98話 「公爵令嬢争奪戦1」


『紳士淑女の皆様! お待ちかねの予選試合の始まりです! 準備はいいですか! 行きますよ! …………開始!』


 司会者が試合開始を伝えると、舞台に上がっていた選手たちが一斉に戦いを始める。予選試合はバトルロイヤル方式で八人が残るまで続けられるそうだ。二千人が戦う姿は興味のない僕でも興奮を誘われた。


 アーノルドさんは斧を使わず素手だけで戦っている。

 殴られた選手は場外へ弾き飛ばされ気絶する。それを見た選手たちはあからさまにアーノルドさんを避けるようになった。


 バートンさんは継続展開型の魔法を発動させ、水を纏いながら戦っている。

 ぐにゃぐにゃと動く水は、いくつもの拳を創り出すと、周りに居る選手たちを場外へと押しやる。卑怯のような気もするけど、魔法使いならではの戦い方に知略が合わさって効率よく進めているようだ。


 テリアさんは槍を使って一人ずつ確実に倒してゆく。

 すでにAクラスにも近い実力を持っているだけに、並の相手では彼を止めることは出来ないようだ。さりげなく同じクランの仲間も倒しているので、公爵令嬢と結婚をしたいという意気込みを嫌でも感じる。


 あとは数人ほど実力者が紛れ込んでいるけど、特にずば抜けて強い人は見覚えがあった。というか、どうして参加しているのか聞きたくなる。


 英雄のカエサルさんとフィリップさんだ。


 英雄が二人も参加しているなんて嘘みたいな話だけど、二人とも手際よく出場者を場外にしてゆく。気が付けば残りは八人のみとなっていた。


『おおっと! ここで試合は終了だ! さすが英雄! カエサル選手とフィリップ選手強すぎる! それに残った八人の内、三人も日輪の翼の所属選手です! 大英雄の率いるクランもさすがですね!』


 僕は残った選手を整理する。


 ・カエサル・シュナイダー(黄金虎の咢所属)

 ・フィリップ・ライゼル(紅蓮の杖所属)

 ・アーノルド・エクスペル(日輪の翼所属)

 ・バートン・ロッテス(日輪の翼所属)

 ・テリア(日輪の翼所属)

 ・ぺぺ(阿修羅所属)

 ・ロベルト・スターリア(疾風の魔眼所属)

 ・ヒルトン・ノビア(魔獣クラブ所属)


 こうしてみると、勝ち残ったのは曲者ばかりのようだ。

 一番驚いたのはぺぺさんが出場していたこと。てっきり結婚しているとばかり思っていたから、まさかぺぺさんが出て来るなんて予想外もいいところだ。


 ちなみにフィリップさんが所属している紅蓮の杖は、王都の中でも一番大きな魔法使いクランだ。彼はそこのリーダーを務めているらしく、名前の通り炎系魔法使いが多く在籍しているのだとか。

 疾風の魔眼も同様な魔法使いクランだ。規模は紅蓮の杖の次の大きさをほこり、その中でもロベルトという人は英雄候補として名を広めている。風系魔法使いが多く在籍しているクランでもある。

 最後に魔獣クラブ。ここはテイマーが所属している同好会みたいな組織だ。ほとんどは魔法使いで構成されていて、テイムした魔獣などを見せ合ったり情報交換をする場として設けられているらしい。魔獣をテイムするだけあって、実力は間違いなく持っている。この大会は魔獣持ち込みが可能なので、テイマーとしての能力も十分に発揮できる場だ。


「ペペが出場しているのか……」


 残った八人を見ながらシンバルさんが呟く。


「ぺぺさんはSランク冒険者ですし、優勝もなくはないですよ」


「そうだな。阿修羅のリーダーとして、そろそろ所帯を持つべきだろう。それに俺の弟みたいなものだからな、出来れば勝って欲しい」


 シンバルさんはぺぺさんを応援しているようだ。僕としてはバートンさんかテリアさん辺りを応援するつもりだ。アーノルドさんは……他の出場者と目的が違うからあえて応援はしない。


 闘技場へ視線を戻すと、選手たちが控室へ戻って行く。

 休憩を挟んで試合が開かれるそうだ。試合形式はトーナメント制の一対一の勝負。第一試合はカエサルさんとバートンさんらしい。楽しみだ。



 ◇



 二人の選手が舞台へ上がると、互いに一礼する。


 司会者がマイクを片手に間に入る。


『これよりカエサル選手とバートン選手の試合を始めたいと思います。それでは互いに武器を構えて…………始め!』


 ゴングが鳴らされ、カエサルとバートンは武器を構えた。

 ただし、二人はすぐには動かない。


「カエサルさんお久しぶりです。帝国戦以来ですね」


 バートンは丸眼鏡を指で上げながら声をかける。


「そうだな、日輪の翼にはいろいろと世話になった。だが、これとそれは話が別だ」


「私も承知しています。これは男として参加した戦い。クララ様を手にするのは英雄でもなく敗者でもない。勝者ただ一人だけです」


「同じ女性を求める者を、この手にかけねばらないのは……非常に残念だ」


 カエサルが動き出すと、すぐにバートンが杖を振る。


霧箱ミストボックス!」


 舞台を大きな白い箱が覆い隠す。

 カエサルの目の前は濃霧が漂い、突然の視界不良に陥った。


「くっ! さすがはロッテス家の者か! だが、英雄カエサルがこのような小手先に騙されると思うな!」


 左手を突きだすと手甲に刻まれている魔法陣を作動させる。

 カエサルの得意としている風魔法である。


 強烈な風が巻き起こり濃霧を払おうとするが、すぐに無駄だと気が付く。


「無駄ですよ。この魔法は指定した空間を霧で満たしています」


「ちっ、厄介な魔法だな」


 カエサルはバートンの気配を探し始める。

 バートンもただ見ているだけではなく、気配を頼りに移動を続ける。


「私の霧箱ミストボックスに入った時点で、貴方には勝機は無くなった。ここでは私はほぼ無敵です」


「戯言を。ならば我がシュナイダー流剣術を見せてやろう」


 気配のする方向へカエサルは鋭い剣撃を放つ。

 それは達也が使うオーラスラッシュによく似ていた。


「ぐがっ!?」


 声が聞こえ、何かが倒れる音が聞こえる。

 カエサルは剣を抜き身のまま声の方向へ歩いた。


「英雄にそう簡単に勝てると思うな」


 そこには肩を押さえたバートンが倒れていた。

 手の間からは血がしたたり落ち、苦悶の表情を浮かべている。


「さぁ負けを宣言しろ」


 バートンへ剣を向ける。もはや勝敗は決した、彼はそう考えていた。


「……いえ、私の勝ちです」


 ニヤリと笑みを浮かべたバートンに、カエサルは眼を見開く。

 突然に呼吸が苦しくなったのだ。


 次第に息を吸う事も出来なくなり、喉を押さえてカエサルは倒れる。


 立ち上がったバートンは、肩を押さえたままカエサルを見下ろしていた。


「この霧は魔法で創り出されたものです。それを吸い込めば、呼吸が出来なくなるのは当然。まぁ、貴方ほどの人物なら数分は耐えてしまうので、時間を稼ぎながら様子を見ていました」


「あぐっ……わ、たし……の負けだ……」


「油断していただき感謝します」


 バートンは魔法を解くと、霧に包まれていた舞台は一気に姿を現した。


『おおっと! これはどういうことだ!? 英雄カエサルが床に倒れている! 霧に包まれていた舞台で何があったのか!』


 興奮する司会者を余所に、カエサルはフラフラと立ち上がると負けを宣言した。

騒めく会場に司会者は唖然としている。


『これは大番狂わせ!! 勝者バートン・ロッテス!!』


 爆発的な拍手がバートンに送られた。



 ◇



 第二試合は英雄フィリップとアーノルドである。

 両者は舞台に上がると、それぞれが指定される立ち位置に着く。


『さぁ、第二試合はフィリップ・ライゼルとアーノルド・エクスペル! またもや大番狂わせはあるのでしょうか!? では武器を構えて……始め!』


 ゴングが鳴らされ、フィリップはすぐに後ろへと下がった。


「貴殿の噂は聞いている。エクスペル家の次男にして日輪の翼の副リーダーだと。だが、とてもじゃないけどクララ様に興味があるようには見えないな」


「ふははははっ! クララなどどうでもいい! 俺は筋肉を見せる為にここに居る!」


「貴殿と話をすると頭がおかしくなりそうだ……」


 フィリップは、杖を振ると数百の炎の蝶を創り出した。


「行け、我が魔法。炎の囁きシルフ


 ひらひらと舞う蝶は舞台場へと広がり、アーノルドの動きを阻害しようとしていた。


「なんだこの魔法は?」


 アーノルドが斧で蝶に触れると爆発を起こした。


「うぉおおおお!?」


 爆風に吹き飛ばされ背中から床にたたきつけられた。

 アーノルドの顔面は黒ずみ、髪の毛は所々焼け焦げている。観客はその姿を見てゲラゲラと笑った。


「むぅ……厄介な魔法だな」


「戦闘能力は帝国戦で拝見させてもらっている。スピードとパワーが優れているようだけれど、それは遠距離を得意とする魔法使いには通用しない」


 フィリップは更なる魔法を展開する。

 杖を掲げると、彼を中心とした円状に炎が床を這いながら広がった。


踊りへの誘いダンシングフィールド


 舞台場を炎が覆うと、アーノルドはダンスを踊るようにジャンプを繰り返す。


「あちっ! 熱いぞ! むおおお! これは耐えられん!」


「降参をお勧めする。舞台から降りると良い」


「それは断る。俺は主人の第一奴隷としてこの試合に勝たねばらない」


「じゃあどうする? できれば殺すような事は避けたいのだが――」


 アーノルドは全身に闘気を流すと、床に向かって拳を振るった。

 強風が巻き起こり、床を覆っていた炎は消し飛ぶ。


「ふはははははっ! 修行の成果が出ているようだな!」


「試合は続行と言う訳か。ではこれならどうかな」


 周囲に炎の小鳥が出現する。

 フィリップが得意とする魔法”小さき友イフリート”である。


「良いぞ! 俺の筋肉をもっと喜ばせろ!」


 炎の小鳥が集団で空へ舞うと、観客たちは芸術的な魔法に目を奪われる。小鳥たちはアーノルドに狙い定めて突撃を開始した。


「うおぉぉおおおおおお! アーノルドフルスイング!」


 斧に闘気を流し込み斧を振る。巻き起こる暴風は闘技場全体を揺らす。

 小鳥たちは掻き消え、展開していた炎の蝶たちも姿を消した。


「馬鹿げている! 魔法を使わずにこれほどの風を創るなんて!」


 風に耐えるフィリップはアーノルドの力に驚きを隠せなかった。彼はアーノルドをどこか侮っていたのだ。だからこその驚愕


「ぬおおおおおお!?」


 しかし、自身の創り出した風に巻き込まれ、アーノルドはそのまま場外へと転がり出てしまう。


 風が止むと、司会者はしばし呆然とした後に判定を下した。


『フィリップ・ライゼルの勝利です!』


 観客は戸惑いつつも拍手を送る。


「ふはっふはははは! いやぁ、なかなかの攻撃だったぞ!」


 舞台へ這いあがって来たアーノルドに、フィリップは苦笑いで答えた。


「ある意味では負けたよ……」



 こうして第二試合が終わり、第三試合へと移ることとなった。






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