63話 「魔法使いギルド」


 魔法使いギルドへ到着した僕たちは、その建物の大きさに圧倒される。


 冒険者ギルドの本部もかなりの大きさだったが、魔法使いギルド本部はそれに劣らずの建造物だった。


 三階建ての石造りの建物が広大な敷地の中に広がり、一見すると学校のようにも見える。大きな門には二人の衛兵が通行人を眺め、不審者を絶えず警戒している様子が窺えた。

 魔法使いギルドの中へ入って行く人々は、当然ながら魔法使いだ。誰もが魔法使いの格好である尖がり帽子にローブを羽織り、片手には杖を握っている。中には足元に魔獣のような生き物も見かけるので、テイムしたものと推測した。


「へぇ、これが魔法使いギルドね」


「王都のギルドだから本部だね」


「フハハハハ! 魔法使いギルドといえば、冒険者ギルドの次に有名だ! 俺には魔法に頼る軟弱な奴らなどどうでもいいがな!」


 アーノルドさんは相変わらず筋肉にしか興味がないみたいだ。リリスに関しては魔法使いに興味を持っているようだ。きっとメンバーの中で一番攻撃魔法を使うからだろう。


 早速、門をくぐろうとすると衛兵に呼び止められる。


「お前たちは冒険者だな? 魔法使いギルドに何のようだ?」


「えっと……クエストを受けに来たのですが……」


「冒険者の貴様たちがか? 怪しいな……」


 完全に不審者と思われているようなので、首に掛けているネックレスをそっと見せる。


 衛兵はそれを見てすぐに敬礼した。


「失礼いたしました! まさか英雄だったとは! さぁお通りください!」


「うん、じゃあ遠慮なく」


 門を通り抜けながら、首にかけたネックレスの効力に驚く。

 小さなクリスタルの塊に剣の刻印が施されているだけなのだが、その権威は絶大のようだ。贋作防止なのか、角度によって青や紫に色を変えるのも気に入っている。


 敷地を進むと、すぐに僕たちは注目の的になった。魔法使いばかりが集まるギルドで冒険者を見かければ不自然に思うのは当然。だからなのか、三人組の魔法使いに絡まれてしまった。


「おい、そこの冒険者ども。魔法使いギルドに何のようだ?」


 蒼いローブと帽子を身に付けた男が僕に絡んでくる。先を進もうとしても進行方向を塞ぎ、質問に答えるまで通さない考えらしい。


「あの、通してもらえませんか?」


「いいから答えろ。魔法使いギルドに何のようだ? まさかスパイ行為が目的じゃないだろうな?」


「そんなことしません。僕は魔法使いギルドにクエストを受けに来たんです」


 僕の言葉を聞いて三人の魔法使いは笑いだした。


「くはっはっ! 冗談だろ! 冒険者が魔法使いギルドでクエストだってよ! 笑える!」


「マジかよ! 他の奴らにも教えてやろうぜ! 冒険者がクエストを受けに来たってよ! ぶははははっ!」


 三人は走りだすとギルドの中へと入っていった。


 あの反応を見る限りでは、冒険者がクエストを受けに来るなんて相当珍しいのだろう。もちろん魔法使いギルドには一般人もやってくるが、やはり冒険者の姿は何処にも見当たらない。魔法使いギルドいう場所がいかに冒険者を嫌っているのかがよく分かる光景だ。


 僕は嫌な予感を感じながら、ギルド本部の中へ足を踏み入れる。


 建造物の中はどこも豪華に彫刻が並べられ、美術館さながらの雰囲気だ。しかし、僕たちを見る人々の多くはクスクスと笑っていた。中には蔑んだ視線を投げかけてくる者も居る。漂う気配は刺々しく僕たちに向かって敵意が放たれていた。


「ぎゃははははっ! 見ろよ! 本当に来たぜ!」


「あいつら此処がどこだか分かってねぇんじゃねぇの!? はやく頭に神聖魔法をかけてやれよ!」


 カウンター近くで先ほどの三人が、騒ぎ立てていた。蒼いローブを羽織った男は僕を指差し大笑いしている。それにつられて周りの魔法使い達も笑い始めた。


「……ねぇ達也。そろそろあいつらを殺してもいいかしら?」


 隣に居るリリスが怒気を放ち始める。


「ま、まってリリス! 落ち着いて! ほら、誰だって信用できない人には冷たく当たるだろ!? きっと魔法使い達もそうなんだよ!」


「……ふん。まぁいいわ。達也がそう言うのなら我慢してあげるわ」


 彼女はすんなりと怒りを収めてくれたが、頭に乗っていたロキが飛び降りて周りを確認し始めた。


 ギルド内を見ると、多くの魔獣がうろついている。ただし、体には魔法陣が描かれテイムされている事が見て取れる。多くの魔獣はD~Gランクのようだけど、中にはCランクやBランクの魔獣も見かけた。

 ロキはそれらの魔獣を見て臨戦態勢になってしまったのだ。子供でも立派な魔獣だと言う事を忘れてはいけない。


「ロキ、攻撃しちゃダメだよ」


「わぅぅ」


 頭を撫でると、ロキは小さく鳴いて僕の指をぺろぺろと舐める。


 けど、あの三人はロキを見て再び笑いだした。


「見ろよ! あの使い魔を! 子犬しかテイム出来ねぇんだぜ!」


「笑ってやるなよ、あいつらは実力がなくて精一杯だったんだろ。後学の為に俺の使い魔を見せてやるよ。ロドム!」


 蒼いローブの男が呼びかけると、ギルドの天井から一匹の魔獣が降りてきた。


 身長は一mほど、小柄な体躯は筋肉に覆われ緑色の皮膚をしている。頭部からは二本の角が生え、金色の髪の毛がサラサラと風になびいていた。腰には黒い布が巻かれており、一本のナイフが印象的だ。


 僕は一目でその魔獣が何なのか分かった。そう、ゴブリンだ。


 この世界ではゴブリンは強力な魔獣であり、その種類は五十種類にも及ぶ。その中でも一番弱くノーマルと呼ばれているのが、目の前のゴブリンだ。だが、そのランクはB。侮るには危険なランクだろう。


「ロドムは強いぜ。なんせ俺がようやく探し出した魔獣だからな。ロドム、格の違いを見せてやれ」


「ぎぃ!」


 ロドムと言うゴブリンは、ギルドの中にも関わらずナイフを抜くとロキにむかって走り出した。周りの魔法使い達は止める事もなく見物している。恐らく魔法使いにとってテイムした魔獣を戦わせるのは日常茶飯事なのかもしれない。


「きゃう!」


 ロキは僕の手の中から飛び出すと、ロドムと相対する。振り下ろされるナイフも危なげなく避けると、まるで挑発するようにロドムの周りをぐるぐると回る。


「ロドム! 早く倒せ!」


「ぎぃ!」


 しかし、ロドムはロキの動きに追いつけず、振り下ろすナイフが空を切るだけだ。完全にロキのペースだった。


「ちっ! もういいロドム、その子犬を殺してしまえ!」


「ぎぃぃっ!」


 ロドムが息を吸い込むと、吐き出すとともに咆哮を放つ。ギルド内をびりびりと振動させるほどの声は近くに居た多くの魔獣を怯えさせた。

 けど、僕のロキはきょとんとした顔でロドムを見ていた。なんだか”今のは咆哮なの?”と言う感じだ。きっと親狼であるフェンリルと比べているのだろう。


 想像していたリアクションと違っていたのかロドムは狼狽えた。ロキが見た目とは違う魔獣だと気がついたのだろう。時はすでに遅し。


 ロキは一瞬で姿を消すと、ロドムの首が床に転がった。


 余りの速さに僕も良く見えなかったが、ロキは空中で身体をしならせ尻尾でロドムの首を切断したのだ。肝心のロキは自分の実力に満足したのか、僕の足元で尻尾を振って見上げている。


「俺のロドムが! 貴様、卑怯だぞ! 何か魔法を使っただろ!?」


 蒼のローブを羽織った男がそう言って僕に手を向けた。


「止めたまえ。君では勝ち目はないよ」


 声が何処からともなく聞こえる。


 視線を彷徨わせると、声の主は階段から降りてくる男のようだった。


 蒼いローブの男は、手を下ろすと舌打ちをする。どうやら僕に魔法を行使するつもりだったのだとようやく気がついた。


 階段から降りてきた男は、歩み寄ると僕に向かって一礼する。


「私は魔法使いにして英雄である【フィリップ・ライゼル】と申します。貴殿は英雄大友とお見受けしますがいかがでしょうか?」


 英雄フィリップと名乗る男は、ブラウンの長髪を後ろで三つ編みにしており、真紅のローブを身に纏う。朱いピアスが両耳に付けられており、右手にはドラゴンの顔を模した杖が握られていた。容姿は整っておりブラウンの眼が僕を見つめている。尖がり帽子は被っていないが、どう見ても魔法使いだ。


「そうですが……貴方も英雄なのですか?」


「おや、魔法使いが英雄なのは不思議でしょうか?」


 ふわふわとした雰囲気で話しかけて来るが、彼からにじみ出る気配は敵意を感じる。彼もまた魔法使いであり冒険者は嫌っているのだろう。


 そこへ蒼いローブの男が割り込んでくる。


「フィリップ様! 御冗談を! コイツはどう見ても低ランクの冒険者だ! 先ほどのバトルも卑怯な手を使ったに違いない!」


「ふぅ……ケビン、だからあなたは半人前なのです。もっと見地を広げなさい。彼は今王都で噂になっている新たな英雄なのです。その証拠に首から英雄の証を下げているではありませんか」


 フィリップという男の言葉を聞いて、ギルド内で様子を見ていた魔法使い達がざわついた。蒼いローブの男も僕のネックレスを見ておののく。


「大友殿、まことに失礼した。貴殿がバトルをした相手は私の弟子でありケビンと言う者なのです。普段から相手を見てバトルをするように言ってあったのですが……。しかしながら、ケビンのロドムはなかなかの練度を誇っていたはず、もしよろしければその使い魔の正体を教えていただけませんか?」


 新たなワードが出てきたので僕は混乱する。


 使い魔? バトル?


「あ、あの、僕は今日初めて魔法使いギルドの本部へ来たのでよく分からないのですが……」


「ああ、そういうことですか。では、教えましょう。”使い魔”とは我々が使役する魔獣の事です。魔獣の体に直接契約の魔法陣を刻み、使役していると言う訳ですね。”バトル”と言うのは、我々魔法使いで行われている使い魔同士の戦いの事です。このバトルには娯楽の意味もありますが、時には賭けの対象になり勝ち続ければ栄誉が与えらえる事もあるそうです。王都のコロシアムでは催し物として定期的に開催されているのですがご存知ないようですね」


 ようやく理解できた。これは簡単に言うと異世界のポケ〇ンバトルだったんだ。そうと分かれば話は早い。ギルド内の魔法使いが誰も止めないのも当然だったのだ。


「教えていただきありがとうございます。えっと……質問の答えですけど、僕の使い魔はロキと言ってサナルジア大迷宮の九階層で見つけた魔獣です」


「サナルジア大迷宮の九階層!?」


 フィリップや魔法使い達はさらに驚いた様子だ。ますますざわざわとギルド内が騒がしくなる。フィリップはハンカチを取り出し額を拭いていた。


「失礼。まさかそんな高ランクの魔獣だったとは驚きました。もしやこれで成体と言う訳ではないでしょう?」


「ええ、成体になると巨大な狼になりますよ。ロキはまだ子供なんです」


「銀色の体毛の狼……もしや失われたと言う伝説の天狼の子供では?」


「さぁ? 僕は成体をフェンリルと呼んでますが、実際はどうなのかは分かりません」


 ギルド内の魔法使いはロキに注目していた。けど、ロキはどうでもいいのか僕の周りでぱたぱたと走り回り尻尾を振っている。どこからどう見ても可愛い子犬だ。


「さすがサナルジア大迷宮を踏破した冒険者だ。私も貴殿を見誤っていたのかもしれない」


「大げさな。僕はただの冒険者ですよ。それよりも僕は魔法使いギルドにクエストを受けに来たので、そろそろいいでしょうか?」


「ああ、弟子が失礼した。では私はこれで……行くぞケビン」


「はい!」


 ケビンと言う青年はすれ違いざまに「覚えていろよ」と言い残してフィリップと一緒にギルドを出て行った。冒険者ギルドの時もそうだが、僕はトラブルでも招き寄せているのかと疑いたくなる。


 未だにギルド内の魔法使いは僕たちに注目していた。


 敵意だった気配は、興味へと変わり中には好意のような物を発する人物まで現れていた。しかし、冒険者に対しての疑心と嫌悪感はぬぐえ切れないようで、敵意を露にするものも居るようだ。


 ギルド内の受付カウンターへ行くと、魔法使いの格好をした受付嬢へ声をかける。


「あのー、大友達也宛に依頼は来ていませんか?」


「少々お待ちください」


 受付嬢が書類を調べ始めると、しばらくしてカウンターに一枚の紙を出される。宛先は僕だ。


「ギルドバーテックス様より指定のクエストが出されています。受けますか?」


「あの、僕は冒険者ギルドに登録していて、魔法使いギルドには登録していないのですが……」


「問題ありません。冒険者ギルドと魔法使いギルドとは本来一つの組織なのです。よって発行される証明書はどちらでも使うことが出来ます」


 それは初耳だ。アーノルドさんを見ると、腕を組んで頷いている。事情を知っているのかもしれない。


「それは俺も聞いたことがあるぞ。ギルドが出来た最初期は一つの組織だったそうだ。しかし、冒険者と魔法使いが険悪になり、ギルドを半分に割らざる得なかったそうだ。そして出来たのが、今の二つのギルドと言う訳だ」


「じゃあギルドカードは、実際はどちらでも使えると言う事なんですね?」


「そう言う事らしいな。だが、冒険者が魔法使いギルドへ来ると言うのは珍しいからな、ほとんど恩恵は受けられないだろうがな」


 何故こんなにもいがみ合うのかは分からないが、仲良くすればいいような気がするのは僕が新参者だからだろうか。人間とは不自由な生き物だと実感する。


「本当にヒューマンって不自由な生き物よね」


 リリスが僕が考えていた事を言ったので少し笑ってしまった。やっぱり魔族から見ても不自由に見えるんだ。


「あのー、依頼はどうされますか?」


 受付嬢さんが迷惑そうな顔で待っているので、慌ててクエストを了承した。


「では、クエスト”メボール奪還”への参加を認可いたします」


 その瞬間、ギルド内はざわついた。


 メボール奪還とはどのようなクエストなのだろうか?





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