79話 「最強の生物」
アビスタイタンへ向けて飛び発った僕達は、その大きさに圧倒された。
「すごい大きさだね。遠近感が狂いそうだよ」
「それよりもどうするつもりなの。下手な攻撃をしても再生するだけよ?」
「うん、でも奴を野放しには出来ない。きっと勝つ方法があると思うんだ」
以前のアビスタイタンなら、僕の力だけで倒せただろう。でも今の奴は全ての能力がけた外れに強化されている。もし倒せるとすれば、あの紫の力だろう。
アストロゲイムに魔力と闘気を通わせると、覆っていた赤いオーラが紫へと変わる。以前のアビスタイタンと戦った時に偶然見つけたこの方法だけど、きっと今回も奴を倒すために役立ってくれると思う。
アビスタイタンは現れてからずっと動かない。しきりに辺りを窺い何かを探しているようだった。大きな目がぎょろぎょろと動くと、焦点が僕へと固定された。
「ぐおおおおおおお!」
奴の咆哮は五月蠅いと言うものではない。音の津波だ。空気が振動して爆音のように押し寄せてくる。僕とリリスは思わず耳を塞いだ。
「ちょっと、あいつこっちを見ているわよ!?」
「ロックオンされたみたいだ! ひとまず二手に分かれて攻撃をしよう!」
僕とリリスは右と左に分かれると、高速で宙を舞う。それでも奴の眼は完全に僕だけを捉えていた。
ゆっくりと右腕が上がり、僕を掴もうと手の平を広げる。まるで自分が蚊になったかのような気分だ。手の平を避けると、奴の腕に槍の矛先を走らせながら加速を続ける。
「ぐああああああ!」
悲鳴に近い声を出してアビスタイタンは怯む。確かに僕の攻撃が効いているようだ。予想よりも早く倒せるかもしれない。
――が、奴の想像絶する攻撃が始まった。
まるで人間の皮膚のようなアビスタイタンの腕は、鱗が逆立つように波打つと、視界を埋め尽くすほどの大量の触手が僕に向かって動き出した。
「ぐぁあああああ!?」
膨大な数の触手が僕を絡めとると、万力のように締め上げる。次々に触手が殺到し、ボール状に僕を取り囲んだ。このまま圧殺するつもりなのだろう。
押し寄せる触手の壁になんとか背中の腕で対抗するが、外から新たな触手が次々に覆いかぶさり、少しずつ壁が迫ってきていた。自分が強くなったと油断していたことを強く反省した。
「達也! 何をしているのよ!」
外からリリスの声が聞こえ、同時に壁が激しく揺れる。きっと助けようと攻撃をしてくれているのだろう。
「もう、なんなのこの触手! 気持ち悪い!」
「リリス、僕のことはいいから奴を倒して!」
「嫌よ! 達也が死んだら意味がないじゃない!」
彼女の怒りが頂点に達したのか、外から激烈な気配が伝わってきた。直後に壁が激しく揺れる。触手たちは力を緩め、切られたトカゲの尻尾のようにびちびちと動く。
あれ? この浮遊感……。
そう思って数秒後に衝撃が伝わってきた。
「達也! どこなの!」
触手をかき分けるリリスが、僕を見つけて外へ引きずり出す。
「ぷっはぁ! 助かった……」
地面に落ちた巨人の片腕から僕は救い出された。どうやらリリスは腕ごと切り落としたみたいだ。
「ありが――むがっ!?」
リリスは無言のまま僕を抱きしめた。
「リ、リリス?」
「……まだやるんでしょ?」
「う、うん、そうだけど」
僕を解放した彼女は怒気を放っていた。その眼は怒りに満ちている。
「よくも達也を殺そうとしたわね。許さない」
猛スピードで飛び発った彼女は、まるで黒い閃光のようにアビスタイタンへ攻撃を加える。次々と繰り出す一撃は、巨人をサンドバックのように無防備にさせた。
「僕も戦わないと」
遅れて飛び発つ僕も、飛行速度を上げて巨人へ攻撃を始める。
槍を突き刺すと、巨人の触手はびくびくと震えて消滅する。この紫のオーラがやはり効いているようだ。
「ぐあああああああ!」
アビスタイタンは地面に片膝をついた。少しづつだけどダメージが蓄積しているのだろう。チャンスとばかりに奴の眼を狙って加速すると、すぐに違和感に気が付いて停止する。
「達也! 様子がおかしいわ!」
「口元が光っている! 何か出すつもりだ!」
すぐに奴の目の前から離脱すると、口から極太の黒いビームが吐き出される。空を走ったビームは、そのまま近くの山を丸くえぐりとった。
それだけではない。リリスが切り落としたはずの腕は、奴の足元に這い寄り吸収される。切られたはずの右腕は触手が生え、腕を形作ると元の状態へと再生したのだ。
「正真正銘の化け物ね……」
「また最初からか。でもダメージは残っている筈だ」
そう言いつつも不安がよぎる。あれだけの再生能力を持っている奴に、僕達は本当に勝てるのだろうか?
そう思っていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「うぉぉぉおおおお!」
巨人の足元で斧を叩き付けるのはアーノルドさんだ。触手は斧によって切断され、しばらくすると死んだように動かなくなった。
「ふははははは! 俺の筋肉に怯えるが良い!」
僕は逃げてくださいと声をかけようとすると、別の場所から声が聞こえる。
「いける! どうやらこの触手は闘気に弱いようだな!」
フィルティーさんが猛然と剣を振るい、反対側の足に攻撃を加えていた。彼女の足元には息絶えた触手が散乱しており、わずかだが確実に巨人の身体を削り取っている。
「おりゃあ! 重力剣!」
駆け付けたアーストさんが巨人の足に剣を振り下ろす。
「ダイヤモンドブレード!」
触手を切り刻むのは英雄のカエサルさん。刀身の周りにダイヤモンドが覆うように刃を成し、まるで聖剣と言ってもいいほど美しく反射光をまき散らしていた。
どうしてみんなが此処に……。
そんなことを思うと背後から強い気配を感じた。
「
僕の横を風の矢が通り過ぎ、巨人の眼へ突き刺さる。
暴風が吹き荒れ巨人の眼は吹き飛ぶ。
アレは確か、ロビンさんの技だ。
後ろを見ると、巨大な物がこちらへ近づいていた。
上には大きな白い楕円形の風船のようなものが浮いており、ぶら下がるようにして設置されている船のような乗り物がそれが何なのかを知らせた。
「こんなことだろうと思って、完成を急がせた甲斐があったの」
船から僕たちを見ているのはグリム様だった。子供のような笑みを浮かべ、白いひげを撫でている。
「グリム様!」
船へ降り立った僕達はグリム様へ声をかける。
「おお、大友じゃな」
「これはどうしたんですか!?」
「どうもなにも、お主が持ってきた本とリンディニウムの魔石によって製造された飛行船だ。儂は今回の戦争の戦力として、少し前から製造に取り掛かっていた。急いだとは言え少々遅れてしまったがな」
そう、僕が驚いているのは飛行船だ。まさかこんなにも早く実物を見られるとは思っていなかった。
「賢者グリムよ、あまり近づくと先ほどの光を放たれるぞ」
グリム様に声をかけたのは、弓を構えるロビンさんだった。彼は船の先端に立ち、休むことなく矢を放ち続ける。
「ふむ、そうじゃの。おい、操縦者。このままの距離を維持しろ」
「かしこまりました」
グリム様の声に、舵を握った赤い鎧の騎士が返答する。急展開に僕は唖然としていた。
「これ、ぼーっとするでない」
杖で頭を叩かれてはっとする。
「そうです、ここは危険ですから撤退してください! あの巨人は強力な攻撃を持っているんですよ!」
「そうしたいところだが、アレを倒すにはお主たちだけでは無理だ」
「ど、どうしてですか?」
グリム様は杖を巨人に向けると、ゆっくりと話し始めた。
「アレは今より遥か一万年前に地上を蹂躙した邪神の兵だ。多くの魔獣に寄生し、当時の文明を滅びへと導いたのじゃ。じゃが、同時に当時の文明もまた邪神の兵達に勝利した。いうなれば痛み分けじゃな。勝利した理由に、邪神の兵には致命的な弱点があったとされておる」
「じゃあその弱点を突けばいいんですね! それでその弱点とは!?」
「弱点は闘気――氣だ。氣とは”生の属性”である。生物ならほとんどが持っているだろう。だが、邪神の兵は正反対の性質を持っているのじゃ。それを儂は”死の属性”と呼んでおる。奴を真に倒すには生の属性をぶつけるしかない」
なるほど、氣とは生の属性だったのか。でももしそうだとしても、あれだけの物量を誇る巨人に勝つには心許ない気がする。
「よって儂はグラグランを呼び出すつもりじゃ」
「…………え? グラグランですか?」
「この世界で最強の生物であり、生の属性の塊であるグラグランを呼び出すことであの巨人を倒すのじゃ」
「でもどうやって?」
グリム様は左手を見せると、闘気が渦巻き球へと変じた。そのスムーズな氣の練り方に僕は驚かされる。
「グラグランは生の属性を好み、死の属性すらも食らう。しかし、そんな奴でも嫌うものが存在する。それがこれだ」
グリム様の手の上にあった闘気の球が紫に染まる。
「これは魔力と氣を練り合わせた術。名は”魔闘術”と呼ばれ、闘術と魔術の禁忌とされているものだ」
「禁忌ですか?」
「これはあまりにも危険な力であり、神の領域に立ち入る力だと言われておる。かつて邪神を封じた女神も、この力の使用を固く禁じておったそうじゃ」
そんなにも危険な力だったのか。道理でアビスタイタンにダメージを与えるはずだ。でも奴を倒すには、これだけでは足りない気もする。
「さて本題じゃが、グラグランはこの魔闘術を嫌っておる。それはもう攻撃を仕掛けるほどにな。儂や大友がこの力を使えば、怒り狂ったグラグランが釣れるとは思わぬか?」
「じゃあ僕が餌になれば……」
「無論そうなるが、儂も協力せねばなるまい。グラグランは地中のはるか下におる。誘い出すには、二人以上の魔闘術の波動が共鳴し合わねばならぬのじゃ」
共鳴の方法を聞こうとして、ロビンさんが僕たちに叫んだ。
「巨人が動き出すぞ!」
「む、こうしてはおれぬな。お前たちは時間を稼げ。儂はグラグランを誘い出すために、魔闘術を練り上げる」
「え、でもすぐにできるんじゃぁ……」
そう言うと杖でポカッと殴られる。
「それはお主だからだ! 簡単に魔闘術を覚えよって! 儂ですら魔闘術を練り上げるのに労力を使うのだぞ!」
グリム様はポカポカと何度も頭を殴るので、僕とリリスは飛行船から飛び出した。僕は賢者様の怒りを買ったようだ。
でもそんなに難しいことかな?
気を引き締めて巨人を見ると、奴は立ち上がり地面に足を振り下ろしていた。みんなの攻撃が効いているのだろう。ただし潰れた筈の眼は復元していた。
「リリス、僕たちも攻撃を続けるよ!」
「仕方がないわね」
二人で加速すると、巨人の顔の周りを飛び回る。耳や頭頂部に攻撃を加えつつ、奴の意識が僕らに向かうように仕向けるのだ。
「ぐああああああああ!」
腕を振り乱し、僕とリリスを捕まえようとする。けど、スピードに乗った僕とリリスを奴は捉えきれていなかった。それどころか、自分が出した拳に自分で当たるという間抜けな行動まで見せてくれる。
でも、それも終わりを迎えた。
「地震だ! 逃げろ!」
巨人の足元に居るアーノルドさんが叫ぶと皆が逃げ出した。
僕の手元にあるアストロゲイムと、グリム様の紫の球体が共鳴し合うように脈動すると地震はさらに大きくなる。何かがここへ近づいているのだ。
「大友、魔闘術を解いてそこから逃げるのじゃ!」
グリム様の叫び声に僕とリリスは巨人から退避した。
地面から虹色の光が昇り始め、巨人を足元から飲み込んで行く。光の奔流は雲を超え、そして大樹のように枝を伸ばす。
いつしか虹色の樹が生えていた。
「これがグラグラン……」
僕はその光景に見入っていた。美しく幻想的な異世界の姿だ。
「綺麗ね……」
リリスもグラグランを見て感動をした様子だった。
最強の生物であるグラグランは、空に輝きを放ち続ける。
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