69話 「黒幕」


 深夜の王都を十人ばかりの男達が足音も立てず駆け抜ける。彼らはとある廃屋へ着くと、物陰に隠れて息を殺す。その中に達也の姿もあった。


「べスさん、このあたりに梟のアジトがあるんですか?」


「あの廃屋だ。もう五年くらい前から使われてないボロ屋だが、最近になって見知らぬ男達が出入りするようになったそうだ。組織の主要メンバーが出入りしていることは把握している。間違いないだろう」


 べスさんは黒い布で顔を隠している。彼は手慣れているのか、他の八人にハンドサインで指示を出しつつ廃屋を包囲した。

この辺りは王都では人気のない場所に位置し、周りの建物の明かりも届かない。夜空から照らす二つの月あかりだけが頼りだ。


 周囲に誰もいないことを確認すると、仲間の一人が廃屋へ近づき聞き耳を立てる。そして、中に誰もいないことが分かると僕とべスさんは動いた。

廃屋は平屋建ての小さな家だ。どこもボロボロで、壁などは腐食が進んでいる。扉を開けると、中は薄暗くかび臭い。人が住んでいるようには到底見えなかった。


「何もないですね……」


 廃屋の中はがらんとしていて何もない。ここが闇組織のアジトだと聞いてもすぐには信じられないだろう。


「それはそうだ。ここはあくまで誰も住んでいないことになっているからな。何処かに隠し通路への入り口がある筈だから一緒に探してくれ」


 べスさんは僕にそう言うと、仲間と一緒に壁を探り始めた。隠し通路なんて少しカッコイイと思ってしまったが、すぐに気を引き締め僕も床を調べ始めた。


「これ……」


 僕はすぐに扉のような物を見つけた。正方形に切られ、明らかに何かの入り口に見える。きっとここだと思ってべスさんに報告すると、彼は首を横に振った。


「大友君、あれは偽の入り口だ。此処に踏み込んだ奴は、まず床に目が行くだろ? でも開いてみると、ただの地下倉庫ってパターンだ。大体の奴は地下倉庫に隠し通路があると思って調べるが、あるわけがない。そもそも入り口から間違っているんだからな。その間に組織の奴らはとんずらだ」


 べスさんが説明してくれると僕は納得した。冷静に考えると、床の扉はあからさまだ。まんまと引っかかってしまった自分が恥ずかしい。

 そんなことを考えている内に、仲間の一人が壁の一部を外して別の部屋を見つけたようだ。僕もすぐに確認すると、そこは窓もない真っ暗な部屋。中心に地下へと続く階段があった。


「全員警戒しろ。ここから先は殺し合いだ」


 べスさんの言葉に僕も合わせた全員が頷く。殺しは気が進まないけど、やらなければやられる。それがこの世界で学んだことだ。


 べスさんを先頭に忍び足で階段を降り始めると、僕は槍を構えて後方を警戒する。事前に役割を決めておいたのだ。もし、後ろから敵が来たとしても僕が撃退することで挟み撃ちを防ぐ予定だ。


 階段を下りきると、長い通路が現れた。壁や天井は補強すらされておらず、岩壁はむき出しのままだ。明かりもなく真っ暗な道がまっすぐ続く。


 二十mほど歩いたところで、先頭のべスさんが歩みを止めた。彼は一番後ろに居る僕にハンドサインを送ってくる。


”入り口を見つけた。今から突入する”


 僕は了解とサインを出す。とうとう踏み込むのだろう。先を見ると確かにドアらしきものが見え、隙間からは明かりが漏れ出している。それに複数の男の笑い声も。


 べスさんや他の八人がナイフを抜くと一斉に走り出した。べスさんがドアを蹴り破り、一気にアジトへとなだれ込む。

九人が椅子に座った男達の胸にナイフを突き立て、喉元を掻っ切る。悲鳴や叫び声がアジトの中で木霊し、血溜まりが床に広がった。


 アジトは八畳ほどの大きさだった。むき出しの岩肌がドーム状に整えられ、壁にはくりぬいたスペースに魔道具のランプを置いている。部屋の中心には古びた木製のテーブルが置かれ、グラスに入ったエールが飲みかけのままだ。


「ボスがいない。恐らく隣の部屋だ」


 べスさんが血にぬれたナイフを死体の服で拭うと呟く。

 部屋の中を確認するとべスさんの言う通りドアがあった。ただし、ドアは金属で造られており鍵も閉まっていた。ボスは用心深いらしい。


「鍵付きの金属扉か……時間稼ぎだな」


 べスさんは懐から道具を取り出すと、鍵穴に差し込んでカチャカチャと開錠を試みる。冒険者はこんなこともしないといけないのかと内心で驚いた。やはり同行を申し出てよかったと思う。先輩冒険者は技術と経験が違うようだ。

 ガチャンと音がすると、ドアが少しだけ開いた。べスさんは仲間にアイコンタクトを送る。多分、突入しろという合図なのだと思う。


 仲間の三人がドアを潜り、奥へ侵入すると悲鳴が聞こえた。


「殺さないでくれ! 金ならやるから、見逃してくれ!」


 ボスらしき男は懇願する。無事にボスを確保できたみたいだけど、殺さないでほしい。ボスには聞きたいことがあるんだ。僕はべスさんに視線を送った。


「この部屋の守りは大丈夫だ。ボスに用があるんだろ?」


「はい、依頼者を聞きださないといけませんからね」


 僕は奥の部屋へ足を進める。そこでは古びたテーブルが置かれ、大量の書類や金貨が山積みされていた。部屋の隅では肥え太った中年の男が、三人の男に囲まれ震えている。


 彼らに歩み寄ると、僕はボスだろう男に質問する。


「貴方はB&T紅茶会社に五人の構成員を差し向けましたよね? 誰の依頼ですか?」


「な、なにを言っている!? 俺はそんなことはしていない! 濡れ衣だ!」


 ボスは僕を見たとたん強気になった。見た目が幼いとよく言われるし、侮られたのかもしれない。もう少し男らしい顔で生まれたかったな。


「構成員の五人は梟の者だと自白しましたよ? ボスの貴方がしらない筈がない」


 僕は槍の切っ先をボスの太ももへ突き刺した。


「あぎゃぁぁぁぁぁ!」


「早く自供しないともっと苦しい拷問が待っていますよ? 素直に吐いてください」


 心の中で自分に嫌悪しつつも、僕は拷問をする事にした。べスさんに任せれば、きっと代わりに聞きだしてくれるかもしれない。けど、それじゃあ駄目なんだと思う。他人の手を汚して僕は結果だけを受け取るなんて卑怯だ。この世界で生きると決めた以上は、僕も汚れることを恐れてはいけない。そう思うんだ。


「うぐ……どうせ話したところで俺を殺すんだろ!? 見え透いた手に乗る馬鹿がいるか!」


「白状すれば殺さないと約束します。それならどうですか?」


「嘘つきめ! そう言って殺された同業者を俺は何人も知っている! それよりも金を払うから俺を助けろ!」


 僕はもう一回槍を太ももに突き刺した。今度は捻りも加える。


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「立場を考えて話した方がいいですよ? 僕は貴方の生殺与奪を握っていますからね」


「ぐぅぅ……なにが知りたい…………」


 ようやくボスは大人しくなった。あまり多用したい方法ではないが、時には脅しも有効なようだ。


「では聞きますが、B&T紅茶会社を襲うように依頼したのは誰ですか?」


「…………」


 ボスは答えない。なので僕は槍を太ももの上に移動させた。


「待て待て! 答えないとは言っていない! 思い出していただけだ!」


「じゃあ早く言ってください」


「くっ……依頼をした奴はゲルド・ローウェンだ」


 僕の中でやっぱりか、と言葉が浮かんだ。タイミングを考えると、ゲルドが一番怪しいのだ。


「奴とは長い付き合いでよ、今まで何度も奴に逆らった相手から金目の物を奪ってきた。だいたい奴に歯向かうのは貴族か商人という後ろ盾を持った連中だからよ、関係する会社や身内を襲えばどんな奴でも黙るもんだ。俺達はゲルドから標的の情報を貰って多額の報酬をいただく。奴は邪魔者が消えてホクホク顔だ」


 ゲルドは想像していたより何倍も悪辣な男だった。怒りがマグマのように沸き立つ。


「もし、ゲルドが行った犯罪を国へ証言するというのなら命は助けます」


「おい、それじゃあ俺は囚人奴隷になれってことか!? そりゃあないぜ!」


 囚人奴隷とは、犯罪を犯した者が国によって奴隷を強制され、労働者として働かされることだ。犯した罪の重さによって奴隷の期間も定められており、軽微な犯罪であればお金を払うことで免除されるそうだ。

 ちなみにアーノルドさんは無銭飲食という軽微な犯罪を犯したわけだが、お金がなかったので奴隷になってしまった。そんな場合は国も奴隷業者へ売り渡すことが多い。国としてはお金が入るし、奴隷業者も重犯罪者ではない奴隷が手に入って持ちつ持たれつの関係なのだ。


「死ぬよりはましだと思いますが?」


「…………ちっ、わかったよ。俺がゲルドの野郎の悪行を洗いざらいぶちまけてやればいいんだろ」


 ボスは悔しそうな顔をするとため息を大きく吐いた。年貢の納め時と言うのだろう。三人の仲間は縄で縛り上げる。


 隣の部屋へ戻ると、べスさん達は死体を片付けていた。構成員が身に着けていた貴金属や武器はテーブルの上にまとめられている。僕が戻ってきたことを確認すると、仲間の一人が袋をもって僕の居た部屋へ入っていった。


「あまり気を悪くしないでくれ。これもクランの仕事の内だし、金目の物は大事な収入だ。いつ飯を食えなくなるか分からない仕事だからな」


 べスさんは僕を見ながら苦笑いをする。


「でも、どうして国は闇組織を放置しているのですか? もっとちゃんと動けば治安は良くなると思うのですが」


「それは簡単だ。この国の貴族が生きにくくなるからだ。裏金、暗殺、脅迫なんてものは闇組織が専門に請け負う。それを潰されると、貴族の権力争いが難しくなる。だからこの国では見ないフリをしているのさ」


「それでも証言があれば国は動いてくれますよね? まさか門前払いってことは……」


「それは心配ない。表向きは国も犯罪者を取り締まる姿勢は見せている。大きな犯罪になれば裁判だって行われる筈だ。それに君は英雄だろ?」


 そこまで聞いて納得した。英雄の言葉は決して軽くはない。国へ話を持ってゆけば、王様は無理でもそれに近い人へ話が昇る可能性は高い。だったら遠慮なく英雄という称号を使ってやろうじゃないか。


 ゲルドに代償を払わせてやる。



 ◇



「おい、聞いたか? 大友の会社が襲われたそうだぞ。実に愉快だ」


 ゲルド様はソファーに座ったまま笑い転げる。


 自分はゲルド様の部下になってもう五年の人間だ。出会いは些細な事。魔法使いギルドの依頼をこなすために、パーティーと一緒に森へ出かけたことが運の尽きだった。またまた鉢合わせた人間が怪我をしていたので、親切心で治療をすると森の奥からゲルド様が現れ法外な金額を要求された。

 最初は猛抗議をしたが相手が英雄と言う事もあり、自分はパーティーを抜けゲルド様の部下になることを誓った。決め手は家族や知人が死んでもいいのかと脅された事だろう。だからこうして好きでもない主人へ尽くす日々を送っている。


「おい、バートン! 聞いているのか!?」


「あ、はい! 申し訳ありません! そうですね、大友も今頃はゲルド様のお話を断ったことを悔いていることでしょう!」


「ブハハハ! そうだろうな! しかし、私が会社を襲わせたことなど知らぬだろうがな!」


 ゲルド様がいくつかの闇組織と手を組んでいることは知っているが、狙い撃ちにする相手はいつも自分より低い実力者だ。これまで英雄にそのようなことはしたことがない。ゲルド様は大友を侮っている。新人の英雄と幼い見た目が相まって、ゲルド様の中では英雄という位置に置いていないのだろう。

 だが、思い出せば大友は相当の実力者だ。ゲルド様の魔法を容易く封じ、賢者グリムとも通じていると噂されている。大友の屋敷に行ったとき、自分は背筋がぞっとした。見た目とはかけ離れた強烈な気配に格の違いを思い知ったのだ。肝心のゲルド様は気が付かなかったようだがな。


 だから思う。大友はゲルド様が今まで相手にしてきた者とは違うのだと。


 笑い終えたゲルド様は、テーブルにあるコーヒーに口を付ける。その時、屋敷に轟音が響いた。音源は近く、この屋敷の玄関からだと思われる。

 複数の足音が聞こえ、何者かが屋敷へ侵入してきた。自分はすぐに杖を構えるが、ゲルド様は「私がやる」と落ち着いている。彼には敵が多い。屋敷に踏み込まれるなど、そう珍しいことではないのだ。


 部屋のドアが開かれ、入って来たのは複数の兵士達だった。そして、赤い鎧を着た騎士。


「ゲルド・ローウェン。貴殿には複数の罪状が報告され、英雄大友達也の命を狙った行為も証言されている。よって王命により貴殿を裁判所まで連行させていただく」


 騎士の言葉に自分もゲルド様も呆然とした。王命による裁判所までの強制連行。それはもはや犯罪者として確定していることを意味した。


 自分は心の中で笑みがこぼれる。


「ふざけるな! 私は英雄だぞ! そのようなことはデタラメであり、言いがかりも甚だしい!」


 ゲルド様は憤然と言い放つが、騎士は淡々と述べる。


「では拒否されるのですか? 先ほども言いましたが、これは王命です。断れば申し開きをする機会も与えられず、処刑になりますがよろしいのですか?」


「…………」


 ゲルド様は沈黙すると、ゆっくりと右手を上げる。自分は不味いと思い、すぐに身を隠した。アレは本当に頭に来た時にだけ見せる攻撃動作だからだ。


 直後に爆音が轟き、部屋の天井は破壊された。がらがらと瓦礫が降り注ぎ、兵士や騎士は思わず怯む。その隙にゲルド様は窓から飛び出した。逃げたのだ。


「くっ! ゲルドが逃げたぞ! すぐに追いかけろ!」


 兵士を率いた騎士が部屋を出て行く。自分は物陰から這い出し、屋敷の金目の物を袋へと入れて行く。


「今までの報酬としていただいて行きます」


 そう言いつつも顔はにやけていた。ようやく解放されたのだ。

 ゲルドは逃げた。もう英雄でもなければ、貴族でもない。只の犯罪者だ。


「……解放されたのはいいが、これからどうするかな。ゲルドの部下だったおかげで魔法使いギルドでは自分は嫌われている。今さらパーティーを組んでくれる奴らなんていないだろう」


 先のことを考えると、憂鬱になった。自由になったが、ゲルドの右腕として有名なった弊害が重くのしかかる。

 もちろん王都を離れるつもりはない。何故なら自分は、彼の大英雄の子孫だからだ。没落したとはいえ、ご先祖様が築き上げた王都を離れることは恥ずべき事。腐っても貴族の誇りだけは持っているのだ。


「どこかに自分を引き受けてくれるクランでもあれば…………」


 そこまで考えて、一つのクランが浮かんだ。あそこなら事情を知っている自分を引き受けてもらえるかもしれない。冒険者のクランだが、この際そんなことはどうでもいい。


 自分は主を失った屋敷を後にし、日輪の翼へと向かった。





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