82話 「聖教国の女神」


 大聖堂へ籠って四日が経過した。

 魔道具による結界機能が備わっていたおかげで、なんとか魔族の軍勢を防いでいるがそれもいつまで保つか分からない。


 避難した民や兵士達は、すでに精神が限界に達しようとしていた。

 いくら祈りを捧げても救いの手は差し伸べられない。それどころか、神であり聖教国の頂点である聖王は部屋に籠ったまま出てこないのだ。人々は見捨てられたと悲観している。


 大聖堂の礼拝堂に集まっているのは、兵士などを合わせてみても一万に届く程度。すでにこの国は滅んでいる。神が本当に居るとすれば、きっと私たちが聞いたこともないほど残酷で冷酷なのだと思う。


「皆さん元気を出してください。きっと救いの手は差し伸べられます」


 私は信じてもいないことを口に出して人々を元気づける。

 それだけで人々は僅かだが安堵の表情を浮かべた。反対に私の心は締め付けられる。


「聖女様、神様はいつ助けに来てくれるの? 聖王様は私たちを助けてくれないの?」


 小さな女の子が私に質問する。

 周りに居る大人たちは、誰も反応せず視線を逸らすだけだった。


「女神様はきっと助けてくださりますわ。聖王様もきっと祈りを捧げてくださっているのです」


「聖王様は戦わないの? お祈りだけ?」


 声が出せなかった。

 だって聖王は人間だもの。戦えば死んでしまう。

 そんな言葉が喉元まで上がって来て、私は必死に飲み込む。分かっていても言えない。


「聖女様! こちらに居ましたか!」


 モカが私の元へ駆け寄ると、手を握って何処かへ連れて行く。

 大聖堂の中を歩くと、地下にある倉庫前に辿り着いた。


「この中を見てください。ここは昨日まで食糧庫でした……」


 扉を開くと、何もない部屋が見えた。そう、何もない。


「確か食糧はあと一週間分はあったはずでは……」


「聖王様近衛の騎士たちが、昨夜の内に運び出したようです。私が直談判に向かいましたが、扉は堅く締められ聖王様に会う事も出来ませんでした」


「そうですか……この事はひとまず内密にお願いします」


「承知しました」


 私の中で怒りがマグマの如く熱を帯びる。生まれて初めて殺意を覚えた。

攻撃魔法でも使えれば、聖王達を殺しに行ったことだろう。


「ここは我慢です……まずは食糧を探しに行きましょう。もしかすれば、何かの間違いということもあります」


 私は呟くと、大聖堂の中を探索することにした。



 ◇



「これだけですか……」


 モカが苦笑する。

 テーブルに乗せた食糧は、パン二つと干し肉一塊だけ。


「これをどうにか調理出来ないでしょうか?」


「スープにして、水増しするくらいしかできませんね」


「そうですか……」


 私は落胆して椅子に座る。

 生き延びる手段を探して大聖堂内を探索したが、多くの部屋はすでに荒らされており私が見つけた食糧は微々たるものだった。


 もちろん脱出路も探した。何処かでお城には秘密の脱出路があると聞いたことがあったからだ。でも、そんな物はどこにもなかった。あれば聖王が真っ先に脱出している筈だ。


「……いえ、まだ探していない場所がありますね」


 謁見の間だ。もしかすれば、あの部屋なら脱出路があるかもしれない。

私はモカを連れて聖王へ会いに行くことにした。




 謁見の間に入るための扉は固く閉ざされ、聖王を守る騎士の姿も見えない。

扉に耳を当てると、中からは音も聞こえなかった。


「おかしいですね……静かすぎます」


「聖女様、お下がりください。私が扉を破ってみましょう」


 モカは一気に後ろへ下がると、助走をつけて扉へ体当たりする。

 バキッと音が聞こえ、扉は簡単に開いてしまった。


「いたたた……」


 肩を押さえるモカは、よろよろと立ち上がり謁見の間を見渡す。私も確認したが、部屋の中は誰もいない。


「どういうことでしょうか? 聖王様はどこへ?」


「待ってください、玉座の後ろに何かあります」


 床に扉のようなものが開いているので、玉座の裏側へ近づいてみると、床に四角い穴が空いていたのだ。横には梯子がかかっており、下へと降りることができるようだ。


「まさか我々を置いて逃げた?」


「それもあり得ますが、昨夜に食糧を運び出したことを考えれば、まだここに居るかもしれません。脱出路とは限りませんからね」


 ひとまず私とモカは梯子を下りて行く。

 この先に聖王が居るとすれば、民をどう思っているのか直に聞いてみたかった。


 ――が、それは無駄だとすぐに思い知った。


「なんですかこれは……」


 梯子を下りると通路が見える。ただし、その先は瓦礫に塞がっていた。

 私はすぐに気が付く。聖王達は脱出路を使ってここから逃げ出したのだ。しかも私たちが使えないように破壊までされている。


「聖王の正体に気が付いてしまったからですね……」


「口封じですか?」


「ええ、聖王が半神などではなく、人間だったとバラされたくないのでしょう。すぐに逃げなかったのは、私たちを此処に留めてギリギリまで魔族を引き付けるためです」


 私たちが死ぬ頃には、聖王は王国へ亡命しているはず。

 悔しさのあまり叫びたくなった。


「しかし、この瓦礫を排除するのは難しいようです」


「そのようですね。聖王の狙い通りですか……悔しいです」


 私はモカを連れて来た道を戻ると、人々が集まっている礼拝堂へ足を進めた。


「皆さまに見せたいものがあります」


 大勢の人々が私に視線を向ける。

 誰もが捨てられた犬のように悲しそうな顔だ。


 それでも真実を見せるべきだろう。私たちが何を信仰しているのかを。


 私は礼拝堂の最奥にある、禁じられた扉を開ける。

 ここは修道士になる者だけが入ることが許される場所である。奥にある物によって私たちは神聖魔法を会得するのだ。


「せ、聖女様、そこは修道士になる者しか入れない場所では……」


 民の一人が呟く。


「禁断の間へは、どんな修道士でも一度のみ行くことが出来ます。皆さんに最奥にある物を是非見て欲しいのです」


「ですが……修道士ではない我々が入ることは掟破りですよね?」


「もうこの国は存在いたしません。そして、聖王もこの大聖堂には居ないのです」


 私の言葉に多くの人がざわざわと話し始めた。それでも話を続ける。


「聖王は脱出路で逃げたのです。それも食糧を奪って。私たちが信仰している聖王とは、半神ではなく人間なのです」


「じゃあ、その脱出路で聖王様のように逃げれば――」


「脱出路はもう使えません。逃げ出した聖王達によって破壊されていました」


 真実を告げると、人々は跪いて泣き始める。

 信じていた聖王に裏切られたからだ。


「皆さん、あきらめないでください。聖王は私たちを裏切りました。ですが、ここには私たちが信仰する女神が眠っています。聖王ではなくデザイト様に直接祈りを捧げましょう」


 私は禁じられた扉を開くと、狭い通路を歩いて行く。

 後ろからは人々がゾロゾロと着いて来ていた。彼らにとって真実などは本当はどうでもいい。すがる相手を探しているだけなのだ。それでも私は彼らの聖女であろうと心に決めた。


 薄暗い通路は岩肌がむき出しであり、男二人が並ぶだけで精一杯の横幅だ。

 天井からは水が滴り落ち、道幅が広がるにつれて鍾乳石が増えて行く。それと地面にはクリスタルのような結晶がちらほらと見かけ始めた。


「さ、寒いです」


 後ろの女性が寒そうに体を縮める。

 ここは大聖堂の遥か地下に続く道だ。下へ行くたびに寒さが増している。


「もう少し我慢してください」


 通路を十分ほど歩くと、通路を塞ぐ鉄格子が現れた。

 鍵穴はなく、鉄格子の扉の部分には魔法陣が刻まれている。


 そっと魔法陣に手を当てると、ガシャンと施錠が解かれ扉が開く。


「さぁ行きましょう。この先に秘密があります」


 奥へ進むと、ドーム状の部屋へとたどり着いた。

 床には水路が張り巡らされ、床には沢山のクリスタルが生えている。


「この水路の水を飲むことで修道士は神聖魔法を得るのです。その中でも適合率が高い者が聖女となります」


「適合率?」


 私の傍にいる女性が寒さに震えながら質問する。


「聖女適正テストとは、ここにあるクリスタルを用いた適合率を確かめるものなのです。そして、クリスタルと水を創り出す存在こそ、女神なのです」


「女神テトリアは異教徒の神じゃない! 私たちの信仰している神は唯一神デザイト様よ!」


 女性が叫ぶと、人々が私に怒鳴り始めた。


「皆さん落ち着いてください。私もこの事実に気が付くのに、随分と時間がかかりました。ですが、これは紛れもなき真実なのです」


 私は部屋の中心に御座する、巨大なクリスタルを指さした。

 そこには私とそっくりな女性が、見慣れない服を身に纏い眠っている。


 私は以前より異教の神テトリアと似ていると噂されてきた。こっそり異教徒の教会へ確かめに行ったこともある。

 飾られていた女神像は確かに私にそっくりだった。しかもよく分からない服を身に纏い、天へと祈りを捧げる美しい像だったことを覚えている。あまりのショックにその日は眠れなかったほどだ。


 同時に奇妙な一致を知った。

 デザイト教の禁断の間に存在する女神は、まさしくテトリア教と同じ女神だと言う事。だとすれば、私たちは同じ女神を別物として信仰していたのだ。むしろ私たちが間違って祈っていたかもしれない。


「私たちの女神はテトリアなのです。デザイト教では偶像禁止令が出されていますが、その理由が此処にあります」


 聖王率いる王族は永らく信仰者達を欺き、真の女神を隠してきた。それは彼らにとって都合のいい教えを広めるためだ。教会も修道士達も盲目になり、目の前にある真実に気が付かなかったと言う訳だ。


 人々はクリスタルに眠る女神に一人、また一人と祈りをささげ始めた。事実を受け入れられない者も居た。彼らは怒り始めると禁断の間から出て行く。


 きっと聖王に会いに行く事だろう。そして目にするはずだ。信じていた王が私たちを残して逃げた事を。


 私はクリスタルの前にひざまずいて祈りを捧げる。


「不出来な私たちをどうか見捨てないでください」


 神などは信じていない。でも、信じたい気持ちは持っている。

 ここに居る人々だけでも救いたい、そんな気持ちを一心に捧げた。


「クリスタルが光っているぞ!」


 誰かの声が聞こえ、私は顔を上げた。

 クリスタルが鼓動するかのように光り、一人の女性が姿を現す。


「あ、貴方は……」


「私は女神テトリア。この世界とは異なる場所から来た存在です」


 人々は歓声を上げる。

 とうとう神に声が届いたのだと。


「テトリア様、どうか私たちを御救いください! 魔族の軍勢がそこまで迫ってきているのです!」


 私の言葉に女神は首を横に振る。


「その必要はないでしょう。じきに救いの手がやって来るはずです」


「まさか……王国軍ですか?」


「いいえ、大友達也です」


 私は目を見開く。

 まさか大友の名前が出て来るとは思ってもいなかった。


 女神は話を続ける。


「ですが、大友は此処にあるクリスタルを破壊しようとするはずです。それだけは防いでください。これはかつて地上を蹂躙した邪神を封じるための要石。残り二つが破壊されれば、邪神が復活してしまうのです」


「邪神……」


 誰もが絶句する。

 邪神の話は古より伝わるおとぎ話だ。まさか真実だったとは……。


「この大聖堂を守る結界は、この要石によって発動しています。貴方たちも、危険にさらされたくはないですよね?」


 女神の言葉は半分ほど脅しのような内容だった。

 なぜ封印を破壊するのかは分からないが、私たちは大友を止めればいいのだ。


「……分かりました。私たちはクリスタルを守ればいいのですね」


「それでいいのです」


 女神は微笑むと、キラキラと光りを放ちながら消えていった。


「聖女様とそっくりでしたね」


 モカがそう言うと、人々は私の顔を見て祈りを捧げる。


 大友は私の顔を見て”霞”と呼んだ。

 彼は女神と何らかの関係があるのかもしれない。

 でも、今は大友にすがり、女神にすがらなければならない。


 真相はどうあれ、私たちは誰かにすがらなくては生きて行けないのだ。


「皆さん、女神の御言葉を聞きましたね? もうすぐ王国の英雄である大友達也がここへやってきます。私たちは感謝の言葉を口にしながら、彼がクリスタルを破壊する行為を止めなくてはなりません。矛盾していますが、これが私たちの唯一の助かる道なのです」


 大勢の人間が私に頭を垂れた。

 中に私の両親の顔が見えたが、傍には小さな子供がいて同様に頭を下げている。


「やはり私は単純ですね……」


 無性に日輪の翼のメンバーの顔が見たくなった。




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