第四章 戦乱

61話 「屋敷」


「どこがいいかなぁ」


「ここなんかいいんじゃない?」

 

 僕とリリスは現在、不動産屋へと訪れている。


 英雄になった僕は周囲の眼もあるため、相応の屋敷へ住むべきだと言うアーノルドさんの言葉を受けて中古の屋敷を購入する事にしたのだ。もちろん中古とは言えその額は安い物ではない。なんせ一軒家ではなく屋敷なのだから。

 しかしながら、費用に関しては魔石や魔獣の素材を売ったお金があるので、懐には余裕が出来ていた。重ねて紅茶会社の販売が好調な為、多くのお金が僕のところへと転がり込んできたのだ。僕は今、金持ちなのだ。


 屋敷を購入するのはもちろん見栄だけではない。日輪の翼がクランになったのは良いが、百五十人もの人間の多くは宿暮らしなのだ。王都の宿からは新規の宿泊客を泊められないと苦情が寄せられていて、早期に彼らを宿から移動させなければならない事になっていた。


 と言う訳で僕はリリスを連れて不動産屋へと訪れたわけだが、思ったよりも屋敷が多くて迷っている状態だった。


「では、これなどはどうでしょう。土地も広く、築三十年の屋敷に馬小屋まで付いておりますよ」


「うーん、百五十人が住むにはちょっと小さいかなぁ」


「ねぇコレはどうなの?」


 リリスが指差す物件は、築十年に三階建ての屋敷。そして、庭には馬小屋の他に大きな倉庫や訓練場まで付いて一億ディルだ。何より敷地面積が破格とも言えるほど広いのだ。


 僕はその物件を不動産屋さんに聞いてみた。


「これって本当に一億ディルですか? なんだか安すぎるような気がしますけど……」


「ああ、これはですね。お住まいだった伯爵が行方不明になってしまい売りに出されたのです。ですが、その伯爵はあまり良い噂を聞かない方でしたので、他の貴族の方々がお買いになられないのです。それで止む無く値段を下げているのです」


 悪い噂の伯爵か。もっと詳しく聞きたいけど、不動産屋さんは教えてくれないだろうな。それにもしかすれば買う人も居るかもしれない。ここはひとまずキープしておいた方が無難かもしれない。


「分かりました。それじゃあこの物件を見に行ってきますので、鍵を貸してください。買いたいという人が現れても僕たちが先約していると言うことでお願いします」


 そう言って不動産屋さんに金貨を数枚渡す。彼は受け取ると笑顔で了承した。


「ええ、もちろんですとも。大友様だけに限らせていただきます」


 鍵を受け取ると、不動産屋を出て指定された住所へと歩きだした。


 しかし、賄賂のような物を払う日が来るとは思ってもいなかった。実はアーノルドさんから聞いたのだが、物件をキープする時は手付金と呼ばれるチップを渡さないと良い条件の人に優先して売られてしまうのだ。これは貴族の常識らしく、不動産屋もその辺を見極めてサービスをするか判断するらしい。


 幸いな事に僕が選んだ物件は悪い噂が立っていると言う事なので、他の購入者は現れないと踏んでいる。渡したお金は保険のような物だ。


 不動産屋から一時間ほど歩いたところで、目的の屋敷へと辿り着いた。


 外から見る屋敷や敷地は、どこもまだ綺麗で寂れた様子は感じられない。入口の門や囲っている外壁も立派な外観で、一般人の僕は思わず圧倒されてしまう。


「あら? この屋敷に用があるの?」


 その声に振り返ると、この辺りで住んでいる中年女性のようだ。僕は世間話もかねて伯爵の噂とやらを聞くことにする。


「あの、この屋敷に住んでいた伯爵の噂とか知っていますか?」


「ああ、あの伯爵さまね。あの人が此処に住んでから何人も行方不明になるようになったのよ。しかも、若くて可愛い子ばかりなの。私ももう少し若けりゃあ危なかったわね」


 中年の女性はそう言いつつクネクネと身体をくねらせている。とりあえず噂を聞くことが出来たので、それとなく会話を終わらせて女性とは別れを告げた。


「何しているの? 早く中へ入りましょ」


 リリスは門を開けてすでに敷地へと入っていた。僕も追いかけて中へ踏み入ると、一面に広い庭が広がり木々が生い茂っている。地面には花が咲き誇り、とても噂があるような雰囲気には見えない。


「ちょっと木が多すぎる感じね。手入れしないといけないわよ」


「あ、うん。そうだね。間引いた方が良さそうだ」


 僕とリリスは屋敷へと足を運ぶ、その外観は煉瓦造りでお洒落な感じだ。正面から見ると長方形に見え、小さなお城にも見える。屋根や窓枠には彫像が掘られており、貴族のお屋敷と言う言葉がふさわしかった。


「結構いいじゃない。私はここでいいと思うわよ」


「とりあえず中も見ておこうよ」


 屋敷の中へと踏み込むと、内装は高級な木材で造られているのか非常に落ち着いた雰囲気だ。壁には持ち主だったのだろう男性の肖像画が掛けられている。


「あれが伯爵って奴ね。色白で細いわね」


「そうみたいだね。ブラディア伯爵って言って、この辺りでは一番美男子貴族で有名だったそうだよ」


 しかし、肝心の伯爵が今どこで何をしているのかは不明だ。伯爵自身が行方不明になった事で屋敷は売られ、噂の真相は闇の中へと消えて行ったのだろう。


 僕たちは屋敷の中を一通り見回ると、玄関に戻って感想を口にした。


「やっぱりここよ。私には少し豪華さが足りないけど、十分悪くないと思うわ」


「うん、家具もそのままだし状態も良好だから悪くないよ。それに、部屋数も多いしメンバーは十分に住めるかな。クランとしては別の建物を敷地に建てないといけないかも」


 そう話をしていると、玄関の鍵が勝手に施錠された。


「あれ? 今、鍵が閉った?」


 ドアノブを握るとやはり動かない。それどころかびくともしないのだ。


「達也……多分だけどこの屋敷は何かが居るわよ」


「何か?」


「魔力を持った存在がこの屋敷に居るわ。しかも私たちに敵意を向けている」


 僕には体の外にある魔力を感じる事は出来ないので、リリスの言っている事は同意できない。だが、敵意のような鋭い視線を感じるのは確かだ。


 リリスの感覚に従い屋敷の中を探索すると、とある一室へと辿り着いた。そこは持ち主であった伯爵の部屋だと思われる場所だ。

 本棚にきっちりと本が並べられ、整理整頓された机には羽ペンとインク壺が使われぬまま置かれていた。


「この部屋の下から魔力がするわ」


 リリスは床を指差す。


 僕も感覚で探るが、どうもそのナニかは眠っているのか随分と薄い気配だ。ただ、リリスの言う通り床の下に居ることは確実だろう。


 とりあえず下へ行く為の入り口を探すことにした僕たちは、部屋の中を探索する事にした。


「ねぇ、これを売ればお金になるんじゃないかしら?」


 彼女は部屋の片隅にある全身鎧を眺めつつそう呟く。鎧は装飾が施されており、確かに高価な代物に見えた。


「悪くないかもね。でも、せっかくの良い鎧を売ってしまうのも勿体ない気もするかな」


「そうなの? 私にはどうでも良さそうに見えるけど……なにかしらこれ?」


 リリスは鎧の下の床に違和感を感じたようだ。僕も近づいて床を見ると、うっすらと床に切れ目が入っている。まるで隠し扉を誤魔化すために鎧を置いているような感じだ。


「ちょっと調べてみよう」


 鎧を移動させると、床には正方形の切れ目が入っていた。恐らくここが下へと続く入り口なのだろう。切れ目に槍の刀身を差し込むと、強引に隠し扉を開いてみる。


 開いた入り口はぽっかりと口を開き、その下には暗闇が広がっていた。木造の階段が辛うじて見て取れるが、闇が深くその先は確認できない。いかにも怪しい雰囲気だ。


「間違いないわ。この奥から魔力が漂ってる」


「でも闇が濃すぎるかな。もしかすれば、そのナニかは闇属性を使うのかもね」


 魔法で光りを作ると、リリスを先頭に階段を下りて行く。地面まで着くと狭い通路が奥へと続いているようだ。だが、モヤモヤとした闇が視界を覆い、霧の中を歩いているような見え難さを生み出している。


「これは暗霧あんむね」


「暗霧?」


「達也と出会った頃に私が使っていたでしょ。魔族は暗霧を使って正体を隠すのは常識よ。それに不意打ちにも使えるから、意外と重宝する魔法ね」


 だとするなら危険な状況だと思う。まさしく僕たちは敵の懐へと飛び込んでいると言う事だ。すると、足に何か硬い物が当たった。


「ちょっと待って、ここに何かある……」


 明かりを近づけると、そこには人間の頭蓋骨が落ちていた。


「うわぁぁ!?」


 後ろへ下がると今度は骨のような物を踏みつけた音がする。よく見ると足元には無数の人間らしき骨が転がっていたのだ。

 まさかとは思うが、行方不明になった人たちのなれの果てではないだろうか。ならばこの奥には噂の真相が眠っている可能性が高い。


 僕たちはさらに奥へと進み、一つの扉へと行き着いた。


「リリス、僕が開けるよ」


 前に出るとドアノブに手をかける。

 思ったよりも軽く開いたドアを開けると、向こう側には小さな部屋があった。


 部屋の中心には黒い棺桶が置かれ、机や本棚が置かれているくらいだ。一見するなら隠し部屋と言うべきか。


 棺桶に近づくと、中からわずかに気配を感じた。何者かが眠りについていると思われる。僕は棺桶の蓋に手をかけた。


「これは……」


 開いた蓋の下からは、死んだように眠るブラディア伯爵が現れたのだ。


 顔は青白く、長い黒髪が首のあたりで括られている。体には漆黒の貴族服を身に纏いその上からは黒のマントを羽織っているのだ。

 僕はその姿を見て、とある妖怪を思い出す。発祥は海外でありながらもそのミステリアスな風貌と能力は日本人も魅了された。日光に弱くニンニクが嫌いであり、血液をすすらないと生きて行けない妖怪。


「下賤な者達が我が屋敷へ侵入したか……」


 そう呟いた伯爵は、眼を開け体を起こす。

 僕とリリスは警戒を強め後ろへと下がった。


 伯爵は数秒程視線を彷徨わせ、僕へと焦点を合わせる。朱い眼が闇の中で光り輝き、僕に殺気の籠った気配を放ち始めた。


「我が名はブラディア伯爵。高貴な血にして人とは隔絶した種族也。無断での我が屋敷への侵入は許しがたき蛮行である」


 その言葉を聞いてリリスが呆れた声で言い返す。


「はぁ? 貴方はただの魔人でしょ? 偉そうにしてないで早く屋敷から出て行ってちょうだい。ここは私の物になるんだから」


「やはり下賤な者達か。しかし、そこの娘は実に美しい。目覚めの一杯には相応しい素材だ」


 奴は口角を上げると、リリスに向かって指を振る。まるで催眠術にかけているような仕草だ。すると、リリスはふらりと伯爵の元へ歩きだした。


「リリス!?」


「ククク、我が力にかかればヒューマンなど所詮は血袋よ。早くその美しい首筋へ牙を——へぐぅ!?」


 至近距離まで近づいたリリスは、奴の鳩尾へ拳を沈めた。そして、勢いのまま伯爵は壁へと激突する。


「魅了属性ね。使える奴が偶に居るのよ。でも私には効かないわ」


「ぐぅぅ……このヴァンパイアへとなった吾輩に反抗するとは、貴様はヒューマンではないな」


 瓦礫から這い出して来た奴は、口の端から一筋の血を垂らしていた。口元には鋭い犬歯が覗いている。


「あたりまえじゃない。私は魔族よ。ヴァンパイア程度で操れると思ったわけ?」


 リリスは隠していた黒き翼を背中から出現させた。その気配にはわずかに怒気が混じっているようだ。きっと魔族としてのプライドが傷つけられたのだろう。


「なっ!? では、そこの男も魔族ではないのか!? なぜ魔族がヒューマンに味方する!」


「達也は特別よ。それよりも貴方、はぐれ魔人でしょ?」


「それの何が悪い! 吾輩は魔族などに従う気など毛頭ないわ! 美しい女の生き血をすすり我が美貌を永遠の物にするのだ! 貴様も吾輩に従うがよい!」


「そう、まぁいいわ。魔人だろうとヴァンパイアだろうと興味はないし」


 リリスは猛烈な勢いで伯爵を殴り始めた。骨が砕け、血飛沫があがる。伯爵は悲鳴を上げるが、リリスには届かないようだった。


「もう……やめ……」


「本当に魔人って手ごたえがないわ。もういい飽きた」


 ボコボコに顔面を膨らませた伯爵は弱弱しく命乞いをしていたが、リリスは手刀でその首を切断した。宙に舞う頭部は音を立てて地面に転がる。


 その瞬間、僕たちの居た部屋は闇が晴れて行き、青白い光がいくつも現れた。部屋に入りきらない光は、女性の形を成し笑顔を見せる。それはまさしく幽霊だった。


 大勢の女性の幽霊は、僕とリリスへ一礼するとその場から消えて行く。

きっと伯爵に殺された女性達が無念を晴らしたのだろう。これで彼女たちは天国へ行けるに違いない。


 女性の幽霊が消えると、リリスは僕へと振り返った。


「これで此処は私の物よ。早く購入しに行きましょ」


「別にリリスの物じゃないんだけど……まぁいいや。とりあえず魔法で色々と焼き払ったら不動産屋さんへ行こうか」


 地下空間を魔法で焼き払うと、通路に転がっていた女性達の骨も丁寧に焼いて行く。出来るなら埋めてあげたいが膨大な量なので、火葬で勘弁してもらおう。


 そして、光魔法に土属性を付与すると、屋敷の地下空間を土で押しつぶしてゆく。ここへ来ることは二度とない筈だ。

 作業を終えた僕は一階へ上がると、その足でリリスと共に不動産屋へ向かった。


「いらっしゃいま……ああ、大友様でございますね。屋敷の方はどうでしたか?」


「うん、気に入ったよ。購入させてもらう」


「ありがとうございます! ではすぐに契約書をお持ちしますので少々お待ちください!」


 不動産屋さんは店の奥へと引っ込んだ。


 その間に僕は気になった事を聞く事にした。


「あの伯爵は、魔人なのにどうやって貴族になれたのかな?」


「簡単じゃない。あいつは魅了属性持ちよ、この国のヒューマンを騙して取り入ったんでしょ。ただ失敗だったのはヴァンパイアの特性ね」


「特性?」


「魔人ヴァンパイアは定期的に眠りにつかないといけないらしいわ。だから眠っている内に魅了が解けて行方不明扱いにされたんでしょ。自業自得だわ」


 なるほど。しかし、魅了属性とは恐ろしい魔法だ。今後は警戒をしておかなければならないだろう。


 戻ってきた不動産屋さんと契約を交わし、晴れて僕は大きな土地と屋敷を手にすることが出来たのだった。




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