96話 「守りたいもの」
「決闘って……」
「いいから表に出ろ!」
マルスは僕の腕をつかむと、グイグイと屋敷の外へと引っ張って行く。アーストさんもそうだけど、グレイブ家の人は随分と直情的のようだ。
「お、おい! どうなっているんだ!?」
「私たちも着いて行った方がいいだろう」
後ろからアーストさんとロビンさんの声が聞こえた。突然の出来事に、僕だけでなく二人も驚いているようだ。
成すがままに屋敷の外へ出ると、訓練場のような広い場所に連れてこられた。
「武器を抜け! 俺がお前より強いことを証明してやる!」
「あの……どうして決闘をしないといけないのですか?」
「どうしてだと! お前が俺にした事を忘れたのか!?」
マルスは憤慨する。
思い出してみれば、彼と出会ったのは冒険者ギルドだった。
リリスを強引に引き抜こうとしたので、僕と彼は揉めてしまう。結果的にバッカスさんとフィルティーさんに救われ、マルスは一ヶ月のギルド使用停止命令を出された。
二度目は竜の谷にて。ルビードラゴンに追われていたマルスのパーティーを僕が助けた。話を聞けば、自分からドラゴンへ攻撃をしたと言うのだから、あまりにも危うい。さらにセリスを騙して仲間に引き入れて、ギルド使用停止期間中にもかかわらずドラゴン討伐を行った。最終的に彼はギルドを除名処分になったはずだ。
あれ? やっぱり僕が恨まれる理由が分からない。
どう考えても自業自得だよね?
「どうだ思い出したか?」
「思い出したけど、やっぱり君が悪いよね?」
「ふざけるな! お前のせいで俺は冒険者ギルドから除名処分を受けたんだぞ! これがどれほどの事なのか分からないのか!」
そりゃあ除名処分はかなり重い処罰だと思うけど、ドラゴンに齧られて死ぬよりは何倍もマシだと思う。そもそもバッカスさんの下した処分を無視したことがいけないと思うけど……。
「俺がギルドを除名になってから、どんな苦労をしたのか分からないだろう! 他の貴族には笑われ、同じ冒険者にも笑われ、いつの間にか俺がお前に負けたことになっていた!」
「それで決闘ってこと? でも、僕に勝っても冒険者に復帰は出来ないと思うよ?」
「いや、出来るはずだ! お前は今や英雄の一人! ギルドに俺の名を推薦すれば、間違いなく除名処分は解除される! それどころか俺は一躍有名人だ!」
彼の言っていることの真偽は分からない。ただ、英雄の僕がギルドへ推薦を出せば、本当に除名処分が解除される可能性は高いように思う。それだけ英雄は特別な存在だ。それに僕に勝ったという名声はかなり大きい。下手をすれば次の英雄と目される場合だってある。
僕は決闘を断るつもりだった。
こんなことは無意味だし、彼の我儘に付き合わされるのはうんざりだ。
「まさか英雄が逃げるのか? こんな元Bランクの冒険者に?」
挑発してくる。僕が決闘に乗り気じゃないことは彼も分かっているようだ。
「大友、決闘を受けてやってもらえねぇか?」
僕らを見ていたアーストさんが、頭を下げてそう言った。
どうしてそんなことをお願いしてくるのか僕にはわからない。
「でも、この決闘は意味のないモノです。ギルドへの推薦ならアーストさんがしてあげればいいじゃないですか」
「大友の言う通りだ。けど、そこの馬鹿な弟は推薦をしてやっても同じ事を繰り返すだけだと思う。だから、コテンパンに叩きのめしてくれないか?」
何となくだけどアーストさんの気持ちを理解してしまった。
可愛がっている身内だからこそ、自分では厳しくできない。そんな彼の人柄が僕には好意的に映った。甘いけど、それがアーストさんのいいところでもある。
僕はマルスへ視線を向けた。
「決闘を受けるよ。君が勝てば、僕からギルドへ推薦する。僕が勝てば君は騎士になるんだ」
「騎士だと? どうして俺がそんなものにならないといけない」
「君は自分を中心に考え過ぎているよ。そんな君には騎士がぴったりだ」
「騎士なんて御免だ! 俺は有名冒険者になって、欲しい物を好きなだけ手に入れる生活をしたい! 英雄になれば女を抱き放題だぞ!」
想像以上に欲に囚われているようだ。
厳しい躾けの反動がこれなら、グレイブ家は教育をもう少し考えた方がいい。
「それじゃあ審判は俺がやろう」
ロビンさんは赤ん坊をアーストさんへ預けると、訓練場の中央へ進み出た。
僕とマルスは互いに武器を構え、開始の合図を待つ。
「始め!」
最初に動いたのはマルスだ。
ロングソードを振りかぶり、唐竹割を狙ってくる。
僕は槍の柄で斬撃を防ぐとひとまずバックステップで逃げる。
明らかに殺意を感じた。
これは決闘だけど、殺し合いではない。そもそもこの国では決闘において殺しを推奨していないのだから、すでにマナー違反だ。
「ほらほらどうした! 英雄なんだろ! 早く反撃して来いよ!」
Bランク冒険者とは思えない素早い連撃で、何度も剣を繰り出す。僕はそのたびに、槍で防ぎながら後ろへと下がっていた。
「腕はいいようだね。アーストさんに鍛えられたのかな?」
「当然だ! 兄上は俺の何十倍も強いからな! 俺はいつか兄上を超えて見せる!」
兄弟愛と言うのだろうか。僕には羨ましい。
今は亡き両親に文句を言うとすれば、弟か妹が欲しかったところだ。まぁ、マルスみたいな弟は求めていないけどね。
剣を防ぎながら十五分が経過した。
だんだんとマルスの体力が底を見せ始め、呼吸が乱れて行く。反対に僕は随分と余裕だ。攻撃を槍で防ぐだけだし、神経を使うほどマルスの攻撃は速すぎることもない。闘術なんて使おうとも思わなかった。
「はぁ、はぁ……卑怯だぞ逃げてばかりで……」
「でも、僕が攻撃しちゃうとすぐに終わっちゃうよね? こうみえて手加減がすごく苦手なんだ」
僕は言った通り手加減が苦手だ。魔獣や魔物と戦う為に鍛えたせいか、殺さない戦い方がすごく下手だ。阿修羅で対人戦闘を鍛えてもらった時も、僕だけ訓練試合には参加させてもらえなかったほど。チートっていうのも問題だと思う。
「これならどうだ!」
彼が放ったのは魔法だ。僕の足元から大量の水が出現し回転を始めた。
魔法で動きを止めるつもりらしい。悪くない作戦だと思う。
直径二メートルほどの水球は、僕を中に閉じ込めたまま高速回転を続ける。洗濯機の中にいるみたいで、グルグルと回されて少し楽しいと思ってしまった。この戦いが終われば、僕も真似してみよう。
「呼吸が出来なくて苦しいだろう! 今からお前の血で赤く染めてやるからな!」
マルスは水球へ剣を突き込む。
僕は回転しながらも槍で剣をさばく。
「こいつ! こんな状態でも攻撃を防ぐのか!」
そろそろ出た方がいいかな。
このままでも戦えるけど、大英雄の姿としては格好悪い。
「もがぐぐがごっ!(リング収納!)」
魔法で創り出された水は、僕のリングへと一瞬で収納された。濡れた筈の防具も乾いていて、リングの性能のすばらしさに改めて感心する。
「もう終わりかな?」
「どうやって魔法を消した!?」
「秘密だよ」
僕はニヤッと笑う。
別に秘密でも何でもないけど、こう言った方が彼へプレッシャーとなる。対人戦では手札を見せない事が重要だとぺぺさんも言っていた。
マルスは魔法を消した何かを警戒して足を止めていた。
そろそろ反撃しをしてもいい頃だろう。
「じゃあ今度はこっちから攻撃するよ」
出来るだけ傷をつけないように槍を振るう。
マルスの持っていたロングソードを根元から切り落とし、ついでに腹部へ軽いパンチを喰らわせた。
「あぐぅっ!?」
威力が強すぎたのか十mほど吹き飛ぶと、地面をバウンドしてから動きを止める。
大丈夫かな。死んでないよね?
すぐにロビンさんがマルスへ駆け寄ると生死の確認を行う。
「気絶しているだけだ」
「よかったぁ。本当に対人戦は手加減が難しいよ」
「手加減が苦手だったのか。私はてっきり遊んでいると思っていた」
ロビンさんがマルスを抱えながら笑う。
ひどいよ、僕はどうやって殺さずに倒そうか考えていたのに。
アーストさんを見ると、どうやら今の決闘に満足したみたいだ。
「これで弟も自分の実力が分かった筈だ」
「そうだと良いですけどね」
「悪い、大友には手間をかけさせたな。マルスはちゃんと俺が責任もって騎士学校に入学させる。これで性根もマシになることだろうさ」
騎士学校は日本で言うところの防衛大学だ。
徹底した教育と精神を叩き込み、この国を守るためのエリートを育てる教育機関。英雄の国であるエドレス王国の名に恥じない騎士を創ることがモットーだとか。なので、ぐうたらでどうしようもない息子を騎士学校へ送り込むなんてよくある話らしい。子供は必死で嫌がるらしいけどね。
決闘後、ようやく僕はアーストさんから作法を教わることが出来た。
◇
「大英雄おめでとうございます!!」
屋敷に戻ってくると、クランのメンバーが笑顔で出迎えてくれた。
テーブルには大きなケーキが置かれており、沢山の御馳走が所狭しと並んでいる。
「これってもしかして……お祝いですか?」
近づいてきたテリアさんとバートンさんが笑顔でグラスを掲げる。
「大友さんがいつ帰ってくるかひやひやしてましたよ」
「さすが主役です。絶妙なタイミングで帰って来られるとは」
僕にグラスを持たせると、バートンさんがワインを注いでくれた。すでにみんなグラスを持っていて、リリスやアーノルドさんやフィルティーさんにセリスだってちゃんと勢ぞろいしていた。もちろんロキだってテーブルの下から僕を覗いている。
よく見ると、クランのメンバーだけでなく、宿のオーナーであるクリストファーさんや、紅茶会社のビルさんに見知った顔が何人もいる。僕の為にこれだけの人間が集まってくれたなんて、泣いてしまいそうだよ……。
グラスを掲げると、開始の言葉を口にする。
「エドレス王国と日輪の翼に!」
全員が復唱してグラスが高々に掲げられた。
美味しい御馳走にみんなの笑顔。パーティーは夜遅くまで行われ、途中で阿修羅のメンバーや、サプライズとしてシンバルさんがやってきたりした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
「帝国との戦争で誰も死ななかったのは本当に僥倖だったね」
「そうね。すぐに死んでしまいそうな生き物なのに、ちゃんと生き残った。ヒューマンって本当に不思議だわ」
みんなが酔いつぶれている部屋は死屍累々だ。
僕とリリスだけは未だにワインを飲みながら語り合っている。誰かのいびきがBGMとなって耳に届くけど、楽しいひと時を思い出させる余韻となって心を充足させる。
「僕は本当は我儘なんだ。全てを失いたくないし、もっと幸せが欲しいと望んでいる。こんな日が何度も何度も来て欲しいと思ってる」
「じゃあ私はもっと我儘ね。だってそれ以上に私は欲しいもの」
リリスの眼が潤んでいた。
ピンクの柔らかそうな唇が、引力を発生させて僕を吸い寄せようとしている。
唇と唇が重なろうとした瞬間。
「うにゃー!! 酒じゃー!」
寝たいた筈のフィルティーさんが起き上がって、ゾンビのように酒を探し始めた。やっぱり彼女は酒癖が悪いと思う。
リリスは僕から顔を離すと、左手で銀髪を後ろへ流した。
「ムードが台無しじゃない!」
怒りながらワインを飲み干す。ムードがあるとは思えないけど、今のは危なかった。僕の身体はいつも以上に熱くなっていたからだ。
もう寝よう。
口喧嘩を始めたリリスとフィルティーさんを放置して、僕はさっさと寝室へと向かう。廊下では酒樽を抱えたまま熟睡しているアーノルドさんとシンバルさんを見かけたけど無視をする。
ベッドへ潜り込んだ僕は、この世界に来て初めて心が満たされた気分を味わった。
そして、まどろみの中へ意識が沈んでゆく。
僕はこの世界で生きているんだ。
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