78話 「邪神の兵」
「ぶはっはっはっはっ! 見たか、我が帝国の切り札を!」
将軍エレファゼルは、倒れたヘルグリズリーを見て喜んでいた。
”魔導兵器ゲヘナ”それがこの兵器の名前である。
フラスコのような形に秘密があり、後方部の球状に膨らんだ部分には高密度の魔素が密閉されている。さらに砲身内で圧縮し、放出するという単純な仕組みから成り立っているものの、その威力は山をも貫通させる。
エレファゼルはゲヘナの威力に満足しつつも兵に質問する。
「おい、次の砲撃まであとどれくらいだ?」
「はっ、次弾装填まで十五分ほどかかると思われます」
「では散らばった兵をかき集め、王国軍へ攻め入るぞ。ゲヘナさえあれば、我らに負けはない」
ゲヘナは王都陥落の為の兵器として造り出された兵器である。動力源は帝国王城の地下深くに封じられていたとされる神秘の魔石を用いたとされ、製造工程などは極秘裏に進められた。帝国の切り札中の切り札。
エレファゼルもゲヘナを温存する予定だったが、思わぬ乱入者により軍は半数がやられ、使わざる得ない状況に陥ってしまったのだ。本来であれば、軍の五割を損失した時点で壊滅と判断され撤退する。だが、ゲヘナの威力はそんな事実を霞ませるほど、エレファゼルをはじめとする兵士達を惑わせた。
「閣下、もうじき次弾が装填完了いたします」
「そうか、では王国軍に――」
エレファゼルは沈黙する。
彼の視線の先にはヘルグリズリーが居た。
倒れた筈のグリズリーが二本足で立っているのだ。
大きく空いた腹部の穴は、みるみる黒い触手に覆われ塞がって行く。
失っていたはずの右前足も黒い触手が生えてうねうねと蠢いた。
「ぐるぁああああああああああああ!!」
全身から生え始めた黒い触手がアビスタイタンを彷彿とさせる。空気を震わせる咆哮が帝国兵を恐怖へと叩き落とした。
◇
上空から一部始終を見ていたけど、死んだはずのヘルグリズリーが突然立ち上がり、全身から黒い触手を伸ばし始めた。まるでアビスタイタンだ。
「どうして復活したのかな?」
「……」
「リリス?」
「達也、アレを放置するととんでもないことになるわよ」
確かにそうだけれど、リリスはアレがなにか知っているのだろうか?
僕は緊張した面持ちの彼女へ質問する。
「リリスはアレを知っているの?」
「知っているもなにも、アレは邪神の兵隊よ。かつてこの地上を蹂躙したと言われる怪物。全て滅んだと思っていたけど、どこかに生き残っていたのね」
「でもアレはグリズリーだよね?」
「今はもう別物と思った方がいいわ。邪神の兵は死んだ生き物の肉体を乗っ取って行動するの。恐らくあの熊は、生きていた時に寄生されたんだわ」
寄生と聞いてゾッとする。僕はアビスタイタンと戦ったこともあるし、巣にも飛び込んだことがあった。もしかして僕も知らぬ間に寄生されているんじゃあ……。
「言っておくけど、あいつらは寄生する相手が限られているわ。あの黒い触手自体が寄生生物みたいなものだから、宿主と同程度のサイズでないと憑りつくこともできないの」
「じゃあ僕たちが寄生される心配はないんだね。でもアレがドラゴンなんかに寄生すれば不味いかもしれないな」
「そう言う事ね。まぁ魔族は邪神側だからアレに狙われることはないけど、見ていて気持ちのいい物じゃないわ。私たちでさえ嫌悪する古代の怪物だもの」
リリスは心底気持ち悪いと表情をゆがめるとロキと戯れ始める。要するにあの怪物は僕がどうにかするしかないということだろう。
「ぐるぁあああああ!」
グリズリーは再び鳴き声をあげると、帝国兵へ向かって突進を始める。その様子は飢えた熊のようにダラダラと涎を垂らし、強烈な気配と一緒に真っ黒な殺意が放たれていた。すでにヘルグリズリーとしての思考は消え失せ、報復の相手だった筈の僕のことも眼中にない。
「撃てぇぇぇえ!」
エレファゼルの声が聞こえ、眩い閃光が走る。
定規で引いた線のように、まっすぐに伸びた光はグリズリーの右半身へ直撃し貫通する。身体の半分を失えばどんな生物でも絶命するが、グリズリーの身体は消失した右半身を瞬く間に触手で覆い隠し、複雑に絡み合うと失った部分を補完するように体を形作った。
「次だー! 次を撃てぇぇえええ!」
「まだ次弾を装填中です!」
「いいから撃てぇぇええ!」
「発射!!」
再び動き出したグリズリーに、ゲヘナから圧縮された魔素が発射される。
だが、放たれた閃光はグリズリー目前で途切れた。
「ぐるぁああああ!」
とうとうゲヘナへたどり着いたグリズリーは、前足で兵器を掴むと地面に叩き付ける。そしてフラスコのような砲身に噛みつくと、球体の部分を割いて中からナニかを見つけ出す。
「やめろぉおおお! それは我が国の秘宝だぁああああ!」
エレファゼルがグリズリーの足元で叫ぶが、すでにソレは咥えられ牙を立てようとしていた。
「あ、あれは……」
僕はグリズリーが咥えているナニを見て驚愕する。
巨大なクリスタルの塊の中に制服姿の霞が見える。
グリズリーが兵器から取り出した物は邪神の封印だったのだ。
「ぐるぁああああああああああ!」
強靭な顎で霞のクリスタルをかみ砕こうとしている。
僕はすぐに絨毯を移動させ、王国側へ退避を始めた。
「あら? 戦わないの?」
「それどころじゃない、アレが砕けるとこの辺りは吹き飛ぶんだ」
リリスは不思議そうな顔だが、一度破壊したことのある僕には結果が見えていた。まぁ僕の代わりに破壊してくれるのはありがたい。封印を破壊しないと霞には会えないのだから。
「わぅうう!」
ロキが地上を見ながら吠えていた。
下を見ると、真紅のローブを纏った男性が倒れている。
「もしかして生きているの?」
「わんっ!」
絨毯を急降下させると、地面すれすれで男性を回収する。
どんっと背後から体を揺らすような音が聞こえた。とうとうグリズリーが封印をかみ砕いたのだろう。僕は振り返ることもなく、一気に絨毯の速度を上げる。
「ちょっと! ちょっと! なによアレ!?」
リリスが叫んでいるが、きっと衝撃波がこちらへ来ているのだろう。そっと後ろを見てみると、凄まじい光景が出現していた。
茶色い壁のような土煙が、僕たちを追いかけて範囲を広げていた。地面にある木々や何もかもが吹き飛ばされ、空へと巻き上げられる。爆心地では、雲まで届きそうなほどのキノコ雲が立ち昇り、解放されたエネルギーがどれほどだったのかを物語っている。
逃げ続けていた僕たちの後ろから、空気の壁がぶつかり絨毯を激しく揺らす。風に舞う木の葉のようにグルグルと回転すると、滑り込むようにして王国軍本営のど真ん中へ不時着した。
「いたたた……」
「もう、ちゃんと操作しなさいよ! びっくりしたじゃない!」
そう言いつつもリリスはロキを抱いてしっかりと立っている。さすが魔族と言うべきか、バランス感覚はずば抜けているようだ。
あっ! 拾った人は大丈夫!?
絨毯の近くに倒れていたのですぐに抱き起すと、それが誰なのかようやく気が付くこととなった。そう、英雄のフィリップ・ライゼルだったのだ。
「フィリップさん、大丈夫ですか!?」
「うっ……その声は英雄の大友か?」
フィリップさんは額を押さえつつ体を起こすと、わずかに開いた目で僕を確認した。
「ええ、でもどうしてあんな場所に……」
「たいしたことではない、裏切者のゲルドと戦って魔力欠乏になっただけだ。それよりも貴殿は私を救ってくれたのだな」
「僕よりもロキを褒めてあげてください。僕だったら見逃していただろう貴方を、ロキは見つけてくれましたから」
「そうか……ロキ殿に感謝する」
彼は目の前にやってきたロキに深々と頭を下げた。
遠くを見ると、空には茶色いキノコ雲が昇っている。なんとか逃げられたみたいだけど、この辺りまで衝撃は及んでいるようだった。
本営の中は混乱状態であり、兵士達が吹き飛ばされた物品を拾い集め、新たな怪我人には応急手当が行われている。不時着した僕たちに関わっている暇がない様子だった。
空を見上げるリリスは、顎に人差し指を置いて少し考えると意地悪な笑みを浮かべる。
「これって王国が勝ったってことじゃない?」
「うん、あの爆発でグリズリーが原型をとどめているとは思えないし、帝国軍も同じように消えたと思う」
「そう、じゃあやっと屋敷に帰れるわね」
帰れるかは分からないけど、確かに戦争は終わったと思う。肝心の帝国軍がもういないからね。でも、さっきからずっと嫌な気配を感じている。
「なんだあれは!?」
誰かの声に爆発があった方角を見ると、未だもうもうと上がる煙をかき分けて巨大な生き物が姿を現した。
百mもあろう身長に、引き締まった筋肉が見事に隆起している。全身は黒く、顔の半分を埋める大きな一つ目がぎょろりと視界を確認する。足を下ろすたびに地面は激しく揺れ、王国軍は誰もが呆然と見上げたまま固まっていた。
「まさか……」
「そのまさかみたいね。きっと破壊した石から大量の魔素を吸収したのよ。桁違いに成長したのはそれが原因ね」
リリスの言葉に頭を抱えたくなった。どう考えてもアレの出現の原因は僕にある。とするなら僕が片を付けるべきだろう。
「リリス、僕はアレと戦うよ」
「……面倒だけど付き合ってあげるわ。死なれると困るもの」
彼女はそっぽを向いてそう言った。いつも面倒と言いながらも僕を助けてくれる彼女には感謝したい。これが終われば好きなだけ紅茶とお菓子を食べさせてあげようかな。
「大友殿! 帰還していたか!」
声に振り向くと、ゴリラ―ド将軍の姿があった。
「将軍もご無事で何よりです」
「うむ、それよりもあの巨人はなんだ? とてつもない爆発の後に現れたようだが……」
「奴は僕が倒します。将軍は兵士や冒険者達を退避させてもらえますか?」
「それは構わないが……貴殿はアレを倒せるのか?」
将軍の言葉に僕は力を解き放つ。
【
光り輝く日本式の鎧が全身を覆い隠し、闘気によって強化された肉体からは赤いオーラが漂う。さらに背中から物質化した闘気の腕が生え、愛槍であるアストロゲイムにも闘気が宿った。
「その姿は……」
「これが僕の本気です。きっと勝って見せます」
「…………承知した。だが決して死ぬなよ」
「はい」
僕が返事をすると、将軍は小さく笑い兵士達に退去を命じ始める。この戦いは僕に任されたと言う事だ。
「その姿は初めて見るけど、まるで魔族の
「うん、これはオリアスを参考にしたんだ。大迷宮では随分と命を救われたよ」
「じゃあ私の
リリスの身体を黒き風が覆うと、その下から姿を変えた彼女が現れた。
美しいほど照り光る純黒の鎧が、リリスのスタイルに合わせてぴったりと装着されていた。その背中には生物と機械を融合させたような、美しくも無機質な翼が彼女の魅力をますます引き立てている。
「やっぱり僕と戦った時は本気じゃなかったんだね」
「もういいでしょその話は」
顔を赤くしたリリスはそっぽを向いた。きっと奥の手を出さなくても勝てる、と思った当時の自分に恥ずかしさを感じたんだと思う。
「じゃあそろそろ行くよ」
「ええ、いつでもいいわ」
「お二人ともお気を付けて」
「わうぅぅ!」
フィリップさんと足元に居るロキが見送ってくれる。
それだけで僕の心は熱くなった。
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