75話 「奇襲」


 夜になると本営では至る所で酒盛りが始まる。彼らには酒が唯一の楽しみだ。恐怖や悲しみを酒で流し込み戦いの活力に変える。そして、明日死んでも後悔が残らないようにだ。


 僕はそんな光景を見ながら明日の戦いを考えていた。


「こんなところに居たのか」


 そう言って僕の隣へ座るのはゴリラ―ド将軍だ。

 手には酒杯が握られ、彼自身も酒臭い。


「明日のことを考えていたんです」


「そうか……ところで頼みごとがあるのだが聞いてくれるか?」


「え? 頼み事ですか?」


 将軍は少し赤くなった顔で沈黙すると、数秒程してから口を開いた。


「奇襲をしてほしいのだ」


「奇襲?」


「そうだ。恐らくだが、このまま戦えば王国は厳しい状況へ追い込まれるだろう。戦力は二倍な上に、向こうは切り札を隠していると思われる。そうなるとこちらは奇襲しか打つ手はない。そこで大友殿に夜襲を行って欲しい」


「夜襲ってことは、今からですか?」


 将軍は黙って頷く。


「ただし、内密に頼む。王国軍に帝国の密偵がいないとも言い切れないからな。大友殿の信頼できる仲間を引き連れて、帝国軍本営を荒らしてきて欲しい」


「でも……どうして僕なんですか?」


「貴殿は空を飛べると聞いているぞ? その方法なら敵に気づかれずに奇襲を行える筈だ。引き受けてくれるか?」


 よくよく考えてみれば、陛下が知っているのだから、将軍だって当然知っているはずだ。それに戦いにおいて、空を支配できることは勝利を得る条件の一つだ。素人の僕だってそんなことは知っている。だから声がかかるのは必然だったと言う事だろう。


「分かりました。敵の陣営を荒らしてくればいいんですね」


「悪いな」


 将軍は僕と握手をすると、ニカッと笑顔を見せて去っていった。

 僕は早速、主要メンバーであるリリスとアーノルドさんとフィルティーさんを呼び寄せる。


「今から敵地へ行くの? 面倒よ止めましょ」


 リリスはロキを抱えたまま欠伸あくびをする。


「ふはははは! 軟弱な魔族っ子め! 俺を見習え! そして見よ、この筋肉を!」


「あんたはコーヒーを飲んで眼が冴えているだけでしょ」


 いつもと変わらないアーノルドさんとリリスの会話が繰り広げられ、僕とフィルティーさんは苦笑する。この二人は本当にマイペースだ。


「ところで大友、夜襲と言う事だがこの四人だけでいいのか?」


「はい、少数精鋭で行こうと思っています」


「敵のど真ん中へ奇襲か、血が滾るな……」


 フィルティーさんはニヤリと笑みを浮かべる。普段は冷静な彼女だけど、戦いに関しては積極的だ。それに最近では闘気の練度もさらに磨きがかかり、僕が渡した剣との相性も抜群だった。一言で言うのなら絶好調ということだ。


 三人を連れて本営から出ようとすると、一人の男性が立ちはだかる。


「ええっと……名前なんだっけ?」


 男性はオレンジ色の頭を掻いて、僕の名前を思い出そうとしていた。


「英雄の大友達也です。貴方は英雄のアーストさんですよね。どうされましたか?」


「おおっ! そうだ大友だ! お前、こんな時間に何処へ行くつもりだ!?」


 英雄であるアーストさんは右手に酒杯を握ったまま怒鳴る。一見すると酔っ払いの絡み酒と思われるが、アーストさんは酔っぱらっている様子はない。むしろ研ぎ澄まされた気配が漂っていた。


「将軍に任務をお願いされたのです。出来ればそこを通していただけるとありがたいのですが」


「任務? 夜襲か? じゃあ俺も連れていけ」


 アーストさんは酒杯を地面に投げ捨てると、すぐに茶色いローブなどを身に纏い僕の傍に駆け寄る。


「それは困ります。この任務は日輪の翼に下されたもの、アーストさんは部外者な上に英雄じゃありませんか」


「うるせぇ! ごちゃごちゃ抜かしていないで、さっさと夜襲に行くぞ!」


 僕の言葉を撥ね退け、彼は進もうとすると、目の間に一本の矢が突き刺さる。


「アースト、私を置いて抜け駆けか?」


 近くのテントから弓を持った男性が現れた。さらりとした青い髪をポニーテールにしているも、その容姿は美しく切れ長の目は猛禽類を想像させるような雰囲気を纏っていた。


「なんだロビンか。お前も夜襲に行きたい口か?」


「当然だろう。今日の戦いでは満足できなかったからな」


 僕を無視して二人は話を進める。任務を邪魔しないのなら連れて行ってもいいのだが、英雄が二人も夜襲に参加するというのは前代未聞じゃないだろうか。あ、僕を入れると三人か。


「あの……邪魔をしないというのなら構いませんが、敵地を荒らせばすぐに離脱しますよ?」


「構わぬ。今回の作戦は貴殿へ下されたものなのだろう? 我らは同行する身だ、指示には従おう。そうだなアースト?」


 ロビンさんはアーストさんへそう言うと、装備を整えて青いローブを身に纏う。


「へっ、分かったよ。今日だけは指示に従ってやる。その代り俺の戦いを邪魔するなよ」


 アーストさんは本営の出口へと歩いて行った。僕たちも後を追う。

 本営の外へ出ると、アーストさんは柔軟体操をしていた。


「アーストさん? もしかして走って行くつもりですか?」


「あ? まさか歩いて行くとでもいうのか? 冗談だろう?」


「見ていてください」


 僕は魔法を使うと、五m四方の光る絨毯を創りだした。あとは光量を抑えて、黒く見えるように手を加える。黒い絨毯の完成だ。


「さぁ乗ってください。これで敵地までひとっとびです」


 アーストさんとロビンさんは驚きの表情を見せた。


「マジかよ! 飛んでいけるのか! すげぇ!」


「これは驚いた……英雄大友は想像以上の強者のようだな」


 皆が絨毯に乗り込むと、ゆっくりと浮上を始める。雲が見える高度まで来ると、ゆっくりと前に進みだした。夜空には二つの月が輝き、黄緑色の月光が降り注いでいる。遠くには帝国軍の陣地に明かりが点り、地上の星のように瞬いていた。


「これは良い。しばしの空の旅という訳か」


「悔しいが見直したぜ。これは俺には真似できねぇ」


 二人は空を飛んだことが初めてだったのか、景色に夢中のようだった。男の子なら誰だって高い場所に一度は行ってみたいと思う筈。僕だってそうだった。生まれも育ちも違うけど、この気持ちと感動は分かり合えると思う。


「もうじき敵地へ到着しますが、この絨毯は止まりません。低空飛行で本営へ入りますので、皆さんは適当な場所で飛び降りてください」


「む、主人はどうするのだ?」


「僕はみなさんを回収するために上空で待機します。頃合いになれば絨毯で向かいますので、死なないようにしてくださいね」


「なるほど、では俺達は撤退の時を見極めねばならぬな」


 アーノルドさんの言葉に全員が頷く。恐らくこれは激戦になるだろう、そうなると撤退時に敵を寄せ付けないようにしなければならない。


「あの、ロビンさんは弓を使いますよね? こちらに残って遠距離攻撃に専念してもらえませんか? ほら、僕も絨毯を操作しないといけないので、下に降りた人たちを助けられませんし」


「よかろう。では私は絨毯から仲間へ助力しよう」


 ロビンさんは神妙に頷く。この人は白人だけど、なんだか日本人っぽい感じがして親近感が沸いてしまう。着物を着ればきっと似合うだろう。


「じゃあ行きますよ!」


 黒い絨毯は緩やかに高度を下げ、地面すれすれで帝国の本営へ突入した。焚火を囲む兵士達が居るど真ん中を絨毯で突っ切ると、次々に仲間が飛び降りて行く。


「なんだ!? 敵襲か!?」


 敵兵の叫び声が聞こえ、すぐに悲鳴がそれらを覆った。


「ふははははは! どんどんかかって来い! 俺の斧はお前らでは止められぬぞ!」


 アーノルドさんが振るう巨斧は、人を刈られる稲穂のように吹き飛ばす。血の雨が降ったかのように血飛沫が飛び散り、一振りするたびに暴風が吹き荒れた。切りかかる兵士も剣や鎧ごと両断され、地面に振り下ろされた斧は亀裂を生みだす。


「ゴミのように吹き飛びなさい!」


 リリスが放った風の魔法は、竜巻を起こし兵士達を巻き込んで空高く舞い上がらせた。強烈な風の流れは、帝国の本営のテントや物資を飲み込み、水が吹きあがるように物や人を踊らせる。あっという間に更地を作り出し、リリスは悪魔の柔和な笑みを浮かべる。


「やぁ! たぁ!」


 鋭い剣閃を走らせ兵士の首が宙を舞う。フィルティーさんの闘気に包まれた剣は、まるで空間すらも切断したかのように敵を両断する。赤い直線が見えたころにはすでに切られているのだ。

 身のこなしは華麗に踊るように剣を振るい、一拍してから敵の身体がずれ落ちる。その姿はまるで踊り子のようだった。花のように咲く鮮血すら彼女を引き立てている。


「おりゃあ! 重力剣!」


 アーストさんの振るう大きめの剣は見た目とは裏腹に、敵に振り下ろされるたびにとんでもない重量で圧殺し、地面すらも陥没させた。そのたびに地面には振動が走り揺れる。彼が腕を振るうだけで敵は動けなくなり、再び強烈な剣によって圧壊した。


 アーストさんを見ていた僕は疑問を感じる。彼の剣は切るのではなく、敵をいるからだ。


「重力を操っている?」


「ご名答。奴の魔法属性は世にも珍しい”重力”と呼ばれるものらしい。ああやって剣に魔力を纏わせ、敵ごと潰しているのだ」


 ロビンさんは僕の疑問に答えながら、弓を引き絞り矢を放つ。放たれた矢はまるで生きているかのように軌道を変え敵の眉間へと突き刺さった。彼は目にもとまらぬ早業で、次々に矢を射出すると外すことなく敵へ命中させる。


「すごいですね。ロビンさんも珍しい属性ですか?」


「いや、私はただの風属性だ。だが弓使いには風属性は重要な要素。時にはこういう使い方もできる――風爆矢エアロバースト


 彼が放った矢は敵の集まる地面に突き刺さると、爆発的な風を巻き起こして敵を吹き飛ばした。


「そして、風雨矢エアロレイン


 ただ弓を引き絞ると、数本の風の矢が出現し一気に放たれる。上空で放物線を描いた矢は、爆発した場所へ降り注いだ。


「風の矢ですか、面白い魔法ですね」


「ふふっ、貴殿の魔法には及ばぬよ」


 僕は絨毯を操作しつつ、旋回を繰り返し本営を観察していた。広い敵陣でもさすがに奇襲を受けたと気が付いてからの動きは速い。どんどん敵が集まり始め、砂糖を求める蟻の大群のようだ。


 逃げ時だろう。


「皆さん! 撤退です!」


 再び絨毯を低空飛行にすると、アーノルドさんとリリスが飛び乗る。フィルティーさんも飛び乗り、最後はアーストさんだけになった。


「アーストさん! 乗ってください!」


「ちっ! もう逃げ時かよ!」


 兵士に追いかけられながらアーストさんは、絨毯へ飛び乗った。


「急加速します! みなさんどこかに掴まってください!」


 絨毯を加速させると、後ろから敵の放った矢が追いかけてくる。


「では私が最後の一撃を放とう」


 ロビンさんが弓を構えると、風が集まり始め大きな風の矢が現れた。


嵐弾ストームバレット


 ボシュッと音が聞こえると、敵の矢は風に吹き飛ばされ最後には敵の本営で暴風が吹き荒れた。名前の通り強力な一撃だったようだ。


 十分ほど飛行し、王国本営へ到着すると将軍が待ち構えていた。どうやら僕たちが帰って来るのを待っていたらしい。


「それで奇襲はどうだった? 成功したか?」


 結果を聞きたいゴリラ―ド将軍はウズウズしたようすで僕に尋ねる。


「成功です。目算ですが、五万近くは戦闘不能にしたと思います」


「やったぞ! ありがとう君たち!」


 将軍は子供のようにはしゃぎ一人一人握手してゆく。僕も味方の為になったと思えば嬉しい。……あ、僕は何もしていないんだっけ。みんなのおかげだ。


 夜襲の成功と全軍に報告され、日輪の翼と二人の英雄に賞賛が贈られた。



 ◇



「見事にしてやられたな……」


 ガルダスは死体が散乱した場所で景色を見ながら酒を飲む。


「敵は空を飛んでここへ侵入したらしいぞ」


「そうかい、そりゃあ確かに奇襲だ」


 ガルダスの横でゲルドが鼻で笑う。


「ふん、よく言う。天狼傭兵団は今回の奇襲に、助けにすら動かなかったそうだな。傭兵とは本当に現金な奴らだ」


「おいおい、言いがかりはよしてくれ。俺は敵が攻めて来たことを知らなかっただけだ。分かっていれば助けに行ったさ」


「まぁいい。この国の軍がどうなろうと、どうでもいいことだ。せいぜい私の盾になり、私が活躍する材料になってもらわねばな」


「くははっ、あんたも随分なクズだな。でも気が合いそうだぜ」


 ガルダスとゲルドは互いに笑い合った。そこへ将軍エレファゼルがやってくる。


「おい、ガルダス! なぜ敵と戦わなかった!? これでは契約違反だぞ!」


「へいへい、そりゃあ悪かった。ところで俺達は明日の戦いから別行動をさせてもらうからな」


「なっ!? そのようなことは許さぬぞ! 天狼傭兵団は我が軍の指揮下に入っているのだ! 断じて許さぬ!」


「ああ? いつ俺達があんたの指揮下に入ったんだ? こっちはあくまで契約の範囲で協力すると言ったはずだ」


 ガルダスはエレファゼルの肩をポンポンと叩くと「逃げやしねぇよ。ただの別行動だ」と言ってその場を後にした。


「傭兵風情が!」


 憤慨する将軍に、ゲルドは一礼する。


「明日は帝国の英雄であるゲルドに任せられよ。我がオリジナル魔法で王国を圧倒して見せようぞ」


「おお! ゲルド殿には期待しているぞ! その力をぜひ我らに見せてくれ!」


「無論だ」


 ゲルドはカイゼル髭を指でつまむと、将軍の言葉に深く頷いた。その姿は将軍や兵士達に大魔法使いのように映る。ゲルド自身もそう売り込んだのだから当然の反応だった。


「私を虚仮にした大友を殺さなくてはな」


 ゲルドの眼は遥か地平線にある王国軍へと向けられていた。




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