77話 「乱入者」
王国軍と天狼傭兵団が交戦を始めるも、その状況は王国側に不利だった。
多くの兵士が火傷や、消耗により疲弊している。何より精神的ダメージが大きかったのだ。
加えて傭兵団の構成員はいずれも猛者ぞろいであり、弱った王国軍など足止めにもならない。それでも兵は混乱した状況下で、懸命に剣や槍を振るい応戦する。
「おらおら! 邪魔だ!」
傭兵団のリーダーであるガルダスは、大剣を振り兵たちを雑草の如く薙ぎ払う。凄まじい猛攻に誰も近づけない。怒涛の奇襲である。
「調子に乗るな!」
巨斧を振り下ろしガルダスへ肉薄するのはブルースだった。
大剣で巨斧を防いだものの、強烈な一撃にガルダスは馬から吹き飛ばされる。
「おっと、その顔はエクスペル家の三男ってところか?」
地面を転がるように着地すると、カルダスはすぐに剣を構えて相対する。
「天狼傭兵団のガルダスだな? 少し前に王国でチョロチョロしているのは知っていた。どうせ僕の事も調べたんだろ?」
「正解だ。俺達は今回の戦争の為に、少し前から準備を進めていた。当然、エクスペル家の三男坊も耳にしたさ。最年少で軍団長になったんだって?」
「そうだね、僕はエクスペル家のブルースさ。ところで君が殺した兵士達は僕の部下なんだ。どう責任をとってくれるかな?」
「さぁ?」
ガルダスは肩を
「まぁいいや。君を殺せばいいだけの話だしね」
ブルースが跳躍すると、体よりも大きな巨斧が軽々と振り下ろされた。斧が着地した瞬間に放たれる轟音。その威力は岩をも砕き、周囲の地面を粉砕する。
攻撃を躱したガルダスは口笛を吹いた。
「スゲェ攻撃だ。さすが英雄候補のブルース・エクスペルだな」
「御託はいいよ。もしかして、君は逃げるしか能がないのかい?」
「そうだな、それじゃあ天狼傭兵団のガルダスってのを教えてやるか」
大剣を構えたガルダスは、見た目とはかけ離れた素早い動きで駆け出す。
振り下ろした剣を巨斧で防ぐものの、剣圧は重くブルースは僅かに後ろへと下がる。
「ボディががら空きだぜ!」
ガルダスの蹴りがブルースに直撃し、一気に攻守は逆転した。
追い打ちをかけるようにガルダスの連撃がブルースに襲い掛かり、巨斧で盾にしつつも勢いに押され始める。
「くっ、予想以上に強い……」
「どうした坊ちゃん! 英雄候補ってのはこんなものなのか!? あ!?」
空気を切り裂くような剣速に、攻撃をさせる暇を与えない連撃はブルースを苦しめる。互いの間に火花が散り、甲高い音が木霊した。
「ブルース!」
二人に割って入ったのはアーノルドだ。振り下ろされた大剣をアーノルドの斧が弾き飛ばす。
「兄さん!?」
「お前は他の敵を片付けろ。こいつは俺が相手する」
「でも、兄さんは……」
アーノルドはブルースの肩を掴むと笑みを見せる。
「俺がお前より弱かったのは昔の話だ。今の俺は強い」
自信の満ちた言葉にブルースは頷いた。それだけの気配を纏ったからだ。
「でも兄さん、気を付けて。奴は見た目とは違ってスピードタイプだよ」
「それなら無用だ。俺もスピードタイプだからな。ふははははは!」
アーノルドは斧を構えると、ガルダスへ一瞬で肉薄した。
「うぉっ!?」
突然の出現にガルダスはギリギリで繰り出された斧を躱す。
「ふむ、今のを避けるか。ならば」
アーノルドの身体に赤いオーラがうっすらと浮き上がる。斧にもオーラは伝わり、周囲に強烈な気配が吹き荒れた。
「……お前は何者だ?」
そう問うガルダスの表情は、先ほどとは打って変わり緊張していた。
王国で調べた注意人物の中に、目の前の人物はいなかったからだ。
「俺はアーノルド・エクスペル。日輪の翼の副団長にして、のちの大英雄大友達也の一の奴隷だ。覚えておくと良い」
ゆっくりと振り下ろした斧は闘気を纏い、地面に接触した途端に内包するエネルギーを放出する。
「斧闘術 バーストブレイク!」
周囲に衝撃波が放たれ、地面は直径十mほど陥没した。轟音は戦場へ響き、敵味方すべてを弾き飛ばす。辛うじて耐えたガルダスは、あまりの威力に目を見開いた。
「マジかよ……」
「ふはははは! とうとう成功したぞ! 後で主人に教えてやらねばならぬな!」
アーノルドはポージングを始めると、白い歯を見せてスマイルした。
「兄さんすごいよ!」
光景を見ていたブルースはアーノルドへ抱き着く。その眼はうっとりとしており、息遣いは荒い。
「ええい、やめろ! お前は他の敵を倒して来い!」
弟を自身から引き離すと、怯えたようにブルースから距離をとった。
「兄さんがいれば安心だね! 僕は軍を助けてくるよ!」
「う、うむ。早く行ってくれ……」
駆け出したブルースは別の戦いの場へと消えていく。
背中を見送ったあと、アーノルドは再び斧を構えた。未だ臨戦態勢のガルダスとの為に。
「どうした? かかって来ないのか? オリアスの時のように逃げてもいいのだぞ?」
「へっ、あの時は魔族とやらが、どの程度か知りたかっただけだからな。けど、今回は違う。傭兵団は戦で食っているんだ、それから逃げちまえば信用がガタ落ちだろ?」
「それもそうだな。ならば正々堂々と戦おうではないか」
「いいぜ、正々堂々とだ」
ガルダスがアーノルドへ剣を振り下ろすと、眼にもとまらぬ素早い動きで後ろへ回り込む。すぐさま後ろ蹴りが繰り出されるものの、足を片手で掴みガルダスを軽々と放り投げた。
地面に転びつつ、すぐに立ち上がったガルダスは意味深な笑みを浮かべる。
「言い忘れたが、俺は少し特殊な属性を持っているんだ」
「特殊な属性?」
「ああ、俺の属性は毒だ」
「毒?」
途端にアーノルドは片膝をついた。身体が痺れ始め、眩暈が彼を襲ったのだ。
「俺の魔力はそれ自体が毒でな、魔法陣がなくとも自由に効果を発揮できる特殊なものだ。その代り、属性的な魔法は使えないが切り札にはいいだろう?」
ガルダスはアーノルドを蹴ると、ニヤニヤと見下ろす。
「うぐっ……毒とは卑怯な……」
「何を言っていやがる。戦場では勝利した者が正義だ。これが俺の正々堂々なんだよ」
アーノルドの腹部を踏みつけると、肩に担いでいた大剣を構える。狙いは首に定められており、振り上げた剣は冷酷に命を刈ろうとしていた。
「そうはさせん!」
振り下ろされた剣を斧で受け止めると、腕力のみで強引にガルダスを跳ね飛ばす。そして、アーノルドは若干ふらついた動きで立ち上がった。
地面に着地したガルダスは、その様子を見て舌打ちする。
「なぜ立ち上がれる? 俺の毒は数秒で身動きが取れなくなるはずだぞ」
「ふん、お前に切り札があるように俺にもあるのだ」
アーノルドは手の平を見せた。そこには複雑に描かれた魔法陣が刻まれている。
「魔法だと? それこそありえねぇ」
「俺が唯一使える魔法は”身体向上”だけだ。もちろん向上するのは筋力だけではない」
「そうか、回復力を上げたのか……脳みそまで筋肉で出来ているというわけではなさそうだな……」
ガルダスは悔しさを滲ませて剣を鞘に納めた。
「む? どういうつもりだ?」
「どうもねぇ。これ以上やっても俺に勝ち目はねぇみたいだしな。お前は強い。強い奴が身体向上なんて使っちまえば、どうあがいても俺の負けだ」
「しかし、お前も身体向上の魔法陣くらいは持っているのだろう? この魔法は一般的なものではないか」
「残念だがもう使っている。それで勝てねぇと踏んだ」
ガルダスは団員たちへ号令をかけると、馬に乗ってアーノルドに視線を向ける。
「俺達は今回の戦は諦めるが、お前たちは十分に気を付けることだな。帝国は妙な物を持ち出しているからよ」
「妙な物とはなんだ?」
「それは自分で確かめろ。じゃあな」
ガルダスの命令により、急速に天狼傭兵団は離脱し始めた。
しかし、すでに王国軍は戦える者が十二万にまで減り、多くの負傷者を出す手痛い戦いとなってしまった。結果だけを見れば天狼傭兵団の勝利である。
「このまま戦うか、後退するか……」
惨状を見て将軍ゴリラ―ドは呟く。残存兵力は十二万だが、とても戦えるような体力は残されていない。
――が、ゴリラ―ドは違和感を感じ取る。
なぜ、この好機に帝国兵は攻めてこないのかと言う事だ。
現在、王国軍は罠により疲弊し、傭兵団の奇襲により弱体化している。まさに攻め時だ。なのに王国軍を放置している。
将軍は帝国軍へ目を向けると、その謎が解けた。
巨大な獣が帝国軍本営で暴れ回っているのだ。
その体は何キロも離れているにもかかわらず地平線に見えている。
ゴリラ―ドは幸運に救われたと胸をなでおろす。
「だが、あの生き物はなんだ? 魔獣……いや、魔物か?」
遠くを観察する将軍へ、ブルースが駆け寄ると片膝をついた。
「閣下、我が軍はすでに動けるものが限られております。今日はひとまず後退してはどうでしょうか?」
「……よかろう。では今日は本営へ戻る。ただ、いつでも戦える準備はしておけ、帝国軍を強襲している生き物がこちらに来ないとも限らないからな」
「御意」
王国軍はすぐさま後退準備に移ると、本営へと移動を開始した。
◇
僕はリリスを連れて帝国軍側へやって来ていた。
傭兵団はメンバーで対応できるとして、これを好機に帝国軍が一気に攻勢に出ると思ったからだ。その足止めに僕はやってきたのだが、目の前の光景に驚きを隠せない。
地面には大きな足跡が残され、食い散らかされたように人の死体が転がっている。その数は百や千ではない、万の死体が地面を埋め尽くす。
遠くに見える帝国軍本営では、赤黒い獣が激しい魔法攻撃にさらされながらも、鈍重な腕を振るって兵士達を薙ぎ払った。怪獣映画を見ているような錯覚さえ起こす。
「ねぇ、アレ何?」
「僕にも分からない。ただ、見覚えのあるシルエットなんだけど……」
どこかで見たことがある。それがどこだったか思い出せないのだ。つい最近、見たことがあるようなないような。もっと近づいてみれば分かると思うけど、帝国軍を荒らしてくれているのなら、わざわざそこまでする必要もない気がする。
そう思っていたけど、巨大な獣はなぜか僕たちの方へ体を向けた。
「ぐるあぁぁぁあああああ!」
咆哮が轟き、猛然とこちらへ走り始めた。僕はすぐに魔法の絨毯を創ると、リリスを乗せて上空へ逃げる。
「ねぇ、あいつ私たちを見ているわよ」
「え? どう言う事?」
「そんな事知らないわよ、でも私たちを追いかけてきているのは確かじゃない」
下を見ると、確かに巨大な獣が僕たちの後を追いかけてきていた。
赤黒い毛に、三本の前足が際立っている。右前足は一本だけ肘から無くなっており、元々四本の前足を持っていたことが理解できる。風貌は熊と言えば一番分かりやすいが、大きさは全長約五十m程もあり、恐ろしいほど凶暴な気配を纏っていた。
……あれ?
…………もしかして、ヘルグリズリー?
ようやくサナルジア大迷宮に居た大熊を思い出し戦慄した。
右前足の一本がないのは、僕が奪ったからだ。突進してくるのは恨みを持っているからだ。
あのヘルグリズリーと分かると、言いようのない恐怖を感じた。奴は最下層まで行き、海底洞窟を超えて地上に上がってきたのだ。目的は復讐を果たす為。
「ひぃいいい!」
「ちょ、急に速度を上げないで!」
僕は旋回を繰り返すと、帝国本営に向かって逃げ始める。
熊が獲物に執着すると言う事は聞いたことがあるけど、此処まで追いかけてくるなんて信じられない。確かに思い起こせば、アビスタイタンの巣に飛び込んだ時もヘルグリズリーは仲間を連れて追いかけてきた。ずっと僕を狙っていたのだ。
「ぐるあぁああああああ!」
奴は僕を追いかけて確実に着いて来ていた。足元に居る帝国兵など気にもせず、僕だけを見ている。
「あはははっ! これいいじゃない! このまま帝国を潰してしまえばいいわ!」
下を覗くリリスはのんきなことを言ってるけど、それだけで終われば苦労はしない。きっとあのグリズリーは、地の果てまで僕を追いかけてくるはずだ。
もちろん今の僕なら勝てないこともない。でも、記憶が正しければ、あのグリズリーは二回りほど大きくなっている。以前よりも強くなっていると考えた方がいいだろう。リヴァイアサンほどでなくとも、手こずることは確実だ。
「ねぇ、あれはなにかしら?」
リリスが指をさした方角には、奇妙なものが置かれていた。
フラスコを横にしたような形の物が大きな台車に乗せられている。全体はメタリックで、継ぎ目のない一塊の金属から造り出したかのように、銀色に光を反射していた。
フラスコの口の部分にはやはり穴が空いており、僕は一目で”大砲”だと認識する。
ただ、大砲にしては形がおかしい。仕組み的なものそうだが、なによりフラスコの膨らんだ部分に強烈な圧力を感じたからだ。
帝国兵達はわらわらと大砲へ近づくと、砲身をヘルグリズリーへと向ける。
「不味いかもしれない。急上昇するよ」
リリスにそう言うと、絨毯を一気に上昇させた。
直後、地上では眩いほどの光が溢れる。
青い閃光が大砲から発射され、遥か上空へ直進。雲を消し飛ばし、空の彼方へ光は伸びると消えて行く。まるでビーム砲のようだ。
直撃したヘルグリズリーは腹部に大きな穴が出来ており、轟音をたてて地面に倒れた。
光景を見ていた僕は冷や汗を流す。
帝国は僕たちの想像を超える、強力な兵器を持っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます