95話 「決断」


 元帝国領土から、ようやく王国軍が帰還した。

 兵士や冒険者達は長旅に疲れ、王都に入るや否や道端で座り込む。そんな姿を見た民衆は勝利を勝ち取った兵達を褒めたたえ、酒場では新国王の即位と戦争の勝利を酒で祝った。


 王都へ到着した将軍と英雄たちは、すぐに新国王の元へとはせ参じる。


「貴殿達のこの度の働きは俺も耳にしている。一騎当千にして汗馬之労。英雄の称号に恥じぬ成果をよくぞ挙げてくれた。将軍も軍を指揮し、我が軍を大勝利へと導いた。英雄の称号こそは渡せぬが、誰もが貴殿を英雄だと認めていることだろう」


「光栄な御言葉に身が震える思いです」


 将軍と五人の英雄は跪いたまま頭を垂れる。

 王の間では達也も姿を見せていた。彼もまた英雄として、日輪の翼のリーダーとして活躍をしたからである。


 シンバルは玉座に座ったまま、達也へと視線を向ける。

 王族らしい豪華な服に身を包み、左半身は紅いマントに隠されていた。すでに身体の一部がないということは知れ渡っているが、威厳を保つためにあえて隠している。


「英雄大友よ。貴殿の働きは誠に多大だった。帝国との戦に、聖教国の民を救った事。そして、魔族四強と呼ばれる者の一人を討ち取った事だ」


「身に余るお言葉に恐縮です」


 達也は緊張した様子で頭を下げる。


「褒美として将軍と四人の英雄には、それぞれ領地と金貨を渡そう。そして、英雄大友には爵位と共に新たな称号を授ける」


 シンバルの言葉に王の間に居た者達はざわついた。

 爵位は想定内だが、新たな称号は考えもしなかったのだ。集まっていた貴族たちは国王の言葉を待つ。


「新たな称号とは”大英雄”だ」


 シンバルの言葉に大英雄の子孫である貴族たちが異議を唱える。


「陛下! あのような若造に与える称号ではありませんぞ!」


「大英雄などあり得ない! あのような子供が偉大なる先祖と並ぶなど!」


「大英雄は過去に八人にしか与えられていない最高の称号です! なにとぞお考え直しを!」


 ただ、エクスペル卿だけは目を閉じたまま微動だにしない。

 貴族たちは次第に達也へ罵声を浴びせ始めた。


「静まれ!」


 シンバルは玉座から立ち上がると、「扉を開けよ!」と兵士に命令する。


 開かれた扉から四人の賢者が姿を見せた。


「儂らが大英雄へ推薦した」


 グリムが代表して発言する。

 貴族たちは驚いた顔をしたが、賢者の推薦となると誰も反論できない。

 かつて八人の傭兵を大英雄にすべしと言ったのは四人の賢者なのだ。そんな彼らが新たな大英雄を選び出すのは自然な流れだった。


「今までこの国では建国の八人を大英雄と呼んできた。その理由は国を作ったからではない。人類の敵である魔族をこの地より追い払い、世界に希望を見せたからじゃ」


 今度はシヴァが話し始める。


「人々の希望を背負い、英雄のさらに先へと進む者。それが大英雄」


 ビアンヌが話す。


「世界に光を。人類に救済を」


 ボルドが達也に杖を向ける。


「我ら人類が渇望した者。大友こそ魔王を討つ一振りの槍なり」


 部屋の中は静まり返った。

 賢者たちは達也を八人の大英雄を超える者と認めたのだ。


 シンバルはタイミングを見計らい、この場に居る全員へ言葉を向ける。


「大英雄の称号はこの時より永遠に大友達也に与えられる。これは俺達エドレス王国の覚悟だ。大友を必ず魔王の元へ送り届ける為のな」


 再び部屋の中はざわざわと騒がしくなった。

 貴族の一人がシンバルへ質問する。


「ということは……魔族へ攻勢をかけると……?」


「当然だ。いつまで俺達は指をくわえている。いつまで奪い取られ、涙を流し続けるのだ。戦え、戦って勝ちとるのだ。それこそがエドレス王国だった筈だ」


 新国王の言葉は、彼らの眠っていた魂を揺さぶる。

 貴族はシンバルへ賛同の意を示した。彼らは大英雄の子孫。国王の命令があれば、魔族とも戦うのが誇りである。千年が経ったいまでもその精神は消えてはいない。


「将軍は半年後に向けて戦力を整えよ。全ては貴殿の働きにかかっている」


「御意!」


 ゴリラ―ド将軍は敬礼をすると、王の間から出て行く。

 貴族や英雄たちも続々と出て行き、残されたのは達也とシンバルだけとなった。


「どうだ? 大英雄になった気分は?」


「不思議な感じです。本当に僕なんかで良かったんですか?」


「それを言うなら俺も同じだ。冒険者だった男が今や大国の王だぞ。いまだに冗談なのかと疑う時がある。だがな、それが人生だ。人間は手に入れた責任を必死で果たすしかないんだ」


「僕もシンバルさんももう逃げられないってことですね……」


「ああ、この運命からは逃げられない。だから大英雄として世界を変えて見せろ」


 達也はシンバルの眼を見た。

 彼は出会った時と変らずに達也を見ている。


 静かに敬礼すると、達也は王の間から出ていった。


 この日、王都中に噂が流れた。


 ――とうとう魔族との全面戦争が始まると。



 ◇



 僕は城を出て広い敷地を歩いていた。

 先ほど大英雄の称号を貰ったのだけれど、どうも実感がわかない。それに一応だけど男爵の地位も頂いた。僕は貴族になってしまったのだ。


「でも貴族って何をするのかな……」


 そもそも貴族が何なのかをよく分かっていない。

 イメージとしては、生まれながらにして高い地位が約束されている人たちって感じだけれど、民主主義の中で育った僕にすればしっくりこない身分制度だ。


「難しく考える必要はない」


 声に振り返ると、林の中から英雄の一人であるロビンさんが現れる。

 腕に何かを抱えているけど、気配から察するに生き物だと思う。


「ロビンさんはどうして此処に? もう帰ったと思っていました」


「この子に城の庭を見せてやろうと思ってな」


 彼の腕の中を覗くと、白い布に包まれた赤ん坊が居るではないか。

 キラキラとした大きな目で、僕の顔をまじまじと見ている。


「ロビンさんの子供ですか?」


「帝国で拾ったので、私の子供にした」


「え!? 赤ん坊を拾ったんですか!?」


「勘違いするな。両親を亡くしたこの子を私が引き取っただけだ」


 帝国で赤ん坊を略奪でもしたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。少しほっとした。でも、いつも無表情な彼が赤ん坊を引き取るなんて以外な感じだ。それにロビンさんは男性だし、どうやってミルクを与えているんだろう?


「ロビンさん一人で育てているんですか?」


「いや、乳母を雇って育てている。私一人では何もわからないからな」


 なんというか……すごい人だ。結婚もしていないのに、赤ん坊を育てようと言う思考は僕には理解できない。


「おい、ロビン! 何処へ行った!?」


 林の中から声が聞こえて、一人の男性が現れる。

 英雄の一人であるアーストさんだ。


「ここに居たのかよ……お? 大友じゃねぇか」


「こんにちはアーストさん。ロビンさんと一緒だったんですね」


「まぁな、こいつが帝国で赤ん坊を拾って来てから、俺も時々だが顔を見るようにしてんだ」


 アーストさんはロビンさんの胸に抱かれる赤ん坊を見て嬉しそうだ。

 そんな二人を見て、笑ってしまいそうになった。強い人でも赤ん坊には勝てないのかな。


「そう言えば、その子の名前は何ですか?」


「この子はレオだ。かつて私が飼っていた犬の名をつけた」


「そ、そうですか……」


 子供に犬の名前を付けるなんて呆れてしまう。

 ただ、名前としては悪くない気もするので納得することにした。


「犬の名前をつけるなんて趣味が悪いと思うぜ?」


「そうか? 私は一番大切にしている名前を付けたつもりなのだがな」


 アーストさんは割と常識人だった。首を傾げるロビンさんを見ながら、両手を広げて肩をすくめる。前々から思っていたけど、アーストさんとロビンさんは親しい友人のようだ。貴族同士だし、幼馴染みたいなものかもしれない。


「おお! そういやぁ大英雄になったんだよな! やるじゃねぇか!」


 アーストさんは僕の首へ腕を回す。不良が急に友達になった感じで、少しドキドキしてしまう。まぁアーストさんは不良という訳じゃないけどね。


「ありがとうございます。まさかそんな大それた称号をいただくとは思っていませんでしたから……」


「普通は驚くだろうな。けどよ、俺やロビンはそんな気はしていた。あの化け物との戦いを見れば、嫌でも実力差に気が付くぜ。悔しいけどお前は強い」


「僕はただ無我夢中で戦ってきただけです」


「それは俺達も同じだ。努力を重ねてようやくここまで来たんだ。無我夢中じゃねぇ方がどうかしている。俺達よりもお前は強くなった。それだけの話だ」


 彼の話は僕の中で妙に重みがあった。

 運も才能もみんなバラバラだ。生まれた時からそれは不平等で、僕が持っているチートだってそうだ。なぜかなんて宇宙の真理でも知らない限り分からないかもしれない。それでも誰かを救うことが出来るのなら、僕がチートを持っていることも許されるんじゃないかなと思う。


「そうだ、ロビンさんが難しく考えるなと言っていましたけど、あれはどんな意味ですか?」


「大友は平民だっただろう? 貴族の生き方に悩んでいると思ったからそう言ったんだ」


「ええ、まぁ確かに貴族の事で悩んでいました。色々と面倒なことが多そうな感じがして、作法とか覚えた方がいいのかなと」


 僕の話を聞いて、何故かアーストさんが笑いだした。


「だったらウチに来い! グレイブ家は大英雄の血族して、作法には厳しい家柄だ! いろいろと教えてやるぞ!」


「アーストさんの家ですか? 御迷惑にならないのならお願いします」


「もちろんだ! さぁ来い!」


 彼は僕の手を握ると、ぐいぐいと引っ張る。

 悪い人じゃないけど行動力がありすぎて困る。それに作法に厳しい家柄なのに、アーストさんが粗野な感じは反動なのかな? どんな指導をされるのか今から不安だ。


 僕はアーストさんとロビンさんに連れられて、グレイブ伯爵家へと行くことになった。



 ◇



「いやぁ、新しい大英雄殿が我が家に来ていただけるとは嬉しい! 作法を学びたいと言うのなら、グレイブ家に任せていただきたい!」


「感謝いたします……」


 グレイブ家へ着くと、当主のグレイブ伯爵が出迎えてくれた。

 褒賞授与式にも来ていたらしく、僕が大英雄になったことはすでに知っているようだった。


「父上、応接室を使わせていただきたいのですが」


「うむ、では大英雄殿を丁重にもてなすのだぞ?」


 当主は屋敷の奥へと去って行く。

 なんとなく特別視されるとは思っていたけど、あからさまな態度に少し気後れしてしまう。本当は僕の方が下の身分なんだけれど……。


「親父の事は気にするな。どうせ自分の利益の事を考えて嬉しいだけだからな」


「僕が屋敷に来ると利益になるのですか?」


「そりゃあなるだろ。大英雄が屋敷に来たってなると、貴族の間では箔が付くからな。大友はこれから大変だろうな」


 じゃあ僕はこれから、色々な貴族に家に来いって誘われるようになるのかな? 有名人になった気分でドキドキしてしまいそうだ。


 僕らは応接間へと入ると、それぞれがソファーに座る。

 結局ロビンさんも着いてきたけど、抱えている子供は大丈夫なのかな?


「ミルクとかは大丈夫ですか?」


「心配は無用だ。少し前に哺乳瓶でミルクを飲ませてあるからな」


 赤ん坊からは甘いミルクの香りがする。ロビンさんの武骨な腕に抱えられ、大きな目はだんだんと閉じていった。


「さぁ、赤ん坊が寝た事だし、俺が作法を教えてやるぜ」


 アーストさんが話し始めると、部屋のドアを誰かが勢いよく開ける。


「兄上! 新しい大英雄が誕生したって言うのは本当ですか!?」


「おいおい、客人が来ているんだぞ? 今から作法を教えるってのに、俺が恥ずかしいじゃねぇか」


 アーストさんは頭を掻いて、弟であろう人物を追い出そうとする。

 僕はどんな弟さんかなと後ろへ振り返った。


「お前……」


「君は……」


 そこに居たのはいつぞやのマルスと名乗っていた冒険者だった。

 確か伯爵家次男のマルス・グレイブだったはず。


 彼は僕を見たまま固まっている。

 僕もどうすればいいのか分からなくて動けない。


「あ? あ? なんだ二人とも知り合いなのか?」


 アーストさんは僕と彼の間で視線が行き来する。


 先に口を開いたのはマルスだった。



「決闘だ!!」



 え?? 決闘?




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