74話 「初戦」


 フリジア平原に銀と黒が相対していた。

 銀はエドレス王国軍であり、黒はダハード帝国軍。


 帝国総数三十万人に対し、王国軍は十五万人と二倍の開きがあった。それでもどちらも戦いの時を今か今かと待っている。


 この世界には古来より暗黙のルールと言うものが存在する。戦には正々堂々を重んじ、始まりは互いの軍を見せ合った状態で始めるのだ。いつ誰が決めたのか分からないこの暗黙のルールは現在でも守られており、王国軍と帝国軍も互いの力を見せ合うように配置された。


 平原に風が吹き、緑鮮やかな草を揺らしていた。魔獣たちは危険を感じ取ったのか周辺から逃げ出してゆく。


 互いの軍勢から馬に乗った男が進み出た。


 将軍ゴリラ―ドと将軍エレファゼルである。

 どちらも体格は良く、特にエレファゼルはゴリラ―ドよりも大柄である。


 二人は互いに接近すると、にらみ合う。


「お前がゴリラ―ドか、負けを認めるなら今の内だぞ」


「面白い冗談だ。なぜ帝国程度の弱小国へ負けを認めなければならない。本気で言っているのなら、帰ってママのおっぱいからやり直せ」


「フハハハッ! それこそ面白い冗談だな! 陛下より預かりし三十万の軍勢と、たった十五万の弱小軍が本気でやり合おうなどと笑える! 逃げるなら今だぞ!」


 エレファゼルは茶色い髪に髭面であった。顔も男らしく将軍に相応しい様相である。しかし、大の男がののしり合う光景は達也には奇妙に映った。


「ふん、引く気がないのならよかろう。王国を叩き潰してやる」


「潰されるのは帝国だと思い知らせてやろう」


 将軍同士の話が終わると、互いの軍勢へと戻って行く。そして、何処からかラッパが吹き鳴らされた。戦いが始まったのだ。


「弓兵・魔法兵攻撃開始!」


 エレファゼルの指示により、一斉に矢が空へ射出された。そのあとに魔法が次々に打ち出される。火球や岩石が王国軍へと降り注ぐ。


「こちらも弓兵と魔法兵で対抗しろ!」


 ゴリラ―ドの命令が出され、矢が空へ打ち上げられた。そのあとに魔法が帝国軍を襲う。被害はどちらも想定の範囲内である。まずは遠距離攻撃で仕掛けるのは戦の定石と言える。


 矢が尽きると両軍は正面衝突する。

 剣と剣がぶつかり合い、男達の怒声が響き渡る。激しい金属音が打ち鳴らされ、鮮血が地面を濡らす。だが、どちらの陣営もまだ前軍がぶつかったばかりだ。本軍は後方で様子を見守る。


 日輪の翼は本軍の右後方へ配置されており、達也は始まった戦いを仲間と共に観察をしていた。


「バートンさん、状況はどうでしょうか?」


「あまりよくないですね。王国軍が押されているように見えます。まだ前哨戦ですが、ここで押し込まれると帝国軍は勢いづいてしまいますね」


「じゃあ僕たちはもう動いた方がいいでしょうか? すぐに助けに行った方がいいですよね?」


 達也の提案にバートンは首を横に振る。


「ここは静観が妥当です。本軍が動いていない以上は、戦場を荒らすのは得策ではありません。将軍の作戦もありますし、なによりここで我々が必要以上に消耗してしまうと危険です」


「そっか将軍の作戦もあるんだよね。でも奇襲を仕掛けてくるってことはないのかな? 遊撃隊として未然に防いだ方がいいと思うんだけど」


「それは考えにくいですね。ここは見通しがいい平原です。罠というならともかく、奇襲は難しいでしょう。それにここは我々が先に到着していた場所です。警戒心は向こうの方が高いはずですね」


 達也はバートンの言葉に納得した。バートンは言葉を続ける。


「現在、帝国軍の補給路を断つために騎士部隊が動いていますが、現状では難しいでしょう。なんせ向こうもそれを予想して、護衛の数を増やしている筈です。暗黙のルールなどなければ、もっと早くに仕掛けられたはずなのですがね……」


「暗黙のルールって破るとなにかあるのですか?」


「国の評判と国民の人格が疑われるだけです」


「え? それってかなり重大なことじゃないですか?」


「ええ、戦は国と国の威信をかけた戦いです。当然ですが他国にも戦いの様子と結果は伝えられ、それを元に友好を結ぶか考えられるのです。卑怯な行為をすれば国の信用はガタ落ちでしょう。それらは交易や商売にも影響を及ぼし、最終的には国が干上がるほどの制裁が下されるのです。過去にそうして滅亡した国はいくつもあります」


 達也はぞっとした。暗黙のルールを破れば、例え勝利したとしても各国の制裁が待っているのだ。例え異世界でも何でもアリという訳ではない。


「じゃあ補給路の分断は卑怯なんじゃないのですか?」


「その点が微妙なラインなのです。例えば奇襲は作戦の妙により敵よりも優位性を勝ちとりますが、毒殺などの行為は戦わずして優位性を得ます。各国は戦わずしてという部分に非常に嫌悪を抱くのです」


「毒はダメってことか……でも、そんなことを言っている場合じゃないと思いますけど……」


「その通りです。ですが、我が国には四人の賢者が居ます。恐らく今は魔族の奇襲に備えて王都で待機されていると思いますが、いざという時はあの方たちが力を振るうことになるはず。なので暗黙のルールをあえて破ることは無用だと言えます」


 達也は安心した。四人の賢者が居ると思うだけで、王国は守られていると思えた。だからこそすべての軍が戦いにのぞめるのだ。


 その頃、戦いを進めていた両前軍は激しさを増していた。

 様子を見守っていたゴリラ―ドは命令を下す。


「全軍前進!」


 王国側が動き出したことで、帝国側も全軍が動き出す。


 地面が踏み均され、草や花は踏みつぶされた。

 人の波が押し寄せ、両軍は圧倒的数でぶつかった。鈍い音と金属音が響き、怒声が音の奔流となって地面を揺らす。殺意が入り乱れ、男達の体からは湯気すら昇っていた。


「僕たちも戦います! みんな死なないようにしてください! 危険だと思えば一度下がってくださいね!」


 達也はメンバーに声をかけると、先頭を切って敵兵へ突撃した。

 槍が敵兵の胸を穿ち、次々に貫いて行く。達也が進むだけで敵の陣に道が出来ていった。あとを追うメンバーも勇猛に敵兵を切り捨て敵の本軍を食い破る。


 日輪の翼が進んだ場所から王国軍も進み始めた。達也が進んだ道をメンバーや王国軍が押し広げる状況が作りだされたのだ。それを機に、王国軍側の至る所から帝国兵を押し返す勢力が現れた。


「いけぇぇぇ! 帝国に阿修羅の恐ろしさを知らしめてやれぇええ!」


 先頭を切るぺぺが、剣を振るい敵兵を切り捨てる。鎧を着た人間が藁人形のように、簡単に両断されてゆく光景に敵兵は戦慄した。


「ふん! 英雄をこの程度で止められると思うな!」


 英雄カエサル率いる黄金虎の咢も果敢に攻める。カエサルの目にもとまらぬ剣閃は、近づいた兵士の首を容易く切り落としてゆく。そんな光景に恐怖を感じた敵兵は敵を目の前にして逃げ出した。


 各英雄が実力を発揮し、戦線は徐々に帝国側へ押し込んで行く。


 遥か後方にて全体を見ていたエレファゼルは舌打ちをする。


「全軍後退!」


 指示が拡散され、帝国軍は後退を始めた。その様子を見たゴリラ―ドは王国軍の後退を指示する。


 こうして初戦は王国軍が勝利を掴むこととなった。



 ◇



「ゴリラ―ド将軍! どうしてあのまま追いかけなかった!? 勝てたはずだぞ!」


 本営へ戻った矢先に英雄のアーストさんが将軍に食って掛かった。今回ばかりはアーストさんに同感だ。僕もどうして帝国軍を追いかけなかったのか不思議だったのだ。


「貴殿の言いたいことは分かる。だが、あのまま行けば帝国軍にやられていただろう」


「どうしてだ!? 押していたのは俺達じゃねぇか!」


「不思議に思わなかったのか? 十五万の我らが勝てたことに。帝国軍はあの場に全軍が揃っていなかったのだ。あそこにいたのは二十万。残り十万は遥か後方の草陰に隠れていたとみていいだろう。あのまま追えば、両サイドから挟み込まれて囲まれていた可能性が高い」


 将軍の言い分に僕は驚いた。確かに三十万にしては少ないなとは思っていたけど、伏兵を見破った将軍の判断力は確かのようだ。

 アーストさんは頭をガシガシと掻くと、「わりぃ少し気が立っていた」と言って将軍に頭を下げる。お城で感じた通りやっぱり直情的なようだけど、素直に自分の非を詫びることが出来る人のようだ。彼の評価を変えなければならないかもしれない。


「達也、早く野営地に戻るわよ」


「あ、うん」


 リリスに声をかけられて、日輪の翼は野営地へと移動する。本営の中を歩いて行くと、至る所で手当を受けている人が目についた。それに軍へ同行している神父様が駆け回り、神聖魔法にて治療を行っている姿は印象的だ。これが戦争かと、僕の心を締め付ける。


 日輪の翼の野営地へ到着すると、メンバーで怪我をした人たちを手当てする。幸い重傷者や死んだ人はいないけど、それでも今後の戦いに影響はあるだろう。


 僕を含めた主要メンバーはひとまず集まると、緊急の会議を開く。


「さすが将軍ですね。私も伏兵が居るのではと思っていましたが、将軍は見破っていたようです。見た目とは違って頭が切れる方のようで安心しました」


 バートンさんがそう言って眼鏡を指で上げる。


「ふははははは! まだまだやれたが、初戦はこんなモノだろう! 本番はこれからだからな!」


 ポージングをしながらアーノルドさんが言い放つ。僕は視線を逸らしながら「そうですね」と返事をした。


「戦って面白いわ。わくわくするわね。ああ、紅茶が欲しいわ。達也、淹れて頂戴」


 リリスがそわそわした様子で僕に紅茶を求める。戦闘が大好きな魔族だから争い事は好きみたいだけど、紅茶を飲んで落ち着いてもらいたい。ヤカンを準備すると、水を入れて火にかける。


「だが数は多いが、やはり突出した実力者はいない感じだったな。伏せていた十万の中に潜んでいた可能性が高いか……」


 フィルティーさんの言葉にバートンさんが頷く。


「ええ、その線が有力でしょう。私の情報筋では、今回の戦に天狼傭兵団が参加していると耳にしています。十分に警戒をしていた方がいいでしょう」


 僕はフィルティーさんに視線を送った。天狼傭兵団と言えば、オリアスとの戦いに参加していたはずだ。彼女は僕に頷く。


「天狼傭兵団は今回の戦いを帝国が勝つと踏んだのだろう。金には汚いが、実力は高いと聞いている。油断はしない方がいい」


「分かっています。ガルダスという傭兵団のリーダーは油断のならない人でしたからね。あの時のように引いてくれればいいですけど、戦う覚悟をしておいた方が良さそうですね」


 リリス以外の全員が頷いた。


「ねぇ、お湯が沸いているわよ。早く紅茶を淹れて」


「あ、うん」


 ポットに茶葉とお湯を注ぐと、良い香りが漂う。荒れていた気持ちが落ち着きを取り戻す気分だ。紅茶をカップに注ぐと、リリスへ手渡す。


「うーん、良い香りだわ。これよこれ」


 僕の隣で満足そうなリリスに笑ってしまった。彼女はどこに行っても同じだ。


「アーノルド兄さん! ここに居たんだね!」


 声にメンバーが振り向くと、そこには見覚えのある美少年が立っていた。手には身長の二倍もあろう斧が握られ、金髪に色白な美少年が持っている物にしては不釣り合いに映る。だが、彼の装備する金属の軽装備には血液が大量に付着しており、今ではパリパリに乾いているものの多数の敵を血祭りにした事が見て取れる。


 美少年は斧を放り捨てると、アーノルドさんへ飛びついた。そして胸板へ美しい顔を擦り付けた。


「はぁはぁ……兄さんの筋肉は本当にすごい……」


「ブ、ブルース!? 何故ここへ!?」


 珍しくアーノルドさんの顔が恐怖に歪んだ。実の弟を目の前にして見せる顔ではないだろう。でも事情を知っている僕は目を逸らした。BLは見ていられない。


「何を言っているの兄さん。こう見えて僕は軍団長だよ? 居るに決まっているじゃないか」


「むぅ…………」


 驚いた。少年だと思っていたけど、軍団長だと知らなかった。ちなみに軍団長は、一万もの兵を束ねるリーダーだ。王国軍には十五人の軍団長がいて、その上には将軍が居るらしい。軍団長の下には千人長や百人長などもいるらしいけど、軍人ではない僕には難しい話だ。


「さぁ兄さんは僕のテントに来て御馳走を食べて行ってよ。こんな庶民の食事では筋肉が衰えてしまうよ」


 グイグイとアーノルドさんを引っ張って行くブルース君は、なぜか僕を睨み付けていた。まさかと思うけど、僕がアーノルドさんを奪ったなんて思っているのだろうか? だとすれば心外だ。


「ま、待てブルース。俺は日輪の翼の副リーダーだ。一人だけ豪華な食事をするわけにはいかん」


「やっぱり兄さんは僕より、あの男が良いんだね? そうでしょ? 許せない……」


 ブルース君は僕を殺意の籠った目で睨み付けると、斧を拾って走っていった。


 ……え? コレって完全にとばっちりだよね?


 周りを見るとメンバーは次々に目を逸らしてゆく。リリスなんてあからさまだ。全員から関わりたくないというオーラが漂っているのだ。みんなひどいよ。


「主人よ……すまん」


「アーノルドさん謝らないで! 兄としてどうにかしてくださいよ! うわー!」


 

 僕の悲鳴は薄暗くなった空へと消えて行き、初日は幕を閉じた。




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