62話 「クラン」
屋敷を手に入れた僕たちは、さっそく宿から拠点を移す事にした。
「なんと!? 屋敷を購入されたのでございますか!?」
「ええ、だから今日にもそちらへ移りたいと思っています」
屋敷の事を支配人のクリストファーさんに話すと、みるみる内に悲しそうな表情へと変わって行く。
「我が宿にご不満があったのですね!? もうしわけございません! どのような点でもすぐに改善いたします!」
脚に縋り付いて来るクリストファーさんは、宿へ引き留めようと必死だ。
「あの……でも……すでに屋敷も購入しちゃったし……」
「ではせめて偶にでいいので宿泊をしてください! 大友様はすでに我が宿の看板なのです!」
「まぁ、それでいいのなら……」
押しに弱い僕はついつい承諾してしまった。まぁこの宿はそれほど高いわけではないので、たまにならいいかもしれない。
僕はクランのメンバーを引き連れて屋敷へ行くと、全員がその広さや大きさに驚いているようだった。
「さすが大友さんです! まさかこんな場所を用意してくださるとは!」
テリアさんがそう言って満面の笑みだ。
「そりゃあ僕たちも宿暮らしだったし、人数が増えたのにそのままって訳にはいかないからね。ちゃんとした拠点を見つけてきたんだ。今は敷地に増築を進めているから、完成後には個室くらいは与えてあげられると思うよ」
「個室!? やったぜ野郎ども!」
百五十人がわぁぁっと喜ぶ。
◇
屋敷の中で適当に部屋を割り振って、多くの人たちは四人部屋の状態だ。古参組であるアーノルドさんやリリスは個室を与えているけど、フィルティーさんやセリスは自宅があるようなので部屋は与えていない。
僕はようやく手に入れた自室で横になっている。
異世界に来て四年と少し。気が付けばもう二十二歳だ。
ははは、年月が過ぎるのって本当に早いな……。
「きゃぅぅ」
ロキが部屋の中をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、光の球を追いかけている。僕の魔法で創った玩具だ。ロキのお気に入りで、噛みついた時の感触が好きみたいだ。僕も興味本位に魔法を物質化した物を噛んでみたけど、妙な歯ごたえがあって骨に近い感じだった。
屋敷の隣には現在、同じサイズの建築物を建ててもらっている。家と言うよりは宿舎に近いかな。もちろん男性と女性で建物は別にしているので、問題はないハズだ。
噂に聞いたのだが、日輪の翼は王都のクランの中で三番目に大きいらしい。
じゃあ二番と一番はどれほどの規模なんだと思うのが普通だろう。気になった僕はクランメンバーに聞いてみると、聞いたことのある名前が飛び出した。
一番大きなクランは”阿修羅”と言うのだ。
確か僕の記憶が正しければ、阿修羅はシンバルさんが所属していてブライアンさんとシルヴィアさんが作ったパーティーだったように思う。その規模は五百人とも言われ、名だたる冒険者が所属している超有名クランだ。
二番目に大きなクランは”黄金虎の
黄金虎とは遥か大昔に居た伝説の虎らしい。数あるクランの中でも歴史は一番古いらしく、伝統的な冒険者クランだと言われている。規模は三百人と阿修羅と比べるとそれほど多くはないが、所属する冒険者はハズレが居ないと言われるほどきちんと訓練されている。
日輪の翼が三番目の大きさなのは恐ろしくも嬉しい話のように思う。
すると部屋のドアがノックされる。
「ご主人様、お客様が来ています」
メイド服姿のシェリスさんがそう言ってお辞儀をした。何処にあったのは分からないけど、リリスが持ってきてメイド服をシェリスさんに着せたのだ。確かによく似合っている。
「うん、ありがとうシェリスさん」
部屋を出ると、お客さんが来ていると言う客間へ足を運ぶ。
そこには見覚えのない男性がソファーに座っていた。
「君が大友君かい?」
「ええ、そうですが貴方は?」
男性は紫色をした髪を短髪切りそろえており、非常に清潔感に溢れている。彫りが深く男らしい顔つきは頼りがいのあるお兄さんと言う感じだ。ただ、口元や目尻に見えるシワから見た目通りの年齢ではないのだと判断する。
身体に装備した革鎧や剣を見る限りでは冒険者なのだと思う。
僕は男性の向かいのソファーへ座ると、会話の続きをする。
「俺は阿修羅の現リーダーのペペと言う。大友君がシンバル兄貴の弟子だと聞いて挨拶に来たんだ」
「え!? 阿修羅のリーダーさんですか!?」
思わず身体が縮こまる。まさか王都で一番大きなクランのリーダーが挨拶に来るとは予想外だ。
「うん、シンバルの兄貴には随分とお世話になってね、俺や阿修羅のメンバーは今でも兄貴の帰りを待っているくらいなんだ。だから兄貴の弟子だと聞いて飛んできたって訳だ」
「師匠はそんなにすごい人だったんですか?」
ペペさんは苦笑いすると首を横に振る。
「大友君の功績に比べれば大したことないかも知れないね。でも、シンバルの兄貴はすごい人だった。俺はあの人の背中を見て育ったんだ」
その言葉にシンバルさんの背中を思い出す。多くを語らないが、ただ自分が信じた仕事をこなす姿はまさに男だ。
「それ分かります。シンバルさんは僕の憧れですからね。自慢の師匠です」
「やっぱり兄貴の弟子だな! 俺は嬉しいよ! 会いに来てよかった!」
ペペさんは僕の手を取って握手をする。
「ああ、そうだ。大友君は新しくクランを立ち上げたんだよね? じゃあ兄弟クランとしていつでも相談に来るといい。俺もこう見えてブライアン師匠の弟子みたいなものだからさ」
「あれ? ペペさんもブライアンさんの弟子なんですか?」
「まぁ色々あってね。とりあえずこれくらいで帰らせてもらうけど、阿修羅にも遊びに来るといいよ。みんなシンバル兄貴のことを聞きたがっているからさ」
僕は玄関までペペさんを見送ると、彼は思いだしたように振り返り話をする。
「そうだ。良い忘れていたけど、今日あたりギルドに行っておいた方がいいよ」
「ギルドですか?」
「日輪の翼への指名依頼が溜まっているって、ギルド職員が悲鳴を上げていたんだ」
ペペさんはそう言って笑顔で帰って行った。
しかし、僕はそれどころではない。ここ二日ほどギルドに行っていなかったのだが、まさか指名依頼が来ていたとはうかつだった。すぐに荷物を持つとロキを頭に乗せて屋敷を飛び出す。
◇
「やっといらしたのですね」
「すいません」
ギルド職員に謝ると、三十枚近くもある依頼書をどさりとカウンターに置かれた。
「大友様が英雄になられたので、エドレス王国の地方から依頼が殺到しているのです」
「地方ですか……」
依頼を見てみると、どれも魔物を倒して欲しいや希少価値の高い魔獣の素材をとってきて欲しいと言う物ばかりだ。
とりあえず全ての依頼を受け取ると、拠点へ戻る事にした。
屋敷へ戻ってきた僕は、メンバーを集めるとそれぞれに依頼を渡してゆく。百五十人を遊ばせておくわけにはいかないのだ。
「みんな依頼書を受け取ったね? それじゃあ五人一組でその依頼された場所まで行って達成してきて欲しい。必要な物があるのなら遠慮なく言って」
「あ、あの……」
一人の女性が手を上げているので、発言を許可した。
「これって私のランクより高い依頼なのですが……」
「うん、それは分かっているよ。だから五人で行ってもらうんだ。例えば依頼がCランクならDランク五人が適正だと聞いているし、念の為にCランクの人間も一人着いて行ってもらうからクリアー出来るはずだよ」
説明に女性は納得したようだ。
もちろん僕だって無謀な依頼にメンバーを放り込むつもりはない。全員のランクは知っているのでギリギリのラインを見極めて依頼を渡している。幸いな事にAランク以上の依頼はなかったので、主力メンバーが動く必要はなさそうだ。
メンバーは旅支度を整えると、それぞれが依頼された場所へと旅立ってゆく。予定では一ヶ月ほどで戻って来られるが、不測の事態は僕に手紙を送るように言ってある。
地球では鳩が手紙を運ぶことで有名だが、この世界では”フィーム鳥”と呼ばれる四枚羽を持つ鳥が手紙を運んでいる。最高速度が亜音速に達する鳥なので、外敵に捕まりにくく伝達速度も速い。それに臭いで手紙を届ける相手を見つける事からスカイドッグなどと言うあだ名まで持っている。
もちろん僕もクランの為にフィーム鳥をすでに購入しているので、すでに敷地の一角に鳥たちが過ごす小屋が存在している。ただロキが鳥たちを美味しそうな目で見るので、エサやりはシェリスさんに頼んでいるのだ。
メンバーが居なくなった部屋では、リリスやアーノルドさんが椅子に座ってのんびりしていた。
「主人よ、俺達も仕事をしないのか?」
「うん、もちろん予定はあるよ。今日は魔法使いギルドへ顔を出そうと思っていたんだ」
「む、魔法使いか……」
アーノルドさんは渋い顔だ。僕だって魔法使いギルドには行きたくないけど、グリム様のクエストだし逃げるわけにはいかない。
「さぁ行こうか」
「フィルティーとセリスはどうするの?」
紅茶を飲みながらリリスが聞いてきた。
「今回は置いて行くよ。二人ともまだ疲れているみたいだし、用事もあるみたいだから」
「ふーん、まぁそいうことならいいけど」
リリスはきっと二人が居なくて寂しいのだろう。魔族の彼女が仲間意識を感じてくれるのは僕も嬉しい。
僕はアーノルドさんとリリスを引き連れて街へ出ると、多くの人が挨拶をしてくれる。中にはサインをしてくれと言う人までいるから驚きだ。まるで芸能人扱い。
大通りを歩くだけで多くの人々が集まって来るのは気恥ずかしさを感じる。
けど、もちろん応援してくれる人ばかりではない。
中には石を投げてきたり、罵声を浴びせて来る人も居る。貴族風の格好をした人は美味い儲け話があると声をかけてくるし、良い事ばかりでもないのだと実感するばかりだ。
「フハハハハ! 良いぞ! みんが俺の筋肉を見ている!」
「別にアーノルドさんの筋肉を見ている訳ではないと思いますよ?」
それでもアーノルドさんは周囲にポージングを続ける。すると、集まっていた大勢の人たちが逃げるように散っていった。日輪の翼の評判が落ちなければいいが……。
「達也、向こうから変な奴らが来ているわよ?」
リリスの声に前を向くと、進行方向から一つの集団が向かって来ていた。大通りのど真ん中を占領するように歩き、道行く多くの人が避けて行く。
彼らは多くが革鎧を装備し、冒険者スタイルだ。しかし、先頭を歩く男だけは青い鎧を身に纏いその雰囲気は威風堂々としている。その
集団は僕たちの前で止まると、先頭の男が言葉を発する。
「新しくクランを立ち上げた日輪の翼とお見受けするが、貴殿があの噂の大友達也か?」
「そうです」
僕が返事をすると、男の後ろに居る男達が笑い始める。
「ぶっははは! マジかよ! あれが英雄だってよ!」
「まだガキじゃねぇか! 俺でも勝てそうな雰囲気だぜ!」
「静まれ」
鎧を付けた男は気配を解き放ち、男達を黙らせた。
「失礼した。私は黄金虎の咢のリーダーである”カエサル・シュナイダー”と申す。こういった方が分かりやすいだろうか——【英雄カエサル】と」
肩まである黒髪に前髪は中心で分けている。やつれたような顔は元々からだと思うが、そのくぼんだ目は眼光鋭く視線で人を殺してしまいそうだ。体も細身で無駄な肉は削ぎ落されているようで、彼自身が抜き身の刃のような印象を受ける。
「僕と同じ英雄ですか?」
「その通りだ大友君」
カエサルの話し方は僕を馬鹿にした感じだ。大人が子供と話すような口ぶり。もちろん僕が大人かと言われれば微妙な気もするが、これでももう二十二歳だ。
「じゃあ僕も改めて自己紹介をします。日輪の翼でリーダーをさせてもらっている英雄大友達也です。以後お見知りおきを」
そう言いつつ気配を解き放つ。
「ぐっ……これほどとは」
僕の気配にカエサルは驚いたようだ。いつの間にか頭の上に居るロキもカエサルに向かって唸り声を上げていた。
「カエサルよ久しぶりだな」
アーノルドさんの声に緊張した場が緩和した。
どうやらカエサルと知り合いだったようだ。アーノルドさんはカエサルに歩み寄ると、笑みを見せる。
「お前は……エクスペル家のアーノルドか?」
「うむ、シュナイダー侯爵はお元気にされているか?」
「ふん、父上はすでに兄上に家督を譲って死んだ。それよりもお前は何処で何をしていた。噂では冒険者になったと聞いたぞ?」
「フハハハハ! 俺は大英雄になる大友達也の第一奴隷となったのだ! 今や日輪の翼の副リーダーだぞ!」
え? 副リーダー? 初耳なんだけど……。
そんなアーノルドさんを見てカエサルはため息を吐いた。
「相変わらず変わった奴だな。貴族の次男が奴隷とは……もういい、気分が削がれた。帰るぞお前たち」
カエサルは僕に「また会おう」と言って通り過ぎて行く。冒険者達は僕たちを睨み付けながら離れて行った。まさかこうも早く黄金虎の咢と接触するとは思っていなかった。
「主人よ、カエサルには気を付けた方がいいぞ。奴とは古い付き合いだが、目的の為ならどんな手段も使う。搦め手が苦手な主人には危険な相手だ」
「たしかにあの雰囲気は、仲良くしましょうって感じではなかったですね。今日は新たな勢力が現れて牽制に来たと言う事でしょうか」
「うむ、そうみていいだろう」
僕とアーノルドさんが話しあっている間に、リリスは屋台でお菓子を買っていた。戻ってくるとかき氷を食べながら話かけてくる。
「ねぇ、魔法使いギルドには行かないの? さっきの奴らの事なんてどうでもいいじゃない。あんな雑魚共が何人集まろうと達也には勝てないわよ」
「う、うん、そうだね」
リリスの僕に対しての妙な自信は何処から来るのだろうか。実に不思議だ。
とりあえず頭を切り替えると、魔法使いギルドへと移動を始める。
けど、魔法使いギルドは僕の予想を超えて酷いところだったのだ。
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