幕間 「男が手にしたもの」


 阿修羅に入ってからさらに半年が経過した。


 俺はすでに十六歳だ。けど、まだまだガキだと気がついた歳でもあった。


 ブライアン師匠は口は悪いが、意外と優しい。料理も上手いし俺を含めたガキどもは、すっかり胃袋を握られた感じだった。


 シルヴィアさんは厳しいが、色々と教えてくれる。時には殴られる時もあるが、それは俺が間違った事をした時だ。冒険者としての大切な何かを教えようとしてくれているのだと、俺はガキながらに理解していた。


 阿修羅で活動をするのは、リーダーのシルヴィアさんとブライアン師匠。そして、新たに加わった俺の三人だけだ。


 他のガキどもは剣の練習や基礎訓練を毎日こなしているが、まだまだ冒険に連れて行けるほどではない。なので俺が兄貴分として、その日にあった事を子分どもに話してやる事にしていた。


「シンバル様はやっぱりしゅごい! 大きな魔獣を倒したんだってお兄ちゃん!」


「うん、さすがシンバル様だ。僕も早く剣を使えるようになりたいや」


 兄のペペと妹のリリ。この二人は俺に一番懐いている。幼いながらに俺の後を着いて来るのが可愛くてついつい可愛がってしまう。今日も師匠たちに連れて行ってもらった冒険の話をして、二人を喜ばせてやった。


「攻撃も大事だが、まずは防御をちゃんと覚えないとな。それに基礎体力だ。明日も訓練を頑張れよ。それじゃあお休み」


「おやしゅみなしゃい」


「シンバル様おやすみなさい」


 部屋の明かりを消して俺は部屋を出た。


 一階へ降りると、師匠とシルヴィアさんが話しをしていた。


「やっぱ行くしかねぇな。指名依頼なら断れねぇ」


「そうだね。私は別にいいけど、問題はガキどもだ。誰か面倒を見てくれる奴を探さねぇと」


「なんの話ですか?」


 椅子に座った俺は二人へ話しかける。


「おう、丁度いいお前も話を聞け。明後日からエドレス王国の北西にある”トワイライト山脈”ってところに行く事にしたんだがよ、ここからかなりの距離で一ヶ月くらいは帰って来られねぇんだ」


「え? でも子分たちはどうするんですか? まさか放り出すとか……」


「馬鹿! そんなことする訳ないだろ! それをどうしようかって話をしてたんだよ!」


 俺はシルヴィアさんに頭を叩かれて小さく謝った。この人は本当に師匠より手が早い。口より先に手が出ているくらいだからな。


「じゃあ、誰かに子分たちを預けるってことですよね? ちゃんと面倒を見てくれる人なんているんですか?」


「そこが問題なんだ。儂もシルヴィアもエドレス王国の田舎から出てきた人間だからよ、王都に信頼できる人間が少ない。流石にグリム師匠に預ける訳にもいかねぇし、どうすっかなぁ……」


 そうしてい内に、家のドアがノックされた。こんな夜中に誰だろうか?


 俺が玄関のドアを開けると、そこには紺色のローブを羽織った青年が立っていた。頭にはフードを被りその容姿は見えない。


「誰だ?」


「……」


 そいつは何も言わないので、俺は腰にある剣に手を伸ばす。


「お前、どうしてこんなところに居るんだ? お前は王族じゃないのか?」


「あ?」


 そいつはそう言うと、フードをとった。その下から出てきた顔は、見覚えのあるものだった。


 そいつは長男のマルケスだった。


「なんでこんなところに兄上が居るんだ? 付き添いの兵士も居ないみたいだし……」


「そんなことはどうでもいい。俺は質問をしているんだ。どうして王族のお前がこんな場所に居るのだと聞いている」


「何言っているのか分からねぇよ。俺は王位継承権を放棄したから、此処に居るに決まっているだろ」


「ふざけるな!」


 マルケスは俺の言葉に激高した。


「何怒っているんだよ? 邪魔だった俺が居なくなって兄上には良い話じゃないか」


「俺はお前を倒すために剣の腕を磨いてきた! 勝手に居なくなられては困るのだ!」


 俺は呆れた。兄上は俺のことをライバルだと思っていたらしい。確かに今まで全戦全勝だから兄としてのプライドが許さない事は何となく分かるが、いなくなった人間を追いかけて城の外へ出てくるとは随分と迂闊だと言える。


「じゃあ好きな時に此処へ来いよ。剣の相手をしてやるからさ」


「それは本当か!? 嘘じゃないな!?」


「ああ、でもしばらく……」


 そこで悪知恵が浮かんだ。


「じゃあ勝負をする代わりに、俺の子分を城で預かってくれよ。敷地の隅にある小屋にでも一ヶ月ほど住まわせてくれれば、ここへいつでも来て良いからさ」


「それくらいならお安い御用だ! 俺から大臣に頼んでやろう! その代りちゃんと勝負を受けてもらうぞ!」


 笑顔で頷く。城なら食事も出るし、ガキどもが訓練をするにも十分な広さだ。何より安全だから俺としては安心して預けられる。


 兄上は何度も念を押して走り去っていった。


 家の中へ戻ると、師匠とシルヴィアさんが笑みを浮かべていた。


「弟思いの兄貴じゃねぇか」


「え? 弟思い?」


 俺は首を傾げる。


「さっきの奴はお前のことが心配で此処まで来たんだろ。良い兄貴じゃねえか」


「そうなんですかね? 兄上は昔からあんな感じですから、俺にはよく分かりません」


 この時は、師匠の勘違いだろうと思っていた。俺は兄上を兄と思ったことが一度もなかったのだ。




 ◇



 トワイライト山脈へ来て二週間が経った。


 山は猛吹雪で、俺や師匠やシルヴィアさんは先に進めず洞窟で体を休める事にした。


 薄暗い洞窟で焚火を囲みながら体を温めていると、師匠が今回の依頼の内容を話す。


「トワイライト山には昔から”エメラルドホース”って言うSランク魔獣が住んでいる。そいつらは頭が良くて、めったにお目にかかれない希少な魔獣だ。今回はそのエメラルドホースの素材を調達する」


「へぇ、頭が良い魔獣も居るんですね。俺はてっきり魔獣なんてものは、皆頭が悪いと思っていましたよ」


「そりゃあおめぇの勘違いだ。世の中には人間よりも頭の良い魔獣がゴロゴロしているって噂だ。有名なサナルジア大迷宮の深部にはそんな奴らも居るんじゃねぇか?」


 俺はまた一つ勉強をした気分になった。師匠は俺なんかよりも経験豊富で、いろんなことを知っている。俺が何も知らないガキだと分かったのは師匠のおかげだ。


「あんた達、気が付いている?」


 シルヴィアさんの言葉で、俺はようやく洞窟の奥に何か居ると気がついた。まだまだ修行中の身だから気配探知は拙いが、それでも強い気配を感じることが出来る。


「シンバル着いて来い」


 武器を握った師匠が立ち上がった。俺も剣を握り後を追いかける。


 洞窟の奥は岩肌がむき出しで、いくつもの鍾乳石を見かける。さらに奥に進むと、突き当りに大きな塊が転がっていた。


 いや、よく見れば魔獣が倒れているのだ。


 俺はその魔獣を見て一目ぼれした。馬の姿をしていて全身にエメラルドグリーンの美しい毛が生えている。頭部には一本の見事な角が生え、純白のたてがみがその神々しさを引き立てていた。


「エメラルドホースだ」


 師匠の言葉に俺は目の前の魔獣の正体を知る。エメラルドホースはどうやらまだ生きているようで、小さく呼吸を繰り返していた。けど、首のあたりに深い傷を受けているようで、赤い血液が地面へと垂れている。


「どうやら縄張り争いに負けたんだろうな。恐らくもうじき死ぬぞ」


「師匠、あいつのお腹を見てください!」


 エメラルドホースのお腹を指差す。必要以上に膨らみ、まるで妊娠しているような感じだったのだ。


「こりゃあたまげた。子供がいるぞ」


「こいつが死ぬと子供はどうなるんです?」


「そりゃあそのままだと死ぬだろうな。大きさから見ると、もうじき生まれそうなんだがな……」


 そんな事を話していると、エメラルドホースは最後の力を振り絞って立ち上がると、力み始める。まさにここで出産を始めたのだ。


「お、おい、マジか……」


「し、師匠どうすれば……」


 男である俺と師匠はあたふたと慌ててしまう。魔獣を殺すべきか、出産を見守るべきか分からなくなったのだ。


 仕方なくその場で見守る事にした俺と師匠は、必死で新しい命を産もうとしているエメラルドホースに胸が熱くなっていた。


「もうすぐだ! 脚が見えている!」


「頑張るんだ! もう少しだ!」


 無我夢中で応援を続け、エメラルドホースはとうとう一つの命を産み落とした。


「やったぞ! 生まれた!」


「良かった! おめでとう!」


 そう声をかけたエメラルドホースは、俺の顔を見ながら目を閉じて行く。そして、二度と眼を開かなかった。


「こいつ、俺たちに子供を託したのか?」


「かもしれねぇな。けど、儂は魔獣を飼う趣味はねぇぞ」


 今も懸命に立とうとしている仔馬は、弱弱しい脚で頼りない。外に放り出せばすぐに死んでしまいそうだ。


 俺はその姿を見て運命を感じた。


「師匠、こいつは俺が飼います。魔獣でも使役することは出来るんですよね?」


「そりゃあ育て方次第では出来ない事もないだろうが、普通はテイムさせるために契約の魔法陣を刻むものだぞ?」


「そんな物は必要ありません。俺はこいつに運命を感じたんです」


「運命ねぇ」


 師匠は呆れた感じだが、俺は仔馬に確信のような物を感じていた。その大きな瞳は俺を捉え心の奥底まで見ているようだ。


 仔馬はようやく立ち上がると、俺にすり寄ってきた。まるで親に甘えるようにだ。


 そっと頭を撫でると、名前を付けてやった。


「お前は今日から”サイアス”だ。よろしくな相棒」


 小さな相棒は俺の手を舐めて嬉しそうだった。


 この後、師匠は死んだエメラルドホースを回収し、クエストを完了させた。サイアスの親馬である死体を人間の都合で利用するのは気が引けたが、師匠は「冒険者は甘い仕事じゃねぇ」と言って俺の頭を殴った。



 ◇



 それから瞬く間に十年が過ぎ、俺は一人前の冒険者となっていた。


 相棒であるサイアスは立派に成長し、今では王都の人気者だ。誰もが俺が乗るサイアスに挨拶をしてゆく。俺より有名なんて複雑な気分だ。


 阿修羅は十年の間にクランへと成長を遂げた。


 子分だったガキどもが剣を覚えて、冒険者になったからだ。しかも、二十人全員が今じゃすっかりCランク冒険者ってんだからスゲェと思う。師匠様様だ。


 クランには現在、総勢四十人のメンバーが在籍している。


 俺が元王族と言う事が理由なのか、下級貴族の次男や中級貴族の三男坊がやってきたり、平民で強くなりたいと阿修羅の門を叩いた奴まで居て幅広い。


 気が付けば王都で三番目の大きさを誇るクランへとなっていたのだ。


 だが、師匠はそんな事には興味がないと言う感じだった。


 それどころか――。


「儂はそろそろ引退しようかと思っている」


「え!? 何を言っているんですか!?」


 師匠に大切な話があると呼び出されて、第一声がそれだった。


「いやな、儂もすでに四十五歳で、いつまでも冒険者を続けるつもりもないんだ。おめぇだって今じゃあ阿修羅の副リーダーで、もういい歳じゃないか」


「いや、でも……シルヴィアさんはなんて言っているんですか?」


 そう言うと、師匠は首を横に振る。


「これは儂とあいつで決めた事だ。昔から冒険者を引退したら宿を経営しようって約束していたからな。おめぇも立派に成長したし、頃合いと思ったんだ」


「じゃあ……本当に?」


「おう」


 俺は少なからずショックを受けた。第二の両親とも呼べる師匠とシルヴィアさんが引退なんて、俺はこれからどうすればいいのか分からなかったのだ。


「それでよぉ、おめぇが阿修羅の新しいリーダーに相応しいかと思ってんだが、おめぇはどうよ?」


「俺ですか?」


「おめぇ以外に誰が居る。阿修羅の中でSランク冒険者なのはおめぇだけじゃねぇか」


「……そうですね」


 俺は阿修羅のリーダーを引き受ける事にした。


 副リーダーはAランクのペペだ。


 師匠たちが王都から離れて行き、残された俺達は必死でクランを維持した。


 死んだ仲間も居る。


 それでも俺や元子分どもは、世話になったクランをもっと大きくすることを誓いあい冒険を続けた。


 そして、俺は王国へ攻めてきた魔族を追い返し、名を上げる事に成功した。


 いつしか人は俺を”魔物食いのシンバル”と呼ぶ。





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