99話 「公爵令嬢争奪戦2」
『さぁ次はぺぺ選手とロベルト選手の戦いです! 両者舞台に上がってください!』
司会者の声に、ぺぺとロベルトは舞台に上がる。
ペペは紫色の短髪を太陽光に晒しながら余裕の笑みを見せていた。対するロベルトは深緑のモヒカンヘアーを揺らしながら無表情だ。
互いに一礼すると睨み合う。
『それでは第三試合を始めます! 互いに武器を構えて……始め!』
ゴングが鳴らされ、ペペは瞬時に肉薄すると切り上げた。
「させるか!」
ロベルトは風を操り、自身の身体を強制回避させる。そのまま床から数センチ浮いた状態で滑るようにして距離を取った。
「簡単には倒されてくれないか」
「冗談だろう? 魔法使いが冒険者ごときに負けているようでは廃業だ」
「じゃあお前ももうすぐ廃業だな」
互いににらみ合いが続く。
実はこの二人仲が悪いことで有名なのだ。
ぺぺもロベルトも互いにライバル視しており、冒険者と魔法使いと職業は違うがほぼ同期と言ってもいい間柄だ。その上に身分や職業的な仲の悪さが相まって二人の間には谷のような溝が刻まれている。
「英雄候補にすらなれないポンコツ冒険者め!」
「それを言ったらお前だって万年英雄候補だろ? やーいやーい、無能魔法使い」
「ぶっ殺すぞ! お前だけには絶対にクララ様を渡しはしない!」
ペペは腰を振りながら挑発し、それを見たロベルトは血管を浮かび上がらせ憤慨する。激しい戦いが始まるのかと思えば、二人は武器を投げ捨て殴り合いを始める。これは二人のいつもの流れだ。
「お前はいつも! ふぐっ!」
「こっちのセリフだ! うげっ!」
足を止めたまま両者はひたすら殴り合う。
ぺぺが胸倉をつかむと頭突きをかまし、ロベルトが腕をつかむと歯を立てて噛みつく。完全に子供の喧嘩だ。醜い戦いに観客は思いのほか歓声をあげる。
「あの時も、俺が好きだった女の子への告白を邪魔しただろう!」
そう言ってロベルトが殴る。
「ふざけんな! あの子は俺が好きだったんだぞ! エセ貴族なんかに渡せるか!」
ペペが殴り返した。
司会者は事態が飲み込めないまま立ち尽くす。
『あの……武器や魔法を使って戦ってほしいのですが……』
二人は司会者の声など聞きもせず、罵声を浴びせながら取っ組み合う。そして、二人は組み合ったまま床をゴロゴロと転がり場外へと落ちた。
「クソぺぺ! お遊びはこれくらいにしてやる! 今から魔法で切り刻んでやるからな!」
「上等じゃねぇか! ロベルト(笑)の手品を笑ってやるよ!」
武器を構えようとする二人を数人の騎士が羽交い絞めにする。どちらも怒り狂っているため、強制的に試合会場から退出させられた。
『えー、先ほどの試合は両者が場外となりましたので、ぺぺ選手とロベルト選手は失格となります……』
試合を眺めていたシンバルはため息を吐きながら額を押さえた。
「あいつらまだ仲が悪かったのか……」
達也は苦笑いで質問する。
「ぺぺさんとロベルトさんってそんなに仲が悪いんですか?」
「昔からだ。俺も詳しくは知らないが、お互いの存在が気に食わないらしい。街ですれ違えば、どちらかが必ず喧嘩を吹っ掛けるほどだからな。俺も何度殴り合いを仲裁したか分からない」
「犬猿の仲なんですね……」
達也は少し羨ましさを感じた。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、あんなにも子供のように意地を張り合えるなんてライバル以外にはいないだろう。そのような相手が居ない達也には眩しく感じる。
『さぁ第四試合です! 次はテリア選手とヒルトン選手!』
舞台に二人が上がると、互いに一礼する。
赤毛の短髪に顔にはいくつかの傷。身につける軽装備にもいくつかの傷が目立ち、手に持った槍が鋼色に鈍く光る。達也と出会った頃のテリアとはもはや別人と呼べるほど立ち振る舞いは隙が無い。
対するヒルトンは、黒い髪をオールバックにした中年の男。身体は肥えており、身に纏っている蒼のローブを腹部が押し上げている。小さな一重の眼は魔人のオークかと思えるほど慈悲を感じない。彼の傍らには一匹の魔獣が座っている。
『ここでルールをご確認いただきます! 今大会では魔獣の持ち込みは一匹までとさせていただき、主人であるテイマーが倒された場合のみ勝利とみなします!』
司会者の言葉にヒルトンは笑う。
「ぐふふふ、俺様のガーゴイルは最強だ」
「ぐるるる……」
体長約一mほどの悪魔のような魔獣が唸り声をあげる。身体は大理石のように白く、名のある芸術家が渾身の作品を造り出したのかと勘違いしてしまうほど、美しさと威容を備えていた。この魔獣の名はガーゴイル。
この辺りでは非常に珍しく、主な生息地は帝国領土内の鉱山などが挙げられる。その美しい見た目からテイマーの間では人気があり、身体に生成する大理石のような外殻の色や模様によって評価が付けられている。
「ガーゴイルってことは、Sランク魔獣か」
テリアは内心で舌打ちする。
今の自分ならAランク魔獣は苦労はするが勝てる自信があった。だが、Sランクは別だ。勝てないかもしれない。そんな予想が頭をよぎる。
『それでは試合を開始いたします! 両者武器を構えて……始め!』
ゴングが鳴らされ、テリアはすぐに守りの態勢に入った。
「ぐるぁあっ!」
ガーゴイルの爪が振るわれ、なんとか槍で攻撃を防ぐ。
重い一撃は一歩後退してしまうほどだ。そんな攻撃が何度も襲ってくる。
「くそっ、一撃一撃が重すぎる!」
「ぐふふふ、俺様のガーゴイルは特別だからな。手に入れるのは随分と苦労した」
ヒルトンは笑みを浮かべたまま動きを見せない。そればかりかテリアではなく、闘技場に居るクララを眺めていた。
闘技場の王族専用スペースの真下には、大会主催者である公爵家専用スペースが設けられている。そこでは公爵家当主と共に、今回の賞品である公爵家次女のクララが試合を眺めている。
コスモスのようなピンクの髪は腰までもあり、人形のように端整な顔は見る者全てから愛されることを約束されている。ピンクのドレスを着こなした愛らしさと気品を兼ね備えた女性が、じっとヒルトンとテリアを観察していた。
「ぐふふ、実に美しい。早く俺様のものにしたいぞ」
よそ見をしているヒルトンを見ながら、テリアはガーゴイルの攻撃を防ぎ続ける。
「戦いはペットに任せて自分はよそ見か。良いご身分だな」
悪態をつきながらもガーゴイルの隙を窺う。
硬い外殻に覆われているとはいえ、生物である以上は必ず隙間が存在する。テリアは右手の槍で攻撃を防ぎつつ、腰にあるナイフを抜いた。
このまま戦ってもじり貧になるだけ。それならば、冒険者らしく賭けに出ることにしたのだ。
「ぐるぁああ!」
背中の翼を羽ばたかせ、ガーゴイルは宙に舞う。そのまま急降下を始めると、テリアにしがみついて右腕に噛みつく。鋭い牙は肉を貫き、鮮やかな血液を滴らせた。
「うぐっ……!」
痛みに耐えながら、テリアは左腕に持ったナイフで外殻の隙間と隙間を突き刺した。
「ぐぎゃぁあああ!?」
悲鳴を上げるガーゴイルは逃げ出そうとする。しかし、テリアは噛みつかれた右腕ごと床に押さえつけ、何度もナイフで腹部を刺した。緑色の血液が飛び散り、臓物が隙間から飛び出す。
「まだ生きてやがる! さすがSクラスだな!」
逃げられないと悟ったガーゴイルは、テリアに向かって魔法を放った。
砂の集合体がテリアを取り巻き視界を覆い隠す。
「逃がさねぇ!」
それでも押さえつけているガーゴイルに攻撃を続ける。
ナイフは首に差し込まれ、とうとう魔獣は断末魔をあげた。
砂は床に落ち、テリアはすぐにその場から逃げる。
直後に先ほどまでいた場所に岩の棘が生えた。
「よくも俺様のガーゴイルを……」
杖を構えたヒルトンが睨み付ける。
テリアも出血する右腕を押さえながらもヒルトンを睨み付けた。先ほどの攻撃は明らかに殺意を感じたからだ。
「だったら大会に出場させなければよかったんだ。魔獣はルールで殺してもいいとされている。それでも出場させたお前のミスだ」
「ふざけるな! 魔物に匹敵するガーゴイルだったのだぞ、お前のような三流冒険者が勝てるはずなどない! なにか卑怯な事をしたのだろう! 審判! 奴を失格にしろ!」
ヒルトンは審判であるウザイ・マイクへ異議を申し立てた。
『えーっと、見た限りではテリア選手が反則行為をしたようには見えませんでした。ですので、試合は続行となります』
「貴様男爵家の次男のくせに奴の肩を持つのか! 俺様は子爵だぞ! 早く失格にしろ!」
会場にブーイングが起きた。それでもヒルトンは審判に圧力をかける。
『しかし……それでは公正な審判とは言えませんし……』
「そんな物はどうだっていい! 俺様の魔獣が殺されたのだぞ! それだけですでに死刑に値する! 早く俺様を勝たせろ!」
『ですが……』
司会者が言葉を詰まらせたところで、主催者である公爵から発言があった。
「ヒルトン子爵。ここは我が娘の婿を決める公の場である。身分は関係なく、強き者だけが勝ち残るのだ。貴殿も王国貴族の端くれならば、堂々と戦い勝者となりたまえ」
観客は公爵に拍手を送る。
「ぐっ……公爵様がそうおっしゃるなら仕方がない……お前と戦ってやる」
テリアに顔を向けたヒルトンは、ようやく戦闘態勢になった。
一部始終を見ていたテリアはあきれ顔だ。
「俺と戦うのがそんなに怖いのか?」
「そんなわけがあるか! 三流冒険者などすぐに殺してやる!」
手の平に刻まれた魔法陣をテリアに向けて魔法を発動させる。
「やばっ!」
すぐに避けると、床から無数の岩の棘が生える。
「ぐふふふっ! 逃がさんぞ!」
逃げるテリアに魔法を撃ち続ける。
岩の棘は舞台中に作られ、だんだんと逃げ場を狭めていた。
「やっぱりテイマーも強いか……」
追い詰められている感覚を味わいながら、テリアは舞台上を走り続ける。出来るだけヒルトンの射線上に入らないようにしているのだ。
魔法は属性の他に、射程範囲などが重要になって来る。
発動した魔法は発動者の魔力や認識によって届く範囲が決まっており、刻まれた魔法陣によって直線状や円状などと限定される。よって魔法使いと戦う時は、射程範囲を見極めながら自分の射程を確保することが常道となっている。
「ぐふふふっ! 逃げても無駄だ! 俺様の射程範囲は広いのさ! もうすぐ串刺しだ!」
「いや、もう終わった」
「あ?――ぐぅうう」
ヒルトンは床に倒れていびきをかき始めた。
テリアは近づくと、槍の矛先をヒルトンに向けた。
「俺の属性は”眠り”だ。射程は短いし、効果が出るまで時間がかかるのは難点だけど、効けば底なしの眠りに引き込まれる」
テリアの別名は眠りの槍。
眠りの属性は王国でも珍しく、魔法陣がなくとも発動できる彼の切り札だ。
『ヒルトン選手寝てしまいました! これでは戦えない! よって第四試合はテリア選手の勝利です!』
わぁぁぁああっ!と観客がテリアに喝采を送る。
彼は公爵専用スペースに居るクララへと手を振った。勝利の報告だ。
「クララ様、俺は必ず優勝して貴方をゲットします! 見ていてください!」
固い決意とは裏腹にその顔は妄想で緩んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます