幕間 「歩みだした男」


 王族を辞めた俺は、スラムに住むようになった。

 街の住民は俺がまだ王子だと思っている感じだったが、父上があえて周知しなかったのだと思った。平民になった王族など笑い話にもならないからだろう。


 そして、父上と決別してから一ヶ月が経過した。



 王都の南西にある一画は、スラムと呼ばれ貧民街が広がっている。多くのボロ屋が立ち並び、その中の一つに俺達シンバル盗賊団のアジトがあった。


 いつものようにアジトでのんびりしていると、外から仲間の怒鳴り声が聞こえる。きっと兵士が盗み過ぎるなとでも注意しに来たのだろうと思っていた。


 基本的に王都の連中は俺達の事を見て見ぬふりだ。それは俺達が必要なものだけを盗むと言うルールを決めているからだ。それに、親が居ない子供を引き取る事もできず、スラムも放置している王都の連中は少なからず負い目がある。だからこそ俺達は堂々と活動できると言う訳だ。

 しかし、やりすぎると当然兵士や住民から苦情が寄せられる。俺達も街の住民と争うことは得策ではないので、その辺を上手くバランスをとりながら生活をしている。


 だが、今日はどうも様子が違っていた。


「おい、おめぇらはどうでもいいからシンバルってのを出せ」


「帰れ! ボスはお前らとはお会いにならない!」


 今日の門番であるジョニーが怒鳴っている。あいつは比較的温厚だが、俺の事となるとすぐに血が昇るのが欠点だ。


 このままだと本格的な喧嘩になりそうなので、俺は横にしていた体を起こすとアジトの入り口へ歩いて行く。


「おい、ジョニー。訪問者が居るならちゃんと用件を聞いてやれ」


「あ、ボス。それがこいつらが……」


 坊主頭のジョニーが指差す相手は、体格の良い大男と小柄な老人だった。


 大男は彫刻のような筋肉を隆起させ、全身に革鎧などの防具を装備している。腰には大きめの剣が見えた。恐らくだが冒険者だろう。


 小柄な老人は、緑のローブに頭には尖がり帽子。右手には古木で作られたような杖を握り、長く真っ白な髭が口元から生えている。一目で魔法使いだと分かる。


 二人を一瞬で分析すると、飄々とした態度で話しかけた。


「あんたら誰だ? このあたりじゃあ見ねぇ顔だな」


 俺の問いかけに二人は反応せずに会話を始める。


「師匠、こいつがシンバルって奴だ」


「ふむ、こやつがそうか……確かに悪くないの。じゃがかなり修行をさせねばならぬぞ」


「それは儂が引き受けます。ウチはそろそろクランにしても良い頃合いでしたし、こいつら全員を面倒見ますよ」


「ふははっもの好きじゃの。しかし、王国の未来を考えると今から育てておくのは当然じゃの」


 勝手に会話を進めるので、俺の中で怒りがふつふつと沸いてくる。俺は無視をされるのが一番嫌いだ。


「俺を無視するな!」


 剣に手をかけると、一瞬で老人が目の前に現れて杖で頭を殴る。


「いたぁぁぁ!?」


「ふん、まだまだ子供じゃの。不遇な第二王子と聞いておったので、どれだけ忍耐強い人間かと思っておれば、ただの我儘な王族ではないか」


「うるせぇ! もう俺は王族じゃねぇ! 王位継承権を放棄したからな!」


 目の前のジジイに反論すると、なぜかもう一発頭を叩かれる。


「いたぁぁぁぁ!?」


「親の気持ちも分からぬ奴め。まぁよい。お主も元王子なら賢者のことくらいは知っておろう?」


 地面に転がり痛みに悶える俺を余所に、小柄な老人は淡々と話を続ける。


「儂は賢者グリムと言う者じゃ。横に居るのは弟子のブライアン。今日はお主をスカウトしに来たのじゃ」


「おい、師匠の話をちゃんと聞け」


 大男は俺の身体を掴むと、軽々と持ち上げて話しかけてきた。その顔にふと記憶がよみがえる。


「あー!? てめぇは盗みを邪魔した奴か! 思い出したぞ!」


「がはははっ! ようやくか! あの時はまんまと逃げられたが、今日はそうはいかんぞ!」


 内心で舌打ちした。どうやら面倒な輩に目を付けられたようだ。


「さて、シンバルとやら。お主、英雄になる気はないか?」


 ブライアンとか言うおっさんに地面に下されると、白髪のジジイが笑みを浮かべつつそう言葉した。英雄だと?


 すぐに冷静な頭へと切り替えると、言葉の意味を考える。


「俺も元王子だからな、英雄がなんなのかくらいは知っているが、その英雄になれるとでも言うのか?」


 エドレス王国においての英雄とは、未知を踏破し難敵を倒し栄光の頂点へと到達する者の事を指す。言うなれば地位も名誉も金も女も全てが手に入る最高の称号だ。もし、俺がそんな物になれれば子分たちを養うなどたやすい事だ。そんな打算が頭を駆け巡った。


「それはお主次第じゃ。賢者と呼ばれる儂とて、見込みのない者を英雄にすることは出来ぬ」


「なんだ爺さん賢者だったのか。まぁ確かに俺なら英雄になれるかもな。剣の腕はかなりのもんだぜ」


 自信満々にそう言うと、二人は顔を見合わせて笑いだした。


「がはははっ! その程度で強くなった気でいるのか! これは笑える!」


「ぎゃははは! 儂を笑い殺す気か! さすが第二王子(笑)じゃわい!」


「笑うな!」


 俺はブライアンとか言う男の首筋を狙って剣を一閃する。


 ――が、男は笑いながら刀身を素手で止めた。


「良い剣筋だ。まぁ及第点だな。師匠を狙わなかっただけは褒めてやる」


 そう言って白い歯を見せてニヤリと笑う。


 掴まれた剣はびくともしない。俺は化け物だと思った。


 これが俺の師匠であるブライアンとの出会いだった。



 ◇



 賢者になかば無理やり弟子入りさせられた俺は、力の塔と呼ばれる施設で、半年ほど地獄のような修行を強要され闘気の扱い方を覚えさせられた。


 魔法に関しては生まれつき魔力が少ないので、グリムの爺さんに”火花の魔法陣”を刻んでもらう程度にとどまった。一日の使用限度は決まっているが、ないよりはマシだろう。


 そして、ようやく辛い修行を終えて解放される時が来た。


「これよりお主の事はブライアンが面倒を見る。闘気を教えたが、実践が少ないお主にはまだまだ扱いきれぬ力じゃろう。決して驕るな。まだまだひよっこだと言う事を忘れるでないぞ」


「へいへい、爺さんの言いつけは守りますよ~」


 その瞬間、ガツンと杖で頭を叩かれる。


 痛みに床で悶える俺を爺さんは鼻で笑う。


「ふん、儂の杖が避けられるようになってから生意気な口をきくのじゃな」


 そう言って爺さんはスタスタと歩いて行くと、部屋の中にある椅子に座り本を読み始めた。俺は知っている、爺さんが読む本は大体がエロ本だと。


「けっ、エロジジイが」


 と言いつつそそくさと力の塔を後にすると、出入り口ではすでにブライアンが待ち伏せていた。


「おお、やっと来たか。おめぇは弟子として正式に引き取る事となったからな、儂のことは師匠と呼べよ」


「また師匠かよ。もううんざりだ。ところで俺の子分たちはどうしているんだ?」


「あいつらは儂の家で面倒を見ている。なんせ妻と二人暮らしだったからな、随分と賑やかになったものだ」


 俺は少しだけ安心した。修行に入る前にブライアンが面倒を見るとか言っていたが、言葉通り世話をしてくれていたみたいだ。なんせ盗賊団は十人だが、面倒を見ている奴らも合わせると二十人はくだらない。


 そこで少しだけ疑問を感じた。


「なぁ、おっさんが面倒を見てくれているってことは、随分と金も払ってんじゃねぇのか? あんたそんなに金持ちなのか?」


 直後に俺の頭に大きな拳が落とされた。


「いてぇぇぇぇぇぇ!?」


「儂のことは師匠と呼べ。とは言え、おめぇが心配する気持ちも分かるからちゃんと言っておくが、こう見えてもれっきとした英雄と呼ばれる者の一人だからな?」


 俺はハッとした。そういえば王都で開催された”英雄コンテスト”とやらで、ブライアンとか言う奴が英雄になったとか聞いたことがあったぞ。


 英雄になるには基本的に国王から称号を授与されなければ、得る事は出来ない。しかし、今から三年前に英雄コンテストというものが開催された。決勝に残れば現役の英雄と戦うことができ、英雄の称号をはく奪することが出来るのだ。はく奪した者はその日から英雄を名乗ることが出来る無茶苦茶な武闘大会だ。

 それを聞いた時はコンテストに憧れたが、父上がどうやっても出場してはダメだと出させてもらえなかった。四年ごとの開催なので、今年はコンテストが開かれるはずだ。


「マジかよ。おっさん……いや、師匠は英雄なのか?」


「おう、稼ぎは良いからな百人くらいは養えるぜ」


 少しだけだが感動した。ブライアンのおっさんに着いて行けば本当に英雄になれるかもしれないと思ったからだ。俺だって男。英雄に憧れない訳がない。


「じゃあ俺を師匠のパーティーに入れてくれよ! 俺はもっと強くなるぜ!」


「あん? どう言う風の吹き回しだ? というかよぉ、そもそもおめぇは何になりたいんだ?」


 ブライアンのおっさんにとっては何気ない一言だったのだろう、その言葉は俺の心臓を貫いた。


 俺がなりたいもの? 


 考えた事もなかった。


 ずっと自由になりたいと思っていたから一歩踏み出したが、今の俺はその先のビジョンが何もなかったのだ。


「まぁいい。おめぇがなりたいものを探せばいいだろ。儂はおめぇの師匠だからな、とことん付き合ってやるぜ」


 髭面の大男は俺の背中を叩くと、ニカッと笑顔を見せた。


 心の中で母上が『貴方は貴方の生きたい人生を歩みなさい』と言っている気がした。


 俺は師匠と共に歩き始めた。


 

 ◇



「へぇ、アンタがブライアンの弟子になった子ね。随分と育ちのいい顔しているわね」


 師匠の家に辿り着き、リビングへ案内されると、そこでは美人の女性がふんぞり返っていた。


 子分たちは女性の肩や足を揉み、その表情は終始苦笑いだ。


 師匠はそっと俺の耳元でこそこそと囁く。


「あー、あいつは儂の嫁さんでシルヴィアってんだ。ここだけの話、俺より怖いから言葉には気を付けろよ」


「あん? ブライアン何か言ったか?」


「いえ、とんでもないです。今日もシルヴィアは美しいと言う話をしておりました」


 すぐに師匠が奥さんの尻に敷かれていると悟った。確かに美女と野獣の組み合わせなら、結婚生活は野獣に不利だろう。


「まぁいいさ、そこのシンバルって言うガキは私と表に出な」


 シルヴィアは壁に立てかけていた細剣を握ると、俺と一緒に裏庭へと移動した。


 そこは広い敷地だが、至る所に抉れたような穴が見えた。


 シルヴィアは細剣を抜くと、俺に切っ先を向ける。


「ここではアタシがリーダーだ。どの程度使えるか見させてもらうよ。場合によっちゃあ、雑用をさせるからね」


「いいだろう、受けて立つ。女だろうと手加減はしねぇからな」


 先手必勝とばかりに剣を抜くと、シルヴィアに一閃する。


 しかし、彼女の剣に簡単に弾かれると、何処に隠し持っていたか分からない鞭を取り出し俺の首へ巻き付けた。


「ふぐっ!?」


「甘いよ。アタシが剣しか使わないと油断していたね。マイナス二点だ」


 そのまま地面に引きずるように転がされると、思い切り胸を踏みつけてきた。


「これでアンタは一度死んだ。まぁ動きは悪くないけど、まだまだだね。他の二十人よりは見込みがあるよ」


 その見下ろす眼はまさに女王ともいうべき雰囲気だ。ただ、眼の奥に母上と似た優しさを感じた気がした。


「ふっ、なんて顔してんだい。これからしっかり働いてもらうよ」


 いつの間にか涙が頬を流れていた。きっと母上を思い出してしまったからだろう。


 俺はシルヴィアの言葉に無言でうなずく。




 この日、冒険者パーティー【阿修羅アスラ】へと名を連ねる事となった。




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