73話 「開戦」
地平線まで続く兵士の行進。道の周りは、膝や腰まである草が手入れもされず生え放題だ。さすがの魔獣達も大勢の人間を見ると、すぐに逃げ出してゆく。
ここはフリジア平原地帯。見渡す限り原っぱが広がり、地平線には山や森が見えている。僕たちは道なりに進み続け、すでに一週間が経過していた。
「やっぱり馬車を購入していてよかった。歩き続けると休憩もなかなかできないよね」
僕は歩きつつ購入した馬車を確認する。
どの馬も茶色い毛並みに美しく筋肉が浮き出ている。引っ張るのは幌馬車であり、一台を二頭で動かす。それが五台。
今回の為に馬車を購入したわけだけれど、これがなかなかの出費だった。馬が高いのは当然だし、それに加え荷車もなかなかの値段だ。もちろん今後の維持費も必要になってくる。今の日輪の翼で買える限界が五台という訳だ。
その代りだけど、すごく重宝している。荷物は乗せられるし、具合が悪くなった人を乗せることもできる。疲れれば休むこともできるのだ。良い買い物だったと満足できる。
とは言っても、僕たちは行進に関してそれほど疲れは感じていない。行進速度は基本的に兵士に合わせられている。彼らは重たい鎧を着て行進しているのだから、軽装備である冒険者とは疲労の蓄積量が違っている。
あとは行軍の配置だろうか。先頭を数人の騎士が率いているけど、大部分は兵士が占めている。中央部には将軍が居て、騎士も将軍を守るように集中して配置されている。後方には冒険者や魔法使いが置かれ、その最後尾が日輪の翼だ。早く行けと急かされることもなく、後について行くだけの僕達とは気持ちの面でも違うようだ。
「大友、油断はするな。すでに戦争は始まっている思った方がいい」
馬車を操作するフィルティーさんが僕にそう言ってきた。確かにその通りだと思う。帝国がどのような手段に出るのか分からないのだから油断は禁物だ。
「そうですね、ですがそろそろ目的地に着く頃じゃないですか?」
僕の言葉に後ろに居るバートンさんが発言する。
「ええ、先頭は到着している頃だと思います。あまり草原地帯の奥へ行っても意味はありませんからね」
「でも、位置的にはまだ草原地帯の入り口くらいですよね? 王都から近い場所で迎え撃っていいのでしょうか」
「確かに一週間の行軍とはいえ、まだまだ王都からは近い場所でしょう。ですが、向こうも王都を目指してやってきます。こちらへ来るには数週間を必要とすることでしょう。対してこちらは早く到着し、英気を養っています。どちらに勝ち目があるように感じますか?」
「そうか、向こうは疲れていてもすぐに戦わないといけないけど、こっちは体力は万全だ。相手がすでに消耗をしているところで戦いに持ち込む作戦なんですね」
バートンさんは「その通りです」と眼鏡を光らせて頷く。頼れる参謀という感じがしてカッコイイ。
「どうでもいいけど、そろそろ紅茶が飲みたいわ」
馬車の荷台から顔を出すリリスはつまらないという表情だ。抱いているロキはスヤスヤと寝ている。
「もう少し待ってよ。多分だけれど、もう到着すると思うんだ」
僕がそう返答すると、幌馬車の屋根で日焼けをしていたアーノルドさんが話し始めた。黒光りする体にブーメランパンツは止めて欲しい。
「ふはははは! やはり軟弱な魔族っ子だな! 俺を見ろ! この鍛え抜かれた筋肉に、照り付ける太陽を全身に浴びる! まさに筋肉フォーエバーだ!」
「筋肉バカは黙ってなさいよ。だいたいあんたが日焼けしているせいで、他の冒険者から変な目で見られているんだからね」
リリスの言う通りだ。兵士や冒険者や魔法使いの間で、日輪の翼には変態がいると噂になっているのを僕は聞いた。否定したくても本当に変態なのだからどうしようもない。
そして、三時間ほどして目的地へと到着した。
◇
目的地への到着後は、それぞれがテントを張りつつ炊事場を整える。もちろん本営となる場所は魔法使いが草などを刈り取って整地する。トイレは深い穴を掘って専用の小さなテントを張ったりした。
夕方になるころには、本営の準備も終わりどこもかしこも夕食の準備に取り掛かっていた。薄暗い空に星が見え始め、蝙蝠が縦横無尽に飛び交う。明かりの為のかがり火が点火され、大勢の人がすでに腰を下ろして談笑に興じている。
「まるでお祭りですね、戦争だというのにみんな怖くないのかな」
料理を作りつつ周りを見ていた僕は、思ったことを呟いた。戦後の日本で育ったので戦の空気にはやはり慣れないモノを感じるのだ。
「誰だって死ぬのは怖いさ。だが守りたいものがあるからこそ戦い、生きている今日を楽しむのだ。明日死ぬとしたら後悔をしたくはないだろ?」
フィルティーさんが僕の隣でそう言いつつほほ笑む。
「そうですね、やっぱり誰だって怖いですよね。やっぱりフィルティーさんも怖いですか?」
「私だって当然だ。だが、私には信仰がある。神の御許へ行けると思えば、恐怖も幾分かは和らぐものだ」
彼女は胸元にあるデザイト教徒の証を見せる。こういう時、信仰は人を救ってくれるのかもしれない。少々羨ましいと思いつつも同時に怖いとも思う。やはり無宗教の僕には理解できないのかもしれない。
「ねぇ、ちょっと達也に近いわよ。離れなさい」
僕を挟んで隣に座るリリスが紅茶を飲みつつじろりと睨む。僕がフィルティーさんに何かすると思っているのかな? それは心外だ。僕は霞一筋。
「そういうリリスも大友に近すぎないか? 私は大友の作る料理に興味があって近くに居るのだが、リリスは契約に縛られているとはいえそこまで近づく必要はないと思うぞ」
「わ、私は大友が危険な事をしないか監視しているのよ! 大友が死ねば私も死ぬのよ! だから私は近くに居ていいの!」
「ふむ、そう言う事にしておこう」
リリスとフィルティーさんがなにやら話をしているが、僕は調理に集中していてあまり理解が出来なかった。なんせ僕も含めた百五十五人分の夕食を作っているからだ。
金属の大鍋が三つほど並び、今もぐつぐつと沸騰している。周囲には味噌の独特の匂いが広がり、妙に食欲をくすぐる。作っているのは豚汁だ。
日輪の翼には料理人なんてものはいない。各自好きな時に好きなものを食べるがウチのやり方なのだけれど、屋敷では時々メンバーに食事を振るったりしている。
事の発端は日輪の翼を結成したことを祝ってパーティーを開いたことがきっかけだった。そこで出した僕の手料理に百五十名のメンバーが感動したらしく、それ以来時々食事を作ったりしていたのだが、今日もテリアさんが作ってほしいとお願いしてくるので仕方なくという感じだ。
とはいっても僕も料理を作るのは嫌いじゃない。人を喜ばせることが出来る才能があったと分かったのだから、嬉しい気持ちの方が大きい。ブライアンさんが宿を開こうと思った気持ちも理解できる。
僕が鍋をかき混ぜていると、フィルティーさんは別の鍋を観察していた。そっちはお米を焚いている鍋だ。
「こっちは米か……しかし大友はなぜこんなにも食糧を持っているのだ? これらは王都で購入したものではないだろう?」
「ああ、それはですね大迷宮の中で大量の食糧を確保したからです。一応ですが専門の方に見てもらって魔力残留を調べてもらいました。どれも普通の食材だと言っていたので大丈夫だと思いますよ」
僕のストレージリングの中には、今も大量の米や野菜が保存されている。大迷宮の中にあった農場は今も無事なのか少し心配になった。
「だが、こんなに米を焚いてどうするのだ? エドレス人は米よりもパンの方が喜ぶと思うのだが……」
「そこは考えています。そもそもお米が流行らないのは、食べにくいからですよね? じゃあ食べやすくすればいいだけの話です」
僕がそう言うとフィルティーさんは首をかしげる。多分だけど、今説明しても分からないと思う。現物を見た方が早い。
一時間ほどすると、料理が完成した。
敷物を広げた地面に、白い湯気を出す鍋が置かれ味噌の香りが食欲を掻き立てた。そして極めつけは木製のトレイに並べられたおにぎりだ。
「みんな器をもって並んでください。おかわりは三杯までです。スープを受け取った人は、おにぎりを二個持って行ってください」
僕の指示に従いメンバーがゾロゾロと列をなした。豚汁に興味があるのか、みんな鍋を覗き込むように観察していたけど、おにぎりに関しては関心を示してはいなかった。むしろパンじゃないのかと残念な雰囲気すら漂っている。
料理を受け取った人は、それぞれが地面に座り豚汁に口を付けた。そしておにぎりにも口を付ける。
「うまっ! なんだこのスープ!」
「濃厚でコクがあって……クソッ! 三杯しか食べられないのか!」
「このおにぎりと言うのもイケるぞ! あっさりとした塩味にスープの味が絶妙だ!」
誰もが口々に美味しいと言ってくれる。食べ終えた人が次々にやって来ておかわりを要求する。多めに作っておいて良かったかもしれない。
「これは興味深いですね。繊細にして複雑な味が調和しています。こんな料理は初めてですよ」
そう言って僕へ器を差し出すバートンさん。よほど彼の好みに合ったのか、これで三杯目のおかわりだ。そう言ってもらえると僕も嬉しくなる。
あと何人いるだろうと列を確認すると、見覚えのある人が列に並んでいることに気が付いた。彼の順番が来ると器を差し出してきた。
「あ、あの……ここは日輪の翼の野営場所なのですが……」
「まぁそう堅いことを言うな。こちらから随分と良い匂いが漂っていると噂になっていてな、吾輩も日輪の翼の食事とやらを食してみたくなったのだ」
将軍ゴリラ―ドさんは笑みを浮かべてそう言葉する。
別の野営を見てみると、確かにこちらを見ている人が多数いた。彼らは干し肉とパンと質素なスープで食事をしている。視線が痛い。
「やっぱり一つのグループだけいい食事をするのは良くないですかね?」
ゴリラ―ド将軍へ質問すると、明るい声が返ってきた。
「ブハハハハッ。そのようなことを気にする必要はない。軍もクランもパーティーもそれぞれが独自にやりくりしている。良い食事を出すのも戦う上での戦略ではないか?」
「そう言っていただけると安心します。おかわりは三杯まででお願いしますね」
豚汁を器に注ぐと将軍へ渡す。彼はおにぎりを受け取って、僕の近くに座った。
「ふむ、このおにぎりとやらは美味いな。このスープは特に美味い。吾輩も日輪の翼に入ろうかと考えてしまうほどだ」
「あはははは、御冗談を。でも将軍もいい食事を食べられているんじゃないのですか?」
僕がそう言うと、将軍は豚汁を一口飲んでから答える。
「良い肉を使ったステーキは食べたが、こう見えて吾輩はあまり肉料理は好きではない。野菜や果物を好むのだが、遠方にくると我儘も言えないのでな」
「ああ、なるほど。兵糧って野菜はほとんど含まれていないですよね。傷みやすい葉野菜なんかは無理かな」
「そうなのだ。軍が持っているストレージバッグにも限界があるからな、必然的に保存のきくパンや干し肉が優先される。しかしこのスープは美味いな」
将軍は豚汁に夢中なようだった。
◇
王国軍側が本営を設置して二ヶ月が経過し、とうとうその日が訪れた。
地平線に現れた黒い線。ダハード帝国軍が現れたのだ。
敵もこちらに気が付いたのか、本営を設置し始めた。引く気がないことが窺える。
王国本営内に緊張感が漂っていた。
この二ヶ月、兵士や冒険者は訓練を重ねた。何度も陣形を確認し、軍隊として機能するレベルまで辿り着いたのだ。日輪の翼としても遊撃隊の訓練を重ね、メンバーやバートンさんとは意見を交わした。上手くやれると思う。でも不安だ。
地平線を見つめていると、こちらへ近づくものを見つける。どうやら馬に乗った騎士のようだ。鎧は黒くダハード帝国だとすぐに分かる。
馬はこちらの本営の前に来ると停止する。
「我は誇り高きダハード帝国の者也! 我らが将軍エレファゼル閣下よりお言葉を預かっている! 統括する責任者に会わせよ!」
本営内がざわついた。中には舌打ちする者もいる。騎士の言い方は非常に高圧的で、馬から降りることすらしない。こちらを下に見ているのだ。僕も見ていて少しムッとした。
「吾輩が王国軍の統括責任者である将軍ゴリラ―ドだ」
将軍は特に何かを感じることもないのか、落ち着いた感じで騎士へと歩み寄る。
「では言葉を申す! 王国軍は直ちに降伏せよ! この地は古来より帝国の地であり、エドレス王国は帝国より地を借り受けしものなり! よって王国軍が抵抗することに義は存在しないものとする!」
「なるほど……あくまでこの地は帝国の物と言いたいのだな。では戦争だ。帰ってエレファゼルとやらに報告せよ。明日には攻め入るから、そのつもりでいるのだな」
「……ふん、蛮族どもめ」
騎士は吐き捨てるように言い残すと、来た道を戻っていった。
先ほどのやり取りは宣戦布告だ。そして将軍は受けて立つと言いきった。とうとう王国と帝国との戦争が始まったのだ。
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