67話 「襲撃者」


 ゲルドが屋敷に訪ねてきてから二日が経過し、僕たちはとある鍛冶屋に足を運んでいた。


 王都の中にある製造業が盛ん場所には、鍛冶屋も多く存在する。その中でも最も歴史が古く老舗とされているのが、モルド武器工房と呼ばれる店である。


 古びた木造建築はどこもすすだらけで、店の屋根から出ている煙突からは白い煙が絶えずモクモクと、まるで雲を創っているかのように昇って行く。そんな店の中で僕と男性は話をしていた。


「ですからお金は払います。どうかこちらで防具を造ってもらえないでしょうか」


「断る。俺は気に入った奴としか仕事をしない。文句があるなら他を当たれ」


 僕は新たな防具を造ろうと、このモルド武器工房へやってきたのだが、店主のおじさんが依頼を突っぱねてしまうのだ。まだ依頼の内容すら話していない状態でこれなのだから、この店はどうやって経営しているのか不思議に感じる。


 店主のおじさんは坊主頭に口元には豊かな黒ひげを蓄えている。体格も良く、腕には筋肉と浮き出た血管が見え、着ている麻のTシャツは大きな胸筋によって破れそうなほど引き伸ばされていた。いかにも職人だと分かる外見だ。


 しかし、店主のおじさんが気に入る相手なんて皆目見当もつかない。この場に居るメンバーでは駄目なのだろうか? それとも僕が気に入らないから突っぱねているのか? 疑問が頭の中で湧き出るが、おじさんの態度は変わらず店のカウンターで仁王立ちしたままだ。


「大友、ここは一つ私に任せてもらえないか?」


 フィルティーさんが颯爽と僕の前に出ると、さわやかに笑みを見せた。彼女ならおじさんの心を解きほぐせるかもしれない。僕の中で期待が高まる。


「店主よ、この英雄候補であるフィルティー・レイアンの頼みを聞いてもらえないだろうか。由緒ある鍛冶屋に防具を造っていただきたいのだ。八代目モルド鍛冶師のエドガー殿に是非」


 どうやらあのおじさんはエドガーと言う方のようで、鍛冶師としてはかなり有名な人のようだ。そもそもこのモルド武器工房を勧めてくれたのはフィルティーさんだし、きっと知り合いなのかもしれない。


 が、エドガーさんは呆れた顔で言い放つ。


「英雄候補? そんな物に興味はない。防具が欲しければそこにある物を買って使えばいいだろうが」


 エドガーさんは店の中にある数種類の鎧を指さした。革鎧や金属鎧など、どれも性能やデザインに優れ一目で優秀な品だと理解できる。けど、到底魔族との戦いに耐えられるようには見えなかった。


「あれでは駄目なのだ。私たちは魔族を想定して装備を整えなければならない。どうか造ってもらえないだろうか。もちろん材料はこちらで用意する」


「駄目だ。何度も言っているが、気に入った奴にしか装備は造らねぇ。俺は俺の作った物に誇りを持っている。俺が造る物と相応の奴としか仕事はしねぇと決めているんだ。とっとと帰れ」


 頑として折れないエドガーさんに、フィルティーさんはとぼとぼとこちらへ戻ってきた。


「駄目みたいだ……すまない大友……」


「良いですよ。今日のところはひとまず帰りましょう。きっと日を改めれば、エドガーさんも気持ちが変わるかもしれません」


「そうかしら? あの様子だと百年経っても変わりそうにない感じだけど?」


 リリスがそう言うと、ますますフィルティーさんは落ち込む。自分の紹介した店が話も聞いてもらえない頑固親父の店だったと知って悲しんでいるのだろう。


「では、次は私です。聖女の絶大なる力を見せてあげましょう」


 セリスが前に出ると何故か杖を構える。嫌な予感がしてすぐに止めた。


「待って待って! エドガーさんに何をしようとしてるのさ!?」


「止めないでください! きっとあの方は心の病にかかっているのです! 私の神聖魔法を頭にぶちかませば正気に戻るはずです!」


 まただ、どうしてこう聖女なのに攻撃的なのだろうか。僕は縄を取り出すとセリスをぐるぐる巻きにして床に転がした。


「フハハハハ! ならば俺の出番だな! この筋肉ですべてをまるっと解決して見せようではないか!」


 アーノルドさんはエドガーさんに近づくと、何も言わずポージングを決めた。僕たちはその様子を見て呆れる。どう考えても無理だろう。


「なっ……なんだその筋肉は!? 完璧じゃないか!」


 眼を見開いて驚愕したエドガーさんは、アーノルドさんの筋肉を食い入るように見つめ鼻息を荒くする。傍から見れば知りたくない関係のように思うだろう。


 だが、筋肉はエドガーさんにこうかばつぐんだった。


「ちっ、仕方ねぇ。こんな良い筋肉を見せられちゃあ、気に入っていねぇなんて言えねぇよな。俺も漢だ。気に入った奴の依頼は引き受けてやるさ」


 僕は心の中で飛び跳ねた。とうとうエドガーさんが折れてくれたのだ。これで新たな装備が手に入る。


 が、エドガーさんは話を続ける。


「――と、言いたいところだがこの話は引き受けられねぇ。俺じゃあお前らの防具は無理だな」


「どうしてですか!? 今、引き受けてくれると言ったじゃないですか!?」


 僕が問いただすと、彼は店の中にある椅子にどしっと座る。さっきまでは商売だったが、今からはプライベートな関係として話をするのかもしれない。仕草や雰囲気からそんな感じがした。


「さっきも言ったが、俺は相応の奴にしか装備は造らない。お前らは俺の腕以上の相手だってことだ。悔しいが造りたくても造れねぇんだ」


 どうやらエドガーさんは僕たちの実力を見抜いていたようだ。だったら最初から素直にそう言ってもらえればいいと思うのだが、彼にも鍛冶師としての意地があるのだろう。


「ですがそこを何とか……」


「心配するな。腕のいい鍛冶師を紹介してやる。その方の所まで行けば、お前たちの望む装備も手に入るだろうよ」


 彼は店の奥に行くと、一枚の羊皮紙をもって戻ってきた。それを僕に手渡す。


「これはその方までの地図だ。人里離れた場所に住んでいるから、地図がねぇと道に迷っちまうぞ」


「ありがとうございます。ちなみにその方のお名前は?」


「コンラートという名の老人だ。言っておくが失礼のない対応をしろよ? あの方は機嫌を損ねると話も聞いてくれなくなるからな」


 一体どれほどの人なのか興味と緊張感が沸きあがる。それに人里離れた鍛冶師なんて男のロマンを掻き立てる。きっとすごい武器や防具を造る人に違いない。


 そんなことを考えていると、店の中に一人の男性が駆け込んできた。


「ここにいたのですか大友さん! 早く紅茶会社に来てください!」


 その人はB&T紅茶会社の社員だった。少しだけ話をした事があるので、僕との面識はあるのだけれどその顔は青ざめている。一体どうしたの言うのだろうか。


「落ち着いてください。紅茶会社がどうしたのですか?」


「ウチの会社が襲われているのです! 英雄である大友さんなら何とかしてくれるだろうと思って探していました!」


「え!? 襲われている!?」


 今度は僕が青ざめる。


「とにかく早く会社に来てください! このままだとウチは潰れてしまいます!」


「分かりました! すぐに行きます!」


 エドガーさんに一礼すると、僕たちはモルド武器工房を後にした。



 ◇



「黙って店の権利書を渡せばいいんだよ。そうすれば社員として雇ってやるからさ。悪くない話だろ?」


「こ、断る! この会社は大友君が協力してくれて、私が建てた会社だ! 誰にも譲るつもりはない!」


 B&T紅茶会社の事務所では、五人の男達がビルを取り囲み交渉をしていた。しかし、交渉とは名ばかりの恐喝であることは誰が見ても明白だった。ビルは椅子に縛り付けられ、身動きが取れない状態。対して五人はその手にナイフを持ち、眼に入るようにちらつかせる。ビルの額から一筋の汗が流れ落ちた。


 事の発端は数時間前に遡る。


 彼らは紅茶会社に突然来ると、手当たり次第に紅茶が入った木箱を破壊し踏みつぶした。そればかりか従業員たちには腕や足などをナイフで切り付け、会社から出て行くように脅すと、事務所に居たビルを拘束したのだ。


 彼らの要求は一つ。B&T紅茶会社の権利を譲渡することだ。


 すでに紅茶は王都ではなくてはならない嗜好品として知名度を広げつつあった。その香りと味わいは多くの貴族を虜にし、元々広まっていた緑茶とコーヒーを押しのけ高級茶としての地位を獲得しつつあったのだ。その利益は月ごとに膨らみ、B&T紅茶会社は中小企業から脱しようとしつつあった。その成長はまさに破竹の勢いと言える。


 ビルの前に座る男は、ナイフを両手で遊びながら呟く。


「ああ、ついでに紅茶の特許も貰っておかないとな。報酬が減っちまうぜ」


 ビルはその言葉に一つの噂を思い出した。


 エドレス王国には会社を専門に強奪する組織があり、多額の報酬と引き換えに会社の権利を渡すと言う物だ。もし、目の前の奴らが組織の人間なら、必ず紅茶会社を襲うように依頼した者が居るはずだとビルは考えた。


 しかし、目の前の男は強情なビルにしびれを切らし始めていた。


「会社の権利書と紅茶の特許証明書はどこにある? 早く出さないとぶち殺すぞ」


 ナイフをビルの頬に当て、わずかに刃先を滑らせる。小さな切り傷からは血が垂れた。


「会社の権利書を渡すつもりはない! それに特許は私ではなく大友君の物だ! お前たちに渡す物など何一つない!」


「じゃあその大友とやらが何処にいるのかを教えろ。じゃねぇとお前の家族を殺すぞ」


「ハッ、あいにく私は独身だ。家族を殺したければ祖国を訪ねるのだな」


 ビルの祖国は遥か東にある国である。エドレス王国からは片道で三年もかかり、男達の脅しは彼には意味のない言葉だった。


「……いいから大友という奴の居場所を吐け。そいつはどこにいる」


「ここにいますよ」


 その声に男達は振り返る。そこには仲間を連れた大友達也の姿があった。





 僕は紅茶会社に辿り着き事務所に入ると、そこには男に囲まれたビルさんの姿があった。椅子に縛り付けられ、頬には切り傷が見られる。そんな光景を見ただけで怒りが沸きだした。


 ビルさんの目の前にいる男は、椅子から立ち上がると僕にナイフをちらつかせ話しかけてくる。


「お前が大友って奴か? じゃあ紅茶の特許証明書を渡してもらおうか。ビルって奴を殺されたくはないだろ?」


「ビルさんを殺せば、僕がお前たちを殺す」


 僕の忠告は冗談に聞こえたのか、男達は笑い始めた。


「お前みたいなガキに俺達がやられるわけがないだろ? 俺はこれでもCランク冒険者なんだぜ」


 ゲラゲラと笑う男達は、完全に僕を下に見ていた。僕だけでなく後ろに居るメンバーすらも脅威とは捉えていないのだ。だからCランクなのだと言いたい。きっと僕が今からすることも気が付かないだろう。


 笑っていた男達は徐々に笑みを消してゆくとバタバタと倒れて行く。ビルさんは何が起きたのか分からないまま驚いた様子だ。僕は彼に近づくと、縄を解いてあげた。


「大友君が倒したのか? 一体何をしたんだ?」


「簡単ですよ、不可視の糸を創りだして麻痺の属性を付与したんです。その糸で五人を縛っただけですよ」


 ダンジョン生活で身についたトラップ魔法は本当に有能だ。あの苦しい生活があったからこそビルさんを助けられたことを思うと、過去の自分を褒めたくなる。


 ビルさんは僕の手を取ると礼を述べた。


「ありがとう。やはり君はこの会社にはなくてはならない存在のようだ。今日の事は決して忘れない」


「いえ、ビルさんの危機を知らせてくれた従業員さんこそが一番の主役だと思います。是非、彼に礼を言ってあげてください」


「ああ、彼には後で感謝と謝礼を渡すつもりだ。しかし、この男達は誰に依頼されたのかが気になるところだ」


「思い当たる人はいますか?」


 彼にそう尋ねると首を横に振った。


「あるとすれば緑茶会社かコーヒー会社だろうな。今やライバル会社なのだから、こういった汚い手を使ってくる可能性は十分にある。この五人はまだ殺してはないのだろ?」


「ええ、麻痺させただけですからちゃんと生きています。もしかして、彼らから依頼者を聞き出そうってことでしょうか?」


「それしかないだろう。黒幕を見つけ出し叩いておかないと、我が社は何度も狙われることになる。ところで……大友君は拷問は得意ではないよな?」


 拷問と聞いてさすがに体が震えた。得意どころか一度もそんな経験はないのだから。


「さすがに拷問は……」


「そうか……では、私の知人に得意な者が居るのでそちらにお願いしよう」


 ビルさんはこういったことは慣れているのか、淡々と話を進めて行く。かつてシヴァ様が商売も戦争と言っていた言葉が思い出された。これは紛れもなく戦争なのだ。僕も会社の幹部として覚悟を決めなければならないかもしれない。




 そして、事件から二日後に五人は依頼者を白状した。





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