幕間 「男が辿り着いた場所」
山となった魔物の死体の横で焼いた肉を貪るのは一人の男。
二つ名は魔物食いのシンバル。
「やっぱ上位の魔物になるとうめぇな」
俺は狩った魔物の肉を頬張っていた。いつの間にか魔物食いなんて二つ名を貰っちまったが、あながち的外れとも言えない。俺は確かに狩った魔獣や魔物をその場で食うのだからな。
切っ掛けは単純だ。魔物の肉が美味かったからだ。
あまり食い過ぎると、ブレーカーの限界を超えて魔人へと変異するかもしれねぇとは思っていたが、美味いんだから仕方ねぇ。美味いもん食って魔人になるのなら本望だ。
「兄貴! こんなところに居たんですか!」
「おう、収穫はどうだ?」
副リーダーであるペペが俺の元へやってきて隣に座る。
「このエリアからは魔族は後退したようです。それと王都から知らせが届いていますよ」
「あん? 王都から?」
俺が率いる阿修羅は現在、魔族との最前線で戦っている。本来なら魔族との戦闘は兵士や傭兵に任せるのだが、どうも動きが活発化していると言う事で冒険者である俺やペペが最前線に狩りだされたのだ。まぁこっちとしても魔物を狩れるから悪い話ではないと思っている。
ペペから手紙を受け取ると、俺はすぐに差出人を見て眉をしかめた。
「おい、王家から手紙ってのはどう言う訳だ?」
「そんな事俺に聞かれても分かりませんよ。自分で確認してください」
すっかり副リーダーが板についたペペは呆れた顔だ。昔はあんなに俺の後ろを着いて来ていたのにどこで教育を間違えたんだろうな。
手紙を開くと、中には父上からの手紙が入っていた。
だが、内容は息子に送る手紙にしてはそっけない。俺が王位継承権を放棄したことをまだ根に持っているのだろう。
「兄貴、内容は?」
「何処にも書いてねぇ。とりあえず至急王城に来いとさ」
手紙をペペの方へ放り投げると、俺は食事の続きだ。どうせ魔族を追い払った褒美でもくれるって話だろ。つまらねぇ。
「もしかしたら、兄貴を英雄にするために呼んでいるじゃないんですか?」
「へっ、そりゃあ無理だな。俺は王家を捨てた男だぞ? 陛下が見捨てた息子に英雄の称号を渡すと思うか?」
「でも、兄貴は魔族を追い払ったじゃないか。兵士や騎士が全滅の危機に、颯爽と現れて退けたあの姿はまさに英雄だ。王都に居る奴らだって兄貴が英雄になるって噂している」
「ありゃあ魔族が馬鹿だったから追い払えたんだよ。まともに戦っていれば俺は死んでいた」
俺達が認識している魔族と言えば、黒い靄に包まれた人型のナニかだ。一見すると魔族かどうかすら分からねぇが、話してみると意外と会話は成立したりする。
俺が追い払ったという魔族は、王都へ単身で攻め込んできてあっという間に軍隊や騎士たちを殺した。見かねた俺が飛び出して、師匠直伝の技をぶちかましてやったと言うのが話の内容だが、真実は少し違う。
魔族としばらく攻防を繰り返した俺は、悪知恵を思いついたんだ。
「おい、魔族。お前、結婚はしているか?」
「何を言っている? 早くかかって来い」
「良いから答えろ」
「……していない」
黒い靄の向こうから少し落ち込む雰囲気を感じる。俺はしめた思った。
「じゃあ王国を見逃してくれたらいい女を紹介してやるよ」
「……女ではなく男が良い。俺は男が好きだ」
「お、おう……まぁいいぜ。お前が惚れる男を用意してやるから、今日のところは帰れ」
「ではいつ頃くればいい?」
魔族は完全に俺の話に乗り気だった。まさか引っかかるとは思わなかったが、乗ってくれたのなら好都合だ。
「じゃあ二十年後ってのはどうだ。魔族ってのは長生きなんだろ?」
「その程度なら大丈夫だ。俺は気が長いからな、待ってやるぞ。しかし、本当に俺の好みの男を用意できるのだな?」
「おう、心配するな。俺が保障してやるよ」
「ふむ、では二十年後にお前の元へ行くぞ」
そう言って魔族は撤退した。ようは時間稼ぎだな。奴が二十年後にやって来るまでに倒せる準備をしておかないといけない。
――とまぁこんな感じで魔族を追い払った。
俺としては勝てる気もしなかったから撤退してくれたのは好都合だったが、あんなものを成果とは思いたくない。だから英雄と崇められるのには抵抗があったのだ。もちろん父上が俺を英雄にするなど夢にも思ってもいないがな。
阿修羅のメンバーを集めて最前線を任せると、単身王都へと戻った。
◇
王城に来た俺は思いもよらない言葉を貰う。
「シンバルに英雄を授与する」
「は?」
王の間で間抜け面を晒す俺は、父上である陛下の言葉に耳を疑った。
「魔族を追い払った功績をたたえ英雄にすると言っておるのだ」
「……こ、光栄でございます」
内心ではあり得ないと思いながらも、俺は片膝をついたまま深々と頭を下げる。すでに父と息子の関係ではないのだ、ここは平民と王としての対応が求められていた。
視界の端には何故か兄上が立っていて、満足そうに俺を見ている。
「本来ならば縁を切ったお前に英雄の称号など渡すつもりはなかった。しかし、第一王子であるマルケスがどうしても英雄にするべきだと言っていたのでな、我も仕方なくお前を呼び出したと言う訳だ」
兄上が……俺に?
俺は信じられない話を聞いた気分だった。度々城を抜け出しては阿修羅に来て俺と戦うあの兄上がそう言ったのかと。
「礼を言うのならマルケスに言うのだな。我は見限った息子を息子とは思わぬ」
そう言いつつ、陛下は俺の首に英雄の証であるネックレスをかけた。
「もうよいだろ。早く王城から出て行け」
「……誠に感謝いたします」
俺は父上の顔を一瞥すると、王の間から出て行く。
父上は少し歳を取った気がした。最後に見た時はもっと若々しかった気がするが、威厳に溢れた父上もやはり人間と言う事か。
王の間から出ると、兄上が俺の元へやってくる。
「これでお前も英雄だな」
「……これはどう言うおつもりなのでしょうか?」
「ふん、元王家の者とはいえ王家の血筋が英雄になれないのはおかしいからな。ならば我が弟のシンバルが英雄になるのは当然ではないか。これで俺がお前に勝てば英雄以上の存在となれる」
さすがの俺もようやく気がついた。兄上はずっと俺のことを弟として見ていたのだ。弟の可愛がり方も知らぬ馬鹿な兄が俺の傍にはずっと居たと言う事だ。
「……ありがとう兄上」
「なっ!? お、おい!? なぜ泣く!? 俺は俺の為にしただけであって――」
泣いてねぇよ。これは汗が眼から出てきただけだ。けど、兄上には感謝している。母上以外の家族から始めて認められた気分だ。
服の袖で目元を拭くと、俺は笑みを見せて言い放つ。
「俺に勝てたらいいな」
「ふん、弟に勝つのは兄の特権だ。いずれ勝って見せる」
互いに男としての闘志を交わし、俺は王城を後にした。
この時、俺は二十五歳だった。
◇
そして、さらに十年の月日が流れ俺は三十五歳となった。
師匠から託された阿修羅はすでに王都一のクランへと成長し、すでに俺ではなく副リーダーのペペが取り仕切っていた。俺はすでに用済みなのだ。
ペペを呼び出すと、かつての師匠のように俺は話を切り出す。
「冒険者を引退しようと思っている」
「えっ!? 嘘ですよね兄貴!?」
「嘘じゃねぇ。俺も十分に稼いだし、師匠に渡された阿修羅も立派になった。もう恩は返せたんじゃねぇかな。だったら俺ももう自分の人生を歩んでもいいと思うんだ」
「だったら俺も――」
ペペが発しようとしていた言葉を俺は制止した。
「お前には阿修羅のリーダーになってもらう。お前はまだ二十九歳じゃねぇか。妹のリリもまだ結婚に行ってねぇし、金もこれから必要だろ? だったら俺の後ろなんかに着いてこねぇで自分の脚で立て」
「けど……」
「もうお前は弟分じゃねぇ。阿修羅のリーダーペペだ」
俺はペペの頭を一発殴ると、阿修羅の拠点を後にした。
すでに英雄としての称号も陛下に返却している。
英雄とは称号ではあるが、同時に役目でもある。その役割が果たせない時、英雄は英雄の称号を王に返却しなければならない。そして、俺もまた”かつて英雄であった男”へと変わった。
王都を離れた俺は、相棒のサイアスに乗って王国の南へと下った。
旅の途中で路銀が尽きると、適当な冒険者ギルドでパーティーを作って稼いだりした。俺の財産のほとんどは阿修羅に置いてきたからだ。
結成したパーティーには意気投合する奴も居て、予想を超えて一年以上付き合った奴も居た。確かバッカスと言う奴だったが、別れる時は王都へ行くと言っていた。そのあとどうなったかは知らない。何処かでのたれ死んでいるかもしれねぇな。
俺は最終的にクリモンド高地へとやってきた。
実は俺は師匠を探していたのだ。師匠の生まれ故郷であるシーモンならきっといるかもしれないと思って三年をかけてようやくたどり着いたのだ。
師匠が居ると聞く宿へ足を踏み入れると、そこでは白髪交じりの男性と女性が忙しく働いていた。
かつての大男の面影を残すが、身長は縮み初老を迎えた普通のおじさんだ。
美しく武器と魔法を振るっていた”鬼のシルヴィア”はニコニコと食堂で食事を運び、何処にでも居るおばさんに見えた。
食堂でエールを運んでいたブライアン師匠が、俺の姿に気が付いて足を止める。
「おめぇ……シンバルか?」
「はい……師匠を探して此処まで来ました」
エールをテーブルに置くと、師匠は俺に近づく。俺はきっと抱きしめられるとばかり思っていた。
「馬鹿野郎! 何で此処に居るんだ!」
「あぶっ!?」
師匠の拳が俺の顔面を思いっきり殴る。
あれ!? 俺の想像と違うぞ!?
食堂で正座させられた俺は、ガミガミと師匠に怒鳴られる。
「おめぇに阿修羅を託したのは、独り立ちできると踏んでのことだ! それが結婚もせずにフラフラとこんなところまで来やがって!」
「すいません……」
「ふん、まぁいい。で、阿修羅はどうなった?」
俺は英雄になった事や、ペペにリーダーを譲った事や阿修羅が王都で有名なクランになった事をこと細かく話した。
「へっ、おめぇにしてはよく頑張った方だな。やっぱりおめぇに阿修羅をやって正解だった」
「じゃあ俺はこのリスアに住んで良いんですか!?」
「駄目だ」
師匠の言葉に俺はショックを受ける。遥々此処までやってきたのに、師匠の傍にいられないのは辛いものがある。俺は師匠に直接恩を返そうと思っていたのだ。
クランを預かった責任は果たした。今度は師匠に恩を返したい。
いや、父と母とも呼べる人に恩を返したいのだ。俺はこの歳になってまだガキだった。
だが、師匠は話を続ける。
「此処まで来ちまった以上は追い返すわけにもいかねぇしな。出来ればおめぇにはシーモンに住んでもらいてぇんだ」
「シーモン? 師匠の故郷ですよね?」
「おう、ここからそれほど離れてねぇんだが、その途中にあるライド平原は強力な魔獣がウヨウヨしてんだ。リスアとシーモンの物流が上手くいかねぇんで儂も困ってんのよ。おめぇシーモンで運送業をしねぇか?」
俺は師匠の話に飛びついた。
「やります! やらせてください!」
「うし、決まりだな。それじゃあ早速馬車を用意してやるから、シーモンへ荷物を運んでくれ」
「はい!」
俺はこうしてシンバル運送業を始めた。
◇
運送業は思ったよりも楽しく俺の性に合っていた。広大な平原を相棒と一緒に何処までも駆け抜ける爽快感。それでいてシーモンやリスアの人々には感謝される。まさしく運送業は俺が求めていた天職だった。
それにシーモンには美味い酒が豊富にあり、仕事の後の一杯は最高に美味い。シーモンの人たちも優しくて、王都とは違った人の優しさを感じられるのは俺には心地よかった。
そして、気が付けば俺も四十五歳となり、今や立派な中年となっていた。
そんなある日、いつものように運送業をしていると平原に見慣れない物が見えた。それはよく見れば人のようで、歳も見るからに若い。
馬車を止めてそいつに声をかけると、どうやら自分の事もこの場所の事もよく分からないようで何処からか攫われたと俺は判断した。
身なりはかなり質のいい服を着ていて、随分と幼い感じに見える。顔の彫りが浅いのでこのあたりの人種じゃない事は分かったが、性格は話す限りでは良さそうだ。俺は一目で大友達也と名乗る少年を気に入った。
なんとなくだがこれは”運命”だと勘が囁いていたのだ。
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