76話 「英雄VS英雄」
「見た感じでは……二十四万くらいかな?」
望遠鏡を覗く僕は帝国軍を見て予想を口にする。
「正解です。昨夜の夜襲により戦闘不能になった五万を手当てするために、兵の一万を割いていると思われます。おまけに多くの物資をリリス様の魔法により失ったと考えますと、向こうの事情はかなり苦しいはずです」
バートンさんの言葉に苦笑した。
昨日の夜襲でリリスがかなり大きな魔法を連発していたから、兵士だけでなく多くの物資も巻き込まれてしまったようだ。その証拠に王国軍の本営近くには箱入りのジャガイモが散乱していた。おかげで朝から本営では、食料が降ってきたと兵士が喜んでいる。
「今日の帝国の動きは予測できますか?」
「まだ何とも言えませんね。向こうにも参謀が居ると考えると、一筋縄ではいかないでしょう。トラップや奇襲を用意している可能性は十分にあり得ます」
「トラップ? こんな開けた場所なのに?」
「そこが盲点なのです。他の国ではかつて、魔法により落とし穴を作って一万もの兵を戦闘不能へ追い込みました。単純ですが、こういったトラップは強力なのです」
バートンさんは博識だ。僕は素人だし、戦術や戦略なんて思いつかない。簡単なトラップくらいなら魔法でどうにかできるけど、戦場を混乱させる原因になるのも避けたいところ。
「わうっ!」
僕の頭の上でロキが鳴いた。
周りを見ると、整列していた兵が陣形を整え始める。間もなく今日の戦いが始まるようだ。すでに日輪の翼は右後方へ配置されており、昨日と同じポジションで戦う予定である。
「ロキ、危ないからテントに戻ってよ」
「わうううっ!」
頭の上でしがみつくロキはイヤイヤと首を振る。昨日はずっと本営でお留守番していたのが気に食わなかったのだろう。一応、ロキを頭から剥がそうとしてみるものの、がっちりと爪を立ててしがみつく。もういいや。
「危なくなったら逃げるんだよ?」
「わうっ!」
ロキは子犬に見えてその身体能力は高い。僕の頭の上でも振り落とされないし、アーノルドさんやフィルティーさんの攻撃すら避けるほどの動体視力と機動性を秘めている。避けられたフィルティーさんは落ち込んでいたけどね。
「主よ、気のせいかもしれないが油臭くないか?」
アーノルドさんの言葉に僕も臭いを嗅いでみる。
「確かに少し臭いますね。向こうは朝食に油でも使ったのかな?」
バートンさんも臭いを嗅ぐと少し考えてから口を開いた。
「……大友さん、我々は全軍とは別行動を行いましょう」
「え? 急にどうしたんですかバートンさん」
「いえ、もしかすれば敵の狙いがつかめたかもしれません」
「狙いですか?」
彼が頷くと、手の平に火の玉が現れる。
「敵の狙いは”火”ですよ」
「火?」
「ええ、言うなれば火計ですね。ですが今から将軍に警告するのはタイミングが遅すぎます。それよりも我々は、火計に巻き込まれずに全軍を助ける方向で動きましょう」
バートンさんはそう言いつつ、手の平に出した火の玉を握りつぶした。
そして、戦いの始まりを告げるラッパが吹き鳴らされた。
◇
王国軍は夜襲の成功により、昨日よりも勇み足で帝国軍とぶつかった。
士気の高さもあってか、帝国軍を圧倒し東側へ押し込む事に成功。
その後、後退し始めた帝国軍を追いかけるように王国軍は前進を始める。
だが、違和感に気が付いた将軍ゴリラ―ドは、すぐに後退を命令するも時はすでに遅し。帝国軍は火を放ち、みるみるうちに王国軍を火の海が取り囲む状況となってしまう。
「しまった! 火計か! 脱出できる箇所はないか!?」
「閣下! 完全に包囲されています!」
慌て始める王国軍へ追い打ちをかけるかの如く、取り囲んでいた炎が蛇のように蠢いた。天に伸びる炎の触手が、兵士を絡めとり焼き殺す。
それを見たゴリラ―ド将軍は舌打ちをする。
「ただの炎ではないという訳か……」
「閣下、このままでは…………」
「狼狽えるな! 向こうが魔法で来るというのなら、こちらも魔法で対抗するだけだ! 魔法部隊攻撃開始!」
王国軍側で抵抗が始まると、それを観察していた男が笑い始めた。
「うはっはっはっ! 私のオリジナル魔法である
高笑いするゲルドに、将軍エレファゼルは不機嫌な表情だった。
「ゲルド殿、わざわざ貴重な油を使ったのだ、これで勝負を決めてもらわねば困るぞ」
「無論だ。私の大魔法にかかれば――む!?」
王国軍を取り巻く炎から、赤い鳥が飛び出す。その大きさは翼を広げた状態で二十mにも及び、鳥の身体は真紅の炎で出来ていた。
ゲルドは炎の蛇を創り出すと、頭部に飛び乗り鳥へ攻撃を仕掛ける。
吐き出される火炎放射を鳥は華麗に避けると、翼から放たれる熱風によって地面は焦がされ帝国兵たちは逃げ始めた。
「フィリップ・ライゼル! 貴様もこの戦争に来ていたのか!」
ゲルドが叫ぶと、鳥の背に乗ったフィリップが叫ぶ。
「当然だ! 私は英雄フィリップだぞ! 裏切者の君とは一緒にしないでほしい物だ!」
「戯言を! 同じ炎系魔法使いとして引導を渡してやる!」
「あはははっ! やってみれば良いさ! 卑怯者の君に出来ればだけどね!」
炎の蛇が吐き出す火炎放射は、執拗にフィリップが乗った鳥を狙うが無規則な軌道を描きながらひらひらと避け続ける。
「くっ! やはり相性が悪いか! ならばこれでどうだ!」
ゲルドが杖を振りかざすと、地面からいくつもの火柱が上がり蛇のようにグネグネと動き始める。
「相変わらずイヤらしい手を使う。けど、君は私に勝てたことがあったかな?」
真紅のローブを風になびかせてフィリップは笑った。その手に握った杖を掲げると、周囲に何百羽という炎の小鳥が出現する。
「いけ、我が魔法。
小鳥たちはまるで一つの生き物のように群を成して飛び始めると、炎の柱を掻い潜りゲルドへ直撃する。連続する小さな爆発に、ゲルドの乗っていた蛇は掻き消え、地面に落ちてもなお小鳥たちは突撃する。土煙と黒煙が昇り熱風が吹き荒れた。
「ふぐっ……おのれ……フィリップめ……」
ゲルドは焼け焦げた状態で立ち上がった。全身からは白い煙を漂わせ、立派であったカイゼル髭は爆発によって半ばから消えている。
「許さんぞ! このゲルド様に逆らう者は何人たりとも許さん!」
杖を振りかざすと、ゲルドの周囲に炎が渦巻き天へ昇ると大蛇が顕現した。全長五十mもの巨大な魔法にフィリップも呆気にとられる。
「……やっぱり君は才能がないよ」
真紅の鳥は地面すれすれに下降すると、フィリップは飛び降りた。そのまま鳥は急上昇し、大蛇へと肉薄する。
「うははははっ! そのような鳥に、我が最高の魔法が負けるはずがなかろう! 身の程を知れ!」
「見た目ばかりに囚われている君に忠告してあげよう。そもそも私がいつ、炎系の魔法使いだって言った?」
フィリップは杖を掲げると真紅の鳥は一瞬で霧散し、クリスタルのような無色の鳥が現れる。周囲に強烈な冷気が漂い、燃え盛っていた大蛇は凍り始めた。蛇の頭部に乗っていたゲルドも足元から凍り付いて行く。
「なっ!? なんだこれは!? どういうことだ!?」
「私の本当の属性は炎と氷なのさ。風属性を内包しているから、三属性と言ってもいいかもしれないね」
「騙したな! お前は私と出会った頃から、炎しか使っていなかったではないか!」
「もちろんその通りだ。でも、自分の属性を騙すのは魔法使いの常套手段じゃないか」
フィリップは嗤うと、さらに冷気を強める。
「まて! 待ってくれ! 私はまだ死にたくない!」
「祖国を裏切った者の最後は本当に惨めだね。さようなら」
氷の鳥が吐き出した冷気により、ゲルドは完全に凍り付いた。
その様子を見た後、フィリップは片膝をつく。
「うっ…………さすがに魔力を使い過ぎたみたいだ」
フィリップは元々それほど魔力量が多いわけではなかった。持続力で言えばゲルドの圧勝だったのだが、彼はそれを悟らせないように戦っていたのだ。結果的に勝利を掴むも、すでに限界が訪れており、すでに歩くこともままならない状態だった。
「我が祖国に……勝利あれ…………」
地面に倒れたフィリップに、戦いの様子を見ていた帝国兵が剣を抜いて近づく。
フィリップの視界にも、殺意を滾らせた帝国兵が見えた。ぼんやりと霞む景色に、キラキラと光る金属の何か。彼は心の中で覚悟を決める。
その時、ドンッと地響きが聞こえた。
彼は気がついていなかったが、ずっと地面は振動していたのだ。そして、とうとうフィリップや帝国兵が気が付くほどの大きさへと変わった。
「ぐるぁあああああ!」
彼の耳に聞き慣れない咆哮が聞こえ、鈍重な音と振動が大地を揺らす。人々の悲鳴が聞こえ、ますます地面は激しく揺れた。
「な……んだ?」
少し顔を上げると、彼の目に一匹の巨大な生き物が映る。
赤黒い体毛に三本の腕。だが、一本は肘から失われており、元々は四本の腕だったことが窺わせる。強靭にして巨大な体は全てを圧倒するかのようにそこにあり、剥きだした牙から無慈悲な殺意をばらまく。圧倒的捕食者だった。
その魔獣の名は、ヘルグリズリー。
◇
日輪の翼は火計を予期して、全軍とは離れて行動していた。
その結果、バートンさんの予想通り全軍は炎の海に包まれてしまう。
「バートンさん、すぐに軍の退路を確保しましょう!」
「了解です! ですが、どうやらあの炎は普通のものとは違うようです!」
バートンさんの言う通り、軍を取り囲んでいる炎は、まるで生き物のように動き始めた。大きな蛇が炎から炎へ飛び移り、兵士達を飲み込んで行く。
「ウォーターレイド!」
杖を掲げたバートさんが水流を創り出し、炎の壁へぶつけるが焼け石に水とばかりに一瞬で蒸発した。すぐにリリスへ視線を向ける。
「あの程度の魔法じゃあ無理よね。仕方ないわね、私が手伝ってあげるわ」
リリスがバートンさんの横に並ぶと、二人で魔法を使い始めた。
「私が嵐を起こすわ、貴方は水の魔法を使いなさい」
「かしこまりました。これでも魔法使いの端くれ、私の全魔力を使ってでも打開して見せます」
リリスが巻き起こした強風は空にあった雲をかき集め、次第に曇り空へと変えていった。そこへバートンさんが天高く水柱を創り出し、空気は次第に湿気を帯びて行く。
「行くわよ!」
リリスの声と共に、嵐が巻き起こった。雨が降り注ぎ風が吹き荒れる。時間的には数十秒だったが、二人の魔法は炎の壁を鎮火してゆく。
敵の魔法から解放された王国軍は歓声を上げた。
「なんとか……なりましたね……」
「バートンさん!?」
バートンさんが地面に倒れ、僕はすぐに抱き上げた。
「心配は……無用です。ただの魔力枯渇ですから……」
「それでも気絶するほどの消耗です! すぐに休んで下さい!」
彼を安全な場所へ移動させようとすると、何故か僕の腕を握る。
「待って……ください。まだ終わっていません……奇襲が……」
彼はそう言って気絶する。
奇襲? 僕たちが今から奇襲をするべきだってことかな?
そう思っていると、遠くから馬の足音が聞こえた。すぐに仲間のテリアさんが叫ぶ。
「大友さん、敵襲です!」
地平線を見ると、土煙が上がり一万ほどの集団がこちらへ近づいていた。進路は王国軍の側面をとるように移動し、すでに剣を抜いているようだった。
先頭を走る馬には、使い込まれた革鎧に身を包んだ大柄の男。手には大剣が握られ、狡猾な笑みを浮かべている。天狼傭兵団だ。
「うはははっ! ゲルドの魔法が消されるのは予想済みよ! 天狼傭兵団のガルダス様を舐めるな!」
傭兵団は勢いのまま王国軍へ突入すると、弱った兵士達を蹴散らしてゆく。たった一万の傭兵に十五万の兵が押されていた。
「テリアさん、バートンさんを本営へ運んでください! 僕たちは天狼傭兵団を撃退します!」
「分かりました! 俺に任せてください!」
テリアさんはバートンさんを背負うと、軽快な足取りで王国本営へと駆け出した。
「みんな! 日輪の翼がどうしてこの場に居るか分かっているよね! 今こそ僕たちの名を知らしめるんだ!」
槍を掲げた僕の声に、仲間たちは剣を掲げ闘志を漲らせる。
戦うべき敵がいる。守るべきものもある。だから僕たちは前に進むんだ。
「行くぞ!!」
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