97話 「声」


「まだまだ!」


 テリアさんが振るう槍を、僕は木製の棍棒で軽くいなす。

 その隙を狙って四人の男が剣や斧で攻撃をしてくるが、素早く躱す。すれ違いざまに彼らの腕や肩に棍棒をたたき込むと、五人は武器を落として倒れた。


「だめだ! ぜんぜん歯が立たない!」


 倒れているテリアさんは、大の字になったまま叫ぶ。

 修行をつけてほしいとお願いされて戦ったけど、テリアさんやほかの四人は十分に強いと思う。実力でいえば冒険者のBランクくらいだし、出会った頃と比較すると成長は著しい。


「もう十分じゃないかな? まだやるの?」


「まだまだです! もう一度お願いします!」


 ふらふらとテリアさんが立ち上がると、ほかの四人も武器を持って立ち上がる。その目はギラギラと光を宿し、貪欲に強さを求めているように見える。戦いに参加していない他のメンバーも黙ったまま闘志を滾らせている。


「じゃあもう一回だけだよ?」


 再び僕はテリアさん達と試合を始める。


 彼らがこんなにも闘志を見せているのには理由がある。そうでなければ、彼らが自殺行為のような訓練を求めるはずがないのだ。


 発端は僕が大英雄の称号を手に入れたことから始まった。



 ◇



「公爵家令嬢とのお見合いですか?」


「ああ、そろそろ大友君も身を固めておいた方がいいかなと思ったんだ」


 急にぺぺさんが訪ねてきたと思えば、挨拶もほどほどにお見合いを切り出された。確かに今の僕は表だって恋人がいるとは言っていないし、結婚しないのかと聞かれればいつかするとしか反論できない独身男だ。


「ぺぺさんはグリム様からなにも聞いていませんか?」


「賢者様? いや?」


「僕は魔族と邪神に対抗するために、リリスと強く結ばれないといけません。とてもじゃありませんが、お見合いなんて受けることはできません」


「リリス……っていうといつも一緒にいる美しい娘か?」


 ぺぺさんは腕を組むと沈黙する。

 もしかして僕がお見合いを受けないとだめな状況なのだろうか。相手は公爵家のようだし、阿修羅のリーダーであるぺぺさんでも断りづらいのかも。


「やっぱり引き受けた方がいいですかね?」


「んあ? ああ! 違うぞ大友君! お見合い話は確かに君に向けてのものだが、それは絶対にということじゃない!」


「じゃあ何を悩んでいるんですか?」


 僕がそう言うと、ぺぺさんは懐から一枚の紙を取り出した。

 紙にはドレス姿の美しい女性が描かれ、一番上にはタイトルのようなものがデカデカと記載されている。


 ”第836回・公爵家令嬢争奪武闘大会”


 ナニコレ? お見合いじゃなかったの?

 下の方にはルール説明や出場資格がみっちりと載せられており、タイトル通り令嬢を賭けた武闘大会だと思われる。


「あの……武闘大会って……」


「実は公爵家では次女や三女がいると、こうやって武闘大会を開いて婿を募集する習わしらしい。知人である公爵家当主から、ぜひ大友君の参加を頼めないかとお願いされたのだが無理のようだな」


「僕に出場させて優勝をさせようってことですか……」


「そういうことだ。長女はシンバル国王へ嫁ぐらしいから、このタイミングで大英雄とも縁を結んでおきたいのだろうな。なんせ魔王を倒すかもしれない男だからな」


「え!? シンバルさんへ嫁ぐ!?」


 僕はぎょっとする。そりゃあ公爵家が王家へ娘を出すのはなんとなくわかるけど、師匠にはすでにヒルダさんというお嫁さんがいるのだ。もし彼女の怒りを公爵家が買ったなら、王都は火の海になりかねない。


「ヒルダさんは怒っていませんか?」


「その点は心配ない。ヒルダさんは”強い男はモテるから仕方がない”といってうれしそうだったらしい。まぁ王族は子供を作らないといけない責任があるからな、嫁取りを求むことはあっても拒否することは希だ」


 一安心だ。ヒルダさんが心の広い人でよかった。

 考えてみれば、国王になったシンバルさんは一刻も早く世継ぎを作らないといけない状態だ。第一王子のマルケスさんの子供は二人だけって聞いたし、王族の数を安定させるためにはシンバルさんの子供が必要なのだろう。王様って大変だなぁ。


「じゃあ僕は無理ということでいいですね」


「それはいいが、大友君の知り合いで大会に出せそうな人間はいるか? ウチはほとんどが所帯持ちだから、あいにく大会には出場できなくてな」


「出場できそうな人ですか? じゃあメンバーに聞いてみます」


「悪いな。出場選手が少ないと公爵家の威信に関わるらしい」


 ぺぺさんは溜息を吐くと、出された紅茶を飲み干してから帰って行った。

 貴族とのつきあいは色々と苦労がありそうだ。僕もぺぺさんを見習って勉強をしておかないといけない。


 というわけで僕はクランメンバーへ、公爵令嬢争奪武闘大会のことを知らせる。


「うぉおおおおおお!! 来たー!!」


「俺はヤルぜぇえええ!」


「今日からおまえらとはライバルだぁぁああ! 優勝は俺の物!」


 男性メンバーだけが異様に盛り上がり、なぜか罵り合いや喧嘩が始まる。その様子を見守る女性メンバーは、あきれたようにゾロゾロと部屋から出て行った。


「日輪の翼は若いメンバーが多いですからね、相手が公爵令嬢となると興奮するのは当然です」


 バートンさんが丸眼鏡を光らせながらクイッと指で上げる。

 言われてみれば、日輪の翼では既婚者は誰もいないし若い人間が多い。美人でお金持ちと結婚できるとなれば、普通の人は喜んで飛びつくはずだ。


「バートンさんは出場しないのですか?」


「もちろんしますよ」


 彼はそう呟くとみたことのない邪悪な笑みを見せた。大会で死人が出ないか今から不安だ。


「ふはははははっ! 武闘大会とは面白そうじゃないか! 俺も参加するぞ!」


 アーノルドさんが上半身裸で宣言する。彼が裸なのはいつものことなので、どうでもいいことだけど、その瞬間に部屋の中はぴたりと静まりかえった。


「マジかよ……アーノルドさんが出るのか……」


「やべぇ、今から鍛えねぇと令嬢がとられちまう……」


「いやだ! 俺の未来の嫁が筋肉に奪われる!」


 メンバーはダッと部屋から出て行くと、武器を持って訓練場の方へ走っていった。爆弾発言をしたアーノルドさんはなぜだか満面の笑みだ。


「ふははははっ! いいぞ! 俺の筋肉に挑戦してくるがいい!」


「アーノルドさん……大会の意味がわかっていますか?」


「武闘大会だろう! 俺の筋肉を見せるにはいい機会だ! 今から胸がときめいてしまうな! ふはははははっ!」


 彼は高笑いをしながら部屋を出て行った。たぶん、全然大会の意味がわかっていないと思う。筋肉がどうとか言っていたけど……。


 とりあえず武闘大会の出場者を確保できたことで僕はほっとした。



 ◇



『レディースアンドジェントルメーン! さぁとうとう公爵令嬢争奪武闘大会が始まろうとしています! 司会は男爵家次男ウザイ・マイクがお送りいたします!』


 闘技場に大音量の声が響き渡る。

 魔導具によって拡張された司会者の音声と、BGMのドラムが重低音を奏でていた。

 集まった観客は五万人を超し、観客席は満員御礼状態だ。小さな大会だとばかり思っていた僕は、王国の一大イベントとなった武闘大会に圧倒されていた。


「コイツはスゲェな。聞いた話だと出場者が二千人もいるらしいぞ」


 椅子に座っているシンバルさんが闘技場を眺めながら笑う。

 今回、僕は国王の警護の任を預かった。


 本来は宮廷騎士が請け負う仕事だけれど、魔族の襲撃などを考慮して大英雄の僕が望ましいということになったらしい。そのほかにも闘技場を警備する人間が少ないなどの事情がある。


「ねぇそこの屋台の串肉がおいしいわよ」


 串に刺さった肉を頬張りながらリリスが、王族専用スペースへ入ってくる。

国王の警備は僕だけでなく、リリスやフィルティーさんやセリスも一緒にってことだけど、三人は基本的に観客席から見物している。シンバルさんの隣にはヒルダさんがいるし、僕一人だけで十分な警備に見える。

 それよりも観客から丸見えの王族スペースに、串肉を持ったまま入ってこられると日輪の翼に変な噂がたたないか不安になる。ここはちゃんと注意しておこう。


「だめだよリリス。食べ物を持ったままこんなところへ来ちゃ」


「別にいいじゃない。どうせだれもこっちを見ていないわよ」


 リリスは素知らぬ顔で串肉をむしゃむしゃと食べる。


「リリスの言うとおりだ。誰も王族なんて見ちゃいないさ。それより俺にも串肉を買ってきてくれないか。あとエールも頼む」


「シンバルさんがそう言うのならいいですけど……。じゃあ僕は串肉を買ってくるから、その間の警備をリリスに任せるよ」


「いいわよ。いってらっしゃい」


 リリスに後を任せて、僕は屋台へと向かう。

 闘技場内にはいくつもの屋台が出店しており、観客や出場者はエールを飲みながら試合の様子を見物するシステムだ。中にはお酒を飲めない人のために、冷たい紅茶を出している店もあった。というか、よく見るとB&T紅茶会社の屋台だ。


「ビルさん!」


「おお! 大友君じゃないか! 君は出場しないのか!」


 屋台の中にいるビルさんが僕を見つけて笑う。

 ひとまず話しながらアイスティーを注文すると、大きな金属のタンクからビルさんが手際よく紅茶を注ぐ。


「僕は公爵令嬢には興味はないので出場はしていません。代わりにクランのメンバーが出ていますよ」


「もったいない。公爵家次女のクララ様は性格もよくて美人だって有名なんだが、君ほどの実力者なら優勝なんて簡単だと思うがなぁ。まさかそっちの気があったのか……?」


「違います! 僕にはちゃんと好きな人がいるだけです!」


 ビルさんは大笑いしながら冷たい紅茶を渡してくれた。

 いつもまじめな人だけど、時々ジョークを言うから油断できない。


 お金を払うとビルさんに別れを告げて串肉の屋台へ向かった。


「ふははははっ! この肉はずいぶんと美味いじゃないか! 見ろ! 筋肉が喜んでいるぞ!」


 串肉の屋台で、見覚えのある人が高笑いをしていた。アーノルドさんだ。


「アーノルドさん! どうしてここにいるんですか!?」


「む、主人か。どうしてとは不思議なことを言う。大会に参加するのは知っていただろう?」


「そうじゃなくて! 選手はもうすぐ出場するはずです! こんなところにいたら棄権扱いになりますよ!?」


「それは不味いな。では控え室へ戻るとするか」


 アーノルドさんは串肉片手に控え室へ戻ってゆく。本当にあの人はマイペースだ。とてもじゃないけど貴族には見えない。


「まったく優勝をする気はあるのだろうか」


 声に振り向くと、エクスペル家当主のシルベスターさんが立っていた。その横にはワンピースを身にまとったシェリスさんが立っている。


「お二人とも見物ですか?」


「うむ、我が弟が出場すると聞いて参ったのだが、どうも公爵令嬢と結婚したいというわけではなさそうだな」


「そうですね、本人は筋肉を見せる場になると喜んでいましたけどね……」


 シルベスターさんは「なるほど筋肉のためか」と呟いているけど、話を聞いているシェリスさんは「理解できない」と首を横に振っていた。僕もシェリスさんに同意する。


「しかし、もしアーノルドが優勝すれば公爵家との縁が結べる。我がエクスペル家としては大きな収穫だ。ぜひとも優勝をしてもらいたいものだ」


 彼はぶつぶつと呟きつつ、シェリスさんの手を引いて観客席へ移動してゆく。去り際にシェリスさんが僕に向かって深く頭を下げていたけど、パルのことで罪悪感を感じているなら気にしないでほしい。

 パルは確かに殺されてしまった。でもそれはシェリスさんが悪いわけじゃない。だから彼女が幸せをつかむというなら僕は喜んで応援したいんだ。


『さぁ選手達の入場です! 盛大な拍手でお迎えください!』


 ステージを見ると続々と出場者が現れていた。

 円状の舞台の回りに選手が並び、マイクを持った司会者がメモを読みながら出場者の名前を紹介をしてゆく。観客は声援を送り拍手で彼らを出迎えた。


「あ、エールを買わないと!」


 僕ははっとして再起動する。

 エールの屋台へ向かうと、二人分を購入して王族のスペースへと戻る。


「ぶはっ! やっぱり酒はうめぇな!」


「なかなかいけるなこれは」


 シンバルさんとヒルダさんは昼間から酒を飲んで笑い合う。一見すると王族に見えないし、似たもの同士が夫婦になった感じだ。いつも無表情で酒を飲んでいたシンバルさんを思い出すと、ヒルダさんが来てくれて本当によかった。


「ああいうのも悪くないわね……」


 リリスは二人を見ながら羨ましそうだ。うん、僕もそう思うかな。あんな風に霞と幸せを築きたい。



「聞こえ……るか……お……よ」



 視界にノイズのような物が走り、床に膝を突いた。


 なんだコレ……。



「お前は……であ……とし……」



 目の前がノイズの嵐になり、頭の中に映像が流れる。


 白い部屋に白いローブを着けた老人。

 なんとなく髪や髭は白いことがわかったけど、その顔はぼんやりとしていて認識できない。


 老人は何度も語りかけようとしているが、声が聞き取れず断片しか理解できなかった。


 なんだ? 何を伝えようとしているんだ?


 貴方は誰だ? どうして僕に声をかける?



「もうじき会える」



 それだけがはっきりと聞こえた。




「達也!? 大丈夫なの!?」


 リリスの声が聞こえて、僕は立ち上がる。

 今回もいつの間にか倒れていたようだ。


 アレは何だったのだろう……。


「もう大丈夫だよ。ちょっと疲れていただけさ」


「疲れているなら騎士に警備を任せるぞ?」


 シンバルさんが心配して声をかけてくれる。大英雄である僕が倒れるなんて恥ずかしい。さっきの声は気になるけど今は仕事中だ。


「大丈夫です。仕事が終わればぐっすり休みますよ」


「そうか? だが無理をするな。お前はもう一人だけの物じゃないからな」


「はい」


 こうして小さなトラブルに見舞われたが、つつがなく武闘大会は開幕した。




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