最終話 「愛」
「たっちゃん!」
目を覚ますと霞が涙目で僕を見ていた。
そうか、僕は意識を失っていたのか。だとすれば、神様がいたあの場所は僕の精神世界だったのかもしれないな。
身体を見ると腹部の傷は綺麗に塞がっていた。霞が神聖魔法で治癒してくれたらしい。それにコンラートさんが作ってくれた服のおかげで、それほど傷は深くはなかった。二人に感謝だ。
「霞、僕は自分が何をすべきか分かったよ」
「どういう事? 邪神を倒す方法が分かったの?」
「そうじゃない。救うんだ。邪神もこの世界も全てを救う」
僕の左手を見ると、魔法陣が描かれている。
賢者様達から頂いた究極の魔法は、このためにあったんだと嬉しくなる。
「そうだ!」
立ち上がるとすぐにリリスへと駆け寄る。
彼女の魂はまだ肉体に留まり、この世を離れようとはしていなかった。
今の僕はこの世界のすべてが見える。魔力の素である魔素が大きな流れを作り、生命の素である氣が蛍のように空気中を漂っている。この世界は美しく素晴らしい。
「たっちゃん……リリスはもう生き返らないわ……」
霞が悲しそうに話す。
彼女は女神としての力を十全に備えている訳ではない。言い方は悪いけど、霞の爪くらいの存在なのだ。だからリリスの魂も見えないし、蘇生だって無理だ。
「霞、僕は出来るんだ」
リリスへ手を乗せると、魂を肉体へ押し込んで破損した身体を修復する。生命体としての機能を再開できるように氣も少し分け与えた。
「…………けほっ」
リリスは咳をして起き上がった。
しばらくはぼーっとしていたが、だんだんと意識が覚醒してゆき傍にいた僕を抱きしめる。
「達也! よかった! 無事だったのね!」
「うん、僕は大丈夫だよ。リリスはどうかな?」
「私? そうね、不思議なくらい元気だわ」
なぜ生きているのか疑問を感じているようだった。
反面、一部始終を見ていた霞は驚いている。
「たっちゃん……もしかして……」
「まだ神族じゃないよ。でもいつか僕はそうなるらしい」
「じゃあ管理神に会ったのね」
「管理神? ああ、神様の事か。霞の事や邪神の事を謝っていたよ」
霞はうつむいて悲しそうな表情をした。僕は今度は霞を抱きしめる。
「一緒に邪神を救いに行こう。もう、こんな悲しいことは続けるべきじゃないんだ」
「……うん」
霞の手を握ると、もう片方でリリスの手を握る。
今から邪神の元へ移動するからだ。
「行くよ」
光る球体が僕らを包む。
球体は浮き上がると、空へ舞い上がって加速する。
音速を超え、さらに加速。グングンと邪神の居るだろう場所へ近づいていた。すでにどこへ向かっているのかは分かっている。僕がこの世界に現れた場所であり、冒険が始まったスタート地点と言ってもいいあの場所。ライド平原だ。
邪神の元へ到着すると、地上へ着地する。
光りの球体から僕らが出てくると、邪神は目を見開いて少しだけ驚いた様子だった。
「貴方達……どういうつもり? わざわざ見逃してあげたのに、自分から死にに来たのかしら」
「そうじゃない。僕らは貴方を救いに来たんだ」
「救い? 興味ないわ。それよりも今から女神と戦うのだから、邪魔しないで頂戴」
邪神は僕らに背を向ける。
どのような攻撃だろうと傷つけることはできない、という自信の表れだろう。確かに以前の僕だったら、かすり傷一つすら負わせられなかったかもしれない。
「来たわ」
邪神が呟くと、地面から女神である霞が姿を現す。
ライド平原とは女神が眠る場所なのだ。そのせいか、平原には女神の加護によってちょうどよい気温に保たれている。ようするに、僕がこの世界へ来た直後の場所は霞が眠っている場所だったんだ。
「とうとう復活したのねフリュダ」
「封印されてから永かったわ。神としての力を失った私が、どれほどこの日を待ちわびたか」
「面白い冗談。人になりたかった貴方には最高の時間だったはずよ?」
「ぬけぬけと! ヒューマンを創ったお前さえ居なければ、私は邪神などにはならなかった! 私の家族を返せ!!」
邪神は転移すると女神の前に現れて蹴りを放つ。すかさず女神も蹴りを出して、二人の足が交差した。それだけで衝撃波が半球状に広がり、草や魔獣が吹き飛ばされる。
「キレは落ちていないようね」
「お前を殺すために、今日まで研ぎ続けていた。一対一なら負けることなどあり得ない」
邪神が蹴りの態勢から後ろ回し蹴りを繰り出すと、女神は後ろへ下がって百本もの光の剣を創り出した。それらは一斉に射出されると、邪神は後退しながら剣を回避してゆく。
「速すぎて見えないわ……」
「私でも何が起きているのか分からない」
リリスと霞がぼんやりと戦いを見ている。
それはそうだ、邪神と女神は加速した時間の中で戦っているのだから、常人には見えるはずがない。その点、僕は目だけを時間加速させているので動きを見ることができる。
「シネシネシネシネシネシネシネ!!」
邪神の怒涛の連撃が、女神の急所を狙って繰り出される。
一発一発に込められたエネルギーは山をも消し飛ばすほどのすさまじいモノ。女神は見切りながら確実に避ける。
「邪神などと言ってもこの程度! 女神である私には届かないわ!」
攻撃を避け切った女神は、隙だらけの邪神へ掌底を喰らわせる。
「うぐっ!?」
重い一撃は邪神のアバラを何本かへし折った。
さらに追撃でもう一撃を加えようとするところで、僕が二人の間に割って入る。
「邪魔しないでたっちゃん」
「もうやめようよ、霞」
「止めないわ。邪神を此処で討たないと、私の子供達が滅ぼされるもの」
僕は霞を抱き寄せると、ぎゅうっと抱きしめた。
永く永く辛かった時間が彼女をこんなにも変えてしまった。
「止めて! 離して! 私はもう――!」
彼女へ口づけをする。
僕は臆病者だった。いや、今でも僕は臆病者だ。それは何かを失う事を恐れていたから。大切なものが出来て、それを失うのが怖くて仕方なかったんだ。
顔を離すと、霞が顔を真っ赤にして固まっていた。
「フリュダさん、ごめんね」
振り返った僕は、邪神へ魔法を使う。
邪神の左腕に一瞬にして光る腕輪が嵌められた。
「なんなのこれ! 力が使えない!?」
「悪いけど、少しの間だけ力を封じさせてもらったよ」
「貴方一体なんなの!?」
怒り狂う邪神を余所に、僕はセリスへ目を向ける。
すでに彼女の目の前には、半透明な霞が姿を現していた。
彼女は女神へ近づくと、ゆっくりと語りかける。
「もう気づいたんじゃない? 女神としての私の役目は終わったって」
「何を言っているの……だって私はこの世界の女神で……」
「もういいの。私はもう許されたんだよ。もう邪神に憎まれる必要なんてないの」
ぽろぽろと女神から涙がこぼれた。
「もう終わったの? もういいの?」
「うん、だから一緒にたっちゃんの元へ帰ろう?」
女神と霞は一つになると、そのままリリスの元へ向かって行く。
「霞……」
僕は思わず引き留めた。
無理にリリスと一つになる必要はないんじゃないかと思ったからだ。
「桜道寺霞はもう死んだ。これは変わりようのないこと。でも、たっちゃんを愛するために生まれ変われるなら私もリリスとして生きてみたい」
霞はリリスの中へ入っていった。
二人は融合したのだ。
「女神とリリスが一つになってしまったのですね……」
全てを見ていたセリスが呟く。
そう、二人は一つになり、僕の元へと帰って来る。
眼を開けたリリスは柔和にほほ笑んだ。
「霞って呼べばいいのかな?」
「違うわ、私はリリス。霞を受け継いだリリス・ジェノバ・ソルティークよ」
変な感じだけど、僕はリリスを抱きしめる。
霞でもあり、リリスでもある彼女は、不思議となんら変わったところはなかった。
「たっちゃん、この世界を救いましょ」
「そこは霞なんだね」
苦笑しながら、僕とリリスは手をつなぐ。
僕は左手。リリスは右手。
手をつなぐと、呼応するかのようにピンクの光が手の間から漏れ出した。互いの魔法陣が重なり合い、魔法を発動しようとしているからだ。
「リリス、準備はいい?」
「大丈夫よ」
僕とリリスは呼吸を合わせて、手を天に掲げる。
「「世界に愛を! 究極魔法・
僕らからピンクの光が広がった。
それは風を超え、音を超えてこの星へ広がる。
究極魔法とは愛を伝える魔法。それは敵を敵にさせない究極の魔法だ。愛を知らない者も愛を忘れた者も、全てが愛すると言う事を知る。かつてこの魔法を使った者達は、魔族だけに魔法を使った。けど、僕らは違う。この星に生きる全ての人へ愛を届けるのだ。
◇
「バートンさん! もう限界だ!」
「分かっています! あと少しだけ持ちこたえてください! 大友さんが魔王を討ちとってくれるはずです!」
クランメンバーは必死で魔族と交戦していた。
戦場は屍は山積みとなり、人や魔族やドラゴンの死体が散乱している。
誰もが獣のように泥にまみれながら、敵の命を奪おうと必死になっていた。アビスタイタンと呼ばれる巨人に何体ものドラゴンが噛みつき、タイタンもドラゴンへ歯を立てて肉を喰らっている。
カエサルはすでに力尽き、折れた剣が戦場で転がる。
アーストは身体を血に染めながらも、懸命に戦い続けていた。
ロビンは矢を放ち続け、指から出血していた。疲労は極限にまで達しており、いつ倒れてもおかしくない状況。
ゴリラ―ド将軍は剣にもたれかかるように死んでいる。
四人の賢者も戦っており、魔力を限界まで絞りだして魔族へ攻撃する。
「大友はまだか! もはや我らも限界が近い!」
「グリムよ! 空を見よ!」
グリムはシヴァの声に空を見上げる。
地平線の彼方からピンクの波動がこちらへと向かっていた。
「究極魔法じゃ! 大友め、やりおった!」
波動は戦場を包むと、誰もが攻撃の手を止めた。
アビスタイタンは光の粒になって消えて行き、ドラゴンたちはそれぞれが空に向かって咆哮する。
波動は王都にも届き、恋人や夫婦は互いに抱き合いキスを交わす。友人同士ならハグを交わし、親子なら手を繋いで笑いあった。
波動は星を包み込む。
それは邪神も例外ではなかった。
「この感情は……」
フリュダは涙をこぼす。
忘れていた感情がよみがえり、彼女の髪やドレスが白く染まった。邪神から女神へと戻ったのだ。彼女は己がしてきたことを深く悲しんだ。
「私はなんてことを!」
リリスはフリュダへ近づくと、彼女を抱きしめる。
「私の創った種族がひどいことをしたわ。ごめんなさい」
「私を許してくれる……の?」
「当然よ。私もあなたに許してもらわないといけないもの」
フリュダはリリスを抱きしめると、人の目も気にせず鼻水を垂らしながら泣き叫んだ。達也はその様子を見て、あることを考える。
「じゃあ僕が家族を取り戻そう」
達也が目を閉じると、彼の目の前に光の球が現れる。
その中から魔族の青年と一人の男の子が出てきた。
「フリュダ!」
「ママ!」
「カインにヒロ!」
フリュダは駆け寄ってきた二人を抱きしめる。
達也は過去から二人の魂をこちらに引き寄せ、身体だけを構築したのだ。
リリスはその様子を見ながら、達也へ声をかける。
「神族は特例以外では蘇生を認めていないわよ?」
「僕はまだ人間だからいいんだよ。けど、誰かを生き返らせるのはこれっきりにしようと思う。失うからこそ生きていると思えるんだ。大切なものを大切にするには必要な事だ」
「そうね」
リリスは僕の頬へキスをした。
それを見ていたセリスが手で眼を隠す。
「そう言うことは、私の見えないところでしてください!」
達也とリリスは笑う。
「そうだ、危うく忘れるところだった」
僕は空へ手を向ける。空間に穴が空き、手の平から光が飛び出していった。
それは過去への干渉。過去の自分をこの世界へ転移させるのだ。
「ついでにチート能力も付けておいた方がいいかな。この世界は過酷だから」
思いつく限りの能力を過去の自分へ与えると穴を閉じる。
これで今の僕と過去の僕のつじつまが合う。
「道のりは大変だけど頑張って」
過去の僕へ小さく応援した。
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