9話 「僕の初めての相棒」
町の中を身を潜めながら宿まで戻ると、すぐにブライアンさんが声をかけて来る。
「おい、どうしてそんなに警戒しているんだ? 何かあったのか?」
僕とシンバルさんは食堂の椅子に座ると水を注文する。ブライアンさんは事情を聞きたそうな表情だったが、喉が渇いてそんな状態ではなかった。
「ほれ、水だ。一体何がったんだ?」
ブライアンさんは近くの椅子に座ると、シンバルさんに再び声をかけた。僕とシンバルさんはグラスに並々と注がれている水を飲み干すと、一気にため息を吐いた。
「師匠、聞いてください。俺は大友を魔法使いギルドまで連れて行くと、魔力検査をさせたんです」
「おう、儂も経験があるからどんなのかは分かるぞ」
「それが……大友が魔力検査機に手を乗せた瞬間に、白い光と黒い光が激しく光って何が何だかもう……とにかくそれでギルドは大騒ぎになって俺達は魔法使いから逃げる羽目になったんですよ」
話を聞いたブライアンさんは黙り込むと、僕をちらりと確認した。悪い事はしていないと思うけど、やっぱりギルドに出頭した方が良かったのだろうか?
「白い光と黒い光か……お前ら逃げてきて正解だったかもしれんぞ」
「え?」
「儂も属性は分からんが、恐らくかなり強力な属性だと思う。そんな大友がギルドに捕まれば、実験動物や奴隷のような目に合わされている可能性は非常に高いだろうな」
僕は血の気が引いて行くのが分かった。まさかそんな事になる可能性を考えていなかったのだ。でもよく考えればそうなる事はあり得るだろう、得体のしれないものを調べたがるのは人間の性ともいうべき本能だ。僕は自由が奪われ徹底的に調べられることになるだろう、もし危険な存在だと分かれば殺されることだってあり得るのだから身震いは止まらない。
「だが幸いにも逃げ出せたんだから、よかったじゃねぇか。儂も孫弟子を失うのは忍びないからな」
「師匠。今日はもう一泊します、明日の朝にシーモンへ発ちますよ」
「それが賢いだろうな。じゃあ今日は予定通り初稽古でもするか」
ブライアンさんの言葉に僕は内心で飛び跳ねる。とうとう初めての稽古をつけてもらえるみたいだ。でも僕は剣を学ぶのだろうか?
「二人ともついて来い」
僕とシンバルさんはブライアンさんの後ろに着いて行く。すると台所の石畳を剥がし始め、石の扉が姿を現せた。
まさか隠し部屋なのだろうか、扉を開いたブライアンさんは一人中へと入って行く。
「こんなところに隠し部屋があるなんて俺は知らねぇぞ……」
「え? シンバルさんも知らないんですか?」
僕たちは石造りの階段を下りると、そこは小さな小部屋だった。壁にはいくつもの武器が飾られ、光を放つランプだけが部屋を明るく照らし出す。でもあのランプは電気のように光っているが、もしかして小説でよく目にする魔道具だろうか?
「ここには儂が現役時代に集めた武器が置いてある。大友、好きな物を選べ」
「か、勝手に選んでいいんですか? 僕は剣を学ぶものだとばかり思ってました」
「ウハハハ! 儂はアドバイスだけだ。教えるのはシンバルだからな、どれを選ぶのかシンバルと話し合え」
壁を見ると剣や斧やハンマーが飾られ、どれも手入れが行き届いているように思った。シンバルさんを見ると何やら考え事をしているようで、僕一人で選ばなければならないようだと気が付く。僕の武器だから僕が選ばないといけないのは当然か、これから先を共に歩む相棒を探すのだから。
そこで僕は一通り触ってみる事にした、とりあえず近くにあった剣を握ってみる。
「どうだ?」
ブライアンさんが聞いて来るが、僕には片手剣は軽すぎるように感じる。まるで小枝を持っているようだ。
「ダメですね、軽すぎます」
「だろうな。大友は力が在りすぎるから、生半可な重さでは体重が攻撃に乗りきらないだろうな。アドバイスとしては、武器を振った時に足が地面を掴みやすい物を選んだ方が良いぞ」
なるほど、軽すぎても重すぎても駄目なんだな。僕は片手剣を一応振ってみるが、やっぱり軽すぎて足が地面を掴みづらかった。だったらと思い斧を握ってみると悪くない重量だ、振ってみても軽すぎることはない。するとシンバルさんが質問をしてきた。
「大友は接近戦は苦手そうに見えたが、斧くらいの距離は大丈夫なのか?」
今持っている斧はかなり大型だと思うけど、この距離を戦うのは僕には勇気がないように感じた。出来れば中距離武器が望ましいと思う。
「無理だと思います。出来れば槍みたいな距離感が、僕の今の限界でしょうか」
そう言うとブライアンさんが、部屋の扉に手をかける。どうやら隣の部屋もあるみたいだ。
「だったらこいつはどうだ? たしか……」
そう言いつつブライアンさんは隣の部屋を漁り始める。覗いてみるとそこはゴチャゴチャと物が多く、武器や盾や巻物などが山積みされているのだ。ブライアンさんは山の中から一本の槍を重そうに取り出すと僕に手渡した。
「そいつは見た目に似合わずかなりの重量だ。貴重な金属を使っているそうだが、重すぎて誰も使えなかった失敗作だな。作った奴がくれたんだが、儂でも手に余る品だ」
その槍は見事な装飾が施され、金と赤の龍が穂先に向かって口を開いている様子が見事に彫り込まれていた。そして気になる重量は、適度に重く地面をしっかりと感じる重さだ。これなら僕にぴったりの武器と言えるだろう。
「師匠、この槍はそんなに重いのですか?」
「シンバル、持つなら気を付けた方が良いぞ? 儂も少し持っただけだが、もう腰が痛い」
僕はシンバルさんに槍を手渡すと、手を離した瞬間にシンバルさんは地面に落としそうになった。
「お、重い……どうなってんだこの槍! 信じられない程重いぞ!」
「だから言っただろ、そいつは使えねぇ槍だ」
僕はシンバルさんから槍を受け取ると、今度は軽く振ってみる。うん、やっぱりいい重さだ。そんな姿を見たシンバルさんはため息を吐いた。
「とりあえず武器は決まったな。槍は俺の専門外だが、基本くらいは教えてやれるから心配するな」
「ありがとうございます! シンバル師匠!」
僕がそう言うと、シンバルさんは照れくさそうに頭を掻いた。
そうだ! ブライアンさんからは魔法を教わってもいいかもしれない!
「ブライアンさんは魔法が使えるんですよね? 僕に魔法を教えてください」
「そりゃあいいが、儂は炎と土属性だぞ? 大友は恐らく光属性のナニかだろうが、参考になるのか?」
「そのことなんですが、僕どうやら魔法陣がなくても魔法が使えるみたいなんです。だから炎と土魔法を参考にして、魔法を使ってみたいなって考えているのですが」
僕の発言にシンバルさんとブライアンさんは唖然とする。やっぱり魔法陣は物理的に使わないといけないものなのだろうか?
「こりゃあ参った。此処まで来ると戦いの申し子だな、魔法を自由に創れると言っているのと一緒だぞ? 大友の国にはこんな奴がゴロゴロしているのか?」
シンバルさんの呆れた声に、僕はなんだか恥ずかしくなる。なんだかすいません。
「まぁまぁ落ち着けシンバル。儂も驚いたが、魔法の天才は何時の時代も現れるもんだ、たまたま俺達の前に現れただけだろ。大友、魔法と言うのは意味のこめられた魔法陣がないと発動しないものだ。魔法語と呼ばれる特殊な文字で意味を定め、世界に干渉するのが魔法と言うものだ、お前はそれを学ばずに出来ると言うのは素晴らしい事なんだぞ? 才能に決して溺れないようにしろ」
僕は開いていた手を握ると、ブライアンさんの言葉を飲み込む。そうだ、確かに才能はあってもそれを使う者の心が正しくなければ、飲み込まれてしまうだろう。
「はい! 僕は日々己の力を研磨して、正しくありたいと思います!」
「へっ、良い子じゃねぇか。シンバルにはもったいない」
ブライアンさんはニヤリを笑いながら、シンバルさんの背中を叩いた。
「逆にプレッシャーですよ、とまぁとにかく今日から修行を始めるぞ」
「はい!」
僕は槍を片隅に置いて、シンバルさんが渡して来た重り付きの棒を受け取ると、突きの練習から始まった。重りが付いていようと僕には軽く感じるのだが、それよりも問題は突きだった。シンバルさんが教えてくれた突きは思っていたよりも難しく、その場の突きから移動しながらの突きなど、いかに体重移動と姿勢が大切だと耳が痛くなるほど聞かされる。
地下に居るため時間の経過は分からず、ひたすら突きの練習だけさせられる。
「よし、今日はこれくらいにしてやろう。もう夕食の時間だ、上がるぞ」
シンバルさんに連れられ地下から上がると、そこは忙しそうに支度をするブライアンさんが居た。見えない速度で包丁を動かし、野菜、肉と細切れにしてゆく。すごいとしか言いようがなかった。
「すげぇだろ? 師匠はあの速度で昔は剣を振っていたからな、今さらながら化け物だと思うぜ」
シンバルさんがそう言うと、ブライアンさんが振り向きもせず怒鳴る。
「誰が化け物だ! ぼーとしてねぇで食堂へ行け! ここはおめぇらが駄弁る場所じゃねぇ!」
僕とシンバルさんは食堂へと移動した。調理場は料理人の神聖な場所なのだと思うが、足元にあんな隠し部屋があるのに怒られるのは理不尽な気がする。食堂の椅子に座ると、ブライアンさんの奥さんらしき方が料理を運んできてくれた。
「はい、どうぞ。二人とも随分と汚れているわね、お風呂があるから後で入ってらっしゃい」
「ありがとうございます。しかし、師匠の奥さんはいつ見ても美しいですね」
「あら、シンバル君は口が上手いじゃないの。それじゃあパンをおまけしてあげるわ」
女性は台所へ行くとパンを持って戻ってきた。なるほど、シンバルさんはこうやっていつもおまけを貰っているに違いない。すると女性は僕の分までパンをくれる。
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよ。可愛い坊やはしっかり食べないと、ウチのブライアンやシンバル君みたいになちゃうわよ」
そう言って女性は他のテーブルへと移動していった。周りを見ると、他の宿泊客も美味しそうに料理を食べているので、僕たちも食べる事にする。
「大友、女将さんには逆らわねぇ方がいいぞ。あの人は師匠より怖いからな」
「そうなんですか? 綺麗な人で優しそうですけど……」
「ああ見えて女将さんは凄腕の冒険者だったんだぞ? 鬼のシルビィアと呼ばれて、そりゃあもう泣く子も黙るほど怖かったからな」
鬼のシルビィアなんて、なんて恐ろしいあだ名だ。女将さんは綺麗なおばさんという様相をしているが、若かりし頃はきっと美しい人だったに違いない。伝説の冒険者であるブライアンさんは、どうやって女将さんを射止めたのだろうか? すこし気になる。
僕は夕食に出された煮込みハンバーグを食べると、そんな考えは吹き飛ぶ。無我夢中で食べ始め、気が付けば食事を全て食べてしまっていたのだ。相変わらずブライアンさんの料理は美味しい。すると、食事を終えて酒を飲んでいたシンバルさんが僕に口を開く。
「大友、まだ今日の修行は終わってないぞ? 俺との稽古は終わったが今度は魔法の修行だ」
「魔法ですか? と言う事は、ブライアンさんが教えてくれるんですね」
「残念だな。師匠は手が離せないから、これから見てくれるのは女将さんだ」
ニヤリと笑うシンバルさんに背筋が凍る。鬼のシルビィアさんが僕の先生!?
女将さんは台所からやって来ると、僕の隣に座り掌を見せる。そこには複雑な魔法陣がいくつも刻まれていたのだ。
「これは私が冒険者時代に刻んだ魔方陣よ、腕にも刻んでいるけど今はこれだけ見せれば十分でしょ。魔法を使うってことがどれだけ面倒か分かったかしら?」
僕は何度も大きく頷く。
魔法陣を刻まないと使えないと言う事は、必要な魔法をいつでも使えるように体に刻まないといけない。それが百や二百にでもなれば、全身に魔法陣を刻み何処に何があるのかを把握しておかなければならないと言う事だ。瞬発的な時間が求められる戦闘では、魔法は命取りになりかねない物だと理解できる。
「坊やは私と違って魔法陣なしで使えると言うじゃない、だったらきっといい戦士になれるわよ。魔法使いなんかギャフンと言わしてやりなさい」
女将さんは笑いながら僕の背中をたたく。別に魔法使いを目の敵にしているわけじゃないのだけれど、もしかして女将さんは魔法使いに恨みがあるのだろうか?
「それじゃあ簡単な魔法を見せてあげる」
女将さんはそう言って、水が入ったグラスをテーブルの上に乗せる。
「今から私が魔法を使うから、坊やはグラスを見てなさい」
女将さんがグラスに両手を広げると、次には掌を合わせる。まるで祈りを捧げているようだ。僕はグラスを観察していると、水がヘビのように上に伸び鎌首を持ち上げる。う、動いた!?
「これが私の魔法【
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