7話 「始まりの町」


 シンバルさんは馬車を停車させると、店の扉にノックをする。看板を見る限りでは酒場だと思うけど、運送って酒を運んでいるのかな?


 酒場の扉が開かれ、亭主らしき人物がシンバルさんと親しく話す。


「持って来たぜ、全部で十樽だ。酒場の景気はどうだい?」


「はいよ、それじゃあ銀貨二十枚だ。ウチはシーモンの酒が好評だから先月と同じくらいは稼げてるかね、けど最近は兵士が多くて治安が良さそうには見えないな」


「へっ、兵士が飲んだくれてちゃあ治安も良くならないだろうよ、しかし噂に聞いたが最近魔物が出たって?」


 亭主はシンバルさんの耳に口を寄せると、囁くようにしゃべる。


「あんた本当に耳が早いな。俺も客の話を聞いていた程度だけど、隣町で魔物が出たそうだ。しかもかなり強いらしくて兵士は全滅したらしい。それで領主さまはお怒りになって、急ピッチで外壁の修復と兵士の強化を言いつけたそうだ。ここもいつ魔物が来るのか俺は冷や冷やしているよ」


「なるほど、だったら魔族が裏に居る可能性が高いな。ありがとう」


 シンバルさんは馬車の荷台に乗り込むと、酒樽を亭主に渡し始める。僕は立ち上がると手伝いを申し出た。


「おう、それじゃあ荷台から樽を下ろしてくれないか、俺は下で受け取るからよ」


「はい!」


 僕は大きな酒樽を抱えると、ゆっくりと持ち上げる。ん? あれ? 思ったより軽いぞ?


「どうした? 酒樽が重いのか?」


「いや、思ったよりも軽くて驚いたんです。これ、本当に酒が入っているんですか?」


 僕は酒樽をシンバルさんに渡すと、不思議そうな表情をしたままシンバルさんは首をひねる。


「これが軽いのか? 見た目よりも大友は力があるのかもな」


 次の樽を持ち上げると少しゆすってみる。確かにチャプチャプと酒が入ったような音が聞こえるが、僕には発泡スチロールの箱を持っているような重さにしか感じなかった。もしかして僕は筋力チートが備わったのか? 小説でよくある、異世界を渡るときに特殊な力を貰うみたいな事が描かれているけど、まさか僕にもそんな特典が与えられたのかもしれない。


「おい、大友。次を渡してくれ」


「あ、はい!」


 作業はほどなく終わりシンバルさんは馬車に乗り込むと、次の店へと移動を始める。


「大友、酒樽が軽かったと言うのは本当なのか?」


「はい、なんだか小石を持っているような感覚でしたよ」


 シンバルさんは僕の言葉を聞いた後、考える様に視線を遠くへ向ける。もしかして、僕を鍛えるための算段をしているのかもしれない。というのも、この運送業は魔獣と戦う事が前提だと思うのだ。だからこそ運ぶ者は鍛えておかなければならないし、商品を守るくらいの力量が求めれるはずなのだ。資質があるかもしれない僕は、シンバルさんの運送会社の職員として認められるかもしれないチャンスだ。あれ? なんだか目的が変わってきているような気がするけど、シンバルさんに認められるのは僕としては嬉しい。是非鍛えてもらいたい。


「大友は剣は握った事はあるか?」


「い、いえ、ないです」


「じゃあ訓練で様子を見るか……」


 やった! きっとシンバルさんが僕を正式に職員にしようか考えているんだ! 僕、頑張ります!


 馬車は町の中をゆっくりと走り、夕日は沈み空は夜へと移り変わる。すると馬車がとある店の前で停車した。


「ちょっと待ってろ、宿の奴と話をしてくる」


 店の看板は読めないが、たぶん宿と書いてあるのだと思う。シンバルさんは宿の中に入ると、男性を連れて出てきた。たぶん宿の人だと思うけど、至って普通の町民の格好だ。きっと異世界では、ホテルのように制服を着る習慣なんてないのかもしれない。


「今日は随分と遅かったんだな。ウチはシーモンの野菜を使った料理が自慢だから、届かないと困るところだったぞ」


 そう言葉にした宿の亭主は、シンバルさんの背中を軽く叩いた。


「申し訳ない。俺も思わぬ拾い物をしたから、時間がとられてしまったんですよ。それじゃあ今から荷卸ししますから、中を確認してください」


 そう言ってシンバルさんは大きな木箱を指さした。


 きっと僕に取ってくれって意味なのだと思う。すぐに木箱を抱えるとやはり想像以上に軽くヒョイとシンバルさんに受け渡すと、驚愕した表情で木箱を重そうに受け取った。もしかして酒樽より重い物だったのだろうか?


「ほ、本当に逸材かもしれん……」


 シンバルさんは小さくつぶやくと、木箱を宿の中へと運び入れる。逸材って僕の事かな? そうだったら、シンバルさんに少しだけ認められたのかもしれないぞ。僕は木箱を二段重ねで宿の中まで運び始める。


「お、おい大友。大丈夫なのか?」


「はい、軽いですから大丈夫です。落とさないように気を付けますね」


 唖然としたシンバルさんの表情は見ていて面白かった。宿の中に入ると亭主が居る台所へと木箱を運び入れる、亭主も僕を見ると唖然とした表情で固まったいた。


「き、君、大丈夫なのか?」


「はい、荷物を今下ろしますね」


「そうじゃない、君の身体を心配しているんだ」


 そう言って僕が下ろした木箱を亭主は開くと、中にはジャガイモのような薄茶色い野菜が所狭しと詰められていた。亭主はその野菜を一つ持ち上げると、僕に見せながら説明をする。


「よく聞けよ、この芋は同じ大きさの鉄と同程度の重量をした特別な芋だ。その芋が詰められた木箱を、君は難なく持ち上げたんだぞ? 腰は大丈夫なのか?」


 鉄と同じ重さの芋なんてあるのだと驚く。いや、驚くところはそこじゃないか。そんな木箱を軽々と運ぶ僕の身体に驚くべきだった。やっぱり筋力チートを手にしたと考えて良さそうだ。


 すると後ろから最後の木箱を運び込むシンバルさんが、ニヤついたまま亭主に話しかける。


「だから逸材だって言ったじゃないですか。俺も信じられなかったけど、目の前で二段重ねなんてされちゃあ信じるしかないですよ」


「本当だなまさに逸材だ。シンバルはどうやって鍛えるつもりだ?」


「師匠はどう思いますか? 正直、俺が鍛えるべきか師匠が鍛えるべきか迷っているんですよ」


 僕はシンバルさんの口から飛び出した言葉に驚愕した。宿の亭主はどうやらシンバルさんの師匠だったみたいなのだ。亭主をよく観察するが、何処をどう見てもただの太ったおじさんにしか見えなかった。


「儂はすでに引退した身だ、いまさら弟子なんて持とうとは思わん。だがこれほどの逸材は儂も気にはなる。だからシンバルが弟子を取り、儂はアドバイスだけを請け負ってやろう、どうだ?」


「それは助かります。俺は弟子なんてとったことはないですし、アドバイスはありがたい」


 なんだか僕抜きで話が進んでいるようだけれど、シンバルさんの弟子なんて嬉しい限りだ。きっと僕は優秀な運送員になりますよ。頑張ります。


「まぁいい、今日はウチに泊まるだろ? 酒呑み話で今後を話すぞ」


「へい、ですが師匠はすぐに寝てしまうから話が出来るんですかね?」


「五月蠅い、ごちゃごちゃぬかしてないで馬車を裏に回して来い」


 シンバルさんは木箱を床に置くとすぐに外へと走って行った。師匠には頭が上がらない感じは、なんだかシンバルさんらしい気がする。亭主は僕の方を見ると木箱を運ぶのを手伝ってくれと言ってきた。


「儂くらいの年になると、パズー芋が入った木箱は持ち上げられないんだ」


「この木箱に入った芋はパズー芋って言うんですね。勉強になります」


「君はなんだか性格も育ちも良いみたいだな、顔立ちを見る限りではこの辺りの者じゃないだろ?」


 亭主の言葉にドキッとした。シンバルさんには何処からか攫われた事になっているけど、事実は異世界からやってきた人間だ。でも本当の事を言った所で信じてもらえるわけでもないし、ここは誤魔化すべきだと判断した。


「えっと、遠い国の町に住んでいたんですけど、どうやら攫われたみたいなんです。だから帰る場所が見つかるまではシンバルさんのところでお世話になろうと思っています」


 とっさのごまかしは亭主にはどう聞こえたのかは分からなかったが、亭主はただ僕を見つめると小さく頷いた。


「……そうか。儂はブライアンと言う者だ、君は大友だったか? 一生懸命に働けばきっと帰る場所は見つかるはずだ、頑張りなさい」


「はい!」


 木箱を持ちながら大きく頷いた。ブライアンさんも昔は凄腕の運送屋さんをやっていたに違いない、そんなブライアンさんを尊敬する。なんせ師匠の師匠だ。


「大友、ここの倉庫の隅に置いておいてくれ」


 ブライアンさんの指示で、野菜やソーセージが吊るされた部屋の片隅にパズー芋が入った木箱を下ろす。それを何度か繰り返し、木箱は全て倉庫の中へ移動することが出来た。


「大友、君のおかげで助かったよ。ありがとう」


 ブライアンさんはそう言いつつ僕の背中を軽く叩いた。もしかすれば背中をたたくのは、ブライアンさんが褒める時のクセなのかもしれない。そんな事を考えているとシンバルさんが宿の中へ戻ってきた。片手には酒瓶が握られブライアンさんに手を振る。


「いやぁ、パズー芋は重いから大友が居て助かったよ。ちなみに大友は酒は飲めるか?」


「シンバルさん、僕はこの国では成人を迎えた十八歳ですけど、生まれた国ではまだ成人を迎えていない事になるんです。だからお酒は飲めません」


「なんだ十八でまだ成人じゃないのか、随分とのんびりした国だな。まぁ飲めないのなら残念だな」


 僕とシンバルさんは食堂に移動し、ブライアンさんから夕食を出される。硬めのパンと良く煮込んだシチューだった、一口含むと濃厚な味が舌に絡み付き温かいシチューが喉を通って行く。


「美味しい!」


 そう言うと、シンバルさんは嬉しそうにパンを口にしながらブライアンさんの事を話す。


「師匠は料理が昔から上手くてな、冒険者になろうか料理人になろうか迷ったそうだ。結局は冒険者を引退して宿の親父になっちまったが、師匠の料理の腕だけは未だに冴えているんだよ」


「え? ブライアンさんて冒険者だったんですか?」


 僕がそう言うと、シンバルさんは若干あきれた顔で説明した。


「俺が冒険者だったんだから、当然師匠も冒険者だろ? 師匠はそりゃあ凄腕の冒険者だったんだ。未だに伝説の冒険者なんて呼ばれているそうだが、剣の腕はさすがに料理の腕に負けたかもしれないな」


 シンバルさんが笑いながら話しているけど、その後ろにはブライアンさんが仁王立ちしている。


「五月蠅い! お前は剣の腕は落ちてないだろうな!?」


 そう言いつつブライアンさんは、シンバルさんの頭にゲンコツを落とした。


「ったあ!? 師匠居たんですか!? お、俺の剣の腕はまだ落ちてないですよ!」


「どうだかな、お前も若いようであれから考えると歳をとったぞ。今では運送屋だが現役と比べると、どう考えても腕は落ちた筈だ」


 ブライアンさんは近くにあった椅子に座ると、シンバルさんに苦言をチクチクと口にする。


「そりゃあ、現役と比べるとどう考えても腕は落ちますよ。今日も昼間にクレイジーディアーと戦闘したけど、昔なら閃光玉なしで殺せた相手ですからね」


「ふん、閃光玉は便利だがあまり頼りすぎると失った時、困る事は眼に見えているだろ。値段もなかなかするからな、もっと剣の腕を磨け」


「師匠は魔法があるじゃないですか、俺には魔法がないんですから大目に見てください」


 僕はその会話に聞き耳を立てて聞いていた。シンバルさんが昼間使った閃光弾は、閃光玉と言う道具みたいだ。しかもブライアンさんは魔法が使えると言う興味深い話だ。もし僕が魔法を使えるなら、戦い方を指導してもらえるかもしれない。


「そういやぁ大友の魔力は調べたのか?」


「今日拾ったばかりですから、まだ調べてないですよ。明日にでもギルドに行ってきます」


「ふむ、儂の見立てじゃあ、こいつはかなり魔力を持っている筈だ」


 ブライアンさんは僕を見ながらつぶやく。筋力チートの次は魔力チートがあれば嬉しい話だと思うけど、さすがにそこまでは現実は都合は良くないと思う。でも指から稲妻なんて出せるとカッコいいだろうな。


 そこで僕はブライアンさんに質問をしてみる。


「魔法の属性はどんなのがあるんですか?」


「んん? そうだな、儂は魔法使いじゃないから詳しい事は分からんが、一般的には炎、水、風、土、闇、光だな。魔法専門の奴はもっと細かい分類をしているだろうが、使えりゃあそんな分類どうでもいいもんだ」


 なるほど、炎、水、風、土、闇、光なのか。僕はどんな属性を持っているのか楽しみだな。


 食事も終わり、与えられた部屋で一人ベッドで横になっていた。シンバルさんはブライアンさんと酒を飲むそうだから、今頃は浴びるように飲んでいる事だろう。


 僕はポケットに入れていた財布から写真を取り出し見つめる。そこに映っているのは、高校に入学した時に記念に撮った霞と僕が校門でピースサインを出している物だ。霞の嬉しそうな顔を見ると、胸が締め付けられどうしようもなく切なくなる。


「霞……」


 いつの間にか涙を流し、止まらない鼻水を懸命に啜り続ける。夜になるとどうしても霞を思い出し、僕は今日までの一年間を泣いて過ごしてきた。霞は僕の特別で全てだったんだ。未だ空いた胸の大きな穴は塞がらないんだと思い知る。


「がずみ゛……い゛ぜがいでがんばるがらな゛……」


 止まらない涙を服の袖で拭いて僕は布団に包まる。きっと天国で見ている霞が驚くような男になるからな。見ていてくれ。






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