10話 「月光」
「
「そうよ、比較的簡単で短時間に発動する魔法で、戦闘では重宝するわよ?」
グラスから上に伸びた水の蛇は身体をくねらせ、僕の手に顔を擦り付ける。だが不思議な事に水滴は手には残らず、水風船のような柔らかい感触だけが残った。これが魔法……。
「なんだか初めて見たって感じね、珍しい魔法でもないのだけれど。まぁいいわ、とりあえず坊やの属性で蛇を創りましょ」
女将さんの言葉に、僕は光の蛇をイメージする。
だけど、一向に蛇は姿を見せなかった。あれ? おかしいな。
「坊やは魔法を、どうやってイメージしているの?」
「前は魔法陣を……そうだ! 魔法陣だ!」
僕は再び魔法をイメージする、今度は女将さんのように両手に二つの魔法陣を構築し掌を合わせた。さらに目の前に光の蛇が現れ、テーブルで踊るようにイメージをする。
すると、テーブルの上に光が集まり始め、ソレはどんどんと光りを吸収し始める。ちょ、ちょっと集まり過ぎじゃないだろうか……。
「坊や一体どんなイメージをしたのよ!? これじゃあ食堂が吹き飛ぶわよ! 中止! 中止のイメージをすぐにしなさい!」
すぐに僕は光が散るイメージをすると、目の前の光は瞬く間に散って行った。こ、怖かった。まるで小さな太陽が現れたような光だった。
すると、女将さんは僕の頭を小さくゲンコツする。
「ダメじゃない、危うく宿が破壊されるところだったわ」
「すいません……」
どうしてあんなにも大きな光が集まったのだろう? 僕は小さな蛇を創造しただけなんだけどなぁ。
「ねぇ坊やは魔法陣を想像したのよね? それはどんな役割を持っていたの?」
「えっと、右手に光の蛇で左手には強化の魔法陣をイメージしました」
「強化? どうして強化なんて付けたのよ?」
「つ、使いやすくなると思ったから付けました……水の蛇はたぶんだけど水を強化している気がしたから……」
僕の言葉に女将さんは黙り込んだ。間違っていたのだろうか? でも、水の蛇は水を強化しているから、あんな風にしなやかな動きを実現しているような気がしたのだ。これが只の水ならあんな感触ではなく、もっと柔らかい感じだった気がする。
「なるほどね。坊やの考えは間違いじゃないわよ、でも坊やの使う魔法は、その術式を組み込まなくても強力な感じだと思うの。だから今度は一つの魔法陣で蛇を作ってみて」
「はい」
今度は片手で光の蛇の魔法陣をイメージする。水の蛇と同等の大きさに、蛍光灯クラスの明るさをその身に秘めた蛇をテーブルの上に創造する。
次第に光が集まり始め、テーブルの上に小さな白光の蛇が現れた。水の蛇同様に鎌首を持ち上げスイスイとテーブルを移動する。
「やったじゃない! 成功よ!」
「はい! イメージ通りです!」
僕はとあることに気が付いた、魔法陣をイメージした掌から何かが抜き取られる感じがするのだ。きっとこれが魔力なんだ。僕は出し続ける魔力を少し増やし、蛇が大きくなるイメージを描く。
「坊や!? 蛇が大きくなっているわよ!?」
「大丈夫です、少しだけ大きくしてみました」
僕の言葉に女将さんや傍に居たシンバルさんは、驚愕した様子を見せた。光の蛇は一回り大きくなったところで成長を止め、僕の手に顔を摺り寄せる。うん、成功だ。
「坊やは天才ね。普通、魔法は使用中には内容を変更できないわ。坊やがしたことは魔法を出した後でも、術式内容を変えられると言う事なのよ?」
光の蛇をかき消した僕は、女将さんの言葉に納得した。確かに僕がしたことは常識破りだったのかもしれない、魔法陣と言う決められた形式を途中変更できるのはおかしい事だろう。そもそも魔法陣はどのような魔法を出すかを決めて意味を記している訳だから、変更できるなら魔法陣の意味がなくなってしまう。そして僕はそんな常識に当てはまらない異端だと言う事だ。
「すいません。出来るかと思いやってみたのですが、出来てしまいました」
僕の言葉にシンバルさんは腹を抱えて笑い出した。女将さんは何処か呆れている様子だ。
「ブハハハ! こりゃあ魔法使いどもは廃業だな! 長年不可能だと言われていたことを、こうもあっさりやっちまうとは!」
「まったくね……でも、これだけの才能があるのなら案外魔王も簡単に倒してしまうかしら」
「ま、魔王ですか!? 僕にはそんな大それたこと出来ませんよ! 僕は平穏にシンバルさんの手伝いが出来ればいいんです!」
魔王なんて恐ろしくて、とてもじゃないが戦えない。僕はシンバルさんの運送会社の正社員になってまずは安全、安心、快適な生活を確保する事が目標なんだ、戦争とは無縁でありたい。
「まぁいいわ。それじゃあ次のレッスンに移りましょ」
「はい!」
今度はランプを女将さんが持ってくると、中の光を動かしなさいと指示される。
「このランプは魔道具よ。中の光は空気中の魔素を内蔵されている魔法陣が吸う事で起動しているけど、これだけなら坊やの魔力は関係ない事は分かるわよね?」
「僕の魔力は魔素とは違うんですか?」
「え? そこから説明しなくちゃならないの? 坊や本当にどこから来たの?」
すいませんと謝ると、女将さんは丁寧に説明し始めてくれた。
「魔素って言うのは空気中に漂う魔法の元よ、これが私たちの魔力と作用しあって魔法が引き起こされているとされているらしいの。でも詳しい事は分からないから未だに仮説らしいけど、問題はそこじゃないわ。大切なのは私たちの魔力は魔素とは違うということよ、自分の身体で作られた魔力は自分にしか使えないと言う事なの」
と言う事は僕の魔力は外から取り入れる事も出来なければ、他人に渡す事も出来ないと言う事なのか。どういった仕組みなのか分からないけど、指紋のように個人を特定する何かが、魔力には含まれていると言う事なのだろうか?
「それじゃあ話を戻して、ランプの光は坊やの魔力で作られたモノじゃないわね? でも、その光を坊やの魔力で操作すると言う訳よ」
ようやく理解できた。僕は掌から魔力を流し、ランプに纏わせるようにイメージする。たぶんだが魔法陣は必要ない気がするのだ、これは魔力を操作する修行だからだ。先ほど感じた魔力の感覚をひたすらランプに流し込む。
「坊や? 光の操作は?」
「あ! すいません! 忘れてました!」
すぐにランプの光を動かすイメージをすると、見事に動き始めた。だがその動きは難しく、簡単にランプから光が飛び出してしまったのだ。何とかランプに光を戻そうとするが、少し動かしただけで何mも移動してしまう。
「随分と派手に移動させるのね? だいたい最初は少し動かせばいいくらいなんだけど……」
「それが、なんだか少し動かすだけで大きく動くんです」
食堂の上を大きく動き回る光の球を、僕は次第にコントロールできるようになってきた。なんとかランプに光を戻すと魔力の流れを止める。
「苦しくないかしら?」
「え? いえ、全然大丈夫ですよ?」
傍で見ていたシンバルさんは、ソーセージを齧りながら悔しそうだった。
「くそぉ! 大友はいいよな! すげぇ魔力量だ! 間接魔法訓練は、熟練の魔法使いでも魔法量が多い事が前提の修行方法なんだぞ!? 悔しい!」
「え!? そうだったんですか!? てっきりコントロールの修行だとばかり……」
女将さんはグラスに入った水を飲むと、軽く笑う。
「いや、坊やの言ったことは間違いじゃないわよ? この修行はコントロールを養う修行だもの。ただ、魔力量のコントロールだけどね」
「と言う事は、すでにある光を操作するということは、大きな魔力を消費するということですか?」
「一概には言えないわね。坊やが創った光の蛇も周囲の光を集めている訳だから、条件は同じよ。違うのはすでに操作されている自然現象は、扱いにくいということよ」
なるほど、ランプの光は魔法陣によってすでに操作されていた魔法物だ。だけど僕が上から魔力を強引に被せた事で、余計な力が浪費され扱いにくく感じたんだな。と言う事は他人の創りだした魔法は、操作しにくいということが導き出せる。たしかにこれは魔力量が多くなければ、できない芸当だと思う。
「どうしてこんなことを、坊やに教えたのかは自分で考えなさい。何でも教えてもらうのは勉強にはならないわよ?」
「はい!」
そして、この日の修行は終了した。
僕は部屋に戻ったが、シンバルさんは酒を飲むと言って食堂に残る。なんだか僕の使う魔法に悔しそうな表情だったので、使う事の出来ない魔法に憧れがあるのだと思う。僕も魔法が使えなかったら、羨ましく感じていた事だろう。
暗い部屋で僕は光の魔法をイメージし、天井へ張り付けた。
面白い事に、魔法は魔法陣に命令を吹き込んでおくと、必ず実行に移されるのだ。しかも僕から魔力のラインが伸びるようで、かすかに魔力が吸い取られる感覚が続く。このラインが何処まで伸びるのかは分からないが、近くに居る限りは作動し続けることだろう。
白光に照らされた部屋では、二つのベッドとテーブルとイスだけだ。いや、僕の新しい相棒である槍があったか。
槍を握ると見事な刀身が光を反射させる。コイツの名前を決めておかないといけない。
「竜槍スマウグ……だめだ、何処かで聞いたことがある。獣〇槍……もどこかで聞いたことがあるなぁ」
いくつもの名前を考えながら一つの名称が浮かんだ。
「よし、今日からお前は【魔槍アストロゲイム】だ!」
アストロゲイム……良い響きだ。意味なんて全くないが、僕の強い相棒をイメージして名付けた素晴らしい名前だ。きっと僕をこれから幾度となく守ってくれるに違いない。
槍を壁に立てかけると、ギシリと音を立てる。見た目からは想像がつかない程の重量らしいのだが、僕には見た目通りの重量に感じる。これも僕が異常な筋力を有しているからだ。筋力チートだと思うけど、どうしてチートを手に入れたのかと聞かれれば答えようがない。だから霞からのプレゼントだと考えるようにする。
今から寝るのはつまらないので、腕立て伏せをする事にしたのだが始めてから一時間で可笑しいことに気が付いた。一向に疲れが訪れないのだ。さらにその他の筋トレをするが気持ちが良いほど疲れ知らずで、まるでアスリートになったような気分を味わう。僕は一体どうなったしまったのだろうか? 霞が筋力チートをプレゼントしてくれたのは嬉しいが、やりすぎのような気がする。
結局二時間ほど運動をしたけど、汗をすこしだけ掻いたのみで僕はベッドに入った。よく考えれば昼間にあんなに訓練を繰り返したのに、実はそれほど疲れていなかった。むしろ軽い準備運動が済んだくらいにしか感じなかったのだ。まさしく僕は異端なのだろうか? シンバルさんは笑ってくれるだろうが、この世界の人はそうは見ないだろう。僕の力を見れば恐怖するかもしれない、だから僕は力をコントロールする術を身に付けないといけないのかもしれない。
天井にあるライトを消すと、手の平からつながる魔法のラインを断ち切った。そろそろ寝る時間だ、窓から入る月明かりは地球の時よりも明るく感じる。
いや、実際に明るいんだ。ベッドから抜け出すと窓から空を見上げる。
そこには二つの月が輝いていた。一つは黄色く輝き、もう一つは碧く輝いている。そんな月明かりが混ざり黄緑色に地上を照らしているのだ。星を見ると知らない星ばかりだったが、一つだけ見覚えのある星座が輝いている。
オリオン座だ。
ここは地球ではないことはすでに分かっていたけど、見知った星座がある事は僕の心を安心させた。
もしかすればこの異世界は、地球がある天の川銀河の中に存在している星なのかもしれないと言う事だ。そう考えればオリオン座の説明はつくかもしれない、でも、もしかすればオリオン座に似ているだけなのかも、と悪い予想が頭によぎる。
いいじゃないか! 僕がオリオン座と思えば、アレはオリオン座だ! そうに違いない! オリオン座に決めた! アレはオリオン座だ!
そう自分に言い聞かせ、ベッドの中へ逃げ込む。
もう一度だけあの黄緑の月光を見てから寝ようと、布団から顔をのぞかせると窓から白い煙のような物が部屋に入ってきた。あれは何だろう?
白い煙を観察していると、それは次第に髑髏の顔に変わり僕に近づいて来る。ななな、なな、なんだ!? 幽霊か!?
飛び起きると、壁に立てかけてあった槍を手に取りすぐに構える。
骸骨はゆっくりと振り向き、僕を視界にとらえた。黄緑色の月光が煙をぼんやりと照らすが、まるで煙草の煙のようにその形を変えながら僕に近づいて来る。
恐怖に駆られながらも、槍を煙に一突きした。
「ぎゃあああ!?」
部屋に木霊する叫び声と消えゆく煙が、僕の攻撃が通じたと証明した。そして煙は一点に収束し、一つの石を床に落とした。青く暗い色の石だ。
恐る恐る石を握ると、月明かりに照らしてみる。
中には何も見えず、宝石のサファイヤのようにキラキラと光りを反射させていた。僕はこの不思議な出来事をシンバルさんに話す為、一階の食堂へと降りて行く。
「大友は俺が責任もって育てます、師匠は来ないで下さい」
「おめぇだけで不安だから、儂もシーモンに行くと言っているんだ。一年くらいは宿もどうにかなる」
「しかし、せっかく繁盛し始めた宿を閉めるのは俺は反対です」
そんな会話が食堂から聞こえてきたけど、僕はあえて食堂へ踏み入った。
「ん? どうした大友?」
シンバルさんがすぐに僕の姿を見つけて声をかけてくれる。ありがたいが、あの煙が気になってそれどころではなかった。
「これを見てください、窓から急に煙が入ってきて、僕が槍で突いたら石になってしまいました。シンバルさんは何か知っていますか?」
そう言いつつ石をシンバルさんへ渡すと、傍で見ていたブライアンさんが驚いた表情をする。
「おめぇそいつは魔物のスモークゴーストじゃねぇのか!?」
「スモークゴースト!? たしか物理では攻撃できないはず!? 大友は槍で攻撃したと言っていたな! 魔法は使ったのか!?」
「え? いえ、ただ槍で突いただけですが……」
シンバルさんとブライアンさんは立ち上がると、何故か身支度を整え始める。
「シンバルさん! どうしたんですか急に!」
「大友、魔獣は魔素を吸収してなる事は、昨日と今日の話で理解できたな!? だったら魔物は、どうやって出来るか知っているか!?」
「し、知りません」
「魔物は魔族の魔力を吸収して出来る。それは動物に限らず、怨念など意志が込められた物ならどんな物でも魔物となる。そして魔物の背後には、必ず魔族が居るんだ!」
そこまで言われて僕は気が付いた。この町に魔族が来ているということに。
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