110話 「神族」
僕は確かリリスを失って自暴自棄になっていたはずだ。
けど、不思議と僕の心は落ち着いている。
目の前には神と名乗る老人が椅子に座って僕を見ていた。今さら神様と名乗る人が出てきても驚きはしないけど、どうして僕の前に現れたのかが大きな疑問だ。
「儂は貴殿にもっと早くに接触しようと考えていたのだが、どうも波長が合いにくくてなかなか手間取った」
「波長?」
「神族が使う通信手段とでも思ってくれ。そうじゃの……例えるならラジオみたいなものかの。貴殿も何度か受信したのではないのか?」
思い当たることはある。
二回ほど妙なことがあったけど、その時は気のせいだろうと考えていた。あれがラジオの周波数を合わせる作業だったと考えるなら理解できなくもない。僕としてはいい迷惑だけど。
「それで僕に何の用ですか?」
「うむ、話が早くて助かる。それでは本題を話そう」
神様はいきなり床に座ると土下座をした。
「桜道寺霞が死んだのは儂の責任じゃ! 本当にすまなかった!」
「ちょ、ちょっと待ってください! よく分かりませんが頭を上げてください!」
神様が土下座なんて困ってしまう。そもそも霞が死んだのは病気のせいだ、多分だけど神様のせいじゃない。
神様は土下座状態で話を続ける。
「桜道寺霞があまりにも早く死んだことに違和感を感じなかったか? アレは儂が桜道寺霞の造血機能を急速に低下させたからじゃ。そして、急性白血病にかかったのも儂が行った事。儂が殺したのも同然なんじゃ」
「で、ですがどうしてそんなことを……」
「桜道寺霞はこの世界の女神として必要であった。彼女以外にこの世界を任せられる相応しい者がいなかったのじゃ。その上、事態は急を要していた。已む得ぬと思いながらも儂は現世に生きる彼女を無情にも殺すことにした」
「霞は人間……ですよね? 神族って何なのですか?」
「神族とは世界を創造し管理をしてゆく者達の総称じゃ。しかし、誰もがなれる訳ではない。とある星に生まれ、神族としての才能を有した者のみが死後に神族となれる」
「とある星とは?」
「地球じゃ」
神族は地球人?? 意味は分かるけど理解が出来ない。
霞は元々神族だから神様が殺して女神にしたってことでいいのかな?
あれ? ちょっと待って、じゃあ邪神も神様も地球人だってことになる。
「神様も地球人なのですか?」
「もちろんじゃ。儂は元は徳川家康と名乗っておった地球人じゃ。今ではすっかり神様になってしまったがな」
「ととと、徳川家康!?」
思わず腰が抜ける。まさか歴史上の人物と会えるなんて、想像すらしていなかった事態だ。ただ、姿がシヴァ様なので本当なのか確かめることはできない。
「そう言えば急を要していた事態って……」
「そうじゃ、それを語らねばならぬの。本来はこの世界を女神であるフリュダが管理をしているはずじゃった。だが、フリュダは管理を放棄してしまったじゃ。このままではこの世界が滅びると考えた儂は、もう一人の女神を管理者として置くことにした」
「それが霞だったと?」
「うむ、桜道寺霞は随分と地球に帰りたがっていたが、儂が説得することで女神としての役目を引き受けてくれたのじゃ。じゃが、問題は彼女の創った種族じゃった」
「ちょっと待ってください、霞を説得って殺しておいて仕事を無理やり押し付けたのですか!?」
僕は神様の言葉に怒りを感じた。
人生を奪っておいて、神族としての仕事をしろだなんてふざけている。霞や僕がそのせいでどれほど苦しんだのか知らないのか。
「もちろんそれは桜道寺霞にも言われた。儂は彼女へ一つの提案をしたのじゃ。もしこの世界をきちんと管理することが出来れば、貴殿が告白をしようとした”あの日”に戻すことを約束すると」
あの日……僕が告白に失敗したあの日だ。
その提案を飲んだと言うことは、きっと霞はどうやっても地球に帰りたかったに違いない。痛いほど胸が締め付けられる。
「神族として地球へ戻ることは本来なら許されぬが、儂が強引に連れ出したような物。特例として戻る事と時間逆行を認めたのじゃ。それに当初の予定としては百年程度で管理から解放されると踏んでおったからの、ちょっと仕事をこなして帰ってもらう感じじゃった」
それが一万年以上も、この世界に引き留められていると言うのはどうしてだろうか? 話が違うじゃないかと思ってしまう。
「話を戻すが、桜道寺霞はこの世界に来てすぐにいくつかの種族を創りだした。その中の一つであるヒューマンが問題だったのだ」
「ヒューマン?」
「ヒューマンはとても欲深く何でも欲しがった。特にすでに存在していた魔族に対してはすぐに攻勢を仕掛け、抵抗をしない彼らを次々に奴隷にしていった」
「ちょっと待ってください。抵抗をしなかったってどういうことですか? あれだけの力を誇っているのですから、当時のヒューマンなんてすぐに滅ぼしてしまうと思うのですが」
神様は首を横に振る。
「魔族とは元来、心優しき大人しい種族じゃった。それが災いしてしまったのであろう。じゃが、問題はそこではない。こうなってしまったことの発端はフリュダが魔族と家族を持っていた事じゃ」
「まさか……」
「そのまさかじゃ。女神であるはずのフリュダは、自らの仕事を放棄して魔族と家族を作っていた。そして、とうとう彼女や彼女の家族へヒューマンの手が伸びてしまった」
人間の僕には理解できない。ただ、幸せすぎた故に女神であることを忘れ、この世界を放置してしまったと言うことなのだろうか。
「儂も何度もフリュダを説得しようとしたのだ。だが、あの子は頑なに話を聞かなかった。女神であることを捨てるつもりだったのだろう。じゃが、ヒューマンの軍隊に捕まったフリュダの家族は、彼女の目の前で処刑されてしまう」
「邪神化……」
「そうじゃ。家族を失ったフリュダは悲しみのあまり邪神と化したのだ。そうなった彼女を止められるものはいなかった。ヒューマンの国は一夜にして滅び、地上は火の海と化した」
僕は誰が悪いのかだんだんと分からなくなっていた。
たぶんだけど原因はフリュダだろう。けど、彼女にだって幸せな人生を過ごす権利はあるように思う。
ふと、一つの疑問が生まれた。
そもそも神様がフリュダの代わりをすればよかったんだ。
「儂がどうしてフリュダの代わりをしなかったのか、と考えているのではないのか?」
「ええ、どうして貴方が役目を負わなかったのですか?」
「もっともじゃ。じゃが、それは無理な話。儂は神族を束ねる役目を負っており、世界に直接関わることは禁じられておる。こうして貴殿と話をすることも神族のルールではギリギリなのじゃよ」
思ったよりも神様って自由がないのかもしれない。
とにかく事情は分かった。フリュダも霞も神様もそれぞれにこうなった要因を抱えている。
じゃあ僕がこうしてこの世界に居るのは、神様の力によって連れてこられたってことなのだろうか。僕ならすべてを解決できると考えたとか。
「じゃあどうして僕は連れてこられたのでしょうか?」
「ふむ、それは儂とは無関係じゃ。そもそも貴殿は自身で来たのだからな」
「は? 僕が自分で来た?」
「先にも言ったが、地球で生まれた者は皆が神になる素質を有しておる。じゃが、神族になるにはその中でも、優れた才能の持ち主しかなることはできないのじゃ。そして、稀にだが桁違いの才能を持っている者も居る。容易く時を超え、その先の事象までも書き換えてしまう」
何が言いたいのかよく分からない。
僕が自分でこの世界に来たというなら、その方法を早く教えて欲しいのだ。
「ようするにだ。貴殿をこの世界へ呼び寄せたのは、今の貴殿ではなく未来の貴殿だと言う事」
「未来の僕!?」
「貴殿は神々を従えるほどの才能を有した神の卵なのだ。その力を解放した貴殿にとって、過去の自分を転移させることなど簡単である」
じゃあ僕はこの世界へ自分だけで来たってことなの?
馬鹿馬鹿しいけど、今ここに自分が居ることを考えると真実なのかもしれない。
「でも僕の属性は光ですし、神様らしい力なんて……」
「貴殿の真の属性は光の創造魔法じゃ。それは人を蘇らせ邪を払う。本来ならば邪神など貴殿の力でどうにでもなる相手なのじゃ」
僕はドキリとした。人を蘇らせられると確かに耳にしたからだ。
だったらリリスだって生き返らせることができる。ようやく僕は安堵することが出来た。
「そう言えば僕は神族のルールを破っていないのですか?」
「貴殿はまだ人の身だ。神族の約束事に縛られることはあり得ない。例え過去を変えようと、それは人が行った以上は神族にはどうしようもないことなのじゃ」
未来の僕は過去を変えた。きっとそう言うことなのだろう。
だったら過去へ遡って、霞を殺そうとする神様を止めても問題ないんじゃないかな。
「言っておくが、神族は過去の改竄を認めている訳ではない。儂らとしてはやってほしくない行為なのじゃからな」
「過去に戻って神様を止めるってことは駄目なんですね」
「過去を変えれば現在が変化する。変わったところで、良い未来が待っているとは限らぬものじゃ。それよりも今をどうするかが大事ではないか?」
その通りだ。僕の力なら、未来を切り開けるかもしれない。
あの時こうすればよかったなんて思うのは、もっと後になって考えることだ。
「分かりました。僕は僕の未来を切り開きます」
「それが良い」
神様はようやく立ち上がった。僕を見つめ頬を緩める。
「桜道寺霞は責任感の強い子だ。自身が生んだ種族と、生み出してしまった邪神に罪悪感を感じておる。貴殿はきっとそれらを壊してくれると信じている」
「はい」
僕は神様に背を向けて歩き出した。
「あ……」
ふと、思い付きというか閃きに近いことが頭に浮かんだ。
「もしかしてと思いますけど、神様はムーア様じゃないんですか?」
僕の質問に神様は笑う。
「ふむ、どうだったかの。最近まで人に転生していたような気もするが、永く生きておるからすっかり忘れてしもうた」
やっぱりだ。徳川家康は策略家として有名であり、そんな人が神様になったとしても素直にルールに従うだろうか。むしろ何らかの方法で人としてこの世界で活動していたに違いない。だからこその答えだった。
「槍を僕に与えてくれてありがとうございます」
「儂は何もしておらぬ。全ては貴殿の運命が導いたこと」
「分かっています」
僕は再び歩きだした。
失ったものを取り戻すために。
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