91話 「アストロゲイム」
家の中へ招かれた僕たちは、ひとまずコンラートさんの話を聞く事となった。
「お茶を出してやる、少し待ってろ」
席を離れたコンラートさんの背中を見た後に、家の中を眺めてみる。
至る所に武器が置かれ、赤々と燃える炉の近くには、使い込まれた道具が決められた位置に置かれているようだった。
「あの鍛冶師は只者ではないようだ」
フィルティーさんが立ち上がると、置かれている剣や槍を手に取った。鞘から抜いた剣は鏡のように光を反射し、機能性だけではない芸術性も秘めているようだ。
「槍を作ったのは第五の賢者と呼ばれる方らしいです。たぶんコンラートさんがそうなんじゃないかなと……」
「これを見て私も納得した。これほどの武器は王都でも見たことはない」
フィルティーさんは剣を鞘に戻すと、元の場所へと置いた。
「第五の賢者ってのは止めろ。俺はそんなたまじゃぇねぇよ」
戻って来たコンラートさんが、湯呑に入ったお茶をテーブルに置いて行く。前から思ってたけど、この世界っていろんなところで日本文化を見ることができる。言葉だって日本語だし、やっぱり女神である霞の影響かな?
コンラートさんは、椅子に座るとお茶を一口含む
「それで、どうしてその槍を持っている?」
「これは師匠の師匠から譲り受けたものです」
「なるほどな、ってことはお前シンバルの弟子か?」
「師匠を知っているのですか?」
彼は言葉に答えず、席を立つと棚から一本の瓶を持ってきた。
多分だけど、匂いからしてお酒だと思う。
「やっぱり茶はダメだ。これに限るぜ」
湯呑の中のお茶を飲み干すと、瓶から酒を注ぎ始める。
まだ真昼間なのに酒を飲むのかと驚いた。
「ぶはっ! うめぇ!」
「あの……シンバルさんを知っているのでしょうか?」
「おう、顔は見たこたぁねぇが、ブライアンから有望な弟子がいると聞いたことがあってな。俺はてっきりそいつに槍を渡す物だと思ってたが、どうやら駄目だったみたいだな」
そう言えばブライアンさんは槍の製作者と知り合いだった筈。じゃあ僕が知りたかったことも分かるかもしれない。
「この槍の事を聞いてもいいですか? ブライアンさんもグリム様達も何も教えてくれないので知りたいんです」
「ああ? グリム達に会ったのか? それで何も知らないってのはおかしい。あいつらは槍の事をよく知っている筈なんだがなぁ……」
「お願いします! 僕はこのアストロゲイムの事をもっと知りたい!」
「……仕方ねぇか」
コンラートさんは黙って酒を飲むと、大きくため息を吐いてから話し始める。
「ブライアンはグリムの紹介で此処へ来た冒険者だ。はじめは武器を造ってやることを断っていたが、だんだんと打ち解けて気が付けば付き合いが始まってたもんだ。当時の俺は最高傑作の槍を持て余していてな、酔っぱらったあいつが使い手を探してやると言った言葉を信じちまった」
何となくコンラートさんとブライアンさんが、酒を飲み交わす姿が想像できた。シンバルさんもそうだけど、ブライアンさんもかなりの酒好きだからだ。
「それでだ、俺は弟子のシンバルに渡す物と思っていたんだが、正直に言って使いこなせるとは思っていなかった。あの槍は武器にしては重すぎる。それに、俺も使い手を探すことに疲れていたんだ」
「どうして使い手を探す必要があったんですか?」
「あの槍は実は、俺の師匠である大魔法使いムーア様の指示で造った物なんだ。師匠はいずれ槍を使いこなす者が現れるとか言っていたが、俺は造ったのはいいが何かを探すのは苦手だ。そんなわけでずっと飾り物になってたのさ」
コンラートさんはぐいっと酒を呷る。
話を要約すると、ムーア様に指示されて制作した槍を持て余していたコンラートさんは、仲良くなったブライアンさんへ譲ることを決めた。その後に、僕が譲り受けてこの場所に槍が戻って来たと言う訳だ。
「事情は分かりましたが、この槍の秘密はまだ教えてくれていませんよね?」
「それには少し長い話になるが、覚悟はいいか?」
「はい、お願いします」
そう言うと、またもやコンラートさんが席を立った。
棚をごそごそと漁ると、革袋を持ってくる。もしかして槍に関係しているのだろうか。
「酒にはつまみがねぇとな」
袋から出て来たのは木の実だった。
彼はとんでもなくマイペースな人間のようだ。
「話しの続きだが、その昔この辺りには竜王ってのが住んでいた。そいつは竜族の中でも変りもんでよ、随分と人種族に興味を持っていた奴だった」
「竜王ですか?」
「まぁ話を聞け。そんでもって竜王ってのは、竜族の中でも特に異形の姿だった。分かりやすく言うと人型の竜だったのさ。そいつはムーア様と出会い、人種族ってものを理解した。そして、魔族との戦いに協力した」
「竜王が人間側に協力した? でも、そんな話は……」
聞いたことがない話だ。
エドレス王国の土地は、八人の大英雄とムーア様が魔族を追い出すことで手に入れた。もちろん四人の賢者様も協力したと思うけど、竜王が助力したなんて初耳だ。
「竜王はヒューマンと竜族の橋渡しを行い、多くの竜族も戦いに参加した。竜王も先陣を切って魔族と戦い、そして激闘の末に竜王は力尽きた」
「死んだのですか?」
話を聞いていたセリスが、悲しそうな表情で質問する。
「おう、魔王との戦いで死んじまった。けどよ、魔王も深い手傷を負わされた。その甲斐あって魔族は西へと逃げていったのさ。その後に残された竜王の亡骸を、ムーア様は竜族に頼み込んで引き取った。師匠と竜王には揺るぎない友情があったんだと思うぜ」
「それでどうなった?」
今度はフィルティーさんが質問する。
語られる歴史の真実に興味が尽きない様子だ。
「竜が金属を食べるってのは知っているか?」
「いえ、知りません」
「食べた金属は体内でドロドロに溶かされる。金属は体の中に吸収され、体液や魔力や氣と混ざり合い、その個体特有の金属を生成する。理由は定かじゃねえが、骨や肉を補強する為じゃねえかって言われている。兎に角、それを俺達は”竜鋼”と呼んでいるんだが、竜王にも竜鋼はもちろんあった」
まさかと思った。
結末が見えてきたが、僕は黙って話を聞く。
「竜王の竜鋼は体内じゃなく、体表に作られていた。全身を鎧のように竜鋼が守っていたんだが、遺体を渡された俺は一枚一枚鱗を剥がすように竜王を丸裸にした。そして、不眠不休で槍を作り上げた」
「じゃあこれは……」
「竜王の名は【アストロゲイム】。お前の持っているのは、かつてヒューマンに味方した偉大なる竜王から造られた槍だ」
僕だけでなく、メンバー全員が絶句する。
シヴァ様達は運命かと口にした。確かにその通りだったのだ。
竜王はヒューマンと共に魔王を退けた。そしてまた、魔王を倒すために僕の手に握られている。偶然だろうか? いや、未来を見通すことが出来たムーア様は、僕が槍を握ることを知っていたはずだ。じゃあこれは必然だろう。
アストロゲイムは、コンラートさんに造らせた僕の武器だったんだ。
「ただ、よく竜王の名前を知っていたな。グリム達から聞いたのか?」
「……いえ、槍を譲り受けた日に名前を付けました」
「ってことは、槍に宿る竜王の魂が教えてくれたのかもな」
そうかもしれない。
魂ともいうべき竜王の意志が、この槍には宿っていると思う。そして、何度も僕は助けられてきた。それは全て魔王を倒す為。
もはや魔王を倒すことは使命なんだ。
「でも、スモークゴーストのような、魔力だけの魔物を倒せるのはどうしてでしょうか?」
「それは竜王の魔力のせいだな。奴は魔力をはぎ取る属性を持っていた。魔力だけで身体を構成しているスモークゴーストなんかには、そりゃあ効果てきめんだろうな」
「今もこの槍に属性が?」
「残っているだろうな。ただの槍に見えるが、ばかみてぇに魔力を宿していてもおかしくねぇ」
スケルトンジェネラルと戦った時に、あさっりと闇を切り裂いたのはそれが原因だったんだ。バルドロスの時だってそうだ。オリアスの時も、イポスの時だって槍は最後には敵を貫いた。今更だけど、感謝しきれないよ。
僕はアストロゲイムを握りしめて眺める。
相棒は鈍く光りを反射した。
「選ばれし槍の使い手か。ブライアンの奴はちゃんと約束を守ったんだな……」
コンラートさんは酒を飲みながら、窓から外の景色を眺めている。
ブライアンさんとの間に深いつながりを垣間見た気がした。僕にはわからない漢の友情なのだろう。
「さて、話は終わりだ。英雄様が来たとなると、依頼を引き受けねぇ訳にはいかねぇな」
彼は酒を飲み干すと、黄色い歯を見せて笑う。
「本当ですか! どうかお願いします!」
「一つ聞くが素材はあるか?」
「それなら持ってきています!」
小屋から出ると、リヴァイアサンの素材をリングから取り出す。
どすんっと巨大な肉や皮が置かれ、コンラートさんは目を丸くする。
「コイツはまさか……」
「僕はリヴァイアサンと呼んでいます」
コンラートさんはフラフラと近づくと、素材の鱗や皮を手で確かめる。
すぐに臓物に視線が行き、何かを探すようにかき分け始めた。
「あの……何か探していますか?」
「竜鋼はどうした? 殺した時になかったのか?」
「魔石はありましたけど、竜鋼はなかったと思います」
「ってことは吐き出したか……」
吐き出した?
僕は首を傾げる。リリスが呆れ顔で説明してくれた。
「達也、私が前に言ったじゃない。竜が吐き出すアレって」
「ああ、そういえば言ってたね」
「竜は金属の塊を時々吐き出すのよ。私の脛当てや手甲もそれで造られているわ」
へぇ、あの時はさっぱりわからなかったけど、ちゃんと説明されるとどう言う物か理解できる。じゃあコンラートさんはリヴァイアサンの竜鋼が欲しいだね。
「まぁ、ねぇならそれでもいいが、防具は全員分を造ればいいのか?」
「いえ、リリスは必要ないので四人分をお願いします」
コンラートさんがリリスに目を向けた。
「……ドワーフ製の防具か。良い物をつけてんな」
僕の知識の中でドワーフという言葉がヒットする。
まさか、あのドワーフがこの世界に居るの?
「そうでしょ? 腕のいいドワーフに造らせたの。素材はオニキスドラゴンの竜鋼よ」
「ドワーフをこき使うのは気に入らないが、良い職人を探す眼はあるようだな。素材も悪くねぇし、なかなかの鍛冶師のようだ」
「ふふ、やっぱりドワーフ同士だと分かるのね」
リリスは装備を褒められて嬉しそうだ。
それよりもドワーフの事を聞きたい。本当に僕が考えているドワーフなのだろうか。ああ、でもコンラートさんもドワーフっぽいな。
「コンラートさん、ドワーフってどんな種族ですか?」
「そうだなぁ、改めて聞かれると説明しにくいな。背が低くて物を創るのが好きで酒が好きなのがドワーフってところか」
「この国では見かけませんよね?」
「そりゃあそうだ。ドワーフのほとんどは魔族に従ってる。魔族が今いる場所は元々ドワーフの土地だったんだ。今のエドレス王国から逃げ出した魔族たちは、ドワーフの土地を占領しそのまま配下に置いたって訳だ。待遇は悪くねぇから、逃げ出す奴らはそうはいねぇだろ」
僕の想像通りのドワーフだ。
でも、魔族の支配下に甘んじている辺りはショックかもしれない。魔王と戦うとドワーフとも戦わないといけないのかな……。
「言っておくが、ドワーフと戦おうなんて思わねぇ方がいい。俺もドワーフだから分かるが、戦いになれば道具揃えてさっさと逃げ出す奴らばかりだ。奴らが固執するのは先祖が守って来た土地だけだからな」
「じゃあ無視すればいいってことですか?」
「むしろこちら側に引き込めるだろうな。金払いの良い方に味方するからよ。ああ、酒でもいいぞ」
良い情報を手に入れられたかもしれない。
彼らが魔族に従っているのは、待遇が良いことと土地を押さえられていることだ。この二つをどうにかすれば、金と酒でこちら側に引き込める可能性が高い。
「そんじゃあ俺は防具を造るから、近くの村で一ヶ月くらい待ってくれ」
「ええ!? 一ヶ月もですか!?」
「あたりまえだろう。素材はそこらの物じゃねぇし、微調整だって本人がいねぇと困るじゃねぇか。魔王と戦う防具を、すべて俺に丸投げにしたいと言うなら勝手にやらせてもらうがよ」
「一ヶ月待ちます!」
よくよく考えれば、第五の賢者と呼ばれるコンラートさんでも、魔王に勝つための防具なんて知るはずもない。知っていればすでに造っていたはずだ。
僕達はコンラートさんの言葉を信じて、一ヶ月ほど近くの村に滞在することにした。
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