66話 「訪問者」


「なるほど、それでお主は落ち込んだ顔なのだな」


 グリム様は椅子に深々と座りつつそう言葉した。


 メボールから帰ってきた僕たちは、すぐにグリム様の元へ向かった。今回のクエストの依頼者はグリム様であり、クエスト達成もグリム様が判断することになっていた。なので僕はすぐにメボールで起きた出来事を話したのだ。


「はい、町の人たちは魔族の方がいいと言っていました」


「そこが王国が手を焼いているところじゃ。何故魔族に占領された土地が取り戻せないか理解できたか? 盲目な民は支配者などどうでもよいのじゃ。魔族であろうといい暮らしができると思えば簡単に転がる。それが絶望だと分からぬままな」


「絶望ですか?」


「左様。魔族にはヒューマンなど虫けらにも劣る存在じゃ。今は一時の娯楽の為に利用しておるが、時が来れば冷酷に殺し尽くすだろう。事実、メボールの隣町やさらにその隣町はすでに存在しておらぬ」


 そこでようやく気が付いた。今回のクエストは、王国の現状を僕に知らしめるために依頼された物だと言う事に。


「王国は今の状態があと百年も続けば滅亡するだろう。いや、もっと早いかも知れぬ。真綿で首を絞められていることに誰もが気が付いておらぬ。実に恐ろしい計略じゃ」


「ならば一刻も早く対抗手段を!」


 そう言うと、グリム様は杖で僕の頭を叩く。


「そんなことは分かっておる。じゃが、民の心をそうやすやすと取り戻せる物でもない。今は伏して力を蓄える時じゃ」


「力ですか?」


「そうじゃ。魔族の中枢を叩くのじゃ。じゃが、今はまだ難しいであろうな」


 魔族の中枢? それって魔王の事かな? もし、魔王に勝つことが出来れば、この国は救われるのかな? 


 話は終わり、帰ろうとするとグリム様が僕を引き留める。


「これこれ、クエストの達成を受け取っておらんであろう? 取ってきたリザードマンキングの素材を出すがよい」


「え? リザードマンキングの素材が必要なのですか?」


「馬鹿者! ちゃんとクエストの依頼書を読め! 儂はちゃんとメボール奪還とリザードマンキングの素材の調達と書いておったぞ!」


 すぐに依頼書を取り出すと、確かに小さくリザードマンキングの素材と書かれている。けど、のたくった字でよく見ないとそうだとは分からないレベルだ。グリム様は字が汚いから困る。


 ストレージリングからリザードマンキングの皮などを取り出すと、グリム様は手に取り何かを確認しはじめる。


「ふむ、損傷も少なく比較的綺麗な状態じゃの。よかろう、クエスト達成と認めてやろう」


 引き出しからジャラジャラと鳴る革袋を取り出すと僕に手渡した。一応だが、革袋の中を覗くと予想よりも多く金貨が見える。


「こんなに貰っていいのですか? 依頼書に記載されている二倍の金額が入ってますよ」


「構わぬ。お主はクランを作ったと聞いておるからの、色々と必要じゃろう。それよりも儂はこれから重大な会議があるので、お主たちは帰るが良い」


 グリム様は懐から取り出した懐中時計をちらりと見ると、僕に早く帰れと軽く手を振る。重大会議というのには興味はあるが、まだ英雄になりたての僕では参加することはできないのかもしれない。


 そそくさと塔を降りると、出口では三台の豪華な馬車が止まっていた。それに馬車を一目見ようと集まる人だかり。一体誰が乗った馬車なのか気になった。


「いたたた……長旅は腰に堪えるわい……」


 一人の老人が馬車から降りてくると、やじ馬から喝采があがった。


 紫の尖がり帽子に仕立てのいい紫のローブを身に纏い、右手には古びているが風格を漂わす杖。白く長い髭が口元から延び、その老人の威厳を余すことなく知らしめる。


 僕は思わず駆け出してしまった。


「シヴァ様!」


「ん? おお、その顔は大友ではないか。君の噂はパーダムにまで届いておったよ、新たな英雄は魔族を倒し大迷宮すら踏破したと」


 シヴァ様は駆け寄ってきた僕に微笑むと、自身の白髭を撫でる。相変わらず落ち着いた雰囲気とどこか神秘的な感じを漂わせている。グリム様も見習ってほしいものだ。


「でもどうして王都にいらっしゃるのですか? シヴァ様はパーダムの知恵の塔で魔法の研究をされていましたよね?」


「儂とて何もなければずっとそうしていたいが、そうはゆかぬが賢者の定めじゃの。もうじき”嵐”が起きる。儂たちはその前に話し合っておかねばならぬ」


「嵐?」


 シヴァ様の言っている意味が理解できず首をかしげると、二つの馬車から一人ずつ老人が現れた。


 一人の老婆は赤い尖がり帽子に赤いローブを身に纏い、シヴァ様同様にやはり右手には杖を持っていた。ただし老婆と言ってもその姿は六十代の初老にしか見えず、長い白髪を後ろにまとめている。


 もう一人の老人男性は、蒼い尖がり帽子に蒼いローブを身に纏い、やはり古びた杖を持っていた。長い白髪は三つ編みにされ、短めの白髭が鼻の下と顎に蓄えられている。身長が高めな上にダンディーな顔は、きっと若いころはモテたんだろうと想起させる。


「シヴァ、その子が例の子かい?」


「おお、ビアンヌ。それにボルドも久しいの」


「コイツがシヴァとグリムのお気に入りか……」


 ビアンヌと呼ばれた老婆はシヴァ様と話をしているが、ボルドと呼ばれた老人男性は僕に近づきじろじろと全身を眺める。もしかしてグリム様やシヴァ様と同じ賢者なのだろうか。


 すると、ボルドと言う人が急に僕の背中に背負っている槍を掴んだ。


「この槍は……おい、この槍をどこで手に入れた?」


「え、あ、ブライアンさんからいただきました」


「お前はこれを扱えるのか?」


 ボルド様は鋭い視線で僕を見つめる。


「ええ、まぁ一応ですが……」


 返答すると、ボルド様はシヴァ様に声をかけた。


「おい、こいつは逸材じゃないか! よくこんな小僧を見つけてきたな!」


「そうじゃろう、儂もその槍を見た時は少々驚いた。偶然かはたまた運命かとな」


 グリム様とボルト様が話をしている間に、今度はビアンヌ様が僕の元に来て見物する。しばらくすると深く頷いた。なんだか意味深な感じだ。


「あ、あの、僕の槍が何か問題なんですか?」


「んん? 坊やはこの槍の事を何も知らないのかい?」


 ビアンヌ様は僕の顔を覗き見る。その眼は心を透かし見るような不思議な視線だ。


「はい、師匠の師匠が槍の事は製作者に聞けとか……けど、製作者も教えてもらっていないですし……」


「その槍はね、”第五の賢者”と呼ばれる奴が造った槍なのさ」


「第五の賢者?」


「アタシら四人の賢者は大魔法使いムーア様の弟子だけど、実はもう一人弟子が居たのさ。そいつは鍛冶に目覚めちまいやがって、今じゃあ鍛冶師の賢者だとか呼ばれているよ。その槍はそいつが最高傑作だと言っていた武器なのさ」


 第五の賢者に最高傑作の槍。僕の槍にそんな秘密が隠されていたとは驚きだ。ビアンヌ様に槍の事をもっと聞こうとしたところで、懐中時計を眺めるシヴァ様が声を発した。


「ふむ、そろそろ時間じゃの。では大友、儂らは会議があるので失礼するぞ」


 シヴァ様の声に二人の賢者様も塔の入り口へと歩き出す。


 僕たちも塔の敷地から出ようとしたところで、振り返ったシヴァ様から声がかかった。


「そうじゃ大友。儂が渡した魔法書はまだ持っておるか?」


「ああ、はい。ちゃんと持っていますし、時々読んでいます」


 シヴァ様は僕に言い聞かせるようにゆっくりと話す。


「けっしてあの魔法書を失くすではないぞ? よいな?」


 そう言うと、今度こそシヴァ様は塔の中へ入っていった。


 貰った魔法書とは、様々な魔法陣が記載されその効果と発動方法などが印されている古い本の事だ。でも、売られている魔法書とそこまで変わりがない内容なのだが、もしかして貴重なものだったのだろうか? だとすれば、失くさないように気を付けないといけない。


 塔の敷地から出ると、僕たちは屋敷に向かって歩いて行く。街の中はどこもかしこも賢者様の話題で井戸端会議が行われている。やはりあの四人はすごい御方たちなのだと実感した。


「ねぇ、早く屋敷に帰りましょ。紅茶を飲みながらゆっくりしたいわ」


 リリスが不満を垂れる。ずっと静かにしていたが、そろそろ限界のようだ。


「フハハハハ! 魔族っ子には賢者のすばらしさが分からぬようだな! しかも、あの四賢者が一堂に会するなど五十年ぶりのことなのだぞ!」


 アーノルドさんの言う通り四賢者が王都に集まった事で街の中は騒めき立っていた。五十年ぶりなら当然のことかも知れない。グリム様が言っていた重大な会議とは賢者だけの話し合いのようだ。同時に嫌な予感も感じる。

 シヴァ様は”嵐”が来ると言っていた。そして、賢者の王都集結。何かが起きる前触れと見ていいのかもしれない。


 一体何が起きるのだろうか。



 ◇



 魔法使いギルドのクエストから数日が経過し、僕たちは紅茶を飲みながらのんびりとしていた。もちろんいつもこんな感じではないが、時間に余裕がある時にはリラックスしておくのも冒険者の務めだと思う。


「ご主人様、お客様がお見えです。お会いになりますか?」


 シェリスさんがメイド服で部屋にやってきた。すっかりメイド役が板についてしまったが、彼女はその首に赤い首輪を嵌めている。

 僕としては首輪を嵌めることに抵抗があったが、アーノルドさんがエルフを野放しにしては危険だと言う事で已む得なくそうしたのだ。ただ、シェリスさんは「私の美しさが罪なのですね」と言っていたので案外どうでもいいのかもしれない。


 僕はすぐにシェリスさんに返答する。


「じゃあ応接室に案内してください。ちなみにどなたか分かりますか?」


「確かゲルド……とか言っていましたが?」


 うげっ、ゲルドなのか……。クエストの時は僕が誰かよくわかっていない様子だったし、手紙を送っていたことを後で思い出したのかもしれない。正直、あの人は苦手なのだがどう対応したものか悩む。


 とりあえず応接室に向かうと、扉の向こうからブツブツと声が聞こえる。


「新参者の英雄が私を待たせるとは生意気め。力を見せつけて上下関係をはっきりさせてやる」


「しかしゲルド様、ここは英雄大友の屋敷にして日輪の翼のクラン本部です。このような場所で暴れては外聞が……」


「そんなもの英雄を手駒にできるのなら安い物だ。もうすぐ大友とやらが来るが、お前は余計なことを言うんじゃないぞ。予定通りの対応をしろ」


 ああ……会いたくないなぁ……でも、これが有名になると言う事なんだろうな。


 大きな溜息を吐いて、すぐに気持ちを引き締めた。そして、ドアを開けて部屋の中へ入る。


「お待たせしました。僕が大友達也です」


 ソファーに座っていたゲルドは紅茶を飲んでいた。その後ろにはクエストで助けた、丸メガネが特徴の男性の姿が見える。彼らは僕を見ようともせず返事すらない。なるほど、手紙では下手にでていたが今日は強気の姿勢らしい。


「それで今日来られた用件を聞きましょうか」


 対面のソファーへ座ると、シェリスさんが出してくれた紅茶に口を付ける。しばしの無音が流れ、ゲルドが口を開いた。


「私の配下になれ。用件はそれだけだ」


 僕の顔すら見ずに彼はそう言った。


「なるほど、配下ですか」


 すでに彼の後ろに居る魔法使いは、僕の顔を見て驚いている様子だ。ようやく僕が誰なのか気が付いたのだろう。ゲルドは未だに気づかぬまま話し続ける。


「そうだ配下だ。英雄になりたてのひよっこでも、配下にしてやるくらいは価値がありそうだと思ってな。これは破格なのだぞ? 私の配下はそう簡単にはなれぬからな」


 部下と配下の違いなんて僕にはわからないが、あまりにも傲慢な態度と言動に少しだけ怒りが沸き起こる。このまま追い返してもいいが、この手の人間はまた来るだろう。なので、ここは力の差と言うモノをはっきりさせておくべきだろう。


「なるほど、では貴方が僕の主に相応しいか確かめさせてもらいましょうか」


「ふん、そんなもの――」


 紅茶を飲もうとした彼は、さりげなく僕の顔を見て噴き出した。


「ごほっごほっ! お前はいつぞやの小僧ではないか!」


「あの時はちゃんと名前を言いましたよ? 気が付かなかったのはそちらの落ち度ですよね」


「……ちっ、まぁいい。あの時の小僧ならば話は早い、私はお前のことも探していたからな同一人物ならばあの実力にも納得がゆく。もう一度言うぞ私の配下になれ」


「ではそれにふさわしい実力を見せてください。それならば僕も配下になるか考えますよ」


 ゲルドは「ではすぐに見せてやろう!」と立ち上がり、左手を僕に向けた。しかし、数分しても彼の左手から魔法が放たれる様子はない。


「馬鹿な!? なぜ私の魔法が発動しない!?」


 彼は狼狽え始める。


「それは当然です。貴方の身体は僕の魔力によって掌握されているのですから」


 実は会話をしている最中からゲルドの体に魔力を纏わりつかせていた。前々から考えていたのだが、他人の魔力はまじりあわないという特性があるのならいっそう覆ってしまえば魔法が使えないのでは? と思っていたのだ。


 ゲルドは眼を見開いたまま後ずさりした。


「他人の魔力を封じ込めるだと!? ば、馬鹿な!? それがどれほどの事かお前は分かっているのか!?」


「いえ、よく分かりませんが、貴方は魔法が使えないのならそれが答えです」


「ふざけるな! 魔力の掌握とは封じ込める相手よりも多くの魔力をもって初めてできる高等術だ! お前みたいな若造にできる技術ではない! さては魔力を吸い取る魔道具でも用意していたか!」


 ゲルドは立ち上がると憤慨した。

 しかし、魔力を吸い取る魔道具というのは初耳だ。世の中にはそんな物もあるのだと密かに驚く。


「もういい! 私にこのような恥をかかせたことを身をもって後悔させてやるからな! 帰るぞ!」


 魔法使いの男性を連れてゲルドは帰っていった。


 怒らせてしまうとは失敗だ。僕の予想では、実力がはっきりして彼が諦めてくれることを想像していたのだが、思っていたよりもプライドが高かったようだ。


 ただし、英雄相手に魔法封じが通用することは収穫だったと思う。他の英雄にこんなことをすれば間違いなく無礼に当たるし、僕としてもゲルド相手だから試せたことだ。とは言っても魔法封じは一対一でなければ使えない技術だし、次もゲルドが同じ手に引っかかるとは思えない。あの捨てセリフを考えると今後も警戒が必要だろう。



 しかし、ゲルドは数日後に思いもよらない方法で僕に攻撃を仕掛けてきた。







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