65話 「ゲルド」


 ワニのような頭部を持つ人型の魔物は、リザードマンと呼ばれている。彼らは魔物の中でも中級に位置し、ごつごつとした濃緑の皮膚と強靭な肉体が特徴的だ。重ねて知能も高く、人語を解し手に持った武器で巧みに攻撃してくることでも有名である。


 二十匹程のリザードマンは手に錆びかけた鉈を持ち、十五人の魔法使い達を圧倒していた。一振りで彼らの杖を砕き、鋭い牙が生えそろった顎でローブごと嚙み千切る。明らかに戦っている十五人では勝てる相手ではなかった。


 それでも魔法使い達は、必死で魔法を行使する。


「ファイヤーボール!」


 魔法使いの手から直径一mほどの火球が出現し、リザードマンへ放たれる。だが、火力が弱いのか、リザードマンが腕を振り払うと火球はかき消される。どうやら魔法使い達の魔力が尽きかけているのが原因だと推測した。


 見かねた僕たちは冒険者達の前に飛び出すと、各々の攻撃を繰り出す。


 アストロゲイムで一匹の首を切り飛ばすと、すかさず槍先から闘気を飛ばす。鋭く尖った矢のような闘気は、もう一匹のリザードマンの心臓を貫いた。


 アーノルドさんは足に込めた闘気とサンダルの性能のおかげで、目にもとまらぬ速さでリザードマンの胴体を斧で両断した。そして、勢いのまま後ろに居たリザードマンをも切り飛ばす。遠心力がついた斧は止まらず、襲い掛かる敵の攻撃をかわしつつ鈍重な斧は風を切りながら肉片と鮮血をまき散らしていた。


 リリスは拳を使わず魔法を使って攻撃をしていた。黒き風が彼女の周囲でうねり、近づくリザードマンを一瞬で切り刻んでいた。けど、周りにある家すらも破壊しているので、もう少し考えて魔法を使って欲しい。


 気が付けば二十匹もいたリザードマンが死体の山と化していた。これで中級? と言いたくなるような手応えのなさに僕は驚きを隠せない。大迷宮での経験は間違いなく僕を強くしてくれていたのだ。それに二人の動きも以前とは違うように感じられた。特にアーノルドさんは、比べ物にならないほど強くなっている。


「フハハハハハ! 俺の肉体がいつもに増して喜びに震えているぞ!」


 死体が散乱するど真ん中でポージングをするアーノルドさんは、いつも以上に元気なようだ。闘気は肉体を活性化させる働きもあるので、彼の言っている事は少しだけなら理解できる。そう、少しだけだ。


 僕は振り返ると、すぐに負傷している魔法使い達の元へ駆け寄る。彼らは魔法だけで戦っていたのか、腕や足などに深い切り傷を負っていた。丸い眼鏡をかけた黒短髪の男性へ近づくと、すぐに傷の手当てを行う。


「あ、ありがとう……うぐぅ!」


「少し痛みますが、我慢してください。今から水で洗浄して薬草を擦り付けますから」


 紺色のローブを身に付けた男性の足に薬草を擦り付けると、その上から包帯を巻いて行く。学んだ薬草の知識が役に立ったようだ。


「おい、勝手に手当てをするな。そいつらは私の部下だぞ」


 中年の男がそう言って手当をしていた僕を押しのけた。そして、足を負傷している男性の脚を蹴り飛ばす。


「うぎゃぁぁぁ!?」


「これくらいで動けないとは情けない。それでも私の部下か」


「止めてください! 彼は怪我をしているんですよ!?」


 中年の男は僕を頭から足先まで見ると鼻で笑った。


 男は仕立ての良い黒色のローブを身に纏っており、黒い髪はオールバックにしていた。眼は三白眼に鷲鼻とカイゼル髭が、高貴にして傲慢な印象を感じさせる。手に持った杖は蛇の頭部を模した飾りがついており、イギリス紳士が持っているだろうお洒落な杖に見える。


「怪我がどうした? 私の部下は私の物だ。私が自分の物をどうしようと勝手だろう?」


「ですが、このままだと死んでしまいますよ!?」


「くどい。私の成果を横取りしておいて実に腹立たしい子供だ」


 僕と中年の男が口論をしている間に、怪我をしていた男性はよろけながらも立ち上がっていた。そのことに気がつくと、中年の男は髭先を摘まみながらわずかに笑みを見せた。


「よしよし、まだ戦えるな。魔法使いならそれくらいの根性を見せなくてはな」


「まだ立ち上がれる状態じゃ——」


 男性に手を貸そうとすると、紺色のローブを着た男性は手の平を見せて僕を止める。だが、負傷した足からは血液がしたたり落ちていた。


「どこのだれかは知らないが、助けていただきありがとうございます。ですが、これ以上はおやめください。貴方の為です」


「でも……」


 彼は首を振り頑なに拒んだ。


「主人よ、応急処置は終わったぞ」


 声に振り返るとアーノルドさんとリリスが戻ってきていた。二人で他の人たちを手当てしたのだろうが、リリスの手は汚れていないので見ていただけだと推測する。


 その様子を見た中年男性がまたしても発言する。


「私の部下を勝手に手当てした責任を取ってもらうぞ。金貨百枚だ」


「え? 責任?」


 僕はぎょっとする。手当をしてお金を要求されるなんて初めて聞いた。新手の詐欺だろうか?


「当然だろう。私は英雄ゲルドだぞ? 英雄の所有物に勝手な事をしたのだから責任を問われて当然だ」


 意味不明だ。言っている意味が理解できない。それに目の前の中年男性が英雄だと言う事にも失望を感じる。確かに首からは英雄のネックレスが下げられていたのだ。


 だが、あえて僕は断る。


「お断ります。貴方の言っている事は滅茶苦茶だ。手当をして感謝されることはあっても金銭を請求される謂われはありません」


「くっくっくっ、馬鹿な子供だ。見る限りでは冒険者のようだが、私は英雄だぞ? 英雄の要求を断ればどうなるか知らぬようだな」


「では教えていただきたいです」


 中年男性が杖を僕へと突き付けるので、こちらは槍の切っ先を向けてやる。魔法使いが杖を相手に向ける時は、攻撃合図なのは僕も知っている。地球で言うのなら銃口を向けているのと同じ行為だ。


「いいだろう。魔人が居るだろうと思って余力を残していたが、私と戦うつもりなら予定変更だ。英雄の恐ろしさを体に叩き込んでやろう」


「そうですか。ちなみに僕は大友達也と言います。貴方はゲルド・ローウェンですね」


「なんだ私の名前を知っているのか。では、ますます痛めつけねばなるまいな。お前たち三人は、私に金貨百枚を払うまで部下として働かねばならないからな。今から上下関係と言う物を徹底的に覚えさせておくとしよう」


 ああ、そう言う事か。ようやく納得した。

 部下と言っているが、ゲルドと言う男は難癖をつけて不当にお金を要求し、払えない場合は無理やり戦わせていたんだ。だから紺色のローブの人は僕の助けを断った。助ければこうなることが分かっていたんだ。


 しかし、ゲルドと言う名前には聞き覚えがある。たしか紅茶会社に手紙を残していった人物の名前ではなかっただろうか。そうだろうと思ってあえて名前を言ってみたが、ゲルドは自分が手紙を出した相手だと気が付いていない様子だ。


 僕とゲルドの周りに居た人間は離れて行き、町のど真ん中で戦いの火ぶたは切られた。


「フレイムボール」


 ゲルドは一秒もかからず五m級の火球を創り出すと僕に向けて放つ。その程度の攻撃で倒せると思っているのなら随分と舐められていると思う。


 槍を真下から切り上げると火球はいともたやすく真っ二つになり、炎は小さな爆発を起こしながら消えて行く。


「腕はあるようだな。しかし、今のは小手調べだ」


 ゲルドが左腕を伸ばすと、腕に複雑な魔法陣が描かれていた。魔法陣は青く発光をすると、ゲルドの周囲に炎の剣が無数に創り出される。切っ先は全て僕に向いていた。


「オリジナル魔法”炎剣乱舞ソードダンス”」


 次々に炎の剣が射出され爆発が起きる。一発一発はそれほど威力はないが、速度と数を増やすことでダメージは二倍にも三倍にも跳ね上がるようだ。


 百発に届くころになってようやく攻撃は止んだ。僕の周りには大量の白い煙が漂い、抉れた地面がクレーターのように形作っている。


「くくく、ついついやりすぎてしまったようだな。これでは原型すら残ってないかもしれんなぁ」


 ゲルドは僕が死んだものと思ったようだ。まだ爆発の余波で白い煙が立ち込めているので、そう勘違いしても可笑しくはない。けど、すぐに判断するのは愚かだと言える。


光風ライトウィンド


 光の風が煙を吹き飛ばし、槍を構えままの僕は姿を現した。光り輝く半球状のドームが僕を覆っており、クレーターの中心に居ながら攻撃が及ばなかったことをまざまざと知らしめていた。


「ちっ、予想以上の実力者であったか……ならば——」


 そう言いかけたところで僕たちの周囲が爆発する。規模は大きくないが、二軒ほど家が吹き飛んだ。


 幸い僕はバリアを張っていたおかげで無傷だが、ゲルドは足を負傷したらしく血を滴らせていた。


「うぐぅ……私に攻撃をしてくるとは何者だ……」


 彼は部下の肩を借りて立ち上がると、攻撃が飛んできた方向へ杖を向ける。僕もバリアを解除すると、槍を構えて次の攻撃に備えた。


 ソレは町の奥からやってきた。歩くたびに地面が揺れ、重みのある音が響き渡る。


「ヒューマン共が俺様の留守中に暴れていると聞いて戻ってくれば、可愛い子分たちが殺されているじゃねぇか。許せねぇな」


 濃緑の体色にごつごつとした体表。背中には赤いヒレが生え、盛り上がった筋肉は威圧感を漂わせる。クロコダイルのような顔は、黄色い眼が獰猛さを掻き立て生えそろった牙は鉄すらかみ砕いてしまいそうだ。


 身の丈およそ三mほどのリザードマンが、地面を踏み鳴らしながら姿を現した。


「もしかして魔人?」


 僕の言葉に、家の屋根で見物をしていたリリスが助言してくれる。


「あいつは魔物のリザードマンキングね。強さは上の下って感じかしら。魔人並みに強いから、あいつが町を取り仕切っていると見ていいと思うわよ」


「リザードマンキング……」


 強そうな魔物が出てきたと思う。それに魔物の上級クラスと戦うのはこれが初めてだ。どれほどの強さなのか興味が沸く。


 ——が、そんな僕を押しのけてゲルドは進み出る。その歩みは心許ないが、戦えない程ではないようだ。


「邪魔だ、冒険者風情が出る幕じゃない。アレは私の獲物だ」


「そんな怪我で戦うつもりですか? そもそも僕たちはメボール奪還というクエストを受けて此処まで来ています。貴方こそ出る幕じゃないと思いますよ?」


「ふん、クエストを受けているからと言っていい気になるな。英雄ならば誰かに言われずとも戦うのは当然の事。ギルドを介してしか仕事が出来ぬお前たちと一緒にするな」


「……」


 ゲルドの言う事は一理ある。僕は賢者様やギルドの命令だけで冒険者としての仕事をしてきた。言うなれば言われた通りのことをすれば、報酬が保障されていると言う事だ。でも、今の僕は英雄だ。

 英雄と呼ばれる人間は、誰かに命令されたから助けたり戦ったりするのではないと思う。率先して何かをするからこそ英雄と呼ばれるのだと言う事だ。悔しいが英雄としての経験を先に積んでいるゲルドは僕よりも先を歩いていると感じた。


「私が町を救えば住民からも金を踏んだくれるし、ますます名声は高まるな。ククク、これだから英雄業は止められぬのよ」


 前言撤回。ゲルドは想像通りゲスのようだ。けど、こちらもグリム様の依頼な上に仕事だから譲るわけにはいかない。


「こちらも仕事なので敵を譲るわけにはゆきません。と言う訳でここは早い者勝ちと言う事でどうでしょうか?」


「……よかろう。では先手必勝。私から先に攻撃をさせてもらう」


 しまったと思った時は遅かった。ゲルドは杖を構えると魔法を構築する。


「私の得意な魔法で仕留めてやろう——オリジナル魔法”灼熱紅蛇クリムゾンスネーク”」


 全長約十mほどの炎の蛇が出現すると、空中で身体をくねらせリザードマンキングへと突撃する。直後、周りの家すらも消し飛ばすほどの爆発が起きた。とても町を救うために来たとは思えないような遠慮のない攻撃。


 だが、爆発の中心から赤く発熱する地面を踏みしめてリザードマンキングは姿を現す。焼け焦げたような跡が見られるが、大したダメージではないようだ。


「ヒューマンにしては良い攻撃するじゃねぇか。それじゃあこっちも本気を出すとするか」


 リザードマンキングは腰に装備している大きな鉈を抜いた。その瞬間、殺気が膨れ上がる。完全に戦闘態勢に移行したようだ。ゲルドはそれを見て舌打ちする。


「見た目以上に頑丈な奴め……よし、後はお前に任せた。私は大事な用があったことを思い出したのでな、これで帰らせてもらう」


 僕の肩をポンポンと叩くと、彼は風のように軽やかに逃走した。彼の部下たちも後を追って逃げ出し、わずか数秒で完全撤退を果たしたのだ。


 戦う気だったリザードマンキングは、拍子抜けしたのか頭を掻いてあきれ顔だ。


「おいおい、逃げんじゃねぇよ。つまらねぇだろ」


「じゃあ今度は僕が相手するよ」


 リザードマンキングにそう言うと、ようやく僕の存在に気がついたのか少しだけ嬉しそうな表情をした。というかワニ顔なので本当にうれしそうなのかは判別不能だ。そんな感じがしたと言うだけ。


「ここはお前で我慢してやろう、いつでもかかって来るが良い。遊んでやる」


 鉈を鞘に納めるので、少しだけムッとしてしまった。完全に僕を侮っているのだ。だったら此処は一つ僕がどれだけ成長したのかを試させてもらおう。


「じゃあ遠慮なく……」


 全身に闘気を流し闘槍術を放つ。



 闘槍術 【オーラスラッシュ】



 切っ先から放たれる三日月の闘気が、鋭い刃と化してリザードマンキングへと向かう。以前と変わりその大きさや速度は二倍にもなり、厚みは紙のように薄く切れ味確かだ。


 オーラスラッシュは一瞬でリザードマンキングの首を通過した。


「なんだ今のは? 赤い物が一瞬見えたが——あげぇ?」


 頭部が滑り落ちるように地面へと落下した。頭を失った首からは血流が噴き出し、身体は倒れる事もなく直立不動。落ちた頭部も少しの間だけ瞬きをすると、瞳孔が開いていった。


「当然の結果ね。今の達也じゃそこらの魔物では太刀打ちできないわ」


 いつの間にか僕の横に来ていたリリスが呟く。


「上級の魔物を瞬殺とはさすが主人だな」


 斧を肩に担いだアーノルドさんが感心したように話す。


「僕もこんなに強くなっていたとは思っていませんでしたよ。とりあえず解体しましょうか」


 リザードマンキングを解体し始めると、町の住民がゾロゾロと家から出てくる。その表情はなぜか怒りに染まっていた。一人の中年男性が僕に近づくと怒鳴り始める。


「なんてことをしてくれたんだ! これでまた王国に税を払わないといけなくなったじゃないか!」


 それを皮切りに町民たちは石を投げ始める。


「止めてください! 僕たちは町を魔族から取り戻すために——」


 僕の額に石が当たる。けど、誰も僕の言葉を聞いている様子はなかった。


 こんなことってあるのだろうか。魔族から解放するために此処まで来たのに、彼らは魔族が支配していた方がいいと言っているのだ。予想外の事態に僕は混乱し始める。


「主人よ、此処は離れた方が良さそうだぞ」


「そ、そうですね」


 リザードマンキングの死体をストレージリングへ入れると、僕たち三人はすぐにメボールを去る事にした。後ろからは大勢の人々の怒声が聞こえている。


 町から離れた場所まで逃げてくると、隠れていたロキが駆け寄ってきた。


「きゃうぅ!」


 ロキを抱きしめ先ほどの出来事を振り返る。


 彼らは王国へ戻ることを拒否していた。それは言葉通り税を徴収される生活に戻るからだろう。王国の税金とはそんなにも高いのだろうか?


「アーノルドさん、王国の税金って高いんですか?」


「ふむ、三割ほどだがそれほど高いとは思えんな。だが、魔族は税を徴収などしないからな、それと比べるとあの町の住民には魔族の方が良かったのだろう。俺としては魔物と良好な関係を築けるとは思えんが、あの町は違っていたのかもしれんな」


 アーノルドさんの言う通り、あの町はリザードマンたちと良い関係を構築出来ていたのかもしれない。だとすれば僕たちがあの町へ踏み込んだのは間違いだったように思う。なぜグリム様はこんなクエストを僕に与えたのか疑問だ。


「あいつら私に石を投げてきたわ。殺してやろうかしら……」


 リリスは先ほどの出来事にご立腹のようだ。早く紅茶を飲ませないとますます怒り狂うかもしれない。


 僕は魔法の絨毯を創ると、皆を乗せて空高く舞い上がった。一応クエストは完了したと思うが、妙に心に突き刺さる終わり方となってしまった。魔物や魔族を倒すだけで本当に平和な世の中が訪れるのか、僕はそのことが頭から離れずに考え続けていた。




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