幕間 「男の未来」


 大友を拾って三年が過ぎた。


 弟子にしてみたものの、信じられない程の戦いのセンスに師匠も俺も驚いたほどだ。まず闘気に関しては僅か三年で基本をマスターしやがった。俺もなかなかの才能の持ち主だと自負はあったが、見事に打ち砕かれたほどだ。


 次に槍の戦い方だ。

 こいつは俺が剣使いだから難儀するだろうと思っていたが、どうも槍と大友の相性が良かったのかメキメキと腕をあげやがった。俺が教えたのは基本だけで、後は本人が勝手に技を覚えやがったから困ったもんだ。師匠の顔を立てろと言いたい。


 文字の読み書きも教えてやったりしたが、馬鹿みたいに物覚えが良いから一ヶ月もかからずに習得しちまいやがったからお手上げだ。もう、俺に教える事なんてないも等しい。


 と言う訳で弟子の大友を賢者グリムへ送ることを決断した。


 なんせあのエロジジイは師匠の師匠なわけだし、俺も少なからず世話になった。あのジジイなら俺以上に闘気の事を知っているだろうし、弟子を英雄にするつもりならジジイに預けるのが近道だろう。


 ただし、問題はシンバル運送業への支障だ。

 

 大友はすでにウチの運送業ではなくてはならない人手だ。あいつが来てから評判も良いし、ウチの売り上げは三倍にまで跳ね上がった。おかげで仕事は増えて人手が欲しいくらいだ。今、大友に抜けられると厳しい。


 重ねて俺の左腕だろう。


 大友を拾ってすぐに魔族がリスアにやってきて、戦った俺は左腕を失った。そのせいで重い物は持てねぇし、まだ体のバランスも微妙な感じだ。左腕があるような感じがして、つい左腕を使おうとしちまう。幻肢って奴だな。


 とにかく大友を王都へやるには、まずは代わりとなる従業員を探さねぇといけねぇ訳だ。しかし、そんなアテもねぇしどうすっかなぁ。


 真夜中のリビングで一人酒を飲みながら考えに耽っていると、ドアが開けられ大友が入ってきた。


「あれ? シンバルさんまだ起きていたんですか? 明日も仕事ですから早く寝てくださいよ」


 そう言いつつ欠伸をすると、大友はトイレに行く。


 見つけた時は希望と絶望が同居していたような眼をしていやがったが、この三年で随分と成長しやがった。いまじゃあすっかり一人前の男だ。まぁ見た目は幼いから一目ではそう感じないだろうがな。良い戦士に育ったと思う。


 トイレを終えた大友は、フラフラと部屋へと戻って行く。その後ろ姿を見て弟分だったペペを思い出した。あいつは上手くやっているんだろうかな。


 そんな事に思いを馳せていると、皮膚にひりつくような感覚が襲ってくる。それは町の外から漂い、強烈な気配が空から降り注いでいる。


 俺はすぐに剣を握ると、腰に装備して外へと飛び出す。


 空は二つの満月が輝き、黄緑色の月光が地面を照らしている。静まり返ったシーモンの中を駆け抜け、町の外へと飛び出した。気配はまだ空から放たれている。


 緩やかな風が吹く草原で俺は立ち止まると、空に向けて叫んだ。


「どこの誰だ!? 姿を見せろ!」


 放たれていた気配は俺に向けられた。凄まじい重圧が体にのしかかり、禍々しい気配が空より降りてくる。敵のお出ましだ。


 黒い人型のもやが急降下してくると、轟音を響かせ地面に着地した。衝撃は地面を伝わりぴきぴきと亀裂を生む。


 吹き荒れる強風を顔に受けながら俺は剣を抜いた。片手だろうとに殺されてやる義理はねぇ。


「随分と派手なご登場だな。シーモンに何のようだ?」


「…………」


 目の前の魔族は何も答えない。


 どう言うつもりか分からねぇが、シーモンを潰されるわけにはいかねぇ。ここは俺が余生を過ごすつもりのかけがえのない町だからな。守り抜いて見せる。


 失われた左腕に闘気を流すと、物質化させる。仮の腕だがないよりはましだ。

 全身に闘気を流し、気配を解き放った。これでいつでも戦える。


 戦闘態勢に移行した俺に、魔族は意味の分からない事を呟いた。


「……探したぞ」


 目の前の魔族はそう言ったのだ。


「あ? 探した? 何を言ってんだ?」


 ひとまず首を傾げるが、戦いの構えは解かない。相手は魔族だ。何をしてくるか分からない。


「お前は二十年まえに約束したはずだ」


「二十年前?」


 とりあえず二十年まえを振り返ってみる。たしかあの頃は二十五歳ごろだった。英雄の称号を貰って阿修羅を盛り立てていたはずだ。


 ん? ちょっと待てよ。


 どうやって俺は英雄になった? きっかけがあった筈だよな?


 魔族との約束? 


 約束……約束……二十年前……。


 …………あ。


「思い出したか。では、約束通り俺に相応しい相手を出してもらおう。早く結婚したくてうずうずしていたのだ」


「お、おう。ちゃんと二十年後に来たんだな……」


 俺の頭の中では”マジかよ”と言う言葉が飛び交っていた。そりゃあそうだろう。なんせ二十年前に約束したことを律儀に守って此処まで来たのだ。当時の俺は魔族がどこかに行けば儲けもの程度で考えていたが、魔族は嘘だとは考えなかったと言う訳だ。純粋すぎるぞと言いたい。


 しかし、俺は約束を守る男だ。それはずっと信条にして此処までやってきた。相手が魔族であろうと、信じて約束を守ったのなら今度は俺が応えなくてはならない。それが師匠に教えられた漢の道だ。


「お前がいつか来るだろうと思って、最高の男を用意して待っていたんだ。さぁ受け取れ」


「おおお! お前はヒューマンのくせに信ずるに足る男だったな! やはり俺の眼は確かだった!」


 そう口走る魔族の前に俺は手を広げて進み出た。

 その様子に魔族は疑問を感じたようだ。


「それで俺に相応しい男は何処に居る?」


「何を言っている目の前に居るじゃないか。俺が二十年かけてお前の相応しい男になったシンバルだ」


「…………」


 黙り込む魔族。苦しい言い訳だが、差し出せる人間は俺しかいないのだから仕方がない。それに俺は自慢じゃないがモテる方だ。


 じゃあ何故俺が結婚もせず独り身かと言うと、昔からある理想の女性像がせいだろう。そのせいでいい相手に恵まれなかった。


 魔族は数分ほど沈黙すると、小さな声で問いかけてくる。


「お、お前は……細くて綺麗な女は好きか?」


「あん? ……そうだな、どちらかと言えば好きじゃねぇな」


 魔族の雰囲気が明るくなった気がした。そして、続けて質問をしてくる。


「じゃ、じゃあ粗野な女は好きか? あ、いや! ちょっと男っぽい女は好きか!?」


「おう、俺はそう言う方が歓迎だな。なよなよしたのはあまり好みじゃねぇな」


「俺の姿を見て好きになってくれるか!?」


 大きな声で魔族は聞いてきた。それはひどく感情が籠っていて、俺にすがるような言葉だった。それを聞いた俺は可愛い奴じゃねぇかと思った。


「じゃあ姿を見せてみろ。俺はどんな姿でも気にしねぇ」


 魔族は恐る恐る靄を霧散させると、その下から魔族の正体が現れる。俺は魔族を始めて直接眼にしてしばし言葉を失う。


「お、おい、何か言え。俺はやはり醜いか?」


「マジかよ……こんなことってあるのか……」


 月光に輝く肩まである黒髪は綺麗に切りそろえられ、整った眉や鼻は芸術品のようだった。端整な顔立ちに、細い首と全身の浮き出た筋肉はまさに彫刻さながらだ。そして、女性特有の丸みを帯びながらも鍛え抜かれた身体は、歴戦の猛者と呼んで差し支えない。背中から黒い翼が生えているが、そんなのはどうでもいい。


 俺はその姿を見て


「お前名前は!?」


「俺はヒルダという……な、なぁどうなんだ? 俺は醜いのか?」


「醜いだと!? そんなわけあるか! ヒルダは美しい! 是非俺の妻になってくれ!」


 俺の言葉にヒルダは、みるみるうちに顔が真っ赤になって行く。


「そんなことを言われたのは……初めてだ」


「まさに思い描いていた理想の女が目の前に居るのに、口説かねぇ訳がねぇ。俺のところに嫁いで来い」


 そう言うとヒルダはモジモジしながら小さく囁く。


「……ぉねがいします」


「うしっ! じゃあ今日はウチに来るか?」


「あ、いや、今日は帰らせてもらう。魔族の嫁入りは相応の準備と言うものがあるからな」


「そうか……けど、俺はお前を待ってるからよ。いつでも嫁に来い」


 ヒルダは顔を赤くしながら頷くと、一気に空へと舞い上がっていった。


 俺は女の好みがおかしいと良く言われていた。なんせ俺の理想とする女は筋肉がムキムキでないと駄目だからだ。さらに美人で、男らしい一面もあって時には女らしい一面を見せてくれる女戦士を好みにしていた。しかしまぁ世の中そう言う奴は意外と居ないものだ。

 俺も四十八歳にしてすでにそんな女は居ないと諦めかけていたくらいだ。だが、今日理想の女と出会った。相手が魔族だろうが関係ない。己の信じた道を突き進むだけだ。



 ◇



 ヒルダと出会った三日後に大友は王都に向けて旅立った。


 大友にはヒルダの事は話してない。余計な心配はかけさせたくねぇからな。一応だが修行に来た旅の若い奴が俺のところで働くとうそぶいたが、あながちハズレでもねぇと思っている。


 その日の昼頃にはヒルダが、俺の家にやってきた。その姿は真っ白なドレスを身に纏い、顔はアプーのように真っ赤だ。


「よ、嫁に来たぞ……」


「ああ、よく来たな。そのドレスよく似あっているぜ」


 そう言うとますます顔が赤くなる。可愛い奴だ。


「実は町の外に結婚祝いの品を置いてある。一緒に運んでもくれないか」


「おう、分かった」


 町の外へ出ると、そこには巨大なドラゴンの死骸が横たわっていた。しかもそのドラゴンは俺ですら戦ったことのないルビードラゴンだ。


「両親に家を出て行くと言うと、わざわざ獲ってきてくれたのだ。結婚祝いには悪くないだろ?」


「マジかよ……スゲェ両親だな」


 そう言うとヒルダは「当然だ。俺の両親だぞ」と言って誇らしげだった。


 ドラゴンをすぐに解体すると、家の倉庫へと鱗やら肉やらを運び込む。ヒルダは嫌な顔を見せず手伝ってくれる。俺は魔族と言うものを勘違いしていたのかもしれない。魔族とてヒューマンと変わらない生き物なのだということだ。


 あらかた終わると家に招き、ヒルダに紅茶を出した。大友が暇さえあれば作っていたのでウチには大量の茶葉があるのだ。


 彼女は物珍しく紅茶を眺めていたが、口を付けると驚いた顔で紅茶を飲み始める。


「これは美味い。俺はこんな物を飲んだのは初めてだ」


「そうかい、俺も最初は驚いたが、今では時々飲むくらいには気に入っている」


「うむ、これを飲むとほっとする」


 テーブルを挟んで俺は魔族とお茶を飲んでいる。しかも嫁になる相手だ。なんだか妙な気分だが、王族に生まれて王族を辞めた男にはお似合いの運命かもしれないな。


「シンバルよ。今一度聞くが、本当に俺でいいのか?」


「何言ってんだ。お前はもう俺の嫁だ」


「ぐぅ……これがキュンキュンするということなのか……」


 意味不明な事をのたまうヒルダは胸を押さえて苦しそうだ。何かの病気じゃなければいいが。


「そうだ。忘れていた」


「?」


 ヒルダの顔をグイッと引き寄せると、そっと唇と唇を重ねる。互いの息が感じられ、俺が顔を離すとヒルダの指に指輪を嵌めてやった。


「これで夫婦だ。よろしくなヒルダ」


「…………」


「あれ?」


 全く動かないヒルダを不審に思い、手の平をかざすと反応がない。


 ヒルダは気絶していた。




 俺はこの日、魔族のヒルダと結婚し、晴れて夫婦となった。

 人生には思っていなかったことが起こると言うが、俺の人生も同様だったと言う事だな。王族として生まれシーモンへたどり着いた俺は、ようやく人並みの幸せと言う奴を手にしたのだ。





 

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