109話 「リリス」
押し寄せるプレッシャーは立ち向かうことを躊躇させる。
「では戦いを再開しようではないか」
魔王は邪神へ視線を向ける。
「我が剣を」
「お遊びは終わりと言う訳ね。いいわ」
フリュダが指を鳴らすと、魔王の前に一振りの剣が現れた。
漆黒の刀身に、柄や鍔には髑髏の金細工が美しくも恐ろしく施されている。なにより目を引くのはその刀身の大きさだ。長さにして二m近くもあり、幅は四十cmほどもある。剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎる代物だ。
「これを出したのだから、そう簡単に死ぬではないぞヒューマン。我を楽しませてくれ」
「楽しむ余裕があればいいですね」
魔王は剣を構える。
僕も槍を構えると、かつてないほどの緊張感からか手が震えていることに気が付いた。それでも逃げることはしない。逃げられるわけがないんだ。
刹那ほどの時に互いにぶつかる。
剣と槍がぶつかり合い、衝撃波が広がった。
床は亀裂が入りビシビシと破片が宙に舞う。
槍と剣が交差したまま互いに力比べを始めた。
「どうしたヒューマン? この程度の力なのか?」
ググッと剣が槍を押す。
巨大とも呼べる剣が、凄まじい力によってさらに巨大に見えるほどだ。
「だったら残念ですね。僕も魔王がこの程度なのか疑問を感じていたところです」
力を込めて剣を押し返す。
減らず口を叩いているが、力で言えば魔王の圧勝だ。奴はまだまだ全力を出していない。余裕のある表情がその証拠だろう。
「先ほどのような攻撃はしないのか? 正面からでは我には到底及ばないだろう」
「僕は言ったはずですよ。見えない魔法だと」
魔王の背中が爆発した。
指摘されるまでもなく魔法は発動させていたのだ。何もない場所からいくつもの赤い光線が発射され、魔王だけを狙い撃ちにする。
「うぐっ! 奇怪な魔法を!」
後ろに向かって手を振ると、僕の魔法は一瞬にして霧散する。奴の属性は直接手を触れなくても効果があるようだ。
「だったらこれはどうだ!」
魔法陣を重ねることで球状にした魔法を発動させる。
これは威力が強すぎたことが問題だった
「
眩い光の槍が現れると、雷鳴の如く魔王へ直撃する。
エネルギーの奔流は一筋の線となり、魔王城の壁をぶち破って閃光と共に彼方へと消えていった。
瓦礫の中から現れた魔王は上半身が焼け焦げており、全身から白い煙が立ち昇っている。あれだけ強力な魔法であると、流石の魔王でも属性で消しきれなかったのだろう。ようやく勝ち目が見えた気がして力が滾る。
「……うぐっ、これほどのダメージは竜王のブレスを食らった時以来か」
魔王は僅かによろけるが、しっかりした足取りで歩き始めた。その眼はギラギラと光り、気配からは歓喜のような感情が読み取れる。
「今の時代に竜王やムーア並の魔法を使える者がいたとは驚きだ。対等な敵として名を聞いておこう」
「大友達也です」
「大友か。我に手傷を負わせたものとして覚えておこう」
魔王は床が破砕されるほどの踏み込みで加速する。
迎え撃つ僕は剣を槍で叩く。すぐに互いに離れると、柱を足場にしながら空中で切り合いを行う。
暗い部屋の中で甲高い金属音が響くと火花だけが散る。
僕と魔王の息遣いがかすかに聞こえ、お互いにどうやって仕留めるか模索していた。
「先ほどの魔法は敵に隙がなければ発動できないと見た。ならば立ち止まらなければばいいこと」
「正解ですが、僕の魔法はあれだけじゃないですよ」
魔法陣を構築すると、魔法を発動させる。
「
眼がくらむような輝きが部屋の中を包み込んだ。
これはリリスとの戦いで使った第二の奥の手だ。目に頼っている生物はどうしても光量の上下は弱点となりやすい。ましてや先ほどまで暗闇だった場所から一気に明るい場所へ移動すると、どうしても視力は麻痺してしまう。
「ぐあぁあっ!? なんだこの明るさは!?」
「僕の魔法です! 使い方次第ではこういう事も出来るんですよ!」
取り乱す魔王の肩へ、槍の鋭い斬撃が沈み込んだ。さらに槍を引き抜くと、渾身の一撃を加える。
闘槍術 【ラインオブスラッシュ】
魔王の身体を闘気の刃が一刀両断する。
タイムラグを経て切られた肉体は真っ二つになると、大量の血液をぶちまけて床へ倒れた。完全なる勝利であり魔王は死んだのだ。
魔法を解除すると、元の暗い部屋へと戻る。
「勝った……んだよね?」
「たっちゃん、油断しないで!」
霞の声が聞こえて、目の前の魔王の死体が逆再生をするかのように元通りになって行く。一秒もかからないうちに魔王は蘇生してしまった。
「ふぅ、油断してしまったようだ。感謝するぞフリュダ」
「貴方に死なれては困るもの。しっかり時間を稼いでもらわないと、私が女神と戦えないわ」
僕は我が目を疑った。魔王を殺したはずなのに、目の前で生き返ったのだ。しかも与えた筈のダメージすらも消えていた。無傷なのだ。
「どうして……」
「くははははっ! 驚いただろう! 我は邪神の加護を受けているのだ! 何度死のうともこうして生き返ることができる!」
反則だ。あまりにも卑怯。
やっと倒せたと思ったら完全復活なんて、どう考えてもふざけている。
「さて、今度は油断などはしないぞ。死力を尽くし我が勝者となろう」
魔王の身体を黒い
それは物質化を始めると、魔王の全身を漆黒の鎧で包む。
「これが我の正真正銘の本気だ」
漆黒の鎧はシャープなフォルムと金の装飾が神々しい。見た目は機械的であり、両目は色ガラスのようにV字に赤く発光する。これが戦う相手でなければ、カッコイイと興奮したことだろう。
「では僕も」
魔王は僕の姿を見て拍手をした。
「まさかフォームアップまでするとは感心した。本当はムーアの子孫ではないだろうな?」
「邪神から異邦人だと聞いたはずです」
「そうだったな。では大友よ、死んでもらうぞ」
魔王の強力な斬撃はもはや眼では捉えられない。
辛うじて避けたものの、肩の辺りが少しだけ切られていることに気が付く。
「まだまだ!」
音速にも届くほどの超スピードで追いかけて来る魔王に、僕は後ろへ飛行しながら打ち込まれる剣をいなす。剣速が速すぎて防御が追い付かないほどだ。
「
五つの光の壁が魔王に立ちふさがる。これで攻撃の手を止めることができるはずだ。
――が、奴はいともたやすく壁を両断すると、さらに加速して僕の腹部へ剣を突き立てた。
轟音と共に僕は壁に縫い付けられる。
口からは大量の血液が吐き出され、声が声にならない。
「やはり我には勝てぬか。いや、ここまでよくやったと褒めておこう」
剣を引き抜くと、僕は床に倒れる。
何とか槍を握りしめて立ち上がろうとするが力が入らない。
全身が熱くまるで燃えているようだ。意識は朦朧としていて、時間が遅く感じる。
霞との思い出が脳裏に流れ、これが走馬灯かと妙に落ち着いた気持だった。
もう戦わなくてもいいかな? もう休んでもいいよね?
そんな甘い言葉が浮かぶ。
全てを投げ出して、このままゆっくりと眠りにつくのも悪くないんじゃないかなとすら思うのだ。
「やめて!!」
声で目が覚めた。
遠のいていた意識が戻ったのだ。
顔を上げると、リリスが手を広げて僕を守っている。魔王は剣の切っ先を彼女へと向けていた。
「我が娘よ、裏切りばかりかヒューマンを生かそうと言うのか?」
「そうよ! 私は達也を愛している! 魔族やヒューマンなんてどうでもいいわ!」
「…………愚か者め」
魔王はリリスの胸を剣で貫いた。
倒れた彼女へ僕は力を振り絞って這い寄る。
「た……つや……」
リリスは涙を流しながらこと切れた。
何だコレ……。
リリスが……。
僕の心が音のない嵐で荒れ狂う。
巨大な穴が胸にぽっかりと空いたような喪失感。霞を失った時と同じだ。
また失った。
「なんだこの気配は!?」
狼狽える魔王を余所に、僕はゆっくりと立ち上がると魔力と氣を練り上げる。身体の周りに紫のオーラが出現し、それはすぐに鎧へと形作った。
腹部からは大量の出血があるが、そんなことは気にしない。
僕は討つべき相手を倒せればそれでいいんだ。
決して魔王を許しはしない。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」
槍は叫びに応えるかのように脈動し紫色の光を宿した。
僕の全身からはさらにエネルギーが放出され、魔王城全体が揺れている。天井は崩れ去り、天を覆っていた暗雲すら消し飛ばす。
「まさか……魔闘術か……しかし、これほどの……」
魔王が剣を振り下ろすと、僕は槍で剣を叩く。
それだけで魔王は後ろへと仰け反り、慌てて態勢を直した。
「くっ、我ですら使いこなせぬ魔闘術をこれほど練り上げるとは! 貴様は何者なのだ!?」
僕と魔王は再びぶつかり合う。
衝撃の余波が周囲に走ると、魔王が持っていた大剣が砕け散った。
「我が剣が――!?」
魔王は宙を舞う剣の破片を眺めながら驚愕していた。
だが、僕の槍はすでに手の中で超高速回転を始めていた。これから放つ攻撃は僕やリリスに多くの人々の怒りの一撃。
「スパイラルストライクゥゥウ!!!!」
魔王の胸を槍が穿つと、超々高速回転のエネルギーは魔王の身体をすべて消滅させ、その後ろにある壁すらも円形状に消失した。
今度こそ魔王を倒したのだ。
「ぐ……うぐっ……」
涙が止まらない。
僕はリリスをいつの間にか愛していた。もっと早くに気が付いていれば、彼女を失う事もなかった。
僕はやっぱり鈍感で愚かだ。
「たっちゃん……」
霞が近づいて来る。みっともない僕を見て欲しくはない。
けど、今の僕はどうしようもないほどみじめで救いようのない男だ。
僕はリリスに近づくと、抱き上げて抱きしめる。
死んでいるとは思えない程、柔らかくて暖かい。本当は死んでいないんじゃないかと思ってしまう。
「そろそろいいわね。ようやく準備も整ったし、第二ラウンドと行きましょうか」
邪神がそんなことを口にする。
もう戦う気力なんて皆無だ。僕には世界の命運も邪神を倒すなんてこともどうだっていい。
「あら、すっかりふぬけてしまったのね」
一瞬で目の前に現れた邪神は、僕を掴むと覗き込むように持ち上げる。そして壁へと投げつけた。
「たっちゃん!? よくも!」
「女神の残りカスと戦うつもりはないわ」
邪神が手を振ると、霞は見えない力で弾き飛ばされる。
僕はその光景を見ながら動けないでいた。大きな空虚感が体を縛っているかのようだ。
「私を倒すだなんて愚かね。すぐにこの世界からヒューマン共を消してやるわ」
邪神は愉悦に満ちた表情を見せると、この場から姿を消した。
「たっちゃん!!」
霞が僕へ駆け寄る。
神聖魔法をかけてくれているようだけれど、そんなことすらどうでもいいと思えた。もういいんだ。こんな僕を助けなくていい。放っておいてくれ。
視界がだんだんと白く染まって行く。
このまま死ぬのだと思うと、どこかで安心した気分になった。
「ほぉ、霞を取り戻すことも諦めると?」
「え?」
声に顔を上げると、いつの間にか僕は真っ白な空間に座り込んでいた。
周りを見ると、遥か地平線まで白い床と天井が続き、これまで見た色々な場所の中で最も異質だと理解する。
後ろを振り向くと、一人の老人が白い椅子に座っていた。
白い服に白い杖。そして、髪も白く髭も白い。僕はその老人を見たことがあった。
「シヴァ様?」
「儂はシヴァではない。まぁ姿は借りているが、これは貴殿が話しやすいようにとの配慮だ」
「では貴方は誰ですか?」
「儂は神だ」
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