8話 「初めてのギルド」


 眼が覚めた僕は、まだ日が昇りきらない時間に身体を起こす。


 部屋を見ると、すでにシンバルさんは起きているようでベッドには姿はなかった。さすが異世界だ、仕事は朝早くから始まっているのだろう。そんな事を思い感心する。

 二階の部屋から出ると、一階の食堂へ顔を出しに行く。すると床に寝転がったままイビキを立てているシンバルさんが居るではないか。


 なんだ部屋に帰って来なかっただけなのか。だがブライアンさんはすでに起きているようで、台所では料理を作るような音が聞こえて来る。


「あら? 随分とお早い御目覚めなのね」


 そう僕に声をかけて来る女性は、食堂で食器を並べている方だ。この宿はブライアンさんだけではなく、従業員や奥さんらしき人も働いているところを目撃している。きっと目の前に居る女性はブライアンさんの奥さんだろう。


「はい、慣れない土地なので起きてしまいました」


「フフフ、そういう事ってあるわよね。私も枕が変わると眠れないのよ。あ、食事はもうできているから食べるかしら?」


「えっと、シンバルさんが眼を覚ましてから食べますので、気にされないで下さい」


 女性は深く頷くと台所へと向かっていった。すると奥からブライアンさんが出て来て、床に寝ているシンバルさんを蹴とばす。


「おら、起きろ! いつまで寝てんだ! お前の弟子はもう起きてんぞ!」


「あぶっ!? は、はい! すぐに起きます師匠! …………んん? なんだ夢か、驚いた」


「馬鹿野郎、夢じゃねぇよ。ウチの食堂はお前の寝床じゃねぇんだ、寝るなら部屋で寝ろ」


 シンバルさんは寝癖がついた頭を軽く掻くと周りを見て、僕と眼が合った。


「大友は朝が早いな。しかし、師匠は酒は弱いくせに相変わらず寝起きだけはいいんだよなぁ。大友は先に朝食を食っていいぞ、俺は部屋でもうひと眠りするから」


 そう言うと、シンバルさんはフラフラと二階へ上がって行った。どうやら僕の師匠は朝が弱いみたいだ。


「ほら、今日のおすすめの朝食だよ」


 注文をする前に女性が食事を運んできた、もしかしてこんなやり取りは恒例だったのかもしれない。僕は運ばれてきた料理を見て体が固まった。

 なんとサラダの上に、トカゲの姿焼きが乗せられているのだ。この世界では一般的な料理なのだろうか? 食べるには難易度が高いように思う。


「あん? どうした大友? 食べねぇのか?」


 様子を見ていたブライアンさんが声をかけてきた。たぶん今僕はひきつった笑顔だと思う。


「こ、このサラダの上のトカゲは何ですか?」


「そりゃあサラマンダーだ。この辺りでは良く獲れるトカゲでな、美味しいと評判だぞ。大友はトカゲが苦手か?」


「い、いえ。トカゲを食べる習慣がなかったので驚いているんです」


 なるほどとブライアンさんは納得したようだが、僕は何も解決していない。出された以上は食べるのが日本人の心意気だし、思い切ってトカゲの尻尾を齧ってみた。……あれ? 美味しいぞ? これ、滅茶苦茶美味い!


 一心不乱にトカゲを食べ始め、気が付けば朝食を食べきっていた。


「ブライアンさん! サラマンダーってすごく美味しいんですね、驚きましたよ!」


「ブハハハハ! そうだろ? だが、見た目よりサラマンダーは強いから戦う時は気を付けろよ」


「え? サラマンダーって魔獣なんですか? だって僕の掌くらいしかありませんよ?」


 僕がそう言うと、ブライアンさんは奥から調理前のサラマンダーを持って来た。表面は湿っていて、黒い体色に赤い斑点がいくつも見られる。なんだかサンショウウオみたいな見た目だな。


「こいつがサラマンダーだ。ライド平原でも多く出て来るが、怖いのは炎属性の魔法だな。小さな見た目に似合わず三m級の火球をいくつも放って来るから、もしサラマンダーの群れなんて出会えば逃げるが得策だな」


「こんなに小さなトカゲがそんなに強いんですか? なんだか理不尽ですね」


「ブハハハハ! そうに違いない! だが、魔獣なんてのは理不尽の塊なのさ、生きたければ受け入れるしかない」


 ブライアンさんはサラマンダーを指でブラブラさせながら、奥へと戻って行った。そうだ、ここは異世界なんだ。この世界の常識を学ばないと生きて行けない事はもう分かっているじゃないか。以前の常識は捨てて、この世界の常識を死ぬ気で覚えないといけないんだ。僕は両手で頬を叩いて気合を入れた。


 部屋に戻るとすでに外は日が昇り、師匠も身支度を整えていた。窓から外をのぞくと町の中ではすでに多くの人たちが活動している。僕も軽くだが身支度を整えるとベッドに座った。


「大友、俺は今から朝食を食べてくるが、それが終わればギルドに行くぞ」


 革の胸当てを装備したシンバルさんが予定を伝えてくる。ギルドって冒険者ギルドだろうか?


「冒険者ギルドですか?」


「馬鹿、魔力を調べるなら魔法使いギルドに決まってるだろ? 冒険者ギルドはあくまで狩人としての検査しかしてねぇから、魔法は調べてくれねぇんだよ」


 なるほど、勉強になるな。魔法使いギルドと冒険者ギルドがあるのか。昔の地球で言うギルドみたいに、組合みたいな団体なのかな?


 そんなことを考えていると、シンバルさんは朝食を食べに部屋を出て行った。暇になった僕は魔法のことを考え始める。なんせこれから行くところは魔法使いがたくさんいるだろう場所だ、きっと杖を持った人たちが魔法の練習しているのかもしれない。


 そこで僕は魔法の練習を始める。練習といっても、ただのイメージするだけの簡単なものだ。シンバルさんが使っていたような小さな魔方陣を指先にイメージして、魔力が指先からレーザーのように細く放つことを思い描く。


 すると、天井に向かって極細の赤いレーザーが放たれた。


 ……は?


 もう一度試すがやはり指先から極細のレーザーが放たれる。レーザーは天井に当たると、焼き付けたようにジュウウと音を立てて焦げてしまう。どうやら穴は開いていないようなので、宿を壊したことにはならないだろう。だが、これはいったい何なのだろうか? 僕は使った魔法のことを振り返ってみる。


 思い描いた魔法陣は適当だった、意味など全くないものだったのだ。だとするなら、魔法陣は魔法発動には確かに必要だが、どのようなものかまでは要求していないということなのだろうか? だったら、ただの丸と三角だけで魔法は使い放題じゃないか。あ、いや、使える属性と使えない属性があるんだったな。


 しかも魔法陣はイメージだけで発動したということは、わざわざ魔方陣を描く必要は全くないのだ。そうなってくると、魔方陣を学ぼうとしていた僕は考え直さないといけなくなる。イメージだけでいいのなら、自分で魔法を作ればいいのだから。とはいえ経験不足が著しい僕としては、どこかで魔法を見せてもらえる場所がほしいところだ。


 他の属性も試してみようなんて考え、使おうとしたとき部屋のドアが開けられシンバルさんが戻ってきた。まだ十分くらいしか経っていないのだけれど、シンバルさんは随分と早食いのようだ。


「うし、大友。ギルドに行く準備はできているな?」


「大丈夫です、僕は大した物は持っていませんから」


 僕とシンバルさんは宿を出ると、そのまま町の大通りに向かってゆく。石畳が続き昨日には見えなかった景色が広がっていた。大勢の人が溢れ、馬車やダチョウのような鳥が、せわしなく行き交っている。ダチョウのような鳥にまたがって移動する人が多くみられるため、どうやら乗り物として普及しているのだと思う。

 時々、人々の中に黒や赤いローブをまとった魔法使いらしい人たちを見かけるので、僕は気になってシンバルさんに質問する。


「あのローブ姿の人たちは魔法使いですか?」


「おう、その通りだ。あのローブには魔力抵抗を持つ魔法陣が縫い付けられていて、魔法戦には必ず必要になる装備だな。あいつら魔法使いは杖を持ち歩いているが、普段は巻物や入れ墨なんかで魔法を使っている」


「入れ墨ですか?」


 シンバルさんは「これだ」と言いながら、指先に刻まれた火花が散る魔方陣を見せてくれる。なるほど。入れ墨で魔方陣を刻むことで、いつでも使えるようにしているのか。だが、そこで僕は違和感に気が付いた。


 先ほど僕が使った魔法はでたらめの魔法陣だったのに、異世界の人々は魔法陣に意味を持たせて使用しているのだ。これはどういうことだろう? 僕の推論が間違っていたのだろうか、だけど実際に使えたわけだし僕が特殊だと言う可能性も捨てきれない。よし、ギルドに着いたら魔法陣の話を聞いてみよう。


 大通りを歩いていると、石造りの神殿のような建物を見つけた。太い柱が入り口に何本も並び多くのローブを着ている人たちが出入りしているようだった。もしかしてここが魔法使いギルド?


「大友、こいつが魔法使いギルドのリスア支部だ。一つ急告しておく、中では決して冒険者ギルドのことは口にするな」


「もしかして、ギルド同士の仲が悪いとか言うんじゃないですか?」


「よくわかったな。その通りだ。魔法使いギルドは冒険者ギルドを昔から目の敵にしていてな、不用意に冒険者ギルドと口走った奴は出入り禁止にされていたりするんだぞ」


 僕も高校三年にもなった歳だ、似たような大きな組織がぶつかり合うことは世の常だということくらい知っている。ましてや魔法使いと冒険者なら、どちらが優秀で戦いに貢献したなど議論が尽きないことは、ファンタジー作品ではよくあることだ。


 僕はシンバルさんに頷くと、後に着いてギルドの中へ入って行った。


 中はカウンターが備えられ、幾人もの受付員が多くの人々の対応に追われていた。まるでゲームの世界に来たようで僕はワクワクが止まらない。

 町の中でも気が付いたのだが、この町はエルフやドワーフなどファンタジー種族が見当たらないのだ。見る限り皆ヒューマンばかりなのでこの国はヒューマンの国なのだろうと推測した。


 ちなみに僕は人種族をまとめて人間と呼んでいるので、エルフだろうとドワーフだろうと人間と呼ぶつもりだ。まぁ本当に居ればの話だけど。


「大友、あの受付に並ぶぞ」


「はい」


 シンバルさんの先導で列に並ぶ、よく見ると僕たちが並んでいる受付は受付員が美人だった。きっと狙って並んだに違いない。シンバルさんを見ると受付員の大きな胸を凝視しているではないか、この人が師匠だと言う事にこの先の不安がよぎる。


 そして僕たちの番になり、シンバルさんは腰の袋から銅貨を取り出すと受付員に渡す。

 もしかして魔力の検査はお金がかかるのか、ありがとうございますシンバルさん。心の中でシンバルさんに礼を言うと、受付員は三つの脚が付いた水晶玉のような物をカウンターに出して来た。


「これは魔力検査機です。玉の上に手を乗せると玉の中に属性と魔力量を現す光が現れます。どのような結果でも落ち込む必要はありません、魔法は貴方の持つ多くの才能の一つなのですから。では手を乗せてください」


 受付員の言葉に僕は頷く。ゆっくりと手を上げ、水晶玉へと乗せる。


 僕やシンバルさんが固唾を飲んで結果を見守る。



 そして次の瞬間、激しい白光と黒光がギルド内を照らし出した。



 それはまさにカオス状態だ。白光と黒光が入り乱れ激しく光りを乱回転させる。


 それを見ていた誰もが唖然と口を開き、目の前に居る受付員さんは呆然としている。僕は眩しくて眼が開けていられない程だ、いつまで手を置いておけばいいのだろうか。


「大友! 手を離せ!」


 シンバルさんの声に僕はすぐに手を引っ込める。光は消えたが未だに誰もが何もしゃべらず、ギルドの中は静けさが支配していた。け、結果はどうなったんだろう?


 すると再起動した受付員さんがつぶやいた。


「ぜ、前代未聞の属性です。判別不能。私には判断が出来ません」


 すると、ギルド内が大騒ぎになった。魔法使いたちは走り、今のは何だという質問が職員へと押し寄せて来る。僕に質問をして来ようとする魔法使いも大勢いてその騒ぎはすごい物だった、まるでお祭りのような熱気だったのだ。


「このままではまずい、ここから抜け出すぞ!」


 シンバルさんの言葉に従い、僕は人をかき分けギルドを抜け出した。町の路地裏に逃げ込んだ僕たちは、呼吸を整えるために一休みすることにする。


「シンバルさん、僕の属性は何だったんですかね?」


「分からん。正直、魔力検査機があんな反応をしたのは初めて見た。俺は他の人間の検査も見た事はあるが、もっと小さな色づいた光が出る程度だ。あんな光量が出ると言う事は、魔力量は計り知れないと見るべきだろうな。全くとんでもない弟子を見つけてしまったものだ」


 僕の属性は不明だけど、魔力量はかなり多いと見ていいのかな? 嬉しいけど属性が分からなかったことは少し残念に感じた。

 でもレーザーが出ると言う事は、光属性は使えると言う事なのだろう。そう考えるとまんざらでもない気がする。


 こうして僕の属性検査は終了したが、僕とシンバルさんは町の中をうろつく魔法使いから身を隠しながら宿まで帰る事になった。 







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