を背中の籠に放り込み、町を目指して歩き出す。


 たった五体を倒しただけだけど、すでに籠からは肉がはみ出している。余分な肉は勿体ないけど捨てているが、それでも縦三mもある籠がいっぱいなのはいつ見ても圧巻だ。我ながら良く此処まで強くなったと思う。


 町の門に着くと兵士さんが声をかけてきた。


「今日も盛況だな、修行の調子はどうだ?」


「さすがに慣れてしまって修行になりませんね。もう肉を集めるだけの業者の気分です。あ、これハウリングボアです」


「いつもありがとうな。ウチは育ちざかりが三人も居るから肉肉うるさくてな。門に魔獣がやってくれば俺も倒すんだが、魔獣も馬鹿じゃないから町には近づかないんだよなぁ」


 ため息を吐く兵士さんはかなり暇そうだ。ド田舎の町に来るような人もほとんどいなければ、襲ってくる魔獣もいないのは門を守る兵士には喜ばしい事だろう。とは言え一時期はリスアが魔族と魔物に襲われた事で警戒感を強めていたのだが、この数年でそのムードも完全に薄れてしまっていた。結局のところ平和でやる事がないのだ。


「平和な事は良い事ですよ」


「そりゃあそうだが、兵士には出世に関わるしこうも暇では弛んでしまいそうだ。俺もシンバル運送会社に就職するかなぁ」


「はははっ。社長は人手を欲しがっていますし、兵士さんならすぐに雇ってくれると思いますよ」


 僕はそう言うと、兵士さんと別れ運送会社へ向かう。


 会社はそれほど大きくはなく、木造の一軒家と倉庫がある程度だ。サイアスは裏に小さな小屋があるのでそこで過ごしている。

 エメラルドホースであるサイアスを僕はずっとただの馬だと思っていたのだが、実はSランク魔獣らしい。シンバルさんの話では、魔獣を飼いならすには専用の魔法陣が必要だと言っていたが、小さなころから育てると人に懐いて襲う事がなくなるみたいなのだ。とはいっても相手は魔獣だ、いつ人間の魔力を求めて襲い掛かるか分からないのだが、サイアスは魔獣では珍しい高い知能を持っているのでそう言ったことは起きないらしい。


 僕は会社兼自宅の中に入ると、リビングではシンバルさんが一人で酒を飲んでいた。片腕を失って酒に浸るようになったと思いがちだが、実は以前からこうやって暇さえあれば酒を飲んでいたという筋金入りの酒のみだ。そもそもシーモンを気に入った最初の理由は、酒が美味かったなどと言う単純な理由から始まっていると聞かされた時は、シンバルさんの株が急落下したのは当然だ。


「シンバルさん修行が終わりました。話って何ですか?」


「おう、ちょっと俺の前に座れ」


 そう言われシンバルさんの目の前に席に座ると、一枚の封筒を渡される。


「これ……手紙ですか?」


「ああ、その手紙を王都に届けて欲しい。届ける相手はグリムという爺さんだ」


 茶色い封筒に蝋で封じられているが、内容が少し気になった。そもそも手紙を届けろなんて初めての依頼だ。いつもならリスアまで護衛しろとか倉庫を整理しとけなんて移動範囲が限定されていたけど、王都までとはいきなりな話だ。


「王都って遠いんですか?」


「ここからだとかなり遠いな。徒歩なら一年はかかる距離だ」


 一年!? 


 お使いってレベルの話じゃないけど、シンバルさんはその間の会社をどうするつもりなんだろうか? 僕が居ないと護衛はおろか荷卸しも出来ないと思うんだけど。


「仕事のことは気にするな。すでにお前の代わりを見つけてきている」


「え!? もう代わりが居るんですか!?」


「おう、最近シーモンに来た奴でな、力もあるしヤル気も性格も問題ない優良物件だ。本人は修行のつもりで来たと言っていたから、何年かはシーモンに居る筈だ。だから遠慮なく王都まで行って来い」


 シンバルさんがそう言うなら、王都に行くしか選択はなさそうだ。まさか王都に行くことになるとは夢にも思っていなかった。


「話は以上だ。道中は気を付ける事だな、特に人間にな」


「人間にですか……」


 何処かで聞いたことがある、どんなモンスターよりも人間が怖いと。こんな世界なら盗賊や山賊は居る筈だし、中には詐欺師みたいなものも居る筈だろう。そう考えると、腕力より洞察力を磨いておかないと手痛い仕打ちを受けそうだ。


「大友、明日の朝に出発だ。準備をしておけよ」


「はい」


 そう返事すると、僕は旅に出るための準備を始めた。







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