92話 「緊急事態」


「おはようございます!」


「おはよう! 今日も警備の方は頼むよ!」


「はい!」


 顔見知りの男性と挨拶を交わすと、村の入り口へ向かう。


 ここは”鍛冶村”と呼ばれ、コンラートさんの御弟子さんが住んでいる。

 名前の通り鍛冶師ばかりが住んでいる訳だけど、商売人や冒険者なんかもときどき立ち寄ったりする表向きは普通の村だ。

 村の人に聞いた話では、コンラートさんは世界中で知られている鍛冶師の重鎮だそうで、教えを乞いたい人は山のようにいるんだとか。それに冒険者や魔法使いや貴族が装備を造ってもらおうと探しているらしいので、人気のない山脈の麓に住みたがる理由も何となく理解できた。


 村の外へ出ると、警備をしているアーノルドさんとフィルティーさんに声をかける。


「徹夜の見張りお疲れさまでした。あとは僕が引き継ぎますよ」


 僕はそう言いながら、二人に作って来た弁当を渡す。

 中には野菜たっぷりのサンドイッチを入れているから、疲れた体にも優しい筈だ。


「おおっ! さすが主人だ! では早速いただくとしよう!」


「ありがとう大友。報告は食べながらでいいか?」


 二人は弁当を開くと、サンドイッチを美味しそうに食べ始めた。

 朝日が森の中に差し込み、動物の声が聞こえる。ここは本当に住み心地のいい村だ。


「わおぉん!」


 森から大きな生き物が飛び出す。


「ロキ! おはよう!」


 僕はロキへと抱き着いて、身体を撫でてやる。

 それほど時間もかからないだろうと思っていた防具作成が一ヶ月もかかると分かったので、僕だけ王都に戻ってロキを連れて来たのだ。今では森の中で自由気ままに過ごしているみたいで、僕が村の外へ出てくると会いに来てくれる。


「ちょっと達也! 私を置いて行くなんてひどいじゃない!」


 声に振り向くと、リリスが怒り顔で歩いて来ていた。


「だって起こしても『まだ早いわよ』なんて起きなかったじゃないか」


「私は朝が弱いのよ! 達也なら分かるでしょ!?」


 もちろんよく知っている。無理やり起こすと不機嫌になるから、朝のリリスはあまり関わらないようにしているんだ。自業自得だと思う。とは言ってもずっと不機嫌なのは困るから、彼女の為に紅茶を淹れることにした。


「ん~良い匂いね」


 そう言いながらリリスは、ひょいとアーノルドさんの弁当箱からサンドイッチを奪う。


「むぅうう!? おい、魔族っ子! 俺のサンドイッチを返すのだ!」


「食べ物一つで五月蠅い男ね。沢山あるんだからいいじゃない」


「主人の作った物は全て筋肉にするのだ! 食即筋肉! さぁ返せ!」


 ギャーギャーと朝から二人は喧嘩を始める。

 仕方ないので、僕の分からサンドイッチを一つ分けた。

相変わらずの二人だ。


「それで報告だが、昨夜は数匹の魔獣を見かけるくらいだった」


「そうですか、じゃあ異常はなかったと言う事ですね」


 フィルティーさんから警備の報告を受けて、異常がないことを確認した。

 この村では僕たちが冒険者という事もあって警備の任を引き受けている。とは言っても、村に近づく魔獣を追い払う事や、不審な人間が来ないかを見張るだけの簡単な仕事だ。


「みなさんおはようございます」


 そこへセリスがやって来た。

 いつものようにお淑やかな雰囲気でゆっくりとアーノルドさんへ歩み寄ると、すっと弁当箱からサンドイッチを奪い取る。


「これは美味しいですね」


「ぬぁぁあああ! セリスよ、貴様もか!!」


 セリスは最近、リリスに似てきた気がする。元々そう言う性格だったのかは分からないけど、仲間に対して遠慮がなくなった感じだ。僕としては嬉しいことだけど、できればサンドイッチで喧嘩はしてほしくない。


 仕方ないので、僕の分をみんなに分けることにする。


「大友は食べなくていいのですか?」


 セリスはそう言って僕の弁当箱からサンドイッチを抜き取る。


「うん、警備って暇な時間が多いし、その間に肉でも焼いて食べようかなと思ってる」


「そうですか、では私が焼いてあげましょう」


 僕はリングから肉を取り出すとセリスに渡す。

 彼女が何かを作ると言い出すのは珍しい。特に料理なんかは腕前すら知らないくらいだ。さっそく彼女が肉に鉄の棒を突き刺すと、そのまま地面に突き刺して火魔法で炙り始めた。元聖女にしてはあまりにもワイルドな調理法だ。


「あれ? セリスって攻撃魔法は使えなかったはずじゃあ……」


「そうなのです。今までの私は神聖魔法と防御魔法しか使えませんでしたが、村の魔法使いに頼み込んで魔法陣を刻んでもらったのです。大した攻撃力はありませんが、これで私も少しはお役に立てると思います」


 僕はセリスに感謝の言葉を述べる。

 自分も人々をこの手で救いたい。そんな彼女の気持ちが伝わって来る。セリスもまた魔王と戦う覚悟はできているようだ。


 肉が焼けると、匂いにつられて村の中から職人たちがゾロゾロと出て来る。しかもみんな酒瓶を持っている。


「いい匂いがするから出てくれば、村の入り口で美味そうなものを作っているじゃねぇか。俺達も混ぜてくれ」


 仕事はどうしたのかと聞きたいけど、この村ではいつもこんな感じだ。気が向けば酒を飲むし、インスピレーションを刺激されるとどんな状況でも仕事に取り掛かる。コンラートさんがそんな感じなので、弟子の彼らも影響を受けたそうだ。


 気が付けば村の入り口で宴会が始まり、結局僕が料理をする羽目になった。この村に来てから一ヶ月だけど、毎日がこんな感じだ。


「おーい! 大友君!」


 森の奥から顔見知りの男性が走ってきていた。

 彼は昨日の夕方にコンラートさんの元へ行ったはずだけど、その様子は随分と焦っている様子だ。


 男性が目の前に来ると、すぐに声をかけた。


「そんなに慌ててどうしたんですか?」


「き、君たちの防具が完成したそうだ! 師匠がすぐに呼んで来いって!」


「完成ですか!?」


 僕達はすぐにコンラートさんの元へ駆け出す。


 小屋へたどり着くと、ドアを開けて椅子に座るコンラートさんへ話しかけた。


「防具が完成したって本当ですか!?」


「おう、思ったより手こずったが、きっちり一ヶ月で出来上がったぞ。すぐに装備してみるか?」


「お願いします!」


 小屋の奥へ行くと、机が並ぶ大きな部屋へ案内された。そこでは数人の男性や女性が机に向かって作業を行っている。


「ここは細かい作業をする場所だ。あいつらは裁縫や細工を担当している。普段は村に居るんだが、今回は腕のいい奴らに手伝わせた」


「本当にありがとうございます。是非僕たちからお礼をさせてください」


「そう言うのは後だ。それよりも装備を試着してみろ」


 コンラートさんが指さした場所には、四人分の防具が置かれていた。窓から入る光を乱反射して、思わず目を閉じてしまうほどだ。


「まず、これはそこの男だ」


 アーノルドさんへ軽装備を渡す。

 サファイヤドラゴンから造った軽装備は、透明感のある鱗が隙間なく張られている。所々に魔獣の毛皮が使用されており、伝説の戦士のように見えた。

よく見ると、胸当ての部分には蒼い鱗に混じって一枚だけ赤い鱗があった。もしかしてルビードラゴンの鱗だろうか。


「心臓の部分にルビードラゴンの鱗を使わせてもらった。どこで見つけて来たのかは知らねぇが、そのルビードラゴンの鱗だけ異常に硬かったぞ」


「ふははははっ! どうやらあの時のルビードラゴンは大物だったようだな! 鱗を拾っていて正解だった!」


 セリスと出会った時に遭遇したルビードラゴンの鱗だ。結局、使う機会もなかったのでコンラートさんに渡したけど、上手く装備に活用してくれたみたいだ。


「次はそこの女」


 フィルティーさんへ防具が渡される。

 彼女のスタイルに合わせた全身鎧のようだけれど、軽量化も考えられて無駄な部分は省かれているようだ。蒼い金属が光沢を帯びていて、まるで伝説の騎士の姿に見える。


「そいつは鱗を砕いてミスリルと混ぜたものだ。そこらの鋼よりも十倍以上は堅い代物になっている」


「軽くて羽のようだ。見た目は金属だが、身につけるとまるで違う」


「まぁ、実際は鱗とそれほど変わらない硬さだだが、使い勝手の良さを考えるとそんな感じの方がいいだろう」


 さすが鍛冶師の賢者と謳われるだけのことはある。性能だけでなく、使用者の好みやデザインもよく考えられているようだ。


「それじゃあ次はそこの女」


 セリスへは下着のようなものが渡された。


「な、なんですかこれは!?」


「おめぇは攻撃向きじゃねぇだろ? 見る限りでは、鎧を着るような体力があるようにも見えねぇし。今着ている魔導ローブで防御は十分だろう。その下着は念のための保険だ」


「ですが、これは……!!」


 セリスが握っているのは、ピンクのフリルが付いた物だ。胸や腰も覆い隠すように作られており、ピンクのタイツのようなものまで用意されている。


「気に入らなければ着なければいい。ただし、そいつは見た目とは違って簡単には刃を通さねぇ。あとはスタイルが良くなることだろうな。矯正下着のように、余分な脂肪を胸に集めることもできる」


「使わせていただきます!」


 セリスは説明を聞いて即答した。

 よく分からないけど、コンラートさんはすごい人なのだろう。


「最後に大友だ」


 僕に渡されたのは黒い服だった。

 どことなく軍服と言うか学ランに似たデザインだ。


「おめぇは魔法で鎧を創るそうだな。それなら下手な物をつけるより、丈夫な服を着て戦った方がマシだろう。鎧の上に鎧なんて付けると、動きを阻害しちまう」


「でもこのデザインはどうしてですか?」


「それは神の服と呼ばれていてな、ヒューマンを創ったとされる女神テトリアの纏う服と対を成すものとされているモノだ。大昔の文明では、一部の神官のみが着ることを許されていたらしい」


 きっと女神になった霞が作らせたのかもしれない。

 学ランを見て地球を思い出していたのかな……。


 すぐに服に袖を通すと、ぴったりと身体にフィットした。まさか異世界に来て、学生服を着ることになるとは思っていなかったよ。


「どうだ? 黒染めにしてあるが、素材は間違いなくリヴァイアサンの物だ」


「悪くないです。身体に吸い付くようで、服を着ていることを忘れてしまいそうです。あとは戦って確かめたいですね」


「ってことは文句はねぇんだな?」


「はい、きっとこれ以上の防具はないと思います」


 コンラートさんは「そうか」と呟くと、近くの椅子にどかっと腰を下ろす。近くに置いてある酒瓶を掴むと、そのままラッパ飲みした。


「ぶっはぁぁ! 仕事のをした後の酒は格別だなぁ!」


「あ、あの……お礼はお金の方がいいでしょうか?」


「金は要らねぇ。何かをくれるって話なら、リヴァイアサンの残った素材を貰いたい」


「それでいいのなら、残りは全て差し上げます」


 僕としてはもう必要のない素材だ。コンラートさんが喜ぶのなら、全て渡してもいいと思う。ただ肉は常人には食べられないので、コンラートさんも必要ないかも知れないな。


「肉は要らないからな。あんなもの魔力が強すぎて食えたものじゃねぇ」


「やっぱりそうなんですね。じゃあ僕とロキで食べようかな」


 僕がそう言うと、部屋に居た全員が呆れた顔で見ていた。

 あ、リリスだけは嬉しそうな顔だ。


「達也は特別だもの。当然よ」


 ドラゴンの肉は魔力が多すぎるから、常人が食べると魔人化してしまうけど、僕はいくら食べても平気だ。この不思議な体質のおかげで、大迷宮でも生き延びたのだから、今思うと本当に運が良かった。


 コンコン。


 小屋のドアを叩く音が聞こえた。どうやら誰か訪ねてきたようだ。


「ちょっと待ってろ」


 コンラートさんはふらりと立ち上がり、小屋の入り口へと向かって行く。


 そして、怒鳴り声が聞こえた。


「てめぇ! よくも面を見せられたな!」


「まだ怒っておったのか。お主も見たじゃろう? 良い持ち主に巡り合えておったことを」


「それとこれとは話が別だ! てめぇが持ち出したのは許さねぇぞ!」


 僕達が入り口へ向かうと、そこにはグリム様が立っていた。反対にコンラートさんは顔を真っ赤にして怒り狂っている。


「グリム様! どうして此処に!?」


「おお、大友よ。大事な話があるのだが、少し待っておれ。この男を黙らせねばならん」


 グリム様が杖を振ると、目の前に大きな樽が十個も現れる。


「これは王都で作られた酒だ。どれも十年程寝かせておる」


「くそっ! その酒であの事を許せってことか!?」


「悪い話じゃないと思うがのぉ。どうせ持て余しておったのだろう? お主は造っては放置する悪い癖がある」


「ちっ、そこを突かれると言い訳できねぇな。武器は使われてこそ武器なのは俺が一番よく知っているからよ」


 コンラートさんは樽のふたを開けて酒を飲み始める。何となくだけど、喧嘩は終わったと感じた。


 僕は気になったことをコンラートさんへ質問する。


「もしかして僕の槍の事ですか?」


「あ? ああ、違う違う。槍じゃなくて斧だ」


「斧?」


 コンラートさんの眼は、アーノルドさんが背負っている斧へ向けられていた。


「あれは俺が造ったものだ。ダイヤモンドドラゴンの竜鋼で造った、槍の次に傑作と言える武器だ。三十年前にこのジジィが此処から盗みやがった」


 話を聞いたアーノルドさんは、背中から斧を抜いた。


「これは俺の実家にあったものだ。なぜあったのかは知らないが、見つけてからずっと使っている」


「俺はお前が背負っている姿を見て、グリムのジジィが何をしたかったのか分かっちまった。今さら返せとは言わん。好きに使え」


「感謝する」


 まさかアーノルドさんの武器も、コンラートさんの作品だったなんて気が付かなかった。じゃあ僕の槍と、アーノルドさんの斧はある意味で兄弟なのかな。


 コンコンとグリム様が杖を突いて注目させる。


「さて、儂から話がある。全員心して聞け」


 僕らは次の言葉を待った。

 まさか魔族が攻めてきたのだろうか?






「国王が崩御された」


「え?」


 僕らの時が一瞬だけ止まる。

 痛いほどの沈黙が小屋の中に広がり、言葉の意味がなかなか飲み込めない。


 陛下が亡くなった……?


 嘘だよね?


「すぐに王都へ帰るのだ。お主には為すべきことがあるのだろう?」


 ハッとする。そうだ、僕は陛下と約束した。

 もし、陛下が亡くなった時、シンバルさんを王都へ連れてきて欲しいと言われたんだ。


 気持ちを引き締めると、僕は顔を上げる。


「王都へ戻ります!」


 外へ出ると、魔法の絨毯を創り出して皆を乗せる。

 すぐに飛び発つと、村へロキを迎えに行った。


 そして、村の人たちに別れの言葉も告げられぬまま、僕の絨毯は全速力で王都へと向かう。




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