11話 「魔物の大群」


 シンバルさんが身支度を整えると、すぐに宿の外へと走り出した。僕もアストロゲイムを握りしめその後を着いて行く。


 町の中は多くの人が外をうろつき、全員が空を見上げていた。


 僕とシンバルさんも空を見上げると、星が煌めく夜空に鳥のような物が数多く飛翔していた。アレは何だろう?


「ヤバいぞ、本格的に攻めるつもりか」


 するとシンバルさんは再び走り出した。僕もその後を追いかけるように走るが、町の中心部には赤い光が見えていた。モウモウと立ち上る煙から火事が起こっている事が理解できる。


「大友! 俺は町の中心に行く! お前は宿に戻れ!」


 そう言ったシンバルさんに僕は反論した。


「断ります! こんな様子だったらシンバルさんの傍の方が安全な気がするんです!」


 僕がそう言うと、シンバルさんはため息を吐いた後にしゃべりかけてくる。


「こんなところで言い合いしても仕方がない、危険になればすぐに逃げろよ?」


「はい!」


 再び走りだしたシンバルさんを追いかけて、槍を握りしめた。実は先ほど言った理由は嘘だ。僕は訓練の成果を確かめたかったからだ。新しい武器と備わったチートがどれほど通用するか確かめたかった。臆病な僕が此処まで高揚するのは珍しい事だろう、でなければ魔物が跋扈する中心部に行こうなんて気にはなれない筈だ。


 町の中心部の空は炎で赤く染まり、上空には数え切れないほどの翼を持った生き物が飛び交っている。中にはグリフォンのような生き物も見かけたが、夜とあってかよく見えない。


「止まれ! スモークゴーストだ!」


 急停止したシンバルさんはすぐに剣を抜いた。


 前方を見ると、路地裏から部屋で見た煙のような物が何個も漂っている。


「大友、注意しろ! スモークゴーストは魔法でしか攻撃が効かない魔物だ!」


 その言葉に僕は頭の中にハテナが現れる。槍で突いて倒したのに、魔法しか効かないなんて矛盾していないか? だがシンバルさんが振った剣は煙を通りすぎると、再びゴーストは形を変え僕たちに向かってくる。


「シンバルさん、僕に攻撃させてください」


 そう言うと槍で煙を突いてみる。


「ぎゃあああああ?!」


 叫び声と共に煙は渦を巻き、見覚えのある青い石に変化した。ほら、やっぱり倒せる。


 振り返るとシンバルさんは眼を見開いて固まっていた。


「シンバルさん?」


「……よ、よし。とにかくゴーストは大友に任せよう」


 ゴーストに槍を穿つと、叫び声をあげて石に変わって行った。石が綺麗なのですべてを拾うとポケットに入れる。


「大友その石は”魔石”と言う物だ。魔物や魔獣の体内には、魔力が結晶化した魔石と言う物が存在する。魔石は魔道具にも使用されているから、良い値段で買い取ってもらえるぞ」


「へぇ~じゃあ集めた方が良いんですね」


「そう言う事だな。だが、その程度の大きさでは大した値段にはならないだろうがな」


 なるほど魔石か。僕が手に入れた魔石は五㎝程度なので、どのくらいの値段になるのか良い判断基準になりそうだ。


 路地裏を抜け町の中心地に辿り着くと、多くの家が炎に包まれ、泣き叫ぶ人々の声が辺りから木霊していた。逃げ惑う人々に追いかける大きな獣。槍を構えるとシンバルさんが僕を止めた。


「待て、あの魔物はお前では危険だ。ここで見ていろ」


 シンバルさんは剣を構えると、獣に向かって走り出した。


 獣は体長三mもある青色のライオンだった。猫科らしいしなやかな動きでシンバルさんから距離をとると、低い唸るような鳴き声で威嚇をする。逃げていた人はシンバルさんの横を通り抜け、僕の遥か後方へと走り去って行く。


「大友、良く見ていろ! コイツはグライオンという低級の魔物だ! だが魔獣のA級よりもはるかに強い、これがどうゆう事か分かるか!?」


 シンバルさんの問いかけに冷や汗を流す。魔獣の上位より強い魔物が低級だということは、さらに上の魔物は化け物だと言う事だ。だったら魔物を創りだす魔族は更に強い事になってしまう。


 シンバルさんは剣を下段に構えると、グライオンの間合いにジリジリと近づいて行く。グライオンもシンバルさんに警戒してか、姿勢を低くしながら睨み付けていた。


「おら、来いよ子猫ちゃん」


 そう言ったシンバルさんにグライオンは咆哮すると、速い動きで高くとびかかった。


 だがシンバルさんは見透かしていたのか、剣を下から切り上げるとグライオンの前足を切り落とし、地面に転がったグライオンの首をすかさず切り落とした。首を失くした切り口からは、大量の血飛沫が飛び散り地面を赤く濡らす。


「俺もまだ腕は落ちてねぇな」


 そう言いつつ剣に付いた血を振り落とすと、シンバルさんは僕を見た。


「お、おい、大友。お前……痛くないのか?」


「へ?」


 驚いた顔で僕を見るので自分の身体を見ると、腹部にライオンの顔が見える。いや、ライオンが僕のお腹に噛みついていたのだ。


「うわぁぁぁ!?」


 どうやらグライオンがもう一匹居たようだ。シンバルさんが戦っている間に僕に噛みついたのだと思うけど、痛みは全く感じなかった。だが、冷静さを失った僕はグライオンの頭に掴み掛ると、頭を覆っている青い毛を握って燃えている家に投げ飛ばした。それは綺麗なほど直線を描き、燃え盛る建築物の壁をぶち抜きその奥にある壁すらもぶち抜きさらに奥の家に激突してグライオンは息絶えた。


 だが僕はそれどころではない、腹部を確認するとセーターに歯形がつき見事に小さな穴が空いていた。血は出ていないかめくってみると、歯形すら見られずお腹が無事な事が確認できた。


「今のでかすり傷出来ていない? お前不死身か?」


 呆れた表情でシンバルさんは頭を掻くが、僕には他人ごとではない。一張羅のセーターに穴が空いたのだ、しかもライオンに噛まれたなんて恐怖が今頃湧き起こり足がガクガクと震えだした。


「おいおい、怪我がなかったんだから良かっただろ? 戦闘と言うのは油断は禁物だ、理解できたか?」


「は、はい」


 僕は内心で取り乱していた。ライオンに噛まれたのに無事だったのはチートだから? それともたまたま? ライオンを投げた時随分と軽かったなぁ。セーターが破れたから新しい服を買わないと。しかし、本当に怖かったなぁ。


「おい、大友聞いているか!?」


「は、はい!」


 いつの間にか、僕はシンバルさんを追いかけて走り出していたようだ。それでも先ほどの出来事が頭から離れない。


 すると、町の中心にある建物で多くの魔物と戦う兵士を見つける。シンバルさんは負傷して倒れている兵士に駆け寄り声をかけた。


「おい、大丈夫か!?」


「ぐ、その声はシンバルか? 頼む領主様を守ってくれ。中に魔族が侵入したんだ……」


 兵士はそう言い残すと力を失くして息絶える。どうやら門に居た兵士だったようで、その顔に見覚えがあった。シンバルさんは唇を噛むと、何かに耐えている表情を見せる。僕は槍を握りしめ許せない気持ちが湧き起こった。


「大友は宿へ引き返せ」


「嫌です! 僕も戦います!」


「五月蠅い! 引き返さないと俺が切り殺すぞ!」


 シンバルさんの鬼気迫る気迫に押され、一歩後ろに下がった。僕では足手まといだと言う事なのだろう。槍を握りしめると僕は宿へ向かって走り出した。魔族はかなり強いハズだ、シンバルさんには死んでほしくないけど、今の僕には帰りを待つしか出来ない。いつの間にか唇を噛みしめ悔しさを我慢していた。


 宿に着くと、剣を装備したブライアンさんと女将さんが出迎えてくれる。


「大友、シンバルはどうした?」


「シンバルさんは町の中心部にある領主の館に行きました。魔族と戦うみたいです」


「ちっ、頭に血が昇りやがって。いつまで経ってもあいつはガキだな」


 ブライアンさんは剣を地面に刺すと胡坐をかいた。空を見上げると次第に魔物は引き始め、町の中に居た魔物たちも姿をくらませて行く。


「心配するな。シンバルはああ見えても、魔族と戦ったこともある凄腕の冒険者だったんだぞ? 今頃は魔族を追い返している頃だろう」


 そんなブライアンさんの言葉に、僕はさらに嫌な予感を感じた。シンバルさんでは魔族を殺す事は出来ないと言っているのだと分かったからだ。すると、町の中心地から激しい風が吹き荒れ火事の炎をかき消してゆく。


「こりゃあ魔法の風だな」


 ブライアンさんは淡々としゃべり町の中心を見据えていた。女将さんを見ると剣を握る手が震えているように見える。もしかして今の風は魔族が? じゃあシンバルさんはどうなったんだ?


 しばらくすると血だらけのシンバルさんが宿に戻ってきた。


 だが左腕を失い、右手にはボロボロの剣が握られている。


「シンバルさん!」


 僕が駆け寄るとシンバルさんは宿の前で力尽きたように倒れ、ブライアンさんと女将さんはシンバルさんを抱えると宿の中へ連れて行く。


「馬鹿弟子にしてはよくやったな」


 肩に抱えたシンバルさんに、ブライアンさんは背中を軽く叩く。


「痛っ!? 師匠……怪我人なんですから優しくしてくださいよ……」


 そう言いつつシンバルさんはかろうじて食堂まで歩くと、テーブルに倒れるように横になった。


「シルビィア! 針と糸だ! あと金属なら何でもいいもってこい!」


「分かったわ! 坊やも手伝って! 台所から適当な金属の調理器具を持ってきて頂戴!」


 僕は台所へ走るとフライパンやお玉を握り食堂へと走る。きっと傷口を焼いて塞ぐために必要なのだろう。にわかの知識でもそれくらいは知っている、ただ片腕を失った時はどうするかを僕は知らない。


「ブライアンさんコレ!」


「おう」


 受け取ったブライアンさんはお玉の先を右手で持つと、左手で右手の腕にある小さな魔法陣に触れる。


 お玉は小さな炎に包まれ熱し始めた。赤く発熱したお玉をシンバルさんの失った左腕の傷口へ押し当てる。


 ジュウウウウウ。


 白い煙と肉が焼ける匂いが食堂の中に広がる。すかさず糸と針を持って来た女将さんがブライアンさんに手渡す。女将さんはフライパンに魔法で水を入れると、ブライアンさんは針をフライパンに入れ、炎の魔法を使って湯にする。なるほど熱湯消毒か。


 グツグツ煮えたぎるフライパンの湯にブライアンさんはそのまま手を入れると、針を取り出し糸を結び付けた。


 僕は何もできずただオロオロとするだけだ、誰かが苦しい時に僕は何時だって何もできない。霞の時もそして今も。


 ブライアンさんは血が噴き出る傷口を糸で結ぶと、上から包帯を巻いて行く。シンバルさんが寝ているテーブルはすでに血が流れ床にまで垂れていた。出血多量で死なないのだろうか? これで大丈夫なのか? シンバルさんは死なないよな?


「ふぅ、とりあえず応急処置は済んだ。だがこれからはシンバルの気力次第だ」


 ブライアンさんは椅子に背中を預けると、ため息を吐いた。


 ひとまずシンバルさんは助かった事なのだろうか? でも魔族や魔物はどうなったのだろう、気になったのでブライアンさんに質問をしてみる。


「魔物はもう大丈夫なんですか?」


「……分からんな。シンバルが魔族を追い払ったと考えると、率いていた魔物も町から離れた筈だろう。どれ、儂が領主の屋敷のあたりまで偵察に行ってくるか」


 そう言うと、ブライアンさんは剣を握り宿を出て行く。僕も追いかけようと思ったが、シンバルさんのことが気がかりでその場から動けなかった。


「坊や、見た目より力が強いそうじゃない。だったらシンバル君を部屋まで運んであげて、それと布団を多く被せるのよ?」


「わかりました」


 僕はシンバルさんを抱きかかえると想像以上に軽くて驚いた。体格の良いシンバルさんがまるで羽毛布団のように軽く、持ち上げているのが僕じゃないような錯覚を起こす。今でも信じられないけど、これが僕の力なんだよな。


 ゆっくりと運びつつ、無事に部屋に着くとシンバルさんをベッドに寝かせ、僕の分の布団も被せてあげる。血液が減ったから体温が落ちているのだと思う。すると女将さんが部屋にストーブのような円筒形の機具を運んできた。


「よっこいしょ、これは熱を出す魔道具よ。まぁ見てなさい」


 そう言うと、円筒の一番上にある赤いボタンをポチと押す。


「あ、温かくなってきた!」


「この魔道具は中に魔石と魔法陣を組み込んで、熱だけを起こしているのよ。でも念のためにひっくり返さないでね」


「はい! それじゃあ僕は台所から水を持ってきますね!」


 すぐに走ると、台所の水瓶から水差しに汲むと部屋へと戻る。血液が不足した時は栄養と水分を取らないといけない、と聞いたことがあるからだ。きっとシンバルさんはすぐに目を覚まして元気に笑うはずだ。僕はそう信じシンバルさんの為に水をテーブルに置いた。


「ところで坊やは、シンバル君に着いて行ってどうだった?」


「そうですね、シンバルさんはとても強いです」


「それだけじゃないわよね、坊やも戦ったんでしょ?」


 僕は緑のライオンを思い出し、少し恥ずかしくなる。


「実は一匹倒したんですが、槍を使い損ねました」


「使いそこなったって、どんな状況か分からないわ」


「お腹を噛まれたんで、思わず投げ飛ばしたって言うか……」


 すると女将さんは僕の服を素早くめくる。セーターには歯形が付いているので、どこを噛まれたのかは一目瞭然だ。


「?? どこも怪我がないじゃない」


「ええ、不思議な事に怪我はありませんでした。グライオンとか言う魔物にガブリと噛まれていたんですけどね。本当に不思議です」


「グライオンにねぇ……」


 女将さんは僕のお腹を見たまま何かを考えている様子だった。




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