68話 「梟」
「私を襲った組織の名前と依頼者が判明した」
向かいに座るビルさんがそう呟き、一枚の羊皮紙を手渡す。
「”
「梟とは組織の名前だ。会社を獲物にする小さな闇組織らしい。暴力や脅しを使って会社を乗っ取ることを得意としているそうだ」
そう言いつつビルさんは、出された紅茶に口を付ける。
あの事件から二日が経過し、拷問で得た情報を僕に伝えに来てくれたのだ。僕はすぐに応接間に案内し、こうやって話をしているのだがビルさんは少し機嫌が悪そうだった。
「ん? この紅茶は……」
彼はシェリスさんが淹れてくれた紅茶にようやく気が付いた様子だ。イライラしている時や不安な時はあの紅茶に限ると僕は思っている。そう、ミルクティーだ。
「それはミルクティーと言って、紅茶にミルクと砂糖を入れて作ります。ビルさんがイライラしている様子だったので、シェリスさんが気を利かせてくれたんですよ」
「うむ……このまろやかな味わいと紅茶の香りが絶妙に合わさり、いつもとは違った楽しみを感じることが出来る。これは実にいい。どうやら私は冷静さを欠いていたようだな」
彼はミルクティーを飲み干すと、お代わりを求めて来た。よほど口にあったのだろう。僕としては嬉しい。
「それでどうしてイライラしていたのですか?」
「その羊皮紙をよく見てくれないか? 組織の名だけではなく人物の名前も書かれている筈だ」
確かに梟の下にはヤム=トムソンと書かれている。どこの誰なのかすら僕にはわからない。これがイライラの原因?
「そのヤム=トムソンという人物は、一年前に死亡している。明らかな偽名だ。あの五人もそれ以上は分からないと言っている」
「偽名ですか……」
後ろめたいことをしているのだから、名前を隠すことはなんら不思議なことじゃない。それに黒幕が直接組織へ来たという証拠すらないのだ。
そこでビルさんが思い出したように呟く。
「そう言えば、あの五人が『大友に注意しろと依頼人に言われていた』と言っていたそうだ。大友君は何か思い当たることはないか?」
「僕にですか? でも、あの時は僕の名前には何の反応もしませんでしたよね? もしかして忘れていたとか?」
「そのまさかだ。あの五人は大友君の名前をすっかり忘れていたそうだ。所詮は三流犯罪者と言う事だろう」
僕は苦笑いしかできなかった。
しかし、僕を知っているとなると、ビルさんの関係だけで襲われたわけではなくなってくる。もしかすれば僕が恨みを買って、ビルさんに飛び火した可能性だって捨てきれないのだ。もしそうならビルさんには申し訳ない気持ちだ。
「大友君が気に病むことはない。向こうは私と私の会社に攻撃をしてきたのだ。ならばとことん叩き潰すだけだ。こういうのは商売をしていると、よくあることだからね」
「そう言っていただけるとありがたいですが、僕としては特に思い当たる人はいませんね。……あ、いや、一人だけいたかな?」
「それは誰かな?」
「ほら、以前会社に手紙をくれた方が居ましたよね? ゲルド・ローウェンという名前の英雄が。あの方が配下になれと五月蠅かったので追い返したんですよ」
僕はゲルドが屋敷に来た時のことを事細かに話した。
ビルさんは話を聞き終えると、しばらく黙り込む。
「…………ゲルドの可能性は十分にあるな。大友君が恨みを買ったことで、君と繋がりのある私の元へ組織の人間を送り込んできたと言う事はあり得る話だ」
「すいません」
「君が謝ることじゃない。悪いのはゲルドだ。ただ、証拠がない今はどうしようもないな」
その通りだ。ゲルドを問い詰めたところで、証拠がなければ罰することはできない。怪しいというだけではどうしようもないのだ。
「と言う事は梟を調べるしかありませんね……」
「その通りなのだが、あいにく私の知人に梟に詳しい者がいない。大友君はどうかな? そんな人物はいないか?」
「闇組織に詳しい人ですか?」
僕は考える。それらしい人は思いつかないが、詳しい人を知っている人なら知っているかもしれない。あの人ならもしかすればと思うのだ。
「僕に少しの間だけ任せてくれませんか? もしかすれば梟を上手く調べることが出来るかもしれません」
「おお、それは嬉しい! 私もこの件にあまり時間をかけられなかったからな! 嬉しい申し出だ! ありがとう!」
ビルさんは僕の手を取って握手をする。彼は忙しい身だから仕方のないことだろう。紅茶会社は今は大事な時だ。ビルさんのいらだちもその辺りからだったのだろう。それにもし僕が原因なら、僕こそが矢面に立って戦うべきなのだ。
ビルさんは安心したようにミルクティーをお代わりした。
◇
「確かこの辺りだと思うけど……」
アーノルドさんに聞いた話を頼りに、とある建物を探す。王都の北地区にあると聞いたけど、民家も多くそれらしい場所は見つからない。
道行く人を見つけると、僕は目的の場所を尋ねる。
「あの、すいません。阿修羅のクランがどこにあるか分かりますか?」
この辺りに住んでいると思われるラフな格好の男性は指をさして教えてくれる。
「この先にあるT字路を左に曲がると、大きな建物があるからすぐに分かる」
「ありがとうございます」
男性にお礼を言いつつ、僕は教えられた通りT字を左に曲がると大きな建物を探す。
「もしかしてアレかな?」
すぐに眼に飛び込んできたのは、木造建築の大きな屋敷だった。庭も広く冒険者らしき人たちが剣を打ちあっている。全体的に活気があり、僕が目指すクランがそこにはあるような気がした。
「おらおら! 踏み込みがあめぇぞ! もっと強く打ち込め!」
敷地で行われている訓練の中で、一際目立っているのはぺぺさんだ。彼は大声で指導しつつ冒険者達の動きを観察している。
僕は敷地内へ入ると、訓練が終わるまで見物する事にした。
冒険者達はみんな動きが良く、一撃の後の次の行動が速い。頭で考えるより先に行動しているという感じだ。僕もシンバルさんに散々言われた事だけど、反射神経を鍛えなければならない。
人間というのは脳内で電気信号を発して思考している訳だから、必ずタイムラグが出てくる。けど、脊髄反射によっておこる行動は脳を使わない。だから限りなく速い攻撃が実現できる。
「今日はここまでだ」
ぺぺさんが訓練を終わらせたので、僕は彼の元へ歩み寄った。
「ぺぺさん」
「おお! 大友君じゃないか! よく来てくれたね!」
彼は爽やかな笑顔で僕の手を取って握手をしてくれる。立ち話もどうかと言う事なので、屋敷の中へ案内されると応接間へと招かれた。
互いにソファーに座ると、僕はすぐに話を切り出す。
「実はぺぺさんの人脈を使って探してもらいたい人がいるのですが、話を聞いていただけますでしょうか?」
「探してもらいたい人物? とりあえずは話を聞こうか」
僕はここまでの経緯をぺぺさんに話す。彼は会社が襲われたと聞くと何故か怒り出し、拷問して情報を聞きだせたと聞くと安心したように頷く。随分と表情豊かな人だと内心で感心してしまった。
「…………なるほど、それで梟という組織に詳しい人物を探しているのか」
「ええ、知人にそんな人はいませんでしょうか?」
「梟に関しては俺も小耳に挟んだことはある。やり方が随分と荒い闇組織らしいな。しかし、ウチで詳しい奴なんて居たかな……おい、べス!」
ぺぺさんはそう呟き、部屋の窓から外に向かって声をかけた。
「へい、兄貴」
窓を開けて外から男性が覗き込んでくる。その顔は眼が細く優しそうな雰囲気だ。
「梟という組織に詳しい奴を知らないか?」
「それなら俺で十分ですよ。奴らのねぐらも知ってますし、主要メンバーも把握してますんでいつでもつぶせますよ?」
「おし、じゃあ若い奴らを数人連れて経験を積ませて来い。それと情報を握っていそうな奴は生かしておけ。金目の物は逃すなよ」
「うす」
べスという男性は僕に一礼すると、そっと窓を閉める。会話の流れで、ここはヤクザの事務所かと思ってしまうような恐ろしさを感じた。ぺぺさんは見た目に合わず怖い人なのかもしれない。
「大友君には一応説明しておくけど、闇組織は所属しているだけで犯罪なんだ。だから俺達がいくら暴れようと、大義名分が付いてくる。組織にある物も全てもらえるというのも、この国の法律で守られていることだ。その代り国は闇組織に関しては放置することが通例なんだ」
「放置が通例ですか? じゃあ誰かがどうにかしないとどんどん勢力を伸ばすじゃないですか」
「そこだ。だからこそ俺達冒険者集団は支持される。資金が苦しい時でも寄付という形でやっていけるのは、俺達が生活に邪魔なものを排除するからだ。君もクランのリーダーなら覚えておくといいよ。じゃないと世間から舐められてしまう」
ぺぺさんの話を聞いて少しだけ納得できた。冒険者は魔獣や魔物と戦うことだけが仕事じゃないのだ。時には人間と戦い、治安を守ることも重要なのだろう。同時に国は一体何をしていると言いたくなるが、僕の知らない重要な事をしているのだと無理やり納得した。
「じゃあ僕も着いて行っていいでしょうか? こちらから持ってきた話ですし、報酬はお支払いします」
「ははは、君は本当に律儀だね。シンバルの兄貴が気に入るわけだ。けど、今回は報酬は必要ない。梟のため込んだ金もあるだろうし、君が同行するならメンバーも万が一と言う事もないだろうからね」
僕は深々と頭を下げた。まだまだクランのリーダーとして学ぶべきことは多そうだ。
そこへ部屋のドアをノックする音が聞こえた。入って来たのは中年の女性だ。顔は若々しく綺麗な人だとすぐに思った。女性は僕の前にティーカップに入った紅茶を出すと、にっこりとほほ笑む。
「コイツは俺の妹のリリだ。俺もリリも随分とシンバルの兄貴に世話になった。大友君にリリが一目会いたいというから部屋に来させたんだが、迷惑じゃなかったかな?」
「いえいえ! とんでもないです! お会いできて光栄です!」
僕はすぐに立つとリリさんと握手をする。彼女も僕を見て嬉しそうな表情を浮かべた。
「シンバル様は本当にいいお弟子さんを見つけたのね。しかも英雄だなんて、きっと草葉の陰から喜んでいるわ」
「く、草葉の陰ですか?」
リリさんの言葉に僕が戸惑うと、ぺぺさんが苦笑いしつつ話をしてくれる。
「リリは兄貴のことが好きだったんだが、どうもおいて行かれたと思っていて未だに恨んでいるらしい。本人は悪気はないんだ、すまない」
「あら、別に恨んでいる訳じゃないのよ? シンバル様は私の気持ちに気が付かない鈍感でしたし、女性の趣味も変わっていましたからね。きっと今頃は独り身で泣いている頃でしょうね」
うわぁ、よほどシンバルさんのことが好きだったんだ。言葉に棘があるけど、リリさんの放つ気配の中には強い愛情が見え隠れしてる。でも、趣味が悪いって何の事だろう? よく考えてみるとシンバルさんのタイプの女性って聞いたことがなかったな。
「もういいじゃないか。今ではお前も結婚しているし、今日は大友君が来てくれているんだ。兄貴のことは忘れろ」
「そうよね。つい、思い出すと頭に来ちゃうのよ。そうそう、大友君が紅茶の発案者と聞いて私も紅茶を淹れてみたの。味はどうかしら?」
リリさんの淹れた紅茶に口を付けると、少し香りが薄い気がした。
「美味しいですが、もう少し蒸らしてからカップに注いだ方がもっと美味しくなりますよ?」
「あら、そうなの? じゃあ次はもっと美味しい紅茶が淹れられるわね」
リリさんは嬉しそうにほほ笑んだ。
美人で優しい人なのに、シンバルさんはどうしてリリさんの気持ちに気が付かなかったのだろう。鈍感だなぁなんて思ったけど、よく考えると僕も霞の気持ちに気が付けなかった鈍感男だった。そう思うとシンバルさんのことをこれ以上は責められなかった。
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