幕間 「王族として生まれた男」
エドレス王国の王家に一人の男の子が生まれた。
その名は【シンバル・ゲル二ア】
オースティン・ゲル二アの次男としてこの世に生を受けた。
当時は多くの民衆が彼の事を祝福した。長男に続く男児は、後継者を必要とする王族にとって喜ばしい出来事。しかし、言い方を変えれば長男のスペアという立ち位置でもあった。
重ねて彼を産んだ第三王妃は元平民と言う事もあってか、王族内でも非常に苦しい立場に置かれ陰湿な虐めを受けていた。元々体も弱く、シンバルを出産した第三王妃はほどなくして床に伏せる事となった。
そして、シンバルが生まれてから五年の歳月が流れた。
「母上さま早く元気になってください」
「ごほっ……私の可愛いシンバル。あまりこの部屋へ来ちゃダメよ。私の病気が移ってしまうわ」
「そんなの……」
母上はいつも部屋に行くとそんな事を俺に漏らした。
『そんなの気にしない。母上と一緒に居られればいい』と思っていたが、弱った母上を見るとそんな事は口が裂けても言えなかった。
毎日の日課である母上への訪問を終えると、王城の庭に出て池に石を投げる。
そこへいけ好かない第一王子がやってきた。
「おやおや、第二王子のシンバルじゃないか。今日も一人ぼっちか?」
長い金髪を後ろで括り、整った容姿に豪華な刺繍が施された服を身に纏っている。俺よりも三歳年上の兄だ。名は【マルケス・ゲル二ア】
奴はニヤニヤと笑みを浮かべ、後ろには三人の従者を従えている。今日も俺を虐めに来たのだろう。
「五月蠅い。向こうに行けよ」
「あ? 誰に向かってそんな口をきいている? 俺は第一王子だぞ?」
俺は舌打ちする。マルケスはこうやって、俺を見かける度に高飛車な態度で跪かせようとする。
「じゃあ喧嘩に勝ってから言えよ」
「いいだろう。王族の力関係を今日こそはっきり理解させてやる」
そう言いつつもマルケスと三人の従者は俺を取り囲んだ。相変わらず四対一とは卑怯だが、マルケスは第一王子なのだから当然の権利なのだろう。
身体だけは頑丈な俺は四人をぶちのめすと、いつものように地面に転がす。
「くそぉ……俺が長男なんだぞ……」
「そんな事知るか。もう来るなよ」
虐めに来るが虐められないのがマルケスの平常運転だ。高飛車な態度だが、どこか憎めないのはやはり血のつながった兄弟だからだろうか?
けど、マルケスはまだ序の口だ。本当に厄介なのは長女の方。
俺とマルケスの喧嘩を見ていた長女が、従者を連れて池の傍へとやってくる。
「あらあら、今日も次男に負けたの? マルケスは本当に滑稽ね」
「うるせぇ! コイツはいつか必ず俺がぶちのめしてやるんだ!」
立ち上がりつつも反論するマルケスは、長女へと睨み付ける。
金髪の長い髪を風に揺らせ、端麗な容姿を隠す事もなく見せつける。ピンクの煌びやかなドレスが、幼きにして持っている権力の大きさを想起させた。
長女の名は【フローラ・ゲル二ア】。
兄弟の中でも一番の年上で、母が第一王妃である事と公爵家の血筋であることを考えれば、その握っている力を考えるのは難しい事じゃない。
要するに長男であるマルケス以外にフローラには逆らえないのだ。
「こうすればすぐに跪かせることが出来るのに」
そう言ってフローラは俺に近づく。
目の前に来ると、顎を少し動かし頭を下げろと指示をしてきた。
「くっ……」
「あら? 下げないの? 貴方の母上がお城に居られるのは誰のおかげかしら?」
俺は唇を噛みしめつつ、地面へと頭を下げる。
「ほら、見なさい! 貴方も王位継承権第一位なら、このように権力を使わないと駄目よ!」
フローラはマルケスにそう言いつつ俺の頭を踏みつける。母上が元気ならこんなことにはならなかったのにと、俺の中で悔しさが滲んだ。
俺の母上はフローラの母上——第一王妃によって庇護されている。身の周りの世話をしてくれる者達は全て第一王妃側の人間。父上である陛下もそのことを了承しているらしいのだ。
しかし、現実は過酷だ。王位継承権第三位のフローラをいつでも第二位へするために画策された悪意ある善意なのだ。もし、長男が事故で死んでしまえば、俺が第一位になる。その時に継承権を放棄させるための人質と言う訳だ。
俺は五歳にして王族と言うものにうんざりしていた。
月日は流れ、俺は十五歳になった。
「やっ! てはっ! たぁ!」
木剣が連続してマルケスに打ち込まれた。
「くそっ……今日も負けた……」
木剣を地面に落としたマルケスは悔しそうな顔だ。
俺は剣を肩に乗せると、吐き捨てるように言い放つ。
「もういいだろ兄上。俺も暇じゃないんだ」
木剣を床に落とすと、城内にある訓練場から足早に出て行く。
十五歳になった俺はすでに王城ではほぼ敵なしだった。父上や宮廷騎士には流石に勝てないが、それでも負ける相手より勝てる相手の方が圧倒的に多かったのだ。
俺はテングになっていた。
フローラは十九歳を迎えた為、他国へと嫁いでしまった。それに母上を庇護する第一王妃も新たな子供を産んだので、俺などに気をかける状態ではなかったのだ。
変わらず俺に向かってくるのはマルケスだけになったが、奴は最近一人だけで立ち向かってくるようになった。どういう心の変化があったのかは分からないが、正々堂々は嫌いじゃない。
俺はこの頃になると度々城下町へ出て、遊ぶようになった。もちろん正面から出るのではなく、秘密の抜け道を使って街へと出るのだ。
今日もいつものように城壁の隙間から外へ出ると、数人の子供が俺を笑顔で出迎えてくれる。
「シンバル様! 待ってました!」
「ああ、今日はまだ何も食べていないんだろ? じゃあ一仕事するか」
「はい!」
十名の子供で構成する”シンバル盗賊団”は、いまや王都の名物となっていた。スラムで暮らす身寄りのない子供を率いて、店の果物や野菜を盗んでその日の食糧にするのだ。そして、盗賊団のリーダーは俺だった。
最初は気まぐれで盗んだ果物を渡してやっただけなのだが、どいつもこいつも嬉しそうに俺の後を着いてくるようになった。今では可愛い子分どもだ。
俺達は街の中を走りだすと、手ごろな店を見つけて食糧を集めて行く。王都は豊かな土地柄ゆえ、食糧には事欠かないのが良いところだ。
だが、今日は失敗をしてしまった。
果物屋のアプーという赤い果物を盗ろうとしたところで、見知らぬ男に腕を掴まれてしまった。
「おい、てめぇ盗みを働こうとしたな? どこのガキだ?」
「離せクソジジイ!」
男の腕は丸太のように太く、どんなに振りほどこうとしても微動だにしない。こんなことは生まれて初めてだった。
黒々とした髭を豊かに蓄えた大男は、俺の腕を掴んだまま店の店主に差し出す。
「こいつが今盗みを働こうとしたぞ」
「え? あ、その方はシンバル様じゃありませんか」
「シンバル? この国の第二王子じゃねぇのか?」
店主は苦笑しながら事情を話す。
「ええ、シンバル様はこの辺りでは悪ガキで有名でしてね、身寄りのない子供達の為に食糧を集めているとかで……」
「身寄りのないねぇ……けど、盗みはよくねぇ。俺が代わりに払ってやる」
ようやく手を離してくれると、男は俺に顔を近づけて話しかける。
「おい、俺が奢ってやるから好きなだけとっていけ。だが、二度と盗みはするなよ」
「いいのか? けど、盗みをするなって、どうやって子分どもを養っていけばいいんだよ」
俺がそう言うと男はしばし考え始める。俺はその間に、出来るだけアプーを掴むとその場から逃げ出す。馬鹿な男だ。
アジトへ戻ってきた俺は、子分どもに大量のアプーを渡してやった。
「シンバル様、ありがとうございます! ほら、リリもお礼を言って!」
「ありがちょうございましゅ」
アプーを受け取った兄弟が、一心不乱に果実に噛り付いた。その姿を見て俺は、何か良いことをしている気になる。
――が、今日は俺にとって運命の日だったのだ。
「シンバル様! どこですか! シンバル様!」
数人の兵士が、アジト付近を叫びながら走っている。その様子は鬼気迫る感じだ。
俺は兵士の前に現れると、何事かと訊ねた。
「いつもは放置しているのに、今日はどうした? 盗んだ物の代金を払えと言うのなら断るぞ」
「違います! 一刻も早くデストロイヤーキャッスルへお戻りください! 母上様がご危篤でございます!」
「なっ!?」
俺は走りだした。
母上がここ最近、特に弱っていたのは知っていたが……。
まさかと言う気持ちが徐々に足から這い上がり、全身を覆いつくす勢いで恐怖が俺を支配しようとしていた。
焦るあまり足が絡まり地面に転げても、すぐに立ち上がり王城へと必死で向かう。
「母上……死なないで……」
俺の頬にいつの間にか涙が流れていた。
どんな時も笑いかけてくれる優しい母上。
自分が死んでも強く生きなさいと言っていたあの眼差し。
どんなに他の王妃から皮肉を言われようとも、俺の事だけはいつも信じてくれた。
ようやくお城へ戻ると、俺は一直線に母上の部屋へと駆け込む。
そこでは顔に布をかけられた母上の姿があった。
「あ……ああ……」
声が出ない。俺は母上の元へ近づくと、顔にかけられた布をとった。
そこにはまだ綺麗な顔があった。
母上の亡骸の横で俺は泣き叫ぶ。取り返しのつかない事をしてしまった。
そこへ第一王妃が無遠慮に入ってきた。
「五月蠅いわね。赤ん坊が起きてしまうじゃない。ほら、貴方に手紙よ」
そう言って手紙を床に落とすと部屋から出て行く。
俺は手紙を掴むと、すぐに中を読んだ。
”私の愛しいシンバルへ
貴方はいつも強く生きようとしていましたね。私はそんな姿を見るのがつらくて、ずっとあることを考えていました。
もっと自由に生きていいのです。
私の為に王族であるべきだと思っているようですが、それは勘違いです。私は陛下を愛してたまたま王族になっただけ。貴方がそれに付き合う必要はありません。
貴方は貴方の生きたい人生を歩んでもいいのですよ。
きっとこの手紙を読むころには私は居ないでしょうが、いつだって私の魂は貴方の傍で見守っています。”
俺は手紙を握りしめ、ひたすらに泣き叫んだ。
そして、ある決意を固めたのだ。
◇
「何言っているのか分かっているのか!?」
王の間で父上である陛下に俺は言葉を告げた。やはりと言うべきか父上は怒りを露にしたのだ。
「はい、俺は王位継承権を放棄いたします」
「王位継承権を放棄すると言う事は、王族であることを辞めると言う事に他ならないのだぞ!? ちゃんと理解しているのか!?」
「もちろんでございます。俺は母上の魂と共に、平民へと戻るつもりでございます」
「お前は平民ではない! 生まれた時から王族なのだぞ!」
父上は玉座から立ち上がったが、しばらくするとストンと力なく座った。
「もうよい、お前にはほとほと愛想が尽きた。何処にでも好きなところへ行け」
「今までお世話になりました」
俺は父上に頭を垂れると、足早に王城から去った。
だが、再びデストロイアーキャッスルへ足を踏み入れるとは、この時の俺は想像すらしていなかった。
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