12話 「夢の中」
ここは夢の中だとすぐに気が付いた。
だが、俺の夢なのにまるで言う事を聞かない。それどころか回想を始めやがった。始まりは弟子である大友を追い返したところからだ。
「大友は宿へ引き返せ」
「嫌です! 僕も戦います!」
「五月蠅い! 引き返さないと俺が切り殺すぞ!」
そう殺気を放つと大友は槍を持ったまま後ずさり、おびえた表情で逃げるようにして宿へと戻って行く。しまった、頭に血が昇りすぎちまった。知り合いの兵士が殺されて冷静さを失うなんて俺らしくもねぇ。いや、その方が俺らしいか。
周りを見ると何処も燃え盛り、魔物が徘徊している。遠くからは人間の悲鳴が聞こえ、あまり猶予がないのだと己を奮い立たせた。うし、魔族と一戦交えて来るか!
領主の館を守る兵士達はすでに半数がやられ魔物たちが死体を玩んでいたが、そんなのは無視だ。俺は館へと足を踏み入れると小さく口笛を吹いた。
「さすが領主様だな、たいそうな値段の物ばかりじゃねぇか」
館の中は高価な品が飾られ、品の良い館の雰囲気が俺をお出迎えしてくれる。だが明かりはなく暗闇が支配していた。
俺は領主が居るだろう二階へと足を運ぶと、案の定に領主が廊下で座り込んでいる。しかし、領主の前には黒い霧のような物が立ち込めていた。
見覚えがある。昔に魔族とやり合った時も決まって黒い霧だった。俺が知っている魔族と同じだ。
領主は震えながら霧に向かって言葉を投げる。
「ひいいい、わ、儂を殺してもお前らの得にはならんぞ!」
すると、黒い霧は人型になり赤い眼が光る。
「私はお前ら人間なんてどうでもいいわ、ただ暇つぶしよ」
三日月のように吊り上がる口は笑みを感じさせ、赤い眼も愉悦を滲ませているようだった。俺は魔族に話しかける。
「おい、話をしているところ悪いんだが、その人間を俺にくれないか?」
俺に気が付いた魔族は
「うーん、そうね。貴方が私と勝負して楽しませてくれたら、この人間をあげるわ」
「おう、それでいい。それじゃあ早速やらせてもらおうか。おい、あんたすぐに逃げろ」
領主に声をかけるとすぐに逃げ出した。貴族と言うのは何時だって逃げ足だけは早いものだな、俺は好きにはなれないぜ。小さくため息を吐くと剣を構える。
「良い気迫だわ、人間にしてはやる方ね」
「そりゃあ、ありがとよ。だがそう言う事は、剣を受けてから言うもんだぜ!」
切下ろしで魔族に切りつけるが、靄のような腕で剣を弾く。だがこれは予想通り。さらに切り上げてすかさず突きを繰り出す。しかし魔族は火花を散らしながら片腕で防いでゆく、靄のような感じだが間違いなく実体があるというのは感触から理解している。この靄が本当の姿なのか、それとも本当の姿を隠しているのかは分からないが、俺との実力は相当な差があるというのは明白だ。
「あれ? どうしたのハンサムさん、もう手詰まり?」
「うるせぇ! ベラベラと戦いの最中にしゃべるな!」
俺はさらに剣速を速め魔族に詰め寄る。火花が幾度も咲き魔族が一歩後ろへ下がった。このまま押し切る!
「おいおい、偉そうな口で押されているじゃないか。もう一本の腕も早く使わねぇと、俺に殺されちまうぜ?」
あえて挑発してみると、やはり意地になって左手だけで剣を防ぎ続けている。昔に戦った魔族も冷静だったがどこか直情的だった。ただ、前の奴はその上で性格が悪かったから厄介だったが、今回の魔族は女タイプみたいだし性格の悪さも感じない。魔族にも色々な奴が居るということだろう。
そう考えていると、魔族の片腕が剣を弾くと顔面を殴りつける。床に転んだ俺はすぐに立ち上がったが、かなり重い一発を貰ったようだ。若干足元がふらつく。
「あら、私は攻撃しないとは言っていないわよ? でも一発でそんな感じじゃあすぐに死んじゃいそうね」
「はっ、パンチが軽すぎて驚いたんだよ。お前本当に魔族か?」
「そう、口は減らないのね」
俺は走りだすと剣を大きく振り下ろす、こいつは師匠直伝の技だ。
ブライアン流剣術 【バーストブレイク】
剣を腕で受け止めた魔族は爆発の炎に包まれる。屋敷の狭い廊下は吹き飛び、炎と煙が吹き荒れた。俺は形をとどめている廊下に着地すると、軽く頭を掻く。
「ちょっとやりすぎたか? だが、魔族がこのくらいでやられてくれるとは思えないからな、油断は禁物だ」
そう言った矢先に凄まじい暴風が吹き荒れる。屋敷の屋根や壁を吹き飛ばしながら恐ろしいほどの魔力の塊が近づいていた。そして吹き飛んだ場所の下から姿を現したのは先ほどの魔族だった。赤い眼が煌めき黒い靄の隙間から白銀の髪が見える。
「人間、侮っていたぞ。まさか私を此処まで興奮させるとは」
ピリピリと逆立つ空気は全身の毛穴が閉じているのだと本能で理解できた。この空気を体の中に入れたくないという防衛本能だろうか。俺はヤバいとすぐに感じる、コイツ昔に戦った魔族よりも遥かに強い。だが此処まで来てやすやすと引けるはずもない。
「なんだ、俺の小さな小さな攻撃が、随分とダメージを与えてしまったんだな」
そう言うと奴は笑った。
「お前は人間にしては面白いわね。必死な事が手に取るように分かる」
奴はその場から一瞬で消えると、次の瞬間には俺の左腕を持っていた。
左腕を見ると肩から下の腕がなくなり、血が噴き出している。思い出したかのような激痛が走り、俺は立っていられなくなった。かろうじて剣を杖代わりにして倒れることはなかったが、奴の攻撃が見えない以上は俺の攻撃は当たらないと言う事だ。絶望的な思考が頭を巡り死を覚悟する。
「……ここで殺すには惜しいわ。お前の名前は?」
「ぐううっ……お、俺はシンバルだ」
「覚えておきましょう。今日は飽きたし帰りましょうか、それじゃあまたね」
奴はそう言うと、宙を飛んで何処かへと消えて行った。
追い返したか? いや、見逃してもらったって感じだな。これじゃあ大友に息巻いた俺は師匠失格だ。くそっマジで死ぬかと思ったぜ。フラフラと館を抜け出すと、杖代わりにしていた剣が半ばから折れる。あのまま戦っていれば間違いなく死んでいたな。
町の中は静まり返り、すすり鳴く声だけが聞こえる。兵士はすでに館から撤退したのか姿はなく、死体と瓦礫だけが散乱していた。俺は宿に帰る為に力を振り絞って歩き続ける。師匠や弟子が居るあの宿へ帰らなければならない。しかし、こんな俺でも弟子が出来るなんて、生きていりゃあ不思議な事もあるもんだ。師匠には馬鹿弟子とののしられて生きてきたが、大友は俺にはもったいない素質の持ち主だ。まぁ才能はないだろうな。あいつは臆病者だ。
路地裏を抜けて見覚えのある宿が見え始めた。もうすぐだ、もうすぐで辿り着く。
霞む目の前を頼りに宿へたどり着くと、俺は倒れてしまう。もう歩けねぇ。だが師匠と大友の声が聞こえ、俺の腕下に肩を入れて担ぎ上げる。このデカい体は師匠か。ヤバい前が見えなくなってきた。
「馬鹿弟子にしちゃあよくやったな」
そう言って師匠は背中を叩く
「痛っ!? 師匠……怪我人なんですから優しくしてくださいよ……」
今の痛みで意識は戻ってきたが、だんだん寒さが感じられるようになってくる。師匠なら治療してくれるはずだが、最悪死んじまうかもな。何とか食堂まで歩くとテーブルに仰向けに倒れた。もう限界だ、意識が保てない。
「シンバル、お前は寝てろ。次に起きればベッドの上だ」
「師匠、頼みます」
俺は大友の事を師匠に頼んだのだが、師匠は頭を殴りつけると寝ろと怒られた。やっぱり師匠には敵わないぜ。次第に遠のく意識が瞼を重く閉じさせる。俺は此処で意識を失った。
すると夢だったハズの俺の意識が薄れ、覚醒を始める。
重い瞼を開けると、そこには心配そうな大友が俺を覗き込んでいた。頼りのなさそうな顔に、少しくせ毛があるのか所々跳ねている。少し笑ってやると大友は走り去って行った、下からは大友の大声が聞こえる。
「ブライアンさん、シンバルさんが目を覚ましましたよ!」
「やっとか! それじゃあ食事をたらふく食わしてやれ!」
師匠の声に俺はゾッとした。師匠がたらふく食わせると言った時は、食べきれない程の量が山盛りにされて出される。しかも食い残せば殴られ、昔は泣きながら食べさせれていた事を思い出す。俺は怪我人だぞ、加減をしてくれ。
ふと、左手がないことに気が付いた。そうか、俺はこれから右手だけで生きて行かなければならないのか。失った物は取り戻せない、そして俺は後悔などしていない。生きていたのだから、これくらいで済んだのは奇跡だろう。
すると、部屋に戻ってきた大友が、トレイいっぱいに乗せられた料理を運んできた。どれも山盛りで脂濃い物ばかりだ、重傷者に出す食事じゃない気がする。
「大友、食事はテーブルに置いてくれ。ところで俺はどれほど眠っていた?」
「二日ほどです、シンバルさんが眠っている間に魔物や魔族は引いたみたいです。でも町の状況は厳しいみたいで、復興させる力はまだないみたいですね」
だろうな、あれだけ派手に魔物が暴れたんだ、町を立て直す気力はまだ起きるハズもない。だが俺が見た限りでは、中心部に魔物が集中していたから無事なところは多いハズだ。
「大友は今日まで何をしていた?」
すると大友は立てかけてあった槍を持ち、照れくさそうに答える。
「僕はシンバルさんが心配で、槍の練習で気持ちを落ち着かせていました。でも、お陰でブライアンさんからは踏み込みがよくなったって褒めてもらいました」
「そうか。槍は剣よりも長い分、取り回しも難しい。大友は力や体力が在るから基礎体力は申し分ないが、必要な筋肉の育成が足りないハズだ。いずれは技も教えてやるが、もっとお前は強くなれるハズだろう」
俺がそう言うと、大友は自分の拳を見ていた。コイツは時々悲しそうな眼をするが何があったのだろうかな、だが人間は誰でも乗り越えなくてはならないものがある。大友はまだ心の壁を乗り越えきれていない、もしかすればこいつは化けるかもしれないな。
「あ! そうだ! シンバルさん食事を食べてくださいよ! 血を作らないと倒れますよ!」
くっ、忘れようとしてた事を思い出させるとは罪な弟子だ。俺は立ち上がろうとすると、大友がトレイごとベッドの上に持ってくる。ズシリとかかる重量は冷や汗をかかせる。ニコニコと見守る大友に、俺は師匠の意地を見せてやる事にした。
「わぁすごいですね! シンバルさんは大食いだったんですか!」
何となくだが師匠が俺を殴る気持ちが分かる気がした。師匠の気持ちも知らないで、そんな暢気な言葉を投げかけやがって。
「もがもががが!」
「え? なんですか? よく聞こえません」
水! 水! のどに詰まる! 必死で手を伸ばすが、大友はニコニコと不思議そうだ。ヤバい窒息死する!
「あ、水ですか?」
すぐに受け取るとがぶがぶと水を飲む干す。ヤバい、本当に死ぬところだった。生き延びた矢先に、食事で窒息死など恥かしくて死んでしまうところだ。
すると、槍を一緒に立てかけている俺の剣を見つける。
「大友、俺の剣を取ってくれ」
大友から受け取ると鞘から抜いた。半ばから折れ、刃は欠けている。
恐るべきは魔族の防御力だ。俺の剣は自慢じゃないがかなりの強度を誇っている。切れ味を捨てたこの剣が弾かれるとなると、それ以上の強度を魔族は持ってたということになるのだ。世の中には聖剣などと言う物もあるらしいが、そのクラスでなければ魔族とはまともに勝負すら出来ないということか。
いや、待てよ。大友の槍なら魔族といい勝負が出来たんじゃないのか? それに大友の槍はスモークゴーストを倒す奇妙な槍だ、あるいはその正体を師匠が知っているかもしれないな。
「大友は槍の事を師匠に聞いたか?」
「あ、はい。僕もゴーストを倒したことに疑問を感じてブライアンさんに聞いたのですが、返ってきたのは”製作者に聞け”でした」
制作者に聞け? と言う事は師匠も知らないということか? だがアンデッドであるゴーストを、あんなにやすやすと通常の武器で倒すなんて聞いた事がない。さらに異常とも呼べる大友の力と魔法が合わされば、もしかして魔王を倒す事も可能かもしれないぞ。
俺は大友を見ると、ニコニコと笑顔だ。しかし、どこか真に笑っていない雰囲気を受ける。環境がそうさせるようになったのか、いつも笑顔を絶やさない感じだ。だが、俺はそんな大友に感じるところがあるのだ。コイツはやはり強くなる気がする。そして魔王すらもその手にかける事も可能な気がする。よし、俺はこいつを英雄にするぞ。
何事も目標は肝心だ。弟子を取るならば何を目指すべきか、ソレは英雄だ。誰もが憧れる英雄にすることが師匠の誉、そして俺の師匠も喜ぶ功績だ。決まりだ。
「大友、明日から修行を倍にする」
「え!? 倍!?」
俺の弟子は英雄になるぞ! ハハハハ!
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