13話 「シーモンへ」
宿で過ごして一週間が経過した。
シンバルさんの容態を心配してのことだったけど、意外にも三日ほどしてシンバルさんは剣を振り始めた。まだ素振りだけど、片腕を失ったことで体のバランスが崩れてしまうらしく、早くからリハビリを始めたいらしい。というわけで、僕とシンバルさんは同じように素振りの日々を過ごしてた。
ちなみに、シンバルさんの新しい剣はブライアンさんの倉庫から勝手に拝借したようで、以前の物と比べると刀身がかなり短くなっている。ブライアンさんも特に何も言わないので、剣はシンバルさんにあげたということなのだろう。
「大友、腕だけで槍を振るな。体を使って体重を乗せろ、お前は体のひねりが足りない。脇も空いているぞ、それでは力が分散して無駄な力を使っているだけだ」
僕の素振りを見て、シンバルさんが注意をしてくる。腕だけで槍を振っていることはわかっているのだけど、どうしても構えの完成形が頭に浮かばない。どうすれば無駄な動きを排除した動作ができるのか、いまいち理解できないのだ。
「槍は突きに特化した武器だ、だったら最速で突きを繰り出せることを考えてみろ」
その言葉に僕は授業で習った剣道を思い出した。確か竹刀を持つとき半身に構えていたように思う、それでいて足は踵を浮かせ脇を締める。これなら最速で槍を突くことができるかもしれない。
「なんだ、それらしい構えになったじゃないか。だが体重のバランスが後ろに偏っているぞ、できるなら両足に同じくらいだな」
剣を振り続けるシンバルさんの言葉に、僕は少し調整をしてみる。だけど、この態勢でずっと戦うなんて苦しいと思う。僕が考える戦い方はもっと派手で動きも大きな感じだ。漫画やアニメでもそんな感じの戦い方だったし、何か違う気がする。
「シンバルさん、この構えのままでは戦いにくいですよ」
「あ? お前戦いをなんだと思ってんだ? 殺し合いだぞ? 隙を出したら死ぬと考えないのか?」
「え、いや、でもこんなやりにくい態勢で戦えないですよ……」
だって、半身で脇も締めて構えると槍が扱いづらいのだ。最速の突きは捨て難いが窮屈に感じる。
「大友は誰でも簡単に武器が使えて、戦えるなんて考えていたのか? だったら大きな勘違いだ。武器はそれぞれ使いやすい構えや力の籠め方というものがある。今はわからないだろうが、武器を使ったときにその真価は発揮されるだろう」
師匠がそう言うのなら、おとなしく言うことを聞くしかないか……。僕はもっと大振りで格好良く槍を振り回す姿を想像していたんだけどなぁ。
とりあえず槍を振り始めると、シンバルさんがバランスを崩して床に倒れる。
「シンバルさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、まだバランスが慣れていないんだ。今もとっさに左手で受け身を取ろうとしてしまった、俺としたことがうっかりだな」
そういうとシンバルさんは軽く笑う。もし僕が左腕を失ったとしたらこうやって笑えないだろう、シンバルさんは本当に強い人だ。すると、シンバルさんが僕の顔を見て肩を叩く。
「大友、今日はシーモンへ帰るぞ。お前には道中の魔獣を倒してもらう」
「えええ!?」
初耳だ! 時間的にはまだ午前中だけど、話が急すぎる!
「運送業はあまり休めないからな、俺を待ってくれている人たちがいるんだよ。馬車は俺が運転するが、大友は訓練もかねて魔獣討伐だな」
そういうとシンバルさんは立ち上がり、地下訓練室から出てゆく。まさか実践が今日だったなんて考えてみなかった。あと一か月は宿で休むと思っていたのに……。
訓練室から出ると水で汗を流し、旅立ちの準備をする。すでにシンバルさんは準備を終え、食堂で朝食を食べている。僕も食堂へ行くころにはテーブルには豪勢な食事が並べられていた。ステーキやサラダにスープなどかなりの量だ。
「ほら、師匠が奮発して出してくれたんだ、大友もしっかり食べろ」
そういうシンバルさんは、まだステーキを半分しか食べていなかった。僕も椅子に座り祈りを捧げる。この地域では食事前に神への祈りを捧げるそうだ。どのような神なのかはよく知らないが創造神様らしいので、郷に入れば郷に従えというし祈りを捧げるようにしている。
「われらが住まいし大地を創造された神に、恵みを与えてくださったことを感謝いたします」
祈りが終わるとステーキにかじりついた。僕としては普通に「いただきます」と言いたいところだが、意味を説明しろと言われてしまうと宗教に絡んでしまうのでどう説明したらいいのか困りそうだ。だから悲しいけど、この世界の神に感謝をしないといけない。
いや、でも僕がこの世界へ来ることになったことは、感謝をしないといけないだろう。霞か神かどちらがそうさせたのかはわからないが、霞がいなくなった世界にはもう興味がもていない。だから異世界で人生をやり直すのは僕にとって大きなチャンスだし、感謝だって的外れではないのだと思う。
「おい大友。お前、考え事して飯を食うな。しかめ面で美味い飯は食えんだろ」
「すいません、でもこのステーキ美味しいですね。何の肉ですか?」
シンバルさんはニヤリと笑うとテーブルに緑の魔石を置いた。
「このステーキはお前が仕留めたグライオンの肉だ。そしてこの魔石はお前の物だ」
思わず肉を吹き出しそうになった。これライオンの肉なの!?
「なんだ? 美味いだろ? 師匠が町で死んでいたグライオンを回収してきて解体したそうだぞ。聞けば家を突き破って死んでいたそうだから、間違いなく大友が投げ飛ばした奴だろうな。ほら、魔石を受け取れ」
「い、いや。魔物って食べられるんですか?」
「ん? そりゃあ元は動物や魔獣だからな、魔石を抜けばそこらの動物と変わらないぞ? ああ、さては魔族の魔力が気になっているのか? だったら心配は無用だ。魔族の魔力は魔物が死ぬと、体から抜けるそうだから気にするな」
そうなのか……。てっきり魔物はゴーストのように消えて魔石になる物だと思ってた。でもよく考えればゴーストは煙状だし、体の仕組みがそもそも違うのだろう。
食事をお腹いっぱいに食べると、奥からブライアンさんが出て来る。
「こうなった以上は儂も宿を放っておくこともできなくなったからな、シンバルはきっちり大友の面倒を見ろよ」
「師匠がシーモンに来なくて俺はありがたいですよ、どうせこの宿には何度も来ないといけないですし丁度いいくらいです」
「この馬鹿弟子は口が減らんな。だが本当に大丈夫か? お前は片腕を失って剣が頼りない、このままシーモンに帰ってやって行けるのか?」
ブライアンさんがそう言うと、シンバルさんは包帯が巻かれた左肩を触る。
「まだ時間はかかるでしょうが、俺には大友が居ますよ。コイツは大物になるハズです、その時は楽させてもらうつもりですよ」
「はっ! それだけ言えりゃあ問題ねぇな! 儂の弟子なら片腕なんぞ良いハンデだろ!」
「そう言う事です」
シンバルさんとブライアンさんの会話は僕には着いて行けなかった。さすが師匠と弟子と言うのか、他人には分からない絆みたいなのがあるように感じた。
宿を出ると馬車を引くサイアスが姿を現した。シンバルさんは運転席に乗り込み、僕も荷車に乗ろうとすると、シンバルさんから声がかかる。
「大友は乗るな。お前はシーモンまでランニングだ」
「えええ!? でも魔獣と戦わないといけないって!」
「もちろん魔獣とは戦ってもらう、だがそれは馬車に乗らないことを前提とした話だ。これも修行と思って従ってもらうぞ」
師匠の言いつけなので渋々従う事にした。だけどシーモンまで体力がもつのか疑わしい。すると馬車は進みだし宿から離れて行く、僕たちを見送るブライアンさんと女将さんに手を振り、ひとまずのさよならをした。
町の中を駆けだした馬車は、ほどなくしてとある店の前で停車する。この町に来た時に寄った酒場とは違うようなので、何の店か見当もつかない。周りを見ると、この辺りは魔物の襲撃がなかったのか、どこも破壊された様子は窺えない。
シンバルさんが店のドアを叩くと、亭主らしき人物がドアを開けて姿を見せた。
「おお、やっと来たかシンバル……おい!? どうしたんだその腕!?」
「今回の襲撃で居た魔族にやられちまったんだよ、だが気にするな、俺には頼りになる弟子が居るからよ。運送業は続けるぜ」
「そうか、今回は魔族も居たと噂で聞いたが、シンバルがやり合ったのか。だが魔族相手に腕だけで済んで良かったな、運が悪けりゃあ死んでいただろ」
亭主はボサボサの頭を少し掻くと、僕の方をちらりと見る。この人は一体何の店の人なんだろう?
「ふーん、あのシンバルが弟子なぁ。にしては頼りなさそうな面構えじゃねぇか」
「大友はこう見えてすごい資質を持っているんだぞ。まぁ……頼りない顔はこれから引き締まるだろうよ。ほら、いいから荷物を出してくれ」
「へいへい」
そう言うと亭主は奥へと入り、木箱をいくつも運び出して来た。僕はすぐに抱えて馬車に積み込んで行く。中身は気になるけど、今は仕事中だし後で聞いてみよう。
「坊や、こいつも運んでくれ」
そう言われ渡された物はクワやシャベルだった。もしかしてここは金物屋さんかな?
「これが先月の料金だ、これが今回の運送代」
そう言ってシンバルさんへ亭主が渡すが、片手のシンバルさんは受け取ると困った表情を見せた。もしかして財布に入れられないのかな?
シンバルさんの傍に駆け寄ると、腰にある財布に手を伸ばし口を解いて見せる。財布は小さな革で出来た袋で、口は紐で縛っているだけの物だけど、片手では扱いにくい感じだ。
「すまないな、だがよく俺が財布が開けられないと気が付いたな」
「僕の国の人間はそう事には敏感なんですよ」
シンバルさんは小さく笑うと、片手で財布の紐を縛って見せた。
「気持ちは受け取るが、俺はこれから一人で出来るようにならないといけないからな。あんまり助けてくれるな」
「はい、でもダメな時は僕を呼んで下さい」
「ああ」
シンバルさんは僕の頭を軽くなでる。十八歳にもなって頭を撫でられるのは恥ずかしいが、これは大人の貫禄と言う物だろう。シンバルさんのような大人の男に憧れる。霞も大人の男になった僕にときめいてくれるだろうか?
「よし、出発するぞ」
そう言って馬車は再び走り出す。その後もいくつかの店に寄り、品物を馬車に運ぶと何とか門までたどり着いた。
門の外はライド平原が広がり、青空が気持ちいいほど広がっている。
「大友、体力はどうだ?」
「そういえばあまり苦しくないですね、思っていたよりも余裕があります」
「そうか、じゃあ平原はかなり飛ばすがしっかり着いて来いよ」
そう言うと馬車が猛然と駆けだした。ヤバい置いてかれる!
だが、走り出した馬車に大した体力も使わず追いついてしまった。それどころか追い抜いてしまいそうなほど、まだまだ余裕があるのだ。馬車に並ぶように走っていると、前方に猫のような生き物が立ちふさがった。
全身が黄色い毛に覆われ、所々黒い斑模様が特徴的だ。全長は約三mもある大きな猫が僕を凝視している。
「大友、初戦闘だ! 遠慮なく戦え!」
そう指示を出すシンバルさんに、若干恨めしい気持ちを抱きながら槍を構える。猫は僕を見ると姿勢を低くして小さく唸り始めた。
「大友、奴はスタンキャットって言う光属性の魔獣だ! 目くらましで閃光を放つから気を付けろ!」
なるほど、閃光玉のように光で隙を作るのか。だったらサングラスがあれば問題ないはずだ。そこで、魔法陣をイメージしてサングラスが目に装着されている想像をした。視界は暗くなり想像通りの明るさへと変じる。
槍を構えた僕は、猫の首を落とす為に走り出すと、アストロゲイムを振り上げた。しかし眼前まで近づいた瞬間、スタンキャットは全身から激しい光を放つ。
「僕には効かないよ!」
槍を止めることなく猫の首に振り下ろした。
恐ろしい事に、アストロゲイムはまるで豆腐を切るように手ごたえもなくスッと首を通りすぎると、ポロリとスタンキャットの頭が地面に落ちる。槍の矛先は地面に着く前に止められ、血液すら付着していなかった。槍を引くと一気に切り口から血液が噴出する。
僕はアストロゲイムに戦慄する。まるで日本刀のような切れ味を、槍が実現してしまっているのだ。これが薙刀などであれば納得も行くだろうが、見た目からはそうとは思えない切れ味だ。
「おい、大友。ぼやっとしていないで解体をしろ」
「は、はい」
シンバルさんから受け取っていたナイフを取り出して解体を始める。
本来なら首に切込みを入れるだけで出来る血抜きも、首がなければどうしようもない。さっさと内臓を取り出し皮を剥いでゆく、ほどなくして解体を終えると馬車に乗せる。
「初めてにしては良くできた方だな、だがもうすこし綺麗に皮を剥ぐようにしないとダメだぞ」
「どうも解体が苦手で、吐き気が止まらないんです……」
「なるほど、そいつは慣れるしかないだろうな。俺も初めてのころは師匠の解体を見て吐いていたさ、だが生きるとはそういうことだ。それにまだ最初の一匹じゃねぇか、まだまだ解体は山ほど味わえるぜ」
そう言うと、再び馬車を走らせる。
それから僕は三度の戦いを体験し、夕日が見えるころにはシーモンへたどり着くことができた。
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