94話 「悲しき再会」
シンバルさんが荷物をまとめると、僕は魔法の絨毯を創り出す。
「ますます魔法に磨きがかかったようだな。王都まで三時間ってのも嘘じゃなさそうだ」
「もっと速く移動することもできると思いますが、今の僕の知識では三時間が限界ですね」
「……俺はとんでもない奴を弟子にしたんだな」
シンバルさんが呆れた顔で見ている。
でも地球育ちの僕からすれば当然の考えだ。航空力学などの知識を得ていたなら、間違いなく音速を超える領域に到達できたかもしれない。まだまだ魔法は可能性に溢れている。
「ぶるるるる……」
鳴き声に目を向けると、村の入り口からサイアスを連れたヒルダさんが目に入る。
「サイアス! 元気にしてたかい!」
サイアスに駆け寄ると、美しい顔を撫でてやった。
その眼は”お前も元気そうだな”と言っているようだ。
「わぅう」
ロキが寂しそうに僕を見ている。
そこでサイアスの前にロキを連れて行くと、お互いに顔を見せ合った。
「ロキ、これが師匠の相棒のサイアスだよ! 食べちゃダメだからね!」
「おんっ」
ロキはサイアスの顔を舐める。
反対にサイアスはロキの前で座り込んだ。
「驚いた。サイアスが相手を格上と評価するのは珍しいことなんだぞ」
「じゃあロキはサイアスに認められたんですね」
「ああ、プライドの高いエメラルドホースが、相手の前に座る行為は最上級の敬意だ。過去にブライアン師匠とグリムのジジィに座って見せたが、まさか魔獣相手にってのは初めてだな」
サイアスは頭が良い。だからロキの力に気が付いたのかもしれない。
相手がたとえ強い魔族だろうと、立ち向かえる強さをロキは秘めているんだ。
僕らは魔法の絨毯に乗り込むと、王都へと出発する。
その道中でリリスが妙な事を口走った。
「ずっと気になっていたのだけれど、貴方どこかで会わなかったかしら?」
リリスはシンバルさんへ質問する。
「さぁ? 俺はお前さんを見るのは初めてだぜ?」
「ふーん、ところでその左腕はどうしたの?」
「これは油断からだな。魔族が攻めてきた時に、敵の実力を見誤っちまった。それでうっかりってな感じだ」
「左腕……シンバル……やっぱりどこかで覚えがあるけど、思い出せないわ。最近は楽しい事ばかりだから忘れちゃったのね」
リリスはどうでもよくなったのか、ロキと戯れ始めた。
僕は会話を聞いていて、リリスがシンバルさんの左腕を奪ったことを思い出した。今は二人とも気が付いていないみたいだけど、リリスは僕と出会った時に確かに言ったんだ。戦ったヒューマンと同じ技を使うって。
けど、ここで真実を知らせても誰も救われないような気がする。シンバルさんは左腕に関して魔族を恨んだことはないし、リリスもあんな性格だから罪悪感とかは感じないと思う。何より、ヒルダさんがどんな反応を見せるのか怖い。もしかすると、リリスを殺すとか言い出すかもしれない。
なので、僕としてはなんともモヤモヤとした気持ちだけど、三人の為にあえて何も言わないことにした。
高速飛行は順調に進み、予定通り三時間ほどで地平線に王都が見え始める。
窓部分から景色を見ていたシンバルさんは、王都を見て小さく溜息を吐いた。
「とうとう戻ってきたか」
「やっぱり憂鬱ですか?」
「そりゃあな。俺は王位継承権を捨てた男だ。今さら王子だのなんだのと言える立場じゃないからな」
僕は少し疑問を感じた。
王都では誰もシンバルさんを”元王族”だなんて言っていなかったし、陛下ですらそんなことは口にしなかった。もしかしてと思いたいけど、僕が考えるような単純な話じゃないのかもしれない。
葉巻型の絨毯は、日輪の翼の屋敷へ到着するとゆっくりと降下する。
地面へ足を付けたシンバルさんがきょろきょろと周りを見て、しきりに何かを確認していた。
「どうしたんですか?」
「おい、ここは誰の屋敷だ? 勝手に入ってよかったのか?」
「ここは日輪の翼の敷地ですよ。僕がリーダーのクランですから、誰も文句は言いません」
「おまっ! クランを創ったのか!? 阿修羅はどうした!?」
僕は「へ?」と首を傾げた。
どうやらシンバルさんは僕が阿修羅に入ると思っていたようだ。考えてみれば、シンバルさんがリーダーを務めていたクランだから、日輪の翼がなければ入団していたのは阿修羅だったかもしれない。
「流れと言いますか……クランを創ることになったんです。今では王都で三番目に大きなクランですよ?」
「呆れた奴だ。ライド平原を無防備で歩いていた事といい、俺はとんでもない大物を拾っちまったんだとつくづく思うよ」
シンバルさんは笑いながら僕の頭を撫でる。
久々に撫でられる感触は心地いい。僕は師匠の自慢の弟子になれたのかな?
「おい、シンバル! 俺の頭もなでろ!」
ヒルダさんが僕を押し退けて頭をぐいっと突きだす。
「別に変な意味で頭を撫でたわけじゃあ……お前に言っても無駄か……」
シンバルさんは大人しくヒルダさんの頭を撫でる。見ているだけで恥ずかしくなるような、二人だけの空間が広がり始めた。そろそろ急がないと不味いかもしれない。
「シンバルさん、そろそろ王城へ行きますよ」
「おう」
僕らは王城デストロイヤーキャッスルへと向かった。
◇
お城へは驚くほどスムーズに入ることが出来た。
兵士達はシンバルさんの顔を見るだけで、何も言わずにスルーしてゆく。もちろん誰もが敬礼をしていた。
城内に入ると、シンバルさんを見つけた大臣が駆け寄って来る。
「王子! シンバル王子ではありませんか!」
「大声は止めてくれ。それに俺はもう王子じゃない」
「何をおっしゃるか! とにかくよかった! シンバル様が戻られたことで問題は解決だ!」
「はぁ?」
よく分からないまま僕らは大臣に誘導された。
着いた場所は王の間。僕が英雄の称号を与えられた部屋だ。
そこでは大きな棺が置かれていた。
悲しみを塗り付けたような黒く重い棺。
シンバルさんは棺に近づく。
「父上…………」
青白くなった陛下の顔は、安らかな物だった。
「陛下は長年御病気を患っておいででした。それでも民の為にと、決して弱き姿を見せず気丈に振る舞われていたのです」
大臣が震える声で話す。
陛下は自分の死期を知っていたんだ。だから僕にシンバルさんを連れて来て欲しいと頼んだ。でも、本当は生きて会いたかったに違いない。僕が早くに気がついていれば……。
「良い死に顔じゃねぇか」
シンバルさんの声が部屋の中に響いた。
「父親らしいこともしねぇで、王であることに拘り続けた男には見えねぇな。やり切った顔をしてるぜ」
「シンバルさん……」
「けどそれでいいんだよ。俺の父親はこの国の王だったと胸を張って言える」
シンバルさんは部屋から出ていった。
両親がいなかった僕には気持ちは分からない。幼き記憶なんてもうぼんやりとしていて思い出せない。だからシンバルさんが羨ましく感じた。目には見えないけど、ちゃんと親子の絆はあったんだと思う。
「大友殿、シンバル様を連れて来てもらえまいか」
「分かりました」
大臣が声をかけて来たので、僕らはひとまずシンバルさんと合流してとある部屋へと案内された。
大きな部屋に大きな長机。会議室のような部屋に入ると、それぞれが椅子に座る。
「おい、話ってのはなんだ? 父上の顔も見たし、そろそろ土産の一つでも買いに行きたいんだがな」
「では、これをお渡しします」
大臣がシンバルさんへ封筒を差し出した。
「これは……父上からか……」
「はい、生前に陛下よりお預かりいたしました。是非、その内容をよく読んでいただきたいのです」
「その口ぶりじゃあ中身を知っているって感じだな。まぁいい、読ませてもらおうか」
封筒から手紙を取り出したシンバルさんは、静かに文字を追って行く。数分間の沈黙は次第に緊張を高めて行く。一体どんな内容が書かれているのか、僕も気になって来た。
「ふざけるなっ!!」
怒鳴り声をあげると、手紙を大臣へ投げる。
僕らは突然のことに驚く。
「読まれましたな。では、陛下の意志を引き継いでいただけますでしょうか」
「俺にいまさら王になれだと!? 冗談もいいところだ!」
「いえ、冗談ではありません。陛下も我々家臣もシンバル様が国王になることを望んでおります」
え? え? シンバルさんが国王??
訳が分からないよ! 誰か説明して!
「あり得ない! 俺は王位継承権を放棄した一般人だ!」
大臣は首を横に振る。
「シンバル様の王位継承権はそのままです。陛下がそれを認めなかった。貴方はまだこの国の第二王子なのです」
「嘘だろ……」
シンバルさんは頭を抱える。
やっぱり陛下はシンバルさんの事を愛していたんだ。だって陛下がシンバルさんの話をする時、とても嬉しそうだったんだ。僕の勘違いじゃなかった。
「そうだ! 第一王子のマルケスがいるじゃないか! 兄上を国王にすればいい!」
「……マルケス様はとても重責に耐えられる状況じゃありません」
「どういうことだ!? 兄上になにかあったのか!?」
大臣はすっと席を立った。
僕らは再び大臣の後に着いて何処かへと移動する。
「ここはマルケス様の御部屋です」
大臣が扉を開けた。
王子の部屋に入っていいのか迷ったけど、真実が知りたくて僕らは中へ踏み入る。
部屋に居たのは、ベッドに横たわるやせ細った男性。
布団から出している腕は、まるで骨と皮だけに見えた。
近づいたシンバルさんが男性を見下ろし、静かに拳を握りしめていた。
「兄上……」
男性は声に反応して、うっすらと眼を開ける。
「シンバルか……?」
「ああ、帰って来た」
男性は口の端を少しあげて笑みを浮かべた。
「見ての通りだ……もう、決闘もできないな……」
「どうしてだ? どうしてそうなった?」
「お前の母親と同じ病気だ……」
「母上と同じ……」
シンバルさんはガクッと膝から崩れ落ちる。
男性は話を続ける。
「言っておくが、父上は自業自得だ……酒の飲み過ぎだったらしいぞ……」
「ははっ……なんだそりゃあ……」
空笑いが聞こえる。
男性はベッドに乗せられたシンバルさんの手を握った。
「俺は……国王にはなれない……弟のお前がこの国を引き継いでくれ……民を魔族から……守ってくれ……」
「もういい、しゃべるな。兄上は休んでいろ」
「お前が……帰って来て……俺は本当に嬉しいぞ……」
弱弱しい手がシンバルさんの手を握りしめる。
次第にシンバルさんの目から涙がこぼれだした。鼻水をすする音が部屋に木霊し、僕らはそっと部屋から出て行く。
「この国にはもうシンバル様以外に王位に座る人間がいない。魔族との均衡がぐらついている今は、一刻も早く新しい王を即位させなければならないのだ」
大臣の言葉は一般人の僕にはとてつもなく重かった。
そして、僕に重要な事を話す理由はシンバルさんを説得してほしいと言う事だ。
「もしシンバルさんが国王になるとするなら、ヒルダさんはどうしますか?」
僕はヒルダさんへ質問する。
魔族である彼女が、エドレス王国の后になるかもしれないからだ。
「俺は特に気にしない。夫と一緒に居られるなら、魔族と戦う事も些細なことだ」
腕を組んでなんだか嬉しそうだった。
ヒルダさんて女性だけど、すごく男らしい。心配は必要ないのかもしれない。
「悪い待たせたな」
ドアを開けてシンバルさんが出てきた。
すぐに大臣が声をかける。
「王子、返事を聞かせていただいてもいいでしょうか」
数秒の沈黙。
「受ける。この国の王になってやるよ」
その瞬間に、大臣は床に膝を突いて頭を垂れた。
「我ら臣下、シンバル陛下の手足となって忠誠を尽くすつもりでございます」
「へっ、まだ陛下ははぇよ。それよりも、ひとまずメシにでもするか」
目が赤くなったシンバルさんは、からからと笑う。
数日後に、エドレス王国新国王シンバル・ゲル二アが即位した。
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