64話 「メボール奪還」


 僕たちは今、王都から西へと移動している。目指す場所は西の辺境の町メボール。


 魔法使いギルドから受けたクエストとは、文字通りメボールという町を奪還すると言う事だ。では何から奪還と言う事になるが、もちろん魔族からだ。

 エドレス王国の西側は、魔国と接しているため危険地帯で知られている。特に国境付近は最前線と呼ばれ、年々少しずつ占領され国境は東へと移動しているありさまだ。


 そして、今回のクエストは最前線より西に移動した場所にある町メボールを奪還する事にある。


「——占領している町には魔族はいない?」


「そうよ。私たち魔族がわざわざ出向くような場所でもないでしょ? そう言うのは大体配下の魔人にさせているわ」


「フハハハ! 魔族だろうと魔人だろうと戦って見せるぞ! 俺の鍛え抜かれた肉体ならばもはや魔族など恐れるに足らず!」

 

 空飛ぶ絨毯で移動中の僕たちは、これから行くメボールについて話し合っていた。


 リリスは横になってロキとお昼寝中だけど、話は聞いているみたいで時々助言をくれる。アーノルドさんはポージングをしながら日光浴だ。飛行中は座っていてほしいけど、ムラなく日焼けするには立っていないとダメらしい。そんなにも黒くないと駄目なのか疑問を感じる。


 一応、フィルティーさんとセリスには声をかけようと思ったけど、リリスが今回は三人だけで大丈夫と言い張るので連れてきていない。僕としては回復役のセリスが居ない事に少し不安を感じる。三人だけで本当に大丈夫なのだろうか?


「心配ないわよ。今の達也なら中位の魔族でも敵わないわ。あのリンディニウムを倒したんでしょ? だったら上位魔族と対等に戦える筈よ」


「あの時はリンディニウム——リヴァイアサンは油断してたから勝てたんだよ。運が良かったんだ」


「運も実力の内よ。上位魔族でもリンディニウムに負けた奴は山ほどいるもの。一体どんな攻撃をしたのか気になるわ」


「うん……秘密かな」


 メンバーにはリヴァイアサンを倒した方法は教えていない。雷光槍ヴァジュラは奥の手であり、できればこのまま封印したい魔法だ。もし誰かにこの魔法を知られたらと考えるとゾッとしてしまう。


「そう、まぁいいけど。今の達也ならこんなクエスト簡単よ」


 そう言いつつリリスはロキを抱いたまま布団にもぐる。相変わらず布団だけは何処に行っても持ち歩いているので、随分と気に入っているのだろう。


 空飛ぶ絨毯は涼しい風を受けながら西へと進む。メボールまであと一時間くらいはかかりそうだ。


 のどかな風景を見ながら、クエストに出発する前の事を思い出した。



 ◇



 四ヶ月近くも放置していた紅茶会社の事が気になって、B&T紅茶会社へ足を運ぶと大勢の人が会社を出入りし木箱が大量に置かれていた。最初は経営に失敗して倒産したのかと思ったが、木箱を抱えるビルさんを見つけてすぐに駆け寄った。


「ビルさん! これはどうしたんですか!?」


「おおっ、大友君か! 英雄になったって噂は聞いているぞ! おめでとう! ああ、これは紅茶が繁盛し過ぎて追加の茶葉を運んでいるんだ」


 ビルさんは笑顔で木箱を馬車に乗せると、首にかけたタオルで顔を拭く。


「いやぁ私も長年商売をしているが、こんなに忙しいのは初めてだ。紅茶は本当にいい商売だよ。今じゃあ持っていた会社を手放して紅茶一本に絞ったくらいだ」


「ビルさんって確か複数の会社を経営していましたよね。それを手放したのですか?」


「ああ、紅茶会社はまだまだ大きくなる。持っていた会社を知り合いに売って、手に入れた資金で紅茶会社をもっと大きくするつもりだ。すでに生産数を増やしたんだが、それでも追いつかなくて困っている」


 そう言いつつもビルさんの顔はまるで困っているようには見えなかった。


 会社を見ると確かに当初の大きさよりも、かなり大きくなっている事が分かる。恐らく倉庫を建てたのだろう。


 ビルさんに案内されて会社の事務へ行くと、綺麗な女性が僕に紅茶を出してくれた。磁器で作られたティーカップは紅茶を色鮮やかに見せている。

 そこで気がついた。王都では磁器はあまり使われていなかった筈だからだ。主流は陶器や木器だったはず。


「気がついたか? 実は紅茶に合う器を探していて、磁器という物を見つけたんだ。通常の陶器よりも高温で焼く為、この辺りでは珍しい部類なんだがその白さがどうしても紅茶に合いそうだと思ってな。職人に頼みこんで専用のカップを作ってもらえることになったんだ」


「じゃあこの国で初めてのティーカップと言う事ですね」


 僕の言葉にビルさんは驚いたように立ち上がる。


「それだ! ティーカップ! 名前をずっと考えていたが、それが一番しっくりくる! さすが大友君だな!」


 ビルさんの言葉に苦笑いしかできなかった。

 紅茶に口を付けると、想像していた物とは違う香りと甘みが広がる。


「あれ? この紅茶はもしかしてダージリンティー?」


「やはり気がついたようだな。それは私が開発したビルティーだ。私も茶葉を調べて分かったが、どうやら季節や場所によって香りや色が変わるようだ。しかし、大友君はビルティーの事を知っているのか?」


「え、あ、はい。そうですね……似たようなのなら知っています……」


 言える訳がない。ビルさんが自分の名前まで付けた紅茶が、僕の良く知っているダージリンティーだなんて。ここは誤魔化しておこう。


「けど、こっちの方が美味しいかな……うん。ビルティーはすごく美味しいです」


「そう言ってもらえると嬉しい! ビルティーも今じゃあ人気で予約が殺到しているんだ! いやぁ大友君になんて言われるか不安だったが、これで安心した!」


 ビルさんは本当に努力家だ。ティーカップまで作って、品ぞろえまで増やそうとしている。本当に僕が相談役の椅子に座っていていいのだろうか?


「僕はこのまま幹部として会社に居ていいのでしょうか? この会社がこうして繁盛しているのはビルさんの努力のたまものですよね」


「それは違うぞ大友君。君は今や英雄じゃないか。それがこの会社の宣伝になり、信用になる。英雄大友達也が幹部としている会社と言うのは、それだけで大きな恩恵をもたらせてくれる。この会社が繁盛しているのは、紅茶を開発し英雄になった大友君の力のおかげでもある。君は今や我が紅茶会社の看板なんだ」


 僕が看板? 


 ……そうか、僕は地球で言う広告塔なんだ。僕と言う人間を信用して会社を信用する。一番は英雄が民を騙すわけがないという信頼に基づいているからなんだ。クリストファーさんも僕の事を宿の看板だと言っていたけど、そう言う意味だったのか。


 だとするとなおさら責任重大だ。僕の行いが紅茶会社に影響を与えるかもしれない。


 ビルさんは話を続ける。


「大友君は人々へ紅茶を勧めてくれるだけでいいんだ。ひとたび口に入れれば、虜になるのは間違いないからな。そうなればこっちの物だ。君は相談役でもあり宣伝役でもあるんだ」


 なるほど、ビルさんが何処まで考えて僕を引き入れたのかは分からないが、幹部としての仕事はちゃんとあったんだ。だったら頑張らないといけない。


「そうだ、会社に君に会いたいと言う人物が来て手紙を置いて行ったぞ」


 ビルさんは事務に置かれている机の引き出しから一通の手紙を取り出し、僕に手渡す。差出人は【ゲルド・ローウェン】と書かれていた。


「誰ですか?」


「知らないのか? 英雄の一人だ」


 手紙を開くと、中には僕と親しくなりたいと書かれている。けど、あからさまに親しくなった場合のメリットがびっしりと書かれていて気持ち悪くなった。


「君は英雄になったばかりだし、王都には最近来たようだから言っておくが、英雄とは関わらない方が良い。君以外の英雄は全て貴族で、自己利益ばかりを求めている。特にゲルド・ローウェンと言う人物は悪評で有名な男だ。君に声をかけてきたのも何か狙いがあってことだと思っている」


「ですがこの手紙を置いて行ったのは僕が英雄になる前のことですよね? じゃあ英雄になることが分かっていたと言う事ですか?」


「それは分からない。もしかすれば英雄候補に声をかけて回っているのかもしれないぞ。腐っても英雄。先見の明はあるのかもな」


 ビルさんの言いようには少し笑ってしまったが、これがグリム様の言っていた貴族に油断するなと言う事なのだろうか。だとすれば警戒しておいた方がいいかも知れない。


 そのあとビルさんに別れを告げ、僕たちはクエストに出発したのだった。



 ◇



 魔法の絨毯を一時間ほど飛ばしていると、地平線に町らしき物が見え始めた。


「二人とも起きて! メボールへ着いたよ!」


 後ろを振り返ると、アーノルドさんもリリスも熟睡している。空の上は程よい気温なので昼寝には最適だ。ロキも気持ちよさそうに眠っていて見ているだけで癒される。


 ——じゃなくて、起きてもらわないといけないんだった。


「ほら、アーノルドさんもリリスも起きて!」


「ふぁぁぁ。良く眠ったぞ。やはり主人の魔法の絨毯は寝心地がいいな」


「うーん、まだ起きたくない」


 魔法の絨毯がメボールへどんどん近づいていると言うのに、リリスだけは布団へと潜る。こんな時はアレに限る。


「リリス、紅茶を淹れてあげるから起きてよ」


「…………」


 沈黙しているが、もそりと布団から頭が出てきた。


「そうだ、王都で有名なお菓子屋さんのクッキーを買っていたんだ。紅茶と一緒に食べると美味しいだろうな」


「…………二枚よ」


 布団から目を出したリリスが呟く。きっとクッキーを二枚欲しいと言っているのだと思う。


「じゃあ僕の分もあげるから三枚食べればいいよ」


「そうね、そろそろ起きましょうか。良く寝たわ」


「わぅぅ」


 彼女はロキと一緒に布団から出てくると、背伸びをする。リリスの最近のマイブームは菓子と一緒に紅茶を飲むことだからクッキーを買っておいてよかった。


 前方を見ると、すでに眼下には小さな町が見えており、いくつもの家の煙突からは白い煙が立ち昇っていた。魔族に占領されているとはいえ、ちゃんと人間は住んでいるようだ。


 魔法の絨毯を町からどれほど離れていない場所へ下ろすと、静かに地面へと着陸した。すぐに町へ向かうための準備を整え、魔法の絨毯を消す。


「ふむ、魔族どもに占領されていると聞いていたが、別段平和な場所ではないか」


 アーノルドさんは木々がまばらに生えている草原を見ながら言葉をこぼす。その感想は僕も一緒だ。のどかで平和そのもの。


「馬鹿ね。魔族は土地を支配しているって言っても、荒らし回っている訳じゃないわよ。いうなれば支配者としての証拠が欲しいだけなの。だから手ごろな町を占領してそこの住民を奴隷にするの。そうした方が支配下に置いたって感じでしょ? まぁ全て魔人に任せているから、自分たちがどれくらい領地や奴隷を持っているのかすらも知らないと思うわよ」


「じゃあ魔族は占領した町をとり返されても気がつかないって事?」


「そう言う事ね。だから配下の魔人が町を好き勝手に支配しているだけで、ヒューマンの生活が大きく変わると言う事はないわ。魔人を怒らせなければね」


 リリスの口ぶりはまるでゲームをしているような感じだ。いや、魔族の力を考えると実際に娯楽なのだろう。魔人という駒がエドレス王国をどう切り崩すのかを楽しんでいるのだ。そして、最終的には魔族以外の人間をこの世から消し去るつもりなのだ。


「やっぱり魔族はヒューマンを憎んでいるのかな? エドレスの地から追い出したわけだし……」


「憎んでいると言うよりは目障りって感じね。エドレス王国の地は元々魔族が住んでいたけど、別に土地に執着をしている訳ではないわ。ヒューマンと違って魔族はそれほど多くはないから、移り住んだくらいで困ることはないもの。けど、ヒューマンに奪われたと言うのは納得できないみたいね。四人の賢者が居なければ今頃エドレス王国は滅亡していたはずよ」


 やはりエドレス王国は賢者様が要のようだ。けど、シヴァ様ならともかくグリム様がそんなすごい人に見えないのは残念だと思う。


 メボールに向かって歩いていると、遠くから爆発音が聞こえる。それに叫び声も。どうやら大勢の人間が戦っているようだ。


「主人よ、町の方から戦いの音が聞こえるぞ。もしや同じクエストを受けた者が戦っているのかもしれない」


「そうですね、すぐに向かいましょう!」


 僕は槍を背中から抜くと、頭の上に居るロキを地面に下ろす。


「ロキ、危ないからどこかに隠れてくれる?」


「わぅぅ」


 小さく鳴くと木の陰に姿を隠す。尻尾が見えているけど隠れているつもりなのかな。


 すでにアーノルドさんは斧を抜いていた。リリスは基本的に魔法と格闘戦なので問題はない。槍を握りしめると、町に向かって駆け出す。


 メボールの中へ入ると、いくつかの家が崩れ多くの人間の死体が転がっていた。まるで大きな獣に食いちぎられたように損傷が激しい。

戦いの音がする方向へ向かうと、そこでは十五人ほどの人間と魔物が戦っていた。いずれも魔法使いの格好をしており、魔物と距離をとりつつ魔法を放つ。


「早く魔物を殺せ! それでも私の部下か、この愚図どもめ!」


 ひときわ目立つのは、戦っている後方で一人だけ声を荒げている男。彼も格好から察するに魔法使いらしいが、戦いには参加せず指示だけを出しているようだ。


 僕たちは彼らを助けるために魔物の群れへと飛び込んだ。





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